15.1
宿舎の個室で朝を迎えたミライは、ブラックフェザーの制服とパワードウェアを脱ぎ、荷物をまとめる。
ひとつの戦いが終わった瞬間だった。
出発時よりも軽くなった荷物を持ち、扉の前に立つ。
扉を開けて出ていく前に、彼女は部屋のほうに振り返った。
ここで過ごした思い出が一気に蘇ってきて、ミライは懐かしさを噛み締めながら微笑む。
今度こそ、もう二度とこの部屋に入ることはないかもしれない。
そんな気持ちが湧いてきて、心の中で別れを告げた。
扉が閉ざされ、鍵がかかる。
港へ行くとミライはボートに荷物を乗せ、出港の準備をすみやかに終える。
発つ前に彼女はジャパリパークを見上げる。朝日に照らされたパークは静かだった。けれど、心地よい静けさだ。
第二の故郷の空気を、また胸いっぱいに吸い込む。
すると、ハクトウワシが蒼穹から舞い降りてきた。
続いて海からシャチがジャンプして桟橋に立つ。
そして、アムールトラが森の向こうから姿を現した。
「みなさん……」
「間に合ってよかったわ」ハクトウワシが言う。「やっぱり、ちゃんと見送りたいじゃない? みんなで」
「ありがとね、ミライ」とシャチ。
アムールトラも頷いて言った。
「皆、あなたに感謝している」
「……感謝しているのは、私も同じです。ありがとう……。ジャパリパークは、今もなお生き続けてる。あなたたちと共に。それを知れてよかった」
ミライはボートのほうにきびすを返す。
「もう会えないかもしれませんが――お元気で」
「ああ待って待って、まだあのコたちが――」
ハクトウワシが止めようとしていると、向こうから声がした。
「ミライさーん!」
聞き覚えのある声だった。心に深く刻みつけられた、忘れられない声――。
「――サーバルさん! それに、キタキツネさんとドールさんも――!」
「よかったあ、間に合ったー……」サーバルが肩で息をする。
「もう、帰ってきてるならそう言ってよ、水くさいわね」
キタキツネが言った。それからドールも、
「だけど、こうしてまた会えて光栄です!」
とにっこり笑う。
三人の姿を見て、ミライは涙を堪えきれなかった。
「ごめんなさい、でも……すごく嬉しいです……。みんな、ありがとう」
「ホントは全員で来たかったんだけどね」とキタキツネ。「急に言われたもんだから、私たちが代表して」
「充分です」
ミライは答える。
そんな彼女の涙をサーバルが拭った。
二人は見つめ合い、とびきりの笑顔を浮かべる。
それから、
「……せっかくです。一枚いいですか?」
と言いながら携帯端末を取り出し、カメラを起動させた。
「フォトですか!」ドールが尻尾を振る。「なつかしいなあ、もちろんです!」
「こんなこともあろうかと、自撮り棒持ってきたわよ」
「キタキツネ、準備万端だね!」
「ふふん、もちろんよ」
自慢げな顔を浮かべつつ、キタキツネはミライに自撮り棒を渡す。
「待ってください、ちょっと整えます」
ミライは結った髪を解くと櫛を取り出して舟の窓を鏡代わりに、髪を梳かした。
その間、サーバルたちの話し声が聞こえてくる。
「ねえハクトウワシ、ミライさん子供いるってホント?」
「ええホントよ」
「ヒュ〜……」キタキツネが口笛を吹く。「ミライも角に置けないわね」
「旦那さまはすごく幸せ者ですね!」
「それが、違うんですドールさん」
ミライは振り返って言う。
「血は繋がってなくて……養子なんです。でも――心で繋がっています。みなさんのように」
身だしなみを整え終わり、ミライは端末を自撮り棒に取り付ける。
「お、昔の髪型だね」とシャチ。
「ええ。みなさんの思い出のままでしょう?」
ミライはそう言って、カメラを空に伸ばす。
サーバルとキタキツネ、ドールがミライの前に、ハクトウワシとアムールトラは後ろに、そしてシャチが隣に来てフォトの用意ができた。
「じゃあ、いきますよ。笑って〜」
シャッターを切る。
最高のフォトが撮れた。
皆はその写真を見て、嬉しそうな顔を見せ合う。
「……そろそろ行きますね」ミライは言った。
「うん。元気でね」
「菜々によろしくね。あ、もしみんな帰ってこられるようになったら、肉まん忘れないでよ」
「隊長さんたちやカレンダさんにも、私たちは元気で幸せに暮らしてますって言っといてくださいね!」
「ええ。必ず」
ミライは舟を出港させる。
エンジンを轟かせ、舵を本土へと切った。
フレンズたちはミライが水平線の彼方へ行って見えなくなるまで、見送ってくれる。
一面の青に囲まれ、ミライは晴れ晴れとした心で家路についた。
了