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この作品「【12/12 新刊サンプル】もっと天国にしたくて」は「ツイ腐テ」「twstBL」等のタグがつけられた作品です。
【12/12 新刊サンプル】もっと天国にしたくて/零ちゃんの小説

【12/12 新刊サンプル】もっと天国にしたくて

13,255 文字(読了目安: 27分)

2021/12/12 東京ビッグサイト DozenRoseFes.2021
『このトキメキ♡ルール違反』 
ペチカさんのサークル、東7O52a「北のかまど」にて委託頒布。
全年齢 P44/A5 /500円

新刊『もっと天国にしたくて』

テーマは、彼と恋人が幸せに暮らそうとする、その様です。

基本的に、フロリドが幸せいっぱいに暮らしていたり、お互いの惚気話をしたりするだけのほのぼのハピハピストーリーです。ただモブがかなりしゃしゃります。それと最後に大往生する描写があります。苦手な方は、お気をつけください。

何度もwebで公開したり非公開したりしてる拙作だったので、もし見飽きた方は2ページ目から番外編の冒頭が載ってます。

1…もっと天国にしたくて(サンプル参照)
退職後のフロリドが、終の住処を探して
幸せに暮らすまでのお話です。

2…サタンの追放
フロリドの家に強盗が入ってしまうお話です。
しゃしゃるモブの視点で進みます。

3…証人
十七歳の少年がフロリドの家に迷い込んでしまうお話です。
こちらもしゃしゃるモブの視点で進みます。

4…休日のブランチと返事のない手紙 つつつの様
内容の一部が抜粋されたサンプルがTwitterに掲載されております。
→Twitter(@tututuno0311 )
https://twitter.com/tututuno0311/status/1468561147884236805?s=21

5…死後の世界など捨てませんか
もっと天国にしたくてのエピローグです。

今回はペチカさんご厚意により、委託頒布させていただけることになりました。ペチカさんの新刊も、本当に本当に素晴らしい、続きの気になる作品となっております。ここからサンプルに飛べますので、よかったら是非チェックしてみてくださいませ!
novel/16193188

通販のお知らせは、イベント後。
Twitterにて告知したのちに、こちらに追記を行う予定です。

どうぞよろしくお願い致します。
何かありましたら、下記まで。
感想いただけると喜びます。

マシュマロ→ https://marshmallow-qa.com/8zero1girl
Twitter→@8Zero1girl

2021年12月8日 11:39
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もっと天国にしたくて


 退職は、フロイドの方が早かった。もう別に働かなくていっかな、と思ったので早々に切り上げたのだ。比べてリドルは真面目で、『ボクは、ちゃんと定年まで働くよ』なんて電話越しに述べる。学生時代からずっと続いた、長い遠距離恋愛であった。
「ならオレ、薔薇の王国行こっか」
『そのことなんだけどね、フロイド』
「うん」
『もうお母さまはいない』
「うん」
『だから、老後について考えてたんだ。どうやって過ごしたらいいか、お母さまは、教えてくださらなかったから…』
 人魚が長寿だなんて昔の話だ。今は不老なだけで、人間と同じ分の寿命しか生きられない。でも、それで良かったと思う。おかげで最愛の恋人と、同じ時間を歩めている。フロイドが、「オシエテくださらなかったから、なに?」と聞けば、出会ったころよりずっと柔らかいリドルの声が、鼓膜をくすぶった。
『あのね、フロイド』
「うん」
『ボクは、キミの望むままに暮らしたい』
「………」
『ほら、お母さまの目を気にして、キミには長いこと、遠距離だなんて我慢を強いてしまっただろう? 最後くらい、ボクのすべてをキミにプレゼントしたいんだ。お母さまにも、女王の法律にも縛られない、キミだけのボクとして』
 ならば、誰にも邪魔されない静かな場所で、ひっそりと暮らそうと決めた。海もない場所がいい。どこか遠くの国で。小さな城を築き上げて、ふたりの終の住処となる。どちらかが息を引き取ったとしたって、お互い以外には気づかれないようにしよう。神さまにだって、ナイショの。
 そこでセックスしながら愛を紡ぐ以外、なにもしないような余生を過ごしたい。
「金魚ちゃん。リタイアまであと何年だっけ?」
『あと十年かな』
「おっけ、それまでに探すわ」
『なにを?』
「なにって」

 天国だよ。

 ♢♢♢

 それからフロイドは、ふたりで住む家を探した。アズールやジェイドと結託して商売に勤しんでいたおかげで、資金面にはゆとりがあったが、なかなか理想の家を見つけるのは難しかった。もう何軒回ったかは覚えていない。150軒を上回ったあたりから数えるのをやめた。
 退職から3年が過ぎている。けれど、妥協するわけにもいかずに、案内人とジープに揺られながら走った。
「今から行く場所は、暮らすには不向きだよ! 怖いもの見たさで行くようなもんだ!」
「あはっ、めっちゃいいじゃん!」
 案内人は助手席の窓から身を乗り出すフロイドを見て、「こらっ、命知らずなやつめ! 危ねぇからやめろ!」と嗜めたあと「あんちゃんは若いねぇ。今どきウチの5歳の子どもでも、そんな無鉄砲なことはしねえよ」なんて笑った。
「オレ、もう五十代だよ」
「あっはっは! 面白いジョークだ」
 ジョークじゃないのだが。真実を告げるのは、彼の運転の手が狂いそうなのでやめた。にしても、オレってそんなに若く見えんだね。金魚ちゃんが、マジで老けねぇから、気にしたことなかったけどさ。
「よし、着いたぞ」
「ここ? 森じゃん」
「ここからは歩きだ。三十分かかる」
「へぇ」
「行くのをやめるか?」
「いや、ちょい待ってて。オレ、ホウキで見てくるわ」
 返事も聞かずにホウキに跨った。ぶわっと宙に浮いて森の息吹を感じると、うしろから、「直進だ! 廃教会の隣に、ひどく住み心地の悪そうな家が見える! そこの家だ!!」と叫ぶ声が聞こえた。

 ほどなくして見えたのは、鬱蒼とした草木に取り囲まれる門扉、廃れたマリア像、そして学生の頃に見たオンボロ寮を思わせる家だった。中に入ろうとすれば、扉すら壊れていて、視界に入るのは埃と雑草と、蜘蛛の巣と。他には何も置いていない。
 想像の五倍はひどくて、思わず鼻歌を歌ってしまう。なにせフロイドは、リドルとふたりっきりになりたいのだ。ここは立地も交通の便も悪く、気味も悪い。寄りつく者など誰もいないだろう。
 家などは、整備してしまえばよい。よく見れば、キッチンは広々としていて、部屋がいくつもある。書斎でもつくってあげたら喜んでくれるかもしれない。周りの緑も、四阿も、畔も、整備すれば、お伽噺の世界みたいに優美になりそうなものばかりだった。
 ポケットから携帯を取り出して、案内人に電話をする。
「おっちゃん」
『もう着いたのか? はやいな。どうだ、ひどい有り様だろ。とても不便で、泥棒すら立ち寄らないと有名なんだが』
「サイコーじゃん」
『最高なもんか。買い手がつかなくて困ってんだ。兄ちゃんも分かったら戻っといで。待っててやるからさ』
「いや、オレ、帰んねえよ。ここに決めた」
『……またお得意のジョークか?』
「はあ? んなわけなくね。支払いどうしたらいーの。振り込むから、口座教えてよ」
 案内人は、おいおいおいおい、サイコーだな! とオーバーリアクションをとりながら、その他もろもろの書類の手続きを請け負うと申し出てくれた。電気やガス、水道の配線の手配まで任せていいそうだ。普通ならあり得ない。しかし、それほどまでに買い手に困っていたのだと頷ける家であった。

 ♢♢♢

 整備には時間がかかった。まずフロイドが買ったのは車だ。リドルとのカーセックスを見越して、シボレーのシルバラードを選んだ。荷物も(必要ならば、死体も)積めるし、車内も広くて満足している。その次に、バラの苗。
「ありったけちょーだい。バラのジャングルができるくらいの」
「なんだい、アンタ。バラ庭園でも作る気かい? 初心者が無謀なことを考えるもんじゃないよ」
 園芸店のおばさんには怒られたが、無視して大金を会計台に置いたら、しぶしぶ売ってくれた。【よく分かる。バラ庭園への道】という冊子を添えられて。パラパラと目を通す。
 魔法でバラを育てるのは簡単だが、フロイドは敢えてそうしなかった。リドルのリタイアまであと7年ある。それまで、じっくり大切に育てよう。
 "これ、全部キミが育てたの?"なんて驚くリドルの顔が、見たい。
「あんちゃん、器用だな」
 案内人の男は、時々面白がって遊びに来るようになった。
「今だからいいけど、7年後からは絶対来んなよ」
「7年後に誰か来るのかい」
「コイビト」
「へえ、随分とロマンチックじゃねえか。それなら庭の草刈りをするといい」
「あー? 草刈りは、興味ねぇんだけど」
「プールがあるのにかい?」
「はぁ? そういうこと早く言ってよ! どこ?」
 フロイドは慌ててプールの場所に連れて行ってもらったが、蔓草が茂っていて何も見えない。通りて見つからないわけだ。危うく、リドルと楽しい夏のプールセックスの機会を逃すところだった。ちまちまと草根を取り除き、案内人が去っても、もくもくと日没まで作業した。
「あー、今日もう疲れた。ドカタフロイドさんおわりぃ! これ明日やる!」
 ジャブンッ---
 整備が完成するまでは人魚の姿に戻り、付近の畔で生活した。街までは車で二時間。ぷらす歩いて三十分。ホウキで全力疾走なら十五分。とても満足のいく、アクセスの悪さだ。
 フロイドは家中のすべてに防壁魔法をかけた。狙撃対策でも、天災対策でもない。金魚ちゃんとの喧嘩対策に。いつだってふたりは、大喧嘩すると魔法の攻防戦が始まる恐れがあった。リドルの攻撃魔法に、フロイドの防壁魔法がどれほど効能であるかは分からないが、あるに越したことはないだろう。
 埃まみれの室内を掃除して、腐った部分は取り替える。昔の家であるおかげか、随分と丁寧なつくりをしていて、整えやすかった。家具は作ってしまった方が早い。なにせ、あたりには生い茂る樹木、台風か何かで倒れたらしい木、材料には困らない。

 そうして二年。

 すっかり見違えるようになった家には、大きな書斎やオーブンを取り入れたキッチン。頻繁に街に下りなくていいように、業務用の冷蔵庫も買い揃えられていた。バルコニーからは、プールや畔、フロイドが気まぐれに作ったハンモック、そしてバラ庭園が一望できる。
 白いバラが、朝日みたいにきらきらと咲き乱れていて、きれい。
「薔薇の色は、金魚ちゃんに赤く塗って欲しくて、わざと白にしたっつったら怒られんのかなぁ」
 ようやっと注文したキングサイズのベッドも届き、リドルが好みそうな天蓋も用意した。リドルは、忙しいの一点張りでここ数年会うこともなかわなかったが、その分、余生をすべてフロイドが頂くのだから不満はなかった。

 ♢♢♢

 そんな、あくる日。「ずっと取れなかった休暇を、やっと勝ち得ることができたよ。そちらに行くから、そのつもりでいておくれ」とリドルから突然の知らせが届いた。季節は晩夏を終えようとしている。
 フロイドは一刻もリドルに早く逢いたくて、クリスマスを待ちわびるティーンエイジャーみたいに、リドルが来る日取り指折り数えた。
 当日は街まで下り、さらにそこから一番近くの空港まで迎えに行く。スカーレットの髪が視界に映ったときは、胸が震える心地であり、一番に抱きしめてキスをした。会うのは何年ぶりだろうか。少なくとも最後に会ってから5年は経っている。しかし、リドルの匂いが、ちっとも変わっていない。
「金魚ちゃん、ちょー久しぶりだね」
「なかなか休暇が取れなくて、すまなかったね。でも、キミも悪いよ。薔薇の王国から移動に丸々一日かかるような場所を選ぶから…」
「金魚ちゃん」
「なんだい」
「実は、この空港からさらに四時間かかんだけど」
「最高だ。はやく案内しておくれ」
「あはっ。はぁーい」
 女王サマ、こちらへお手をどうぞ〜、なんて英国紳士の真似事をしながら車内へ招いた。普段、独りもの寂しさを感じていた愛車の助手席に、リドルが乗り込む。それだけで、車がふわりと華やいだようだった。緑たちが芽吹く春のように。凍てついた冬を溶かしていく。
 久々に会ったら、流石の金魚ちゃんも老けてたりすんのかな、なんて思っていたけれど、運転席から横目で見るリドルは、学生時代からすこしも変わったりなんかしていない。
 小さくて、赤くて、食べでなさそうなのに、唇はとびきり甘くて美味しそうな金魚ちゃん。指の先から、視線のひとつまで、天使なんじゃないかと思うほどに美しい。
 もちろん、天使なんて見たことないけれど。きっとリドルに似ているに違いない。
「キミが探してくれた家を見るのが楽しみだな」
「金魚ちゃんが"写真は送らないで"なんて言うから、我慢すんの大変だった〜」
「仕方ないだろう。写真を見たら、キミに会いたくなってしまう」
「はぁ? 会いたくなかったわけ?」
「まさか。その逆さ。会いたすぎて、困っていたんだよ」
 学生時代から変わったところがあるとすれば、不貞腐れるフロイドを宥めるのが上手になったことくらいだろうか。いつだって、その声に全てを許してしまいたくなるのを知ってか知らずか、リドルはニコニコと笑っている。
 今回の休暇はどれだけこちらにいれるのだろう。あと5年もすれば、この笑顔がフロイドだけのものになるといえど、一度会えてしまうと別れを想像して寂しくなる。
 このまま、ずっと薔薇の王国になんか帰らず、オレと暮らせばいいのにさ。

 ♢♢♢

 もし一緒に暮らし始めたら食料は、宅配か、街に降りるかの二択になる。ただ今回は、リドルに近場の街の風景も見せたかったので途中で下車し、一週間分の食材を買い込んだ。コンドームは、とっくに家に用意してるので買わなかった。
 そしてふたたび長いこと車に揺られ、ようやっと車を止めれば、リドルは、「ここかい? 森じゃないか」とフロイドが初めてここに来たときと同じ反応をするものだから、なんだか笑ってしまった。
「ここからはホーキ乗る。歩きだと三十分かかんだってさ」
「なるほどね。素晴らしい立地の悪さだ」
「でしょ」
「ねぇ、フロイド。どちらが先に辿り着けるか勝負しよう」
「勝者へのごほーびは?」
「そうだね。負けた方が、勝った方の願いを、何でもひとつ聞くというのはどうだい?」
「あはっ、さいこー」
 荷物は半分こし、ホウキの柄の部分にぶら下げて、競争する。何度もこの道を行き来したフロイドにとってはかなり有利な勝負だったので負けるわけにいなかったが、リドルの飛行術は相変わらず丁寧で凛としていた。
 ほぼ同時に鬱蒼とした草木を抜けると、着いた瞬間に目の前に広がるのは、フロイドが育てたバラ庭園。
 リドルは、その白薔薇を見るや否や、くるくるとマジカルペンを振り、一輪だけ色を塗った。赤ではない。フロイドの髪色によく似た、ピーコックグリーンに。思わぬリドルの行動に意表を突かれ、着地が一歩遅れる。
 その隙をついて、リドルがふわりと地面に足をつけた。対照的に、ドサッ、と音を立てて地上へ飛び降りる。
「あはは! ボクの勝ちだ!!」
「はぁ〜? 不意打ちとかズルくね?」
「なぜだい?」
「だって、バラ、赤に塗らねぇなんて珍しいじゃん!」
「ふふふふ、フロイドは忘れているかもしれないけどね」
「?」
「ここで暮らすボクは、すべてキミのものなんだよ。ボクの象徴とも呼べるバラたちを、キミの色に染めたって何の問題もないじゃないか」
 リドルが得意げな顔をチラつかせて、にんまりと笑う。その自信高らかな仕草にいつまでも見惚れていたいような、その鼻をへし折ってやりたいような、そんな衝動に駆られた。やられっぱなしで気の済むフロイドではないのだ。
「あはっ、金魚ちゃんこそ忘れてんじゃねぇの?」
「何をだい?」
「オレのぜんぶ、金魚ちゃんのもんなんだよ。金魚ちゃんがここにいない時だって、オレは金魚ちゃんのための男だった」
 今度は、フロイドがくるくるとマジカルペンを回し、一輪の白薔薇をスカーレットに染め、自信高らかに笑う番であった。それは的確なほどに、リドルの髪色と寸分も違わない、紅。
 リドルは観念したようにフロイドにキスしながら、「キミが他の誰かの男にでもなっていたら、焼き殺しているところだったよ」と物騒な言葉を吐いた。ふたりの間にしか通じない、苛烈な告白である。
 再会したとき、いの一番にしたキスより、少しだけ離れるのを惜しいと思うようなキスだった。
「まあ、今回の勝負はボクの勝ちだ。あとでキミに何をねだろうかな。じっくり考えておくよ」
「先に言っとくけど、今日は手を出さないとか、そーゆーのなしね」
「ふふ、そんなことは言わないさ。ボクだってキミが恋しかったのだからね」

 ♢♢♢

 それから荷物を玄関に置いて、「早く、案内しておくれ」というリドルのおねだりに忠実に、部屋をひとつひとつ見せびらかしていった。
「すごく広い」
「金魚ちゃんの城だかんね」
「わ、キッチンもまるで学園の厨房みたいだ!」
「金魚ちゃん、料理しねぇじゃん」
「うるさいな。早く次を案内おしよ」
「ジャーン」
「書斎!」
「本棚はぁ〜、オレの手作り!」
「すごいよフロイド。天才だ」
「あとはね〜」
 寝室の扉を開ける。深紅の天蓋付きに、モチーフは赤薔薇。深紅のブランケットまで、見事にリドルが学生時代に過ごしていた部屋をよく再現されていた。差異があるとすれば、そこらかしこに散りばめられたトランプの絵柄の中にウツボが描かれていることくらい。窓の位置まで、すっかり同じだ。
「ふふ、まるで寮長室みたいだね」
「そ〜、リドルリョーチョー思い出すっしょ」
「キミはよくこの窓から、逢いに来てくれた」
「それは金魚ちゃんが誰にも見つからねぇようにしろって言うからじゃん」
 窓を開ければ、なだれ込むように風が入ってきて、リドルの髪や肌を撫でていく。カーテンをゆらす、秋の、涼しい空気。それらは、目に見えぬほど自由なはずなのに、フロイドの手ほど優しくない。
「フロイド、本当に素敵な家だ。ほとんどキミが内装を考えて、つくったんだろう。目に浮かぶよ」
「まだ裏にプールがあるし、ハンモックも作ったけど…。気に入ってくれた?」
「うん。とっても」
「早く暮らしたくなった?」
「ああ」
 じゃ、仕事なんて今すぐにでもやめちゃったらいーじゃん。その言葉を飲み込んでキスをしたら、寝室にいるせいか歯止めが効かなくて、思いの外ずっと長くて深いものになってしまった。すぐそばにあるベッドに押し倒す。と言っても不可抗力だ。リドルが、魅力的すぎるのが悪い。何年経っても、唇は柔らかいし、肌はシルクみたいで気持ちいい。いつまでも触れていたい。
 ねぇ、フロイド。人魚って、歳をとって、勃起しなくなることとか、ないの? とキスの合間にこぼす、リドルの疑問。どうなのだろう。他の人魚の性事情なんて、これっぽっちも興味がないので考えたことがなかったけれど、自分のそれがリドルに勃たなくなる光景はあまり想像できなかった。
 別にオレが元気だとか、そーゆーのを言いたいんじゃなくって。金魚ちゃんって、オレをコーフンさせる匂いみたいなもん纏ってんだよ。ぶっちゃけ、キスだけで勃つ。いや、なんで笑ってんの。マジの話だよ。大マジのマジなんだからね。

 ♢♢♢
 
「こんな素敵な家を用意してくれて、ありがとう。本当に天国みたいだ」
「でしょ」
「だからね、ボクもキミにお礼をしなきゃと思って。プレゼントがふたつあるんだ」
「へぇ、なに?」
 結局あの後、二回戦目まで持ち越して、「もう若くないのにあんなに激しくするなんて!」と怒られたものの、あの手この手とリドルの好物を夕飯に作ったり、リドルが喜ぶと思って用意していた書籍を見せたりで機嫌を取り、事なきを得た。
 今は遅めの夕食を取っている。テレビもない家なので、適当にレコードを流しながらカチャカチャとナイフとフォークを扱う音だけが響く。
「とびきりいいものと、いい話。どちらから聞きたい?」
 正直どちらでも構わないので、適当に「とびきりいーもん」と答えると、返答に満足したらしく、リドルは一度ナイフとフォークをかちゃりと置いて、ふふんの鼻を高くした。
 なんだか少し嫌な予感がする。こういうリドルが自信満々な時は大抵要注意なのだ。
「実はね、子どもの頃から作り続けてる、自作のクロスワードがあるんだ」
「うん」
「キミに解いてもらえる日を楽しみにしてて」
「……あー、うん。いくつくらい?」
「1万は超えたさ!」
「…へぇ」
「余生、ボクらふたりで暮らすには、時間をもて余すだろうと思って…自分で言うのもなんだけど、自信作なんだ! 冊子にして持ってきた!きっとキミも気にいるよ!」
 リドルは、フロイドがクロスワードをプレゼントされて喜ぶと信じて疑っていない口ぶりだ。目をキラキラと輝かせて、はやく喜んでくれと言わんばかりにフロイドの反応を見つめている。
 ほら、言わんこっちゃない。フロイドの予感というのは大抵的中するのだ。しかし、ここでつまらなそうな顔でもした日には、せっかく持ち直したリドルの機嫌がまた急下降してしまう。
 無難に、うんうんと頷き、「あとで見せもらえんの、楽しみにしてんねぇ。それで? いい話って?」とそれとなく話題をすり替える。
 …まあ、クロスワードがとびきりいいものだとするのなら、いい話も大したことはないだろうけれど。
「いい話、か。これは喜んでもらえるかわからないのだけどね」
「うん」
「あのね、驚かずに聞いて欲しいんだけどね…」
 しかし、先程とは打って変わって、口をごにょごにょさせながら、何やら言い渋っている。「なに?」と言葉の続きを促せば、頬を赤く染めながら、ひどく照れたようすで「実はね、仕事をやめてきたんだ。キミと早く一緒に暮らしたくて…」と打ち明けた。…………ん?
 実は仕事をやめてきた? フロイドと早く一緒に暮らしたくて?
「………」
「その、あの。だって、定年まで我慢できなかったんだ…」
「……まじ?」
 リドルは驚くフロイドをよそに一生懸命弁明を続ける。"ここ五年、休暇を取れなかったのも、ずっと今日のために働き詰めていたんだ"だの、"キミにに定年まで働くと言っておきながら恥ずかしいのだけど…"だの。
「つまり、薔薇の王国に帰ったりしなくていーってこと?」
「まあ…、そういうことになるね…」
「今日から、まるっとまるごと、ぜんぶ、オレの金魚ちゃん?」
「そうだよ。まるっとまるごと、ぜんぶ、キミの金魚ちゃん」
 この子の頭の中は一体どうなっているのだろう。どう考えても1万個のクロスワードより、とびきり素敵ないい話しではあるまいか。
 フロイドは、思わずテーブルをダンッ! と叩いて「いや、どう考えてもそれ、クロスワードより全然いい話じゃん! ビッグニュースじゃん! なんでクロスワードがこの話より格上みたいに扱われてたわけ!?」と言ってしまった。
 言ってしまってから、しまった、と思う。リドルはこういう風に自分が価値のあると思ってるものを格下に扱われることに、ひどく不貞腐れる節がある。

 さて、このあとのリドルのすこぶる不機嫌たるや。

 ボクにとっては力作で、とびきりいいプレゼントだと思ってクロスワードを用意したのに! とぷんすこ肩を震わせながら、「そういえば、ひとつお願いをきいてくれるんだったね?」と、昼間のホウキで競走した勝負の話しを持ち出してきた。
「フロイド! 今夜は寝かせないよ! 徹夜でクロスワード大会をしよう! キミにとことんクロスワードの魅力を叩き込んであげよう!」
 リドルは一度決めたことは必ず決行する男なので、当然ながらこの日ふたりは、夜通しクロスワード大会を決め込むこととなる。
 ただ、その一問一問も、お互いの思い出の場所だったり、記念日にまつわるワードが多かったため、難しくはなかった上に、一問解けば、リドルはパアッと花咲くような笑顔で、「さすがボクの男だね!」と喜んだので、満更でもない気分にさせられる。
 正直、クロスワードの何が面白いかなんて、少しも理解できないけれど、リドルがこうやって喜んでくれるのは素直に嬉しいのだ。これから毎日、少しずつでもクロスワードを解いてあげてもいいな、と思うほどに。
 これを人は、譲歩と呼ぶのか、妥協と呼ぶのか、優しさと呼ぶのか、老いと呼ぶのか。フロイドにはわからない。けれど、フロイドの中にほ、確かに蔓延る愛というのが存在した。

 ならば、愛とは、なんだろう。弱くなること? 妥協すること? 優しくなること? そのどれも的確な気がして、そのどれも違う気がする。フロイドにとって愛とは、リドルと幸せを積み重ねる時間のこと。まるで、天国に届きますように、と祈りを込めて。
 
 これからふたりの、天国みたいな時間が、始まる。

               (もっと天国にしたくて)

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