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まいこ
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第百夜 ほか - まいこの小説 - pixiv
第百夜 ほか - まいこの小説 - pixiv
11,430文字
第百夜 ほか
私の宇善のサビ、善逸くんの見てる世界、見つめてる宇髄さん、アガツマは繊細なんだぜ、溢れちゃう天元くん(23)などなどをつめこんだ、宇善ワンドロ提出物を少し手直ししてまとめました。毎度ながらわかりにくいポエムが多いです。最後のは、作中にも出てきますが某小説のパロディ?。

[凡例]題名(世界線/宇善の進み具合)
①秋の桃源郷(キメ学/わりとできたて)
②全部残暑のせいだ(キメ学/できあがってる)
③あふれる、そそぐ(原作/できたばっかり)
④holly night(原作/できあがるまでもう二押し)
⑤第百夜(キメ学/今まさにできあがりそう)
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2020年1月30日 17:31


▪️Ⅵ.ⅴ 秋の桃源郷

 放課後、美術室。教師と生徒、二人っきり。  ひっそり訪ねてきた金髪の男子生徒を招き入れた輩先生は、そのまま扉に鍵をかける。  さすればたちまち、ここはひみつの花園。とはいえ季節は秋、花はもう盛りを過ぎたが、教室の大窓や、小破した壁——れっきとした創作活動によるものだ——から見える、紅や黄に染まった木々が実に鮮やかだ。腕を引かれて教室の奥、すっかり真っ赤な十七時の西日に照らされて、ないしょで二人は唇を触れ合わせた。

「…ん、せんせ。まって」 「残念。待たない」 「んぅぅ……」

 後ろ頭に大きな手を添えてしまえば、腕の中に閉じ込めた恥ずかしがり屋も、抵抗したって逃げられない。まぶしい金髪と同じ色の眉毛を限界まで下げて困ってしまった生徒——我妻善逸は、頰をじわじわ染めながら、輩先生こと宇髄の止まない熱を受け止めるのに徹した。いや、別にいいのだけど。二人は晴れて恋人なんだし、困ることなんて本当は何もないのだけど。善逸がこうしてぐぬぬと唸ってしまうのは、強いて言えばの悩み事で、付き合いたての彼氏の愛の濃ゆさと重さに毎日目を回してしまっているからで。善逸がぐるぐるきゅんきゅん胸を高鳴らせている間にも、重なった粘膜のすきまで、軽やかなかわいい音が何度も何度も鳴る。しっとり表面がぬれてきたと思ったら、宇髄が下唇に甘く噛みついてきて、驚いた小さな口が思わずぱかりと開く。その瞬間を逃さなかった大人の器用な舌が、てらてら色づいた小さな舌に絡みつこうとのびて、ひわいに重なる奇跡のコンマ数秒前。  善逸はフリーだった腕をやっとこさ動かして対抗した。具体的には、両側からぶにぃんと、宇髄の頬をつまんでのばしてやった。

「…ぷはっっ、おいッッ違うでしょーよ!あっぶねー流されるとこだった!!」 「…にゃんだ、ひゃなへ」 「ププッ…ヤダ先生、何言ってるか分かんないよ……ヒェッ!んなスナイパーみたいな目で見るんじゃないよ!!わかった、分かりましたよ手離すから目だけで殺さんといて…」

 せんせのほっぺ意外と柔かった、とか思いながら善逸が頰肉をそっと手離すと、宇髄はハァ、とわざとらしくため息をついた。まぁ、キスを拒まれたところで身体はまだ解放してやらない。ずるずる膝立ち状態に崩れていった善逸に合わせ、ドッカリしゃがみ込む。

「てめぇ、派手にムードぶち壊しやがって。学会だ出張だと忙しくて久方ぶりに会う恋人様をもっと恋しがり堪能しろってんだ」 「ハーッ頭の中も雰囲気も桃色にしやがって!!俺はねぇ、真面目に!ちゃあんと宿題提出しに来たの!アンタといちゃつくためではないの、決して!!ヒアイズ学校!!」 「?……、ああ。宿題ってそれか。もう出来たのか、今回はまた随分早いな」 「ふふん。今回はペンが乗りました」 「それを言うなら筆が乗る、だろ」

 傍にずり落ちていた善逸の黒い通学リュックの中から現れた黄色いファイルは、宇髄にもお馴染みのものだった。ギャンギャン語られる文句を聞き流しながら、それを受け取る。  善逸は、なぜか宇髄に任命されて月イチ発行の学園だよりにコラムを連載している。作者は非公開、謎の人物による学園所蔵の複製絵画紹介コーナー。拙いながら独創的な文章が生徒の間で地味に話題になり、まぁ何だかんだと色々あったが、早いもので初めての執筆からもう五か月が経とうとしている。季節は巡り、二人の関係も変わった。ちょっと不思議な気分に浸りつつ宇髄がファイルを受け取ると、善逸はとつぜん脱兎のごとく美術室の扉めがけて飛んで行った。

「オイコラ善、」 「せんせ、お疲れ様です出張おかえんなさい。それ、おすそ分けですよ〜!」 「は、」 「ねぇ、中庭の木がさ、今すっごい綺麗なんですよ!先生アレ描いてくださいよってか描いた方がいいと思いますよ。明日写生にでも行きましょー!っつぅわけで今日はすみませんがこれにて。本日はね、愛しの禰豆子ちゃんと野郎どもが待ってるんで!」 「おめー!結局俺を差し置いてあいつらか!」

 振り返ってニヒヒと笑い元気に駆けて行った愛し子、の、背中を見送るでっかいふられ虫。  小破した壁から吹いた木枯らしが入ってきて、イケメンの虫さんはぶるりと震えた。ついさっきまで腕の中に抱いていた甘い体温が、無性に恋しい。  まあ仕方ない、善逸にも彼の生活がある。あっという間の中高六年間、教師としては友達とのきらめくかけがえのない時間も大事にしてほしい。派手に育め友情。ふぅと一息ついて仕事モードへ、真面目な善逸くんの文章を添削しようとファイルをひっくり返す。返す…、と。

「……!」

 はらはら、ひらひら。舞い落ちたのは赤、黄、橙、緑、グラデーション。採れたてなのだろうか、随分綺麗で肉厚な葉の多いこと。察するに、自然に関して目が肥えている、山育ちの善逸の友人達が関わっているのだろう。カサ、と音を立てて最後に出てきたルーズリーフはいつもの物だ。真っ赤なモミジの茎をくるくるいじりながら提出物を流し読みして、宇髄は思わず笑ってしまった。特に逸話のない絵だというのに、まあなんと想像力に富んでいらっしゃること。

「おすそわけ、な」

 ふと、過ぎたあの夏の日、初めて善逸の色づいた唇を奪った時のことを思い出す。  …今日の続きと、それから。甘やかな唇の感触は、また明日さらに上書きされることだろう。

“例えば、絵の中に入ってみるのはいかがだろう。思い切ってこの手を取って、さあ飛び込んでみてほしい。——貴方が足元で葉を踏み鳴らし、見上げてはにかむ姿を、私は隣に立って見つめている。二人指を絡めて、美しく色づいた秋の森の中へ奥へ、さそわれいざなわれてゆくのだ。赤に黄色に橙に、木の葉は頭の上で鮮やかに揺れるけれど、見据えたこの先、木のトンネルは明暗を繰り返す。そんなちょっぴりあやしく不可思議な魅力が、我々の心を掴んで離さないのだろう。 …手をしっかり握り直して。さあ、ここは誰にも秘密の桃源郷。めぐる季節を、貴方とともに。(Z.A.)”

参考作品:モネ 《サン=ジェルマンの森の中で》





▪️全部残暑のせいだ

 教師でもやる気を出すのがなかなかに難しい、とある九月の月曜、朝。夏休みが明けてから数週間たつものの、いまだに長期休暇の恋しさを断ち切れない暗い顔の生徒たちを横目に、宇髄は美術室を目指していた。朝の職員会議の資料を、美術室の教卓に置きっぱなしだったのだ。会議は十分後、美術室まで片道五分。若干汗ばみながら瀬戸際の部分を小走りしていると、曲がり角から眩しい金髪が飛び出してきた。

「ぅわプっ!?」 「!、よォ善逸、奇遇だな」 「んわ…これは筋肉ダルマじゃなくて女の子とやりたかったやつじゃん…」

 胸筋にダイブして来た男子生徒の顔を見て、宇髄は思わず笑顔になってしまった。恋人だ。誰にも存在は内緒の、可愛くて仕方ない愛し子。  思ってもみなかったところでせっかく出会えたにもかかわらず、制服を着たこの七つ年下の恋人は迷惑そうな顔をしてみせた。まあ、こんな関係になってからもうすぐ一年、そんな反応もいちいち気にはしない。いつもなら、廊下で出会えば小突いて二、三口からかってやるのだが、あいにく今宇髄には時間がなかった。あちらもあちらで、朝の委員会活動をやっとこ切り上げて、五分後に始まるホームルームに向けて猛ダッシュしていたところだそうだ。  お互い先を急ぎますね、おうそんじゃァまたなと言葉を交わして再びそれぞれ走り出そうとしたのだが、宇髄はひとつ気になって、とっさに半歩後ろの襟首を掴む。

「うグェっ!?しま、絞まる!なにっ何なの!?俺早くいかなきゃやばいんだってば」 「秋口とはいえ今日も気温三十度近いってのに長袖とはちっと気が早ぇんじゃねーの?結局汗だくじゃん」 「は……、ハアアアア???」

 振り返った善逸は、口の端をひくつかせながら隣の校舎まで聞こえそうな勢いで叫んだ。  でも宇髄だって、おめー頭沸いてんのか?と聞きたい。朝の八時そこそこでも既にじんわり暑い陽気が降り注いでいるのに、今日の善逸は学校指定の長袖ワイシャツで腕まくりもせずに走っているのだ。汗ダラダラになりながらそんな格好しているなんて。地獄という名の受験生の夏か、やって来てしまった新学期に絶望しての奇行なのだろうか…とか思ってしまう。ちなみに、もしかして風邪でも引いた?大丈夫か?とかいう胸キュン気遣いは今の宇髄は特に持ち合わせていない。

「なに、まさか…まじで自覚ないワケ」 「はぁん?」 「ハァン?じゃネーよッッ、分かってんのかどうか聞いてんだ淫行教師!!」 「なんだよ」 「ムッッキィィィわかってねぇな!?むかつく!!もー怒った!!」 「おい何、」 「触んじゃねぇ、今の俺は放電してんぜ!髪の毛一本でも触れればバチバチ焼いてやっからな!!それじゃあアンタとはもう口聞かないんでどうぞゆーっくり反省してください、じゃーなッ」

 漫画みたいに髪を逆毛立てた善逸に、不細工顔で早口にガミガミまくしたてられた宇髄は呆気にとられてしまう。自覚、それから反省。なるほど宇髄に非がある口ぶりだが、いまいち思い当たる節がない。が、自分にビシィッと指差し駆けていく善逸をぽかんとして見送る時、ワイシャツの袖口から素肌がチラッと見えて、宇髄はやっと思い当たった。  先週末金曜日放課後の、秘密の話。  勉強漬けの夏が明け、実力テストもひと段落、やっと少し落ち着く時間が取れる頃合いで、宇髄は美術室に呼んだ善逸をひさびさにゆっくり追い詰めた。教室の空間を遮る、衝立の奥。宇髄のソファに投げ出された腕、半袖から伸びる乳白色がどうにもなやましくて、ついついおイタが過ぎてしまったのだ。日に焼けていない腕の内側の白 い部分を存分にいじめ倒して、宇髄先生は大満足。半泣きの善逸に我慢できなかったのである。  そんなわけで、いくつか朱色の花が咲いた腕を暑さにべそべそしながら隠しているのだろうということが、わかってしまった。

「そりゃあ、まごうことなき宇髄先生の仕業だなァ?」

 …おもわず、ひとりの廊下で吹き出した。  さあ、善逸はちゃんとホームルームに間に合っただろうか。  宇髄もニヤつきを噛み殺しながら、美術室への道を急いだ。





▪️あふれる、そそぐ

「表面張力、って、知ってるか?」

 ううん、と首を横に振った。  宇髄さんはそうかと笑いながら、小さいコップを取り出して、お盆にコトリと乗せる。そのかたわらの大きな瓶には、とっても甘くて美味しそうなはちみつがたっぷり。半透明の黄金色をそうっと匙ですくうと、コップにとろぉりと垂らした。  しのぶさんが研究のために育てている、藤の花からとれたはちみつなのだそうだ。ふわっと良い香りが鼻に抜けて、とってもおいしいんだって、試食済みの須磨さんが言っていた。良いもんあるぞ胡蝶からの土産だ、と宇髄さんに手招きされて、任務帰りでお疲れの身体は素直に糖分に吸い寄せられた。  縁側に二人並んで腰掛けて、いざ試食。宇髄さんが取り分けてくれたコップを受け取って匙を口に運べば、なんともまろやかでしあわせな味だこと!

「ん、んまぁぁい!」 「本当だ、濃厚でうめぇな」

 もっともっとと、匙を動かす手が止まらない。平和であったかい晴れた午後、こんなに甘くて素敵なおいしいおやつ。ここに美人なお嫁さんたちが居れば文句なしなんだけどなぁ。なんて、口を尖らしても仕方ない。やっとこ亭主のお世話がひと段落したブレイクタイムのお姫様方を、無理やりこの場に呼び出すようなマネはしないぜ。ド派手なワガママ亭主の相手は俺に任せて、ゆっくり休憩してください。引き際スマートで気遣いに長けた俺、ウィヒヒッとニヤケていると、宇髄さんは突然呪文みたいな難しい単語を、俺に知ってるか尋ねてきた。  妄想して悦に入っているのがバレたんだろうか。もしやそれでバカにしてんのか。…いやなんにせよ、バカにはされてるだろうなぁ。  掬えばゆるやかに線を描いて落ちていくはちみつを見つめながら、ムカつく宇髄さんとは目を合わさずに俺は問い返した。

「なんすか、その、ヒョーメン、チョウ…」 「表面張力、な。水やら汁やら、こういう液体を容器になみなみ注いでも、縁から盛り上がってギリギリこぼれねぇだろ?こんな風に」 「…おお!」

 語りながら手を動かしていた宇髄さんのコップのはちみつは、表面がぐうんと丸く盛り上がっても、こぼれ出さずに耐えていた。きらめく金色の中の気泡が、ぷつぷつ、とろんと音を立てる。

「この現象、名前があったんだ。ねぇ宇髄さん、俺にもこん位おかわり盛ってください」 「自分で盛りやがれ。つーか話はまだ終わっちゃいねぇんだよ。たとえば、これにまだまだ注いでいくとするだろ」 「はぁ?え?う、うん…」

 かわいい恋人のお願いをバッサリ切り捨てた冷たい宇髄さんは、引き続き大瓶からはちみつをすくって、そうっととコップに垂らしていく。もうすでにあふれんばかりだったはちみつに、どんどんゆっくりと足されていく。  継ぎ足すたびに、とぷりとぷりと揺れる表面。あふれてしまわないかと、思わず宇髄さんの手元に釘付けになった。

「なぁ善逸。これ、このまま続けたら、どうなると思う」 「え、そんなんこぼれちゃうに決まってるでしょ。勿体ないよ、ねぇそろそろ止め……」

 あっ、と思った瞬間、時すでに遅し。  とうとう決壊した粘度の高いきらめきが、ゆっくりコップのふちを流れ出す。  だから言わんこっちゃないでしょ、と叫ぶ間も無く。床に落ちてしまっては、あまりにもったいない!反射的に手を伸ばして、金色を受け止めようとした。  コトン!と、床にコップが転がる音。  伸ばした指に、甘いはちみつが絡む感覚。  俺の手首を、コップを持っていたはずの宇髄さんの大きな手が掴んでいる。  どうしたの?はちみつ、結局こぼしちゃってんじゃん、と口を開こうとして、できなかった。

「…うず…い…、さん……?」 「俺はなぁ善逸。頑張って耐えてたんだ」 「へ、」 「だが、お前がどんどん注いでくっから、もう溢れちったんだよなァ」 「……ひ!ひぇ、」 「……あま」

 掴まれたこの左手に、はちみつが細く筋を描いている。ゆっくり持ち上げられて、薬指をぺろりとなぶられると、繋がる感覚で心臓がびっくり跳ねた。低音のつぶやきは、味に対するただの感想のはずだ。それにさえ、腰が砕けそうになってしまう。  ドキドキうるさい心臓の音、  瓶の中のはちみつが揺れるこもった音、  そして、はちみつが細く垂れる音。  発生源を見上げれば、はちみつよりとろとろに溶けた視線とかち合う。それが、俺に、まっすぐ流れ込んでくる。  奥歯に残る蜜の味に、胸焼けしそうだ。  さっきまではそんなこと思わなかったのに、胸に溜まっていくような後引く甘さに、うへぇと眉をひそめたくなる。

「…たぶん俺には、表面なんとかは効かないね」 「ほお」 「たぶんさ、俺、限界まできたら耐えらんなくてすぐにあふれちゃう。だってさ、もう、ほら」

 こぼれる。  ぽそぽそひそめた声で言ったら、おっとじゃあこぼれるまえに啜っとかねーとな、と男前の唇が近づいた。

 あとはもう、閉じたまぶたの裏側で。  そこらじゅう、甘い香りが立ち込めていた。





▪️holly night

 聖し、この夜。

「ほしは、ひかり…」

 普段の賑やかさが嘘みたいな、しずかな歌声だった。優しく語りかけるように、でもけっしておしつけがましくは無く、ささやくように歌っていた。  普段以上に、しずかな夜だった。空気がピンと張り詰めて、じきに音もなく雪が降り始めるだろう。今ささやかに空気を振るわせるのは、少年の細い音のみだった。  なんの歌だろうかと、廊下の影から耳を澄ませる。詞は日本語をしゃべっているようだが、やはり聞いたことがない。宇髄も初めて耳にする節だ。  廊下の角を曲がって進むと、濡れ縁に腰かけた善逸の、黄色い背中がある。背中を丸めて、膝の上のちいさな生き物をそうっと撫でていた。  ゆっくりゆったり、歌声は途切れない。真後ろまで近づいて上から覗きこめば、伏せられた金色のまつげが月あかりにきらきらして見えた。

「すくいのみこは、みははのむねに」

 善逸のひざにちょこんと乗せられた鬼殺隊のスズメは、その片羽を細い包帯でぐるぐると巻かれている。赤黒くにじむ血が痛々しい。  先刻、一週間の遠方任務を終えた善逸は、この世の終わりかと思うほど盛大に泣き叫びながら走り帰ってきた。弾丸みたいにすっとんで来た彼が大事に大事に手に包んでいたのは、相棒の鎹スズメ、ぼろぼろのチュン太郎。戦闘の途中、攻撃を避けきれず傷を負ってしまったらしい。  しのぶさんにんむで、いなくて、と嗚咽混じりの訴えを須磨がなだめ、まきをがすばやく傷薬を調達、手当する雛鶴の手つきを見守りながら、善逸はぐしょぐしょに泣いてチュン太郎ごめんなと繰り返していた。  命のやり取りを強いられているのは、隊員である人間だけではないのだ。鳥たちもまた、勇敢な隊士。痛ましい包帯の白の上を、少年のまだまだ細い指がなぞる。労わるように、いつくしむように。  なだらかな旋律、音の階段はやがて、歌の中で一番高いところへのぼってゆく。

「ねむり、たもう…」

 ほとんど吐息の、消え入りそうな声に、わけもなく胸の奥が詰まる。なんて切ない声で歌うのだろう。初めてだった。善逸がそんな声で歌うのを聞くのは。知らなかった。そんな、大人びた横顔をするようになったことも。  とてもじゃないけれど最後まで落ち着いて聞いても見てもいられなくなって、宇髄は善逸のつむじを押してやった。元柱ながら大人気ない、いや今はそんなん関係ない。むぎゅうと指に力を込める。

「ぐええ」 「……お前、それじゃあ今までの歌が台無しだわ」 「ンアーいってぇ…誰のせいだ。もぉ、チュン太郎起きちゃうでしょ、やめてくださいよ」 「薬が効いてるみたいだな。さっきまでかなりしんどそうだったが、スヤスヤ眠れてんじゃねェか」 「おかげさまで。もー本当、チュン太郎に何かあったら俺しんじゃうから勘弁してほしいよ…」

 ほんとにさぁ、と宇髄を振り返った善逸は、表情も声色もいつも通りだった。ただ声量だけは、常の五分の一くらいだったけれど。ともかく確認して、無性に安心してしまう。

「それよりそれ、何の子守唄?」 「ん?…ああ、讃美歌ですよ。今回の任務で入った街の外れに小さい教会があって」 「聞こえたの、覚えたのか」 「うん。きれいな歌ですよね」

 ゆめやすく、と、宇髄に邪魔された最後のひと節を歌い上げると、善逸はふぅと息をついた。

「はやく元気になれよぉ、チュン太郎」

 へにょりと眉を下げて、仕方なさそうに、笑う。  こしょこしょ柔い羽毛をくすぐりながらスズメに頰を寄せる善逸が、宇髄はただひたすらに愛しかった。片腕を伸ばして、後ろから小さな身体を抱き寄せる。

「んわ、」 「何でもいいけど、こんなとこじゃお前もスズメも冷えんぜ。早く中に入んな」 「はい。…ね、宇髄さん」 「んー?」 「お嫁さんたち、もう寝ちゃった?チュン太郎診てくれたお礼、ちゃんと言ってなかった…」 「明日にしな」 「宇髄さん」 「なんだ」 「うずいさんも、ありがと」

 も、ってなんだ。も、って。  つっこもうとして、やめた。顔を覗き込んだら、善逸も寝落ちてしまっていたから。まあそりゃあ、あんなに泣き喚き続けていたら疲れもするだろう。上官である宇髄様の腕の中で寝落ちたことも、今夜だけはチュン太郎に免じて許してやることにしよう。  健やかな寝顔にはもう、さっき焦燥を感じたような、大人びた面影はない。けれど宇髄は分かっていた。この子はこれから、自分の知らないところでもどんどん大人になってゆく。知らないのはあまりに惜しいと思った。この子をもっと知りたいし、ずっと見ていたかった。できる限りでいいから、そのかけがえのない時間を、宇髄にくれてやってほしい。なあ善逸。俺にその権利を、くれよ。

 …なんて。  本人にはゆめゆめ言えない、そんなことを考えながら。

「ゆめやすく、善逸」

 いちだんと、しずかな夜だった。





▪️第百夜

「こんな夢を見た」 「オウ、どーした藪から棒に」 「その日、街は一面の銀になった。いつもの冬ならお目見えすることも稀な雪が、わんさか降り積もったのである」

 突然美術室にやって来た善逸は、部屋の奥でストーブ前に陣取っていた宇髄を見つけるなり、表情も変えずにそう切り出した。  夢の話。雑談としてはありふれたテーマだが、そういえば昨日通りがかった二年生の教室で、指名された生徒が同じせりふで始まる話を音読していたような。そうだ、某文豪の有名な小説だっけ。履修中の善逸もそれを暗唱でもして見せるのかと思ったが、別にそういうわけではないらしい。語られるエピソードは、宇髄の知る十の物語のどれでもなかった。

「ちょうど今日みてーな日だった訳か…つーかお前、なんでここにいる。式は」 「テレビは朝から雪のニュースで持ちきりだ。気象予報士が言うには、この大大大寒波、ある種超常現象なのかも分からない、とのこと。なんでも温暖なこの街では、十二月に雪を観測するのは百年ぶりなのだという」 「オイ話聞けよ。…イヤ百年はさすがに嘘つけ。暖冬つっても五年前あたりは今頃降ってただろ」

 宇髄の記憶が正しければ、今はキメツ学園二学期終業式の真っ最中だ。式の最後には風紀委員会顧問の冨岡から服装チェックワーストランキングが発表される予定だが、我妻委員はこんなところにいて大丈夫なのだろうか。まぁ、教師の宇髄がなぜ美術室にこもっているのか、そこも突かれると少々痛いので、敢えて善逸にも深追いしないことにする。…宇髄の方は保安要員といったところだ。主にダイナマイトの。  気を取り直して。宇髄がお前一体何の話してんだよ、と「百年ぶりの雪」に突っ込めば、そりゃあもちろん夢、と仰々しく返された。そうだ、夢の話だった。なるほど夢ならそんなものかもしれない。宇髄はふぅん、と呟いて黙る。話は淡々と続く。

「私はというと、この街に住む平々凡々な少年であった。…ここからが肝心だが、寒いのはからきし苦手な質だ。ガキだし雪とかめっちゃ好きだろ、とか決めつけられちゃたまったもんじゃない」 「へいへい。で?」 「だというのに、私はあまりに哀れであった。早朝から幼馴染の野生児に雪合戦に連れ回され、登校後は風紀委員の校門前服装チェックで極寒の中雪だるまとなり、流れでまさかの校庭雪かき命令。雪のせいで白い風景に目はちかちかするし手も足もじんじん冷えきってしまった、ので、ある」 「ホー、そりゃあ災難だったなァ」

 ずびび、と啜る鼻の頭は、かわいそうなくらい朱色に染まっている。  善逸は持っていたカバンを床へ落とすと宇髄の隣に並んで、ストーブに手をかざした。じんわりした熱気にそっと手を近づけて、一回ぶるりと大きく震える。

「んぶるるっ…。ふぅ〜〜……で、だ。身体の芯から冷え切った哀れな少年は、とうとう嫌になった。今日で今年の授業もおわりだし。そう思って吹っ切れた。しもやけで赤くなってしまった手をすり合わせながら、向かうべき体育館ではなく美術室の戸をたたく。そしてなぜか居た教室のあるじに、いかに朝から悲惨だったか話して聞かせれば、そりゃ災難!と笑いやがる」 「はは。そんで?」 「少年は、教室のあるじ…美術教師の、面白がるような態度に頭にきたが…まあ、いつものこと。広い心で許してやった」 「どーもね」

 宇髄は立ち上がり、ストーブの真正面を善逸に譲ってやった。大人気ない意地悪な物言いも許してくれた哀れでかわいい教え子に、熱い紅茶でも淹れてやろう。そう決めて背後の戸棚からマグカップを漁り始めたところ、背後で派手にガラリと窓の開く音が響く。一体何かと振り返れば、ストーブ前から早くも離脱した善逸が、せっかく暖めたこの空間に盛大に冷風を呼び込んでいるところだった。

「……しかし、それにしても雪が降る。音もなくしんしんと、ひたすらに降る!ほら、こんなにも果てしなく……ッッッさむぅ!!アハハ」 「テメェッ頭湧いてんのかあったりめーだろ!?換気なら雪止んだときにしろ!窓締めろ、はーやーく!!」

 窓を全開にして上半身を外へ乗り出し、両手を広げた善逸はからからと笑った。唸り始めた北風が雪を大量に巻き上げて、勢いよくぬくい室内にとびこんでくる。クソガキめ、一瞬前まであんなブルブルしてストーブに引っ付いてたじゃねーか。やっぱり本当は雪めっちゃ好きだろ!?  ゲンコツ一発くらわしてやろうと拳を握って全開の窓へ駆け寄った宇髄を、善逸は嬉しそうに見上げた。

「せんせ、ほら見て」 「何!はやく!さみぃんだよ窓しめろ」 「結晶」

 風がものすごい音を立てる中でも、こっそり囁くような善逸の声が、確かに宇髄の耳をくすぐった。  善逸の黄色いセーターの下からさらに伸ばされた袖、黒いインナーの手首。示されたそこには、白い粉雪がまばらに降り積もっている。よくよく目を凝らせば、言うとおり、小さな小さな雪の結晶がいくつか、崩れずにそこに鎮座していた。拍子の抜けた宇髄はゲンコツのことを一旦忘れ、それをまじまじと観察する。

「へェ…ちゃんとこの形のまま降ってくんだな…」 「ね。きれいだね」

 透き通った繊細な氷が、こまかく美しい形を成している。それが、金色の柔い髪に、はねるまつげに、小さく暖かい手の中に降り立っていた。やがて温みに溶けて水になるのだろう。善逸はそれをただじっと見つめていた。この世の不思議なものを見るように、愛しいものを見るように。  ——ああほら、またこの瞳。  きっかけが何だったかは思い出せない。けれどいつからか、宇髄は知ってしまったのだ。善逸の好きな、綺麗なもの、かわいいもの、美しいもの。まばゆいいのちの輝きに出会うたびに、この少年の瞳がこんなふうにきらめくことを、知ってしまった。日々の中でまたたき光るはちみつ色に出くわすたび、宇髄はいつでもそんな彼に目を奪われてしまう。ずっと見ていたくなって、もっと見たくなって、もっと知りたくなって——ただの教え子に対する感情には、そろそろ収まりきらなくなる。  片手で窓をそっと締めた宇髄は、子どもの細い指先にくっついていた粉雪をぺろりとひとなぶりする。驚いた善逸がこちらに振り返ったのをいいことに、その背中を窓壁に追い詰めて、ぽかんとあいた口を優しくふさいだ。  冷たくて青い氷の味が、ふたりのあわいで甘くとける。  やがて、体温のなじんだ唇が、音もなく離れた。

「夢からは醒めたか?クソガキ」 「…せんせい」

 さっきのきらめきを瞳に宿したまま、善逸は宇髄を上目に見上げた。冷たそうな鼻の頭が、小さな指先が、ばら色に染まっている。寒そうだ、はやく暖めてやりたい。頰や耳がそんな色なのも、果たして冷えたせいだろうか。そういうことにしておこうか。

「…百年後」 「ん?」 「百年後、白い花になって恋人と邂逅を果たすんですって。ロマンチックですよね」 「今度こそ漱石の話か」 「先生は花じゃなくて、雪になって逢いにきたわけですか」 「…それさ、意味わかって言ってんの?」

 美術室でふたりきり。終業式をさぼった教師と生徒は、潜めた声で内緒話を交わす。少年から肯定のことばが返ってくると、教師はただの男の顔になって、愛しいその身体を抱き上げた。

 そして少年の視界は、一面の暖かい白銀色で覆われる。

 実に、百年ぶりのことであった。





第百夜 ほか
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②全部残暑のせいだ(キメ学/できあがってる)
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