医学界新聞

インタビュー

2009.07.13

【interview】

新型インフルエンザ
「次」への教訓

岩田健太郎氏(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)に聞く


 わが国においては,新型インフルエンザの第一波は終息に向かっているとの見方が強い。一方でWHOは6月11日,新型インフルエンザの南半球での急速な感染拡大を踏まえ,警戒レベルを最高度の「フェーズ6」に上げると宣言した。今秋以降の国内での再流行も懸念されるなか,今なすべきことは何か。過度な楽観も悲観も慎み,教訓を「次」に活かさなければならない。

 岩田健太郎氏(神戸大)は,2001年の炭疽菌事件の際はニューヨークで,2003年のSARSのアウトブレーク時は北京で診療に当たっており,昨年来,新型インフルエンザ対策に関しても提言を続けてきた臨床医だ。今回は神戸において新型インフルエンザ騒動の渦中にいた岩田氏に,話を聞いた。


「軽症者は自宅療養」が原則

――神戸市内で国内初かつ複数の新型インフルエンザ(A/H1N1)患者の発生が確認されたのが,5月16日(土曜)でした。神戸大病院が発熱外来を設置したのはいつでしょうか。

岩田 神戸市の要請を受けるかたちで,感染制御部が中心になって18日(月曜)に発熱外来のプロトタイプをつくり,公に開設したのは19日(火曜)です。

――受診者数や診療体制はいかがでしたか。

岩田 受診者数は日によりますが,最初の週はだいたい1日20人弱で,翌週以降は一けたの日がほとんどでした。診療体制としては,感染症内科が成人,小児科が小児を診るという分担を敷いて,他科の医師に順繰りに応援に入ってもらいました。その後,受診者の見積もりがついてきたので,成人の患者さんは感染症内科で一括して診るかたちに変化していきました。

――すると,発熱外来がパンクするようなことは?

岩田 パンクはしなかったです。それほど受診者が多かったわけではないですし,神戸市医師会の協力で,一般医療機関が患者さんを診てくれたこともあり,負担が軽減されていきました。

――神戸の感染症指定医療機関の中には,発熱外来機能がパンクし,対応病床が満床となったところもありました。

岩田 最初は,特定の医療機関に受診者が集中してしまいました。それに加えて,軽症であっても全員入院としていたのが原因でしょう。

――神戸や大阪では厚労省と協議の上,「重症者のみ入院,軽症者は自宅療養」という方針に切り替えました。これは,「感染拡大期までは,疑い患者を含め全例入院の対象」としていた政府の行動計画とは異なる,独自の措置でした。

岩田 「今回たまたま(病原性の低い)H1N1だったから行動計画が崩れた」という話もありますが,そうではなくて,H5N1であっても,軽症者は原則として自宅療養にすべきで,これは神戸大が昨年から一貫して主張してきたことです。

――発熱相談センターの電話がつながらず,電話回線を拡充したという報道もありました。この電話相談は,誰が担当していたのでしょうか。

岩田 基本的には,保健所の一般職員です。

――すると,トリアージまでは難しかったでしょうか。

岩田 それは難しいです。もともと私は,「発熱相談センターの個別相談は医療従事者の業務とすべき」と考えています。少なくともナース,できれば医師が,相談を受けてトリアージする。もちろんこれも,「全例入院はしない,軽症者は自宅療養」という前提です。

――SARSの際は北京で,岩田先生も電話対応をされていたそうですね。

岩田 そのときも最初のコールは事務が取りますが,個別の相談はすべて医師に電話が回ってきました。

 そもそも日ごろの外来診療においても,入院が必要なのか否かを判断するのは難しいわけです。まして電話相談で「自宅療養で大丈夫」と言い切るには,相当な臨床経験が必要になります。間違ってトリアージした場合の責任が伴いますから,本来は医師以外にはできないですよね。発熱外来を担当しない医師もいますから,そういう人材を発熱相談センターで有効に活用すればいいのです。

自分でちゃんと考える

――検査をどこまでするのか,という点でもかなり試行錯誤がありました。

岩田 迅速検査でもPCR検査でも,「なぜその検査をするのか」という根源的なところを考えないといけません。検査キットやマンパワーは有限です。検体採取の過程で新型インフルエンザに医療者が暴露されるリスクだってあります。そこまでして検査をするのはなぜなのか。PCR検査の結果,6時間後に陽性と判明したところで,軽症患者の治療方針にどう影響を与えるのか。「何のために」と考えずに,「そこに検査があるから検査をする」というトートロジーに陥るから失敗するのです。

――当初,発熱患者に全例PCR検査を行っていた医療機関もありました。厚労省としては,「サーベイランスのための検査」というねらいもあったのでしょうか。

岩田 サーベイランスのための検査と,臨床判断のための検査は,きっちり分けて考えるべきです。今回これらが混同されたことが非常に問題でした。厚労省は全例把握をしたかったようですが,それは無理な話です。そのために現場が疲弊してはいけません。発生早期は全例把握に努めるとしても,感染が拡大したところで断念すべきで,今回はそのタイミングが遅れました。

――新型インフルエンザが感染症法で位置づけられている以上,現場の判断だけではできないこともあります。

岩田 そもそも,感染症法自体が欠点の多い法律です。患者さんのファクターを無視して,病原体で検査や入院を決めるのは明らかにおかしい。神戸市民だって,現場の医療者だって,発熱があったら全員にPCR検査をして,新型だとわかれば軽症でも全例入院するというのは無意味だと思っていました。思ってはいたのだけど,規則的な縛りがあるからひっくり返すことができずに苦しんだわけです。

――新型インフルエンザの国内発生以降,非常に多くの通知や事務連絡が出されました。

岩田 そもそも,診療行為のプロである臨床医に対して,行政が診療行為にまで指示を出すのが間違いのもとです。疑いのある/なし,検査する/しない,入院する/しない,薬を出す/出さない。こうやって安易にシロ・クロで考えると,臨床の問題はうまくいきません。臨床判断は複雑で,だいたいがグレーなのです。

 行政はそれほどたくさんのことをしなくてもいい,と私は思っています。何ごとも「お上」に丸投げの依存体質は好ましくありません。新型インフルエンザの行動計画も,診療に関する部分は関連学会がつくればよかったのです。自治体も臨床医も依存体質なものだから,厚労省も疲弊しているにもかかわらず,その期待に応える。結局は現場の足を引っ張ってしまう。こういう悪循環になっています。

――これまでは自治体から,「国になんとかしてほしい」という声が聞こえてきました。

岩田 今回わかったのは,例えば神戸と東京と沖縄では,状況がまったく違うということです。国全体で一律に同じ行動を取ることができるのは,封じ込めの段階ぐらいです。厚労省の指示を待つのではなく,自治体がもっと大人にならなければなりません。神戸市はこれを機に,かなり成熟したのではないかと思います。自治体も臨床医も,自分たちでちゃんと考えて判断することが大事です。

リソースには限りがある

――昨年12月に,新型インフルエンザ対策ガイドラインへのパブリックコメント(神戸大病院感染症内科/感染制御部の連名)を出されています(岩田氏のブログに掲載)。

岩田 残念ながら,パブコメで出した意見はほとんど反映されませんでした。しかし実は,今回の新型インフルエンザで問題となった点は,先ほどお話しした発熱外来や発熱相談センターの在り方,軽症者の自宅療養まで,ほとんどあの中で指摘しています。

――岩田先生は炭疽菌事件やSARSの対策にもかかわってこられましたが,こういった新興感染症対策において考慮すべきポイントは何でしょうか。

岩田 医療従事者も検査キットも抗インフルエンザウイルス薬もすべて有限で,その限りあるリソースをどうやって有効活用するか,という発想が必要です。日本の新型インフルエンザ対策は,あたかも地から湧き出る無限の泉のごとく,お金も人も潤沢にあるという誤謬に陥って,行動計画・ガイドラインが作られていることに問題があるのです。

――パブコメには,炭疽菌事件で検査室がパンクしたことを例に挙げて「疑い症例は検査をする,という流れはあるレベルまでしか通用しない」と指摘されました。

岩田 SARSのときもそうでした。こういった教訓が,今回ほとんど活かされなかったですね。「水際作戦や発熱外来は成功か失敗か」という単純な議論ではなく,どこが良くてどこが悪かったか,次はどうすればいいのかという「厳しい検証と反省,改善の作業」が今後は大事です。いわゆるPDCAサイクルのステップを踏んで,次に活かすことです。

■微生物というモノ,感染症というコト

――5月19日に行われた舛添要一厚生労働大臣の専門家チームの会合で,「新型インフルエンザウイルス対策から,新型インフルエンザ対策へ」という文章を,メディアの前で読み上げられました。この標題の意図するところは何でしょうか。

岩田 ウイルス対策をするのはおかしい,ということです。ちょっと哲学的な言い方になりますが,日本の場合,微生物という実在するモノと,感染症というコトを混同して考える癖があります。感染症法がその典型です。しかし,新型インフルエンザというのはコト(現象)であって,モノではありません。

 もともとインフルエンザという病気は,高熱が出て,喉が痛くて,寒気がするという現象を指します。1918年にスペインインフルエンザがパンデミックとなったときには,病原体はわかっていませんでした。やがてインフルエンザウイルスが病原体だとわかった。ところが調べてみたら,別のウイルスでもインフルエンザのような症状は出るわけです。専門家は仕方なしに,インフルエンザ様疾患(influenza-like illness)と名付けました。

 それが10年近く前に迅速診断キットができて,抗インフルエンザウイルス薬も開発されて,インフルエンザというコト(現象)がモノ化されてしまいました。

――日本は世界のタミフルの7割を消費している,と言われます。

岩田 これも検査と同じで,「なぜ処方するのか」を考えずに,「そこにタミフルがあるから処方する」というトートロジーです。タミフル投与は,主要症状の改善が1日早くなるぐらいで,死亡率減少のような臨床的インパクトはそれほど大きくありません。全例に出す必要はないのです。

 現に英国では,2003年から季節性インフルエンザのガイドラインにおいて,軽症者や基礎疾患のない患者さんには抗インフルエンザウイルス薬の処方を控えることを推奨しています。一方で日本は,迅速診断キットで陽性になったら安易にタミフルを処方する。患者ではなく病原体からアプローチする医療を行ってきたのです。それで耐性ウイルスや備蓄の問題も出てきました。

 PCR検査をすれば,極めて症状の軽い人からでもウイルスが見つかります。でも,ウイルスが見つかっただけで病気と呼んではいけない。「患者中心の医療」というのは,観念的なイデオロギーではなくて,もっとリアリティのあるものです。

最大の新型インフルエンザ対策

岩田 いまの日本の発熱外来は,新型インフルエンザかそうではないかを区分けする機能しかない未熟なものです。しかし新型インフルエンザでなければ帰していいのかというと,そうではありません。中には結核のように,放っておけば大変なことになる患者さんもいます。ですから神戸大病院では,発熱外来をさらに発展させて,現在は呼吸器感染症外来(仮称)として運用しています。どのような感染症でも診て,将来的には感染症以外の疾患も区分けする機能を持たせたいと思っています。

 そもそもトリアージの段階で感染性のある人とない人を区分けすることが必要なのですが,日本の病院・診療所はこういった意識が希薄でした。例えば,結核や麻疹の患者さんが待合室で1時間待っている,ということが時々起こりますし,季節性インフルエンザの患者さんの隣に重度の糖尿病患者さんが座っていたりします。

 特定の感染症ならば指定医療機関に送るという発想ではなく,本当に大事なのは感染症と認識されるプロセスであって,一般の医療機関のプライマリ・ケアです。

――「臨床家にとって,日常診療のブラッシュアップが最大の新型インフルエンザ対策」と以前から強調されていますね。

岩田 どのような主訴であれ,感染性のある人とない人とに分けることができる。そのためには,感染症は当然のこととして,感染症以外の患者さんも診ることができなければなりません。

 例えば発熱外来には,膠原病のように,感染症以外の発熱患者も受診します。そこで感染性のない発熱だとわかるかどうか。つまり,外来におけるプライマリ・ケアのレベルを上げることが大事で,インフラや時間で分けるとか,そういう話ではないのです。

――「発熱のある方は午前中に,ない人は午後に来てください」というのでは駄目でしょうか。

岩田 感染症かそうでないかを見分けるのは,患者ではなく医療者の仕事です。例えば,高齢者で急性発症の意識障害の場合は感染症のことが多いのですが,熱は上がりません。発熱のある人だけが感染性があるというのは誤りですし,逆に発熱があっても感染症ではないこともあります。

――新型インフルエンザ対策の検証が,プライマリ・ケアのレベルを上げる契機となるかもしれません。

岩田 私はそうしたいです。いちばんよくないのは,衛生研を拡大してPCR検査の体制を強化するとか,指定医療機関の病床を増やすだとか,ワクチンを大量に準備するといった議論に終始してしまうことです。そうではなくて,本当に大事なのは,発熱患者には例外なく抗生物質を出すような,検査と薬に頼った日常診療を「今日から」変えることです。

 極論すると――そう極論でもないのですが――,新型インフルエンザ対策に指定医療機関も発熱外来も必要ありません。プライマリ・ケアのレベルアップこそが,最大の新型インフルエンザ対策なのです。

:収録は6月4日。厚労省は6月19日に「医療の確保,検疫,学校・保育施設等の臨時休業の要請等に関する運用指針」の改訂版を発表した。軽症者は(入院措置ではなく)自宅療養とすること,原則として全ての一般医療機関において外来診療を行うことなどが盛り込まれた。また,サーベイランスについては,全数把握ではなく,集団(学校・施設等)発生の早期探知や入院患者(重症者)数の把握に重点を置く方針に転換した。


岩田健太郎氏
1997年島根医大卒。沖縄県立中部病院研修医,セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医,ベスイスラエル・メディカルセンター感染症フェロー,北京インターナショナルSOSクリニック家庭医,亀田総合病院総合診療・感染症科部長などを経て2008年より現職。米国感染症専門医。ロンドン大熱帯医学衛生学校感染症修士。