ベストアンサー
まず、「みづから神としたい欲望」について。 「神」といっても、様々な定義があろうかと思いますが、ここでは大雑把にすべての人間よりも優れた「絶対者」、「全知全能」で「あらゆる欲望にとらわれない」存在だとしておきます。 それをふまえて言い換えると、<自分を神のような絶対者にしたい、神のような絶対者になりたい欲望>といったような意味になります。<あるゆる人間よりも優れた存在になりたい欲望>と言い換えてもいいかも知れません。 次に、「エムペドクレス」について。 彼は、紀元前493年から433年に実在したギリシャの哲学者です。彼には、自分を神に高めるために火山(このイタリアのシチリア島にある火山の名称が後から出て来る「エトナ」です)の噴火口に飛び込んで神になったという真偽不明の伝説があります。そこから、芥川はエムペドクレスは「みづから神としたい欲望」をもっていたという訳です。 そのエムペドクレスの伝記を読んで、紀元前5世紀もの昔の人間がすでに「みづから神としたい欲望」を持っていたということで、(後からわかるように自分がかつて持っていた「欲望」が)いかに古い発想かと感じたという訳です。 その後はだいたい以下のようになるでしょう。 この「ある旧友へ送る手記」は、意識的には「みづから神としたい」(絶対的立場)とは逆に、「大凡下の一人」つまり多くの平凡な人間の一人として書いたつもりである。 20年前に君とエムペドクレスについて論じ合った頃(芥川の自殺は35歳ですから15歳頃でしょうか?)は、「みづから神としたい欲望」を持っていた。 「意識してゐる限り」ということは、自殺する寸前の今でもそうした欲望を持っているようにも読めますが、これ以上は深読みになるので、これくらいにしておきます。
質問者からのお礼コメント
詳しく説明ありがとうございます(>_<) テストでこの文を論述して答える質問が出るそうで… 詳しくありがとうございます(>_<) テスト何とかなりそうです(>_<)
お礼日時:2012/9/16 20:50