==2022 新年特別編==
新しい年を迎えました。
読者の皆様、昨年は本当にありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします。
こちらは時間軸とか全部無視した一種のパラレルワールドです。多分、後で消します。
そのため、何でここにこのキャラがいるのかとか気にしないでください(笑)
新しい年が来た鐘が街中に鳴り響き、全員でまずは言葉による挨拶を交わす。
「新年おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「今年もよい年を見られますように」
この世界では新しい年を「迎える」ではなく「見る」という言い方をする。自然を迎え入れる、という発想がないからかもしれない。
前世の中世だと新年のはじまりさえ一定ではなかった。国ごとに使っている暦が違うからだ。それとは別に教会暦という教会が作った暦もあり、それもまた違っていることは珍しくない。
だがこの世界ではそういうものはない。王の即位日とか建国記念日とかが違うのは当然だが、基本的にヴァイン王国の一月一日は他の国でも一月一日だ。わかりやすくてありがたい。
ちなみに前世の教会暦だと十二月二十五日は冬至の日であり、キリストの誕生日は新年一月になってから。
新年の祝席はこの世界独自の物だが、祝祭のマナーみたいなものは他の宴とあまり変わらない。このあたり、日本のゲーム的な部分とこの世界独自のルールとが混在している感じがある。
「ホームパーティーなんでテーブルマナーとかは無視してくれていいが、これと乾杯だけはやらせてもらうぞ」
儀典官役の俺がそう言いながら、焼きたてのパンを用意。本式の手順で言えば一つ飛ばしているが、
パンをテーブルに乗せ、パンの上を横に切り取り、銀の皿に乗せてこの場の最高位になる
受け取ったラウラがくすくす笑い出した。
「今は焼きたてのパンも普通に食べられますからいいですね」
「以前は違ったの?」
マゼルが不思議そうにそう問いかける。それが自然な反応ではあるんだが貴族階級の側にいる立場としては何とも説明しにくいというか何というか。
「数代前の国王陛下がその法を撤廃したのですが、それ以前は『その日焼いたパンを食べられるのは王族と国賓のみ』だったのですよ」
ラウラがさらっと説明してくれた。うん、実にしょうもない法律だと思う。ちなみに王族以下は宰相であっても貴族階級なら前日に焼いたパン、それより下の騎士や使用人とかは二日前に焼いたパンでないと食べてはいけなかった。
平民は三日以上前に焼いたパンだから季節によってはガチガチになっていたはずだ。着る物同様、パンでも階級ごとに差をつけていたわけだが、何度も言うが意味のない法律だ。その日焼いたパンが食えないからって王様を崇めるわけがなかろうに。
「あの当時は市場法だけで八〇〇ほどありましたから」
「パン屋が法で規制されていたぐらいだ。不当な値段とか妙な混ぜ物をしたり重量不足のパンを売ると市中引き回しで晒しものとか」
ラウラの発言に俺が続ける。精製した小麦から焼いたパンと未精製の挽き割り麦から焼いたパン、雑穀パン、それぞれに重さと価格が決められていたし、罰則もそれぞれ違う。法務の人間が過労死しそうな話である。
もっとも市民の方も市民の方で、冗談のような話だがパン種を捏ねるためのテーブルと捏ね台に穴が開いていて、中に弟子を潜ませてパン種をかすめ取っていたという話もある。小麦を持ち込んでパンを焼いてもらった側だけが損をした格好だ。
混ぜ物の中には小麦粉に竈の灰を入れて嵩を増したパンまであったらしい。パンを焼く店なら灰は余るほど出るだろうが、どんな味になったんだか想像もしたくないな。
手洗盤を持って全員を回る。儀典官がこれをやるのがマナー。正式な式典だとこれにも順番があるが、さすがに今日はそこまでする気はない。とは言うもののラウラからになるのはしょうがないだろう。
「今でも
「極論、牛は草食わしておけばいいが馬はそうもいかないからな」
回っている最中に声を上げたマゼルの疑問にはそう応じた。この世界では牛の扱いってそんなものである。荷運びには使うが、肉は魔物の肉の方が美味いし、チーズやバターも牛以外のものが多い。ミルクは使うけれど、味にはあまりこだわりがない人がほとんど。
一方、馬は偏食とまではいわないが、結構食うものを選ばないといけないので、食べてはいけないものは混ぜていませんという証拠の検印が押されているわけだ。
実はリンゴの種なんかも馬には食わせない方がいいものに入るので、リンゴをあげるときは芯と種を取るのが普通。数千頭の馬にこれをやるんだから騎士団所属の馬丁には頭が下がる。
そんな話をしながらワインや果実酒を用意。ラウラはローズヒップワインとはおしゃれな。リリーはあまり強くないらしいのでワインをレモン汁と水で割り、蜂蜜をちょっと入れたカクテルを用意する。エリッヒはマルメロ酒とはまた珍しいものを希望してきたな。母も好きなのであってよかった。
ルゲンツとフェリは何でもいいらしい。そう言うだろうと思ったよ。とりあえず今年はリンゴのビールであるシードルだが今度はきつめの蒸留酒でも用意しておいてやるぞ。俺とマゼル、それにウーヴェ爺さんは普通のワインだ。
「では乾杯」
「乾杯!」
音頭を取るのも儀典官の役目。俺が乾杯を宣言し、まず主席のラウラがグラスを掲げてその後で全員がグラスを上げて唱和する。
これはこの世界独自の思想になるが、まず空にいるはずの神様に乾杯。太陽は神の恵み、月は神の安らぎ、星々は神の用意した無数の希望、という事になっている。ファンタジー世界で神様が実在しているから、案外事実なのかもしれない。
「そして木々にも乾杯」
「乾杯」
これは貴族のではなく民衆の儀式。マゼルやリリーたちは村の中で最も古くて大きい木に対して乾杯の儀式を行っていたそうだ。
とは言えさすがにここではそんなこともできないので、クリスマスツリーよろしく小さなリンゴの木が植木鉢と共にこの部屋の中心に鎮座している。俺やマゼルでも運ぶのは大変そうだが、ルゲンツとマックスが二人がかりだとあっという間だった。
「周囲を踊りながら乾杯をして、お酒の半分を木に注ぐんです」
「そのほかに木の実で作った小さなクッキーを三つ、グラスに浮かべておいて、一つは木の下に置いて、一つは枝に乗せて、最後の一つは自分で食べるんだ」
「へぇ」
リリーとマゼルが詳しく説明してくれた。俺やラウラはそういう素朴なやり方は知らなかったんで思わず感心してしまう。
「自然の恵みを分け合うというわけですね」
「素朴な儀式じゃが一体感を味わうことはできるかもしれぬな」
エリッヒとウーヴェ爺さんも興味深げだ。こういう違いを蔑視するような人間はここにいないのはありがたい。爺さんは好奇心の方が先に立っているだけのような気がしなくもないが。
乾杯を終えた所で前菜ではないが最初の皿が出てくる。最初に木の実や果物が出てくるのは酒の肴的な一面もあるが、冬に果物を出すというのは単純にそういうものを用意できるというハッタリ的な面もあったりして。
果物と薬草のパイを目の前に置かれたラウラが意味ありげに笑った。
「演奏はないのですか?」
「そういうのは宮中だけで勘弁してください」
ラウラにそっけなく応じたが、予想していたのか逆に笑われてしまう。よくわからない、という表情を何人も浮かべたんで簡単に説明することにした。
「乾杯の後に演奏、その後で最初の皿。最初の皿が下がるとまた何か見世物が入り、それが終わると第二の皿、ってのが祝宴のパターンなんだ」
「十皿目ぐらいになると見世物を見ている人も少なくなりますけどね」
ラウラの追加情報に苦笑いを禁じ得ない。ちなみに最も大きな祝宴だと最後のデザートは二〇皿目。一皿一皿の量は多くないとはいえ、途中に酒も入るんでそこまで来るのに誇張抜きで丸一日はかかるらしい。俺もそんな長いのに参加した経験はない。
調理場と正規の宴を開く会場までの距離が長いから、そういう形で時間を埋めないといけないという理由もあったりするのは確かだ。
「見世物ってどんなの?」
「楽団の演奏、手品師の手品、吟遊詩人の歌、道化師の物真似、寸劇なんかもあるな」
「ちょっと見てみたいものもあるなあ」
フェリがそんな事を言っている。実際の所、そういう芸人のレベルは高いので退屈はしない。単にずっと座っているのが面倒になってくるだけで。
「そう言えばヴェルナーも演奏できるんだっけ」
「お前はそういう余計な事を言うな」
学園で一度俺の演奏を聞いたことのあるマゼルが余計な情報を口にしやがった。ダンス同様、貴族のたしなみとして鍛えられたんだが、どっちかというと得意ではないんであまり人前で演奏する気はない。
だからそんな聴いてみたいという目を向けないで欲しいんだけどね、リリーさんや。
「何を演奏されるのです?」
「これですよ」
エリッヒに物真似だけして見せる。フィドル、ヴィエレもしくはヴィオールと呼ばれるヴァイオリンの原型みたいな楽器だ。前世でも一四世紀ごろには存在していた。弦の数とかは地域差があるんで一定していないが、俺が弾けるのは四弦の奴。
演奏の話をのらりくらりと躱していると次の皿。虹色の羽が飾られた鳥の丸焼きに見えるものがテーブルの中央に並べられ、フェリが乗り出すようにそれを覗き込む。
「うひょー、美味そう。
「それのまがい物だ」
「まがい物!?」
フェリが驚いた声を上げる。小麦粉とかパイ生地のようなもので
パイ生地の中にはローストされた
「何でまたこんな格好に?」
「まず見た目が華やかだろ。見た目で楽しませるのが第一。味が第二」
「味?」
この辺、不思議なことに前世の孔雀料理に近い。前世の中世では孔雀は不老不死の鳥とも呼ばれ、その肉は珍重されていた。おもてなしに必須の鳥だったわけだ。
前世でもアーサー王が一羽の孔雀を百何十人かに公平に切り分けたという描写がある。一人の量については何も書いてなかったが、そこに関しては何も言うまい。百何十人かで分けるほど貴重だったということは解る。
そのほか、前世の中世には騎士による“孔雀の誓い”というのもあり、孔雀肉を食べながら何かを誓う、というものもある。もっとも飲み食いしながらだから内容そのものは大したことはない。「意中の女性に告白するまで髭を剃らない」とかそんな感じ。
ところが何というか、孔雀の肉って一言で言えば美味くない。筋が多くて硬くて煮込まないと噛み切るのも大変。そのため、中世中期ごろには“孔雀の誓い”はいつの間にか食っても美味い“鴨の誓い”に変わっていた。それでいいのか騎士様。
さらに時代が下るとこういうマジパンとか小麦粉で形だけ真似た
その他にはパイやマジパンの格好も様々で、ドラゴンだったりキメラだったりすることも。そう言えばこの世界に干支ってないな。
この世界だと孔雀が
この時代の料理に使われるハーブは結構種類が多い。パセリやセージ、バジルやナツメグ、カルダモン、オレガノ、シナモンあたりは前世の中世と同じだが、
これらに塩胡椒、パセリやミント、タイム、ニンニク、酢やワインやバターを使って料理をする。バターも馬、牛、羊、山羊とではそれぞれ味が違うから、バリエーションは意外と豊富だ。癖はあるかもしれないが慣れると結構美味い。
平民はともかく貴族は結構贅沢してるんだよ、うん。
「へえ、結構複雑な味なんだなあ」
「こういうのもいいですね」
フェリとエリッヒが何やら論評会状態。ルゲンツは量が少ないと文句を言っているが、そもそもルゲンツは体も口も大きいんだよ。ウーヴェ爺さんは……健啖家でございますな。マゼルはリリーに何の肉かを説明しているようだ。
次は卵料理で、これも贅沢さをアピールする一面がある。さすがに生卵はないがゆで卵を刻んだものやポーチドエッグ、フライにしたものや直接焼いた卵焼きに近い物、スクランブルエッグなど卵尽くしだ。
ただこれもさすが貴族家というか盛りつけが華やかなんで映える。冬の中で黄色というのは特に目を引くな。
ものすごい余談だが、前世中世におけるリチャード二世の王宮では、年間十三万二〇〇〇個も卵を使ったらしい。一日平均三六〇個。贅沢アピールじゃなくて本人が卵好きだったらしいが、いくら何でも使いすぎだろ。カロリーどうなってたんだ。
「卵料理は誰に対しても出せるからよいの」
「まったくです」
珍しくウーヴェ爺さんがそんな事を言ってきたんで思わず頷く。このあたりは貴族階級にしかわからない悩みになるな。
例えばツェアフェルト領ではある種の豆類が名産なわけだが、父が招かれた貴族家では豆をメインにした料理はなるべく出さないようにする。「貴方の所の豆が一番おいしいのですから他の食材でおもてなし致します」というわけだ。
だから執事ってどの貴族家の何が名産かを知っていて、客にあわせてどの食材は使わないようにとかを料理人に指示しなきゃいけない。執事の頭の中身は本当にすごいことになっているはずだ。
次に野菜を煮込んだシチューのようなものが出てくる。冬に野菜が入っているのも贅沢の象徴で以下略。
アーモンドなどの豆類やフルーツ、
「中にあるのは包み料理ですね」
「ああ。鹿と子羊の肉だと思う」
誤解を恐れずに言えば餃子のような包みになっているものだ。ロシアのペリメニの方が近いかもしれない。肉汁が逃げないので肉の味がよくわかる。年取っているとちょっとしつこいんじゃないかという気もするんだが、ウーヴェ爺さんよく食うなあ。
ところでこの世界にもミンチ肉をまとめたハンバーグのような料理はあるが、ハンバーグではなく
ただ、この世界だとあまり好まれていない。何の肉を混ぜているかわからないというのが理由だ。羊頭狗肉に似た表現として「魔物肉と言いながら家畜肉を売る」という意味のことわざがある。
それでも家畜になる動物の肉ならまだいいが、町では下水に住み着いていた鼠の肉を混ぜていた例もあるらしい。この場で話題にする事ではないから黙っておくけど。
最後は
今年が楽しい年になりますように、という意図を込めて人形お祭りパレード風のお菓子が並んでいて、ラウラとリリーが楽しそうに見ている。
これはフルーツ類で飾られているほか、練り込んである蜂蜜の味が違う。薔薇の蜂蜜とか林檎の蜂蜜とか、同じ蜂蜜でも風味が変わるのを利用しているわけだ。当然ながら種類を多く揃えるだけでも結構な贅沢という事になる。
「あ、これマゼルに似ています」
「あ、本当ですね」
ラウラとリリーの声に思わず人形類を見直すとルゲンツやエリッヒ、ウーヴェ爺さんやラウラに見えなくもないようなものもある。
なお俺とリリーに見えるような奴は見なかった振りをしておこう。フェリ、その人形を見て笑ってんじゃねえっての。
菓子を食べ終わり、最後にもう一度乾杯して、祝席が終わった。この最後の乾杯では何かを願いながら飲むと今年一年の願いがかなうとされているが、おまじないの範疇だな。そういうのは信じてはいないが嫌いでもない。
帰宅する全員に土産となる物を手渡して新年の祝席が終わり。マゼルは客室なんで土産はなし。後でまた一緒に飲むかもしれないがそれはその時という事で。
終わった終わったと伸びをしながら自室に引き上げる俺にリリーが付いて来た。
「ヴェルナー様、こちら飾らせていただいてもよろしいですか」
「ん、ああ。いいよ」
一日から五日までドライフラワーを部屋に飾るのがこの世界での新年。輪飾りみたいなもんか。リリーが持ってきたのはハーブか?
「それは?」
「ローズマリーです」
まず思いつくのは料理に使う奴だな、という程度の認識。前世でも厄除けの薬草と言われていて、効果があったかどうかはともかく、ペスト除けにも利用されていた。そういう意味では縁起がいいんだろう。
ちなみに草のイメージがあったが成長すると二メートル近い木になることをこの世界に来て初めて知った。
「わかった、頼むよ」
「はいっ」
嬉しそうに窓際に下げている。楽しそうだからいいか。
ローズマリーに『変わらぬ愛』と言う花言葉があることを後日ティルラさんから聞きました。
うん、すげぇ恥ずかしかったです。