02 男らしい声、男らしい体
03 間違いない、性同一性障害だ!
04 付き合う相手は女性
05 すべては女になるために
==================(後編)========================
06 女性化の情報発信をスタート
07 「やっと人間になれた」
08 自分が変わって、周りも変わった
09 トランスジェンダーのユーチューバー「スザンヌみさき」として活動
10 いま知ってる価値観だけがすべてじゃないよ」
01 3人兄弟のマイペースな末っ子
長男にはパシリに使われ
両親は1歳になる前に離婚。
気づけば2つ上と5つ上の兄たちと母、4人家族だった。
「母は大変そうでしたね。昼に働いて、夜の仕事もしてたんですよ」
「朝は私たち兄弟を起こして、朝ごはんを作って、学校へ送り出したら仕事に行き、仕事が終わって帰宅したら、今度は夜ごはんを作って、また仕事に行くっていう・・・・・・」
「ほとんど家にいなかったし、ほとんど寝てなかったでしょうね」
長男は家計を助けるために新聞配達をし、次男はできるだけ母を手伝っていたが、末っ子の自分は母がいないことをただ寂しがるほかなかった。
「そんな私に対して、一番上のお兄ちゃんはイラついてたんだと思います。よくパシリに使われてたし、言うことを聞かないと殴られてました」
「蹴飛ばされて、1メートルくらい吹っ飛んだこともありましたよ。年が離れていたんで体格差もあったし。やばいですよね(笑)」
「真ん中のお兄ちゃんもビビっちゃって、助けてくれないし、うちら2人で、一番上のお兄ちゃんにいじめられてました(笑)」
朝起きるのが苦手
小学生の頃は、学校で友だちとずっと漫画を描いているような子どもだった。
完全なるインドア派。
朝起きるのが苦手、外に出るのが嫌い。
「実は、中学生と高校生のときに、年間150回くらい遅刻したんです(苦笑)」
「私のことを “マイペース” と言っていた母も、遅刻に関してはスゲー怒ってましたね。でも、できないものはできなくて」
「水ぶっかけられたり、布団ひっぺがされたりして、一旦は起きるけど、布団を奪い返して、また寝る、みたいな」
「学校が嫌いだったわけではなくて、眠いのに起きなきゃいけないのがイヤだったんですよ。それは、いまも変わってなくて」
「たぶん、睡眠障害なんだと思います。・・・・・・そう言っておけば、自分の “サボり癖” が許されるかもっていう目論見もあります(笑)」
漫画は読むのも描くのも好きだった。
小学校の休み時間は図書館で歴史や生物に関する漫画をむさぼり読み、帰宅してからも図書館から借りてきた漫画をずっと読んでいた。
「学ぶことが好きなんですよね。雑学が大好きで、いまもウィキペディアをずっと読んでたりしますもん(笑)」
「でも、4年生のときの担任の先生が嫌いで、その1年間はノートもとらず、勉強は一切しなかったんです」
「なんだったんでしょうね・・・・・・。思春期? 先生と母を重ねて見ていたのかも。母みたいだけど母とは違う・・・・・・みたいな」
自分がイヤだと思うものは受け入れない。
子どもゆえの不器用さもあっただろうが、頑固なまでの意思の強さがあった。
「5年生になって担任が変わったら、ちゃんと勉強しましたよ」
「授業に参加できるって、こんな楽しいことなんだ、って心を入れ替えました(笑)」
02男らしい声、男らしい体
それまで違和感はなかったのに
小学校の卒業文集に書いた “将来の夢” は芸能人だった。
「たぶん、芸能人ってどんな仕事か、よくわかってなかったと思います。その頃はとにかく目立ちたい、テレビに出てチヤホヤされたいだけだったと」
「目立ちたいと言えば、中学校では生徒会の選挙に立候補したんですよ。“センター” を取りたくて・・・・・・というのは嘘ですけど(笑)」
「それも目立ちたかっただけだと思います」
「そういうのは、スザンヌみさきとしてユーチューバーをやってるいまも同じ。小学生の頃から変わってないですね(笑)」
そんな将来の夢を抱いていた小学6年生の卒業式間近、自分の体に対して、初めて、大きな違和感を抱く出来事があった。
卒業式の歌は、女子も男子も性別関係なく、同じパートを一緒に歌うのだが、周りの男子と違って、女子と同じ高い声が出なかった。
「自分だけ、みんなと同じパートが歌えなかったんですよ」
「それが、すごくイヤで」
第二次性徴のひとつとして、男子は声が低くなる。
性教育の時間に学んだ事実が思い出された。
「すぐにお兄ちゃんに訊きましたもん、『男の子って声が低くなると?』って。そしたら『おぅ、低くなっぞ』って」
男の子として生きてきて、それまではなんの違和感もなかった。
しかし、思春期に入って声が低くなるという、男の子として自然に起こる出来事が、たまらなくイヤだった。
だからこそ混乱した。
自分は変態なんだ
「体毛とか性器とか、次第に男らしくなっていく、自分の体の変化についていけなかったんです」
「逆に、同級生の女の子のなかには、胸やお尻が大きくなってきている子もいたりして、なんか、なんだろう、自分もああいうふうになりたいって思い始めていて・・・・・・」
「でも実際は、声が低くなって、体毛も濃くなって、女の子とはぜんぜん違うし・・・・・・」
「それで混乱しちゃって、自分は、おっぱいが好きだから自分の体にもおっぱいが欲しい、って思ってしまうような変態なんだって思ったんです」
自分は変態なんだ。
その考えは、思春期の只中にいる自分を長く苦しめる。
救ってくれたのはテレビドラマ『3年B組金八先生』だった。
中学2年生のときにドラマを観て、性同一性障害のことを知り、自分は変態なのではなく、性同一性障害なんだ、と腑に落ちた。
「自分はおかしくない。ようやく心の平安を取り戻した感じでした」
「とはいえ、生まれ育った九州は、特に、男は男らしくしろ、ナヨナヨするな、って圧力が強くて・・・・・・」
「ちょっと女っぽくすると、めっちゃいじめられるんですよ」
「だから、ずっと内緒にしてました」
それでも濃くなっていく体毛には耐え難かった。
周りに気づかれないように、長袖の季節になると腕も脚も毛を抜き、テレビでニューハーフに関する番組があれば、必ずチェックして、脱毛や豊胸についての情報を仕入れていた。
03間違いない、性同一性障害だ!
「性同一性障害とは違うんじゃない?」
「高校1年生のときに、いわゆる “ふたなり” の子が主人公の漫画を読んで、『うらやましいな』って思っちゃったんですよ」
「描かれていたのは女性器も男性器も両方もっているような子、ですね」
「うらやましいってどういうことだろう、と自分なりに考え抜いた結果、男として生まれたけど、女になりたいってことやなって確信したんです」
「小学6年生の声変わりをきっかけに悩み出して、中学生、高校生になっても、女になりたいって思っているなら、これはもう間違いないな、って」
「女として生きようって決めたんです」
決心してすぐ、女になろうと思う、と母に報告した。
「母からは『もうちょっとよく考えろ』って言われました(笑)」
「あなたは性同一性障害とは違うんじゃないか、とも言われましたね」
「説得しようとも思ったんですが、たぶん理解してもらえないだろうと思って、途中で諦めました」
女として生きることを決心し、ネットなどで治療について情報収集に精を出してはいたが、学校では男子生徒として過ごす日々が続く。
ジェンダーロールやバイアスが嫌い
「高校のときは、弓道部に入ってました。射撃がしたかったんですよね。射撃部があればよかったんですけど、ないから弓道部へ」
「私、男性向けとされているものが好きだったりするんですよ」
「中学のときは柔道部に入ってましたし・・・・・・。格闘技が好きなんですよ。あと、サバイバルゲームも好き」
「一般的に男性の方が多くやるものでも、私は好きだし、女性がやってもいいと思うんです」
「いまは少しずつ変わってきてますけど、昔は、女性が野球とかサッカーとかをやりたいって言ったら『男っぽい』とされてましたよね」
「それって、完全にジェンダーバイアスだし、中学生の頃から、そんな考えは間違ってると思っていたので、これは男性向けで、こっちは女性向け・・・・・・とか、まったく気にしていませんでした」
ジェンダーロールやジェンダーバイアスといった、凝り固まった社会の考えが子どもの頃から嫌いだ。
いまだに、あまりスカートをはかないのも、それが理由だ。
「女性だったら女性らしく、スカートをはくべきとか、メイクするべきとか、子どもを産むべきとか、そういうのがイヤで」
「女として生きたいけど、女としてのジェンダーロールやジェンダーバイアスは押し付けられたくない・・・・・。当時からそんな感じでした」
04付き合う相手は女性
相手にとっては “彼氏”
初めて恋人ができたのは高校3年生のとき。
アルバイト先で仲良くなった女の子と付き合った。
女として生きていく。女として女性と恋愛関係になる。
その2つの事象が、最初は結び付かなかった。
「葛藤はありましたよ、初めだけ。でも、自分で調べていくうちに、性自認と恋愛対象は関係ないってことを知って、あ、そうなんだって思って、それで気にせずに、好きになった人と付き合いました」
「でも、周りからの理解は得られないですよね。女として生きるなら男を好きになるはず、って考える人が多いでしょうから」
「それって意味わかんないですよね。だって、『大阪に生まれたら巨人じゃなくて阪神を応援するのが当たり前だろ』みたいじゃないですか(笑)」
女性が女性と付き合う。
言ってみればレズビアンカップルのような関係だ。
しかし、実際には、相手の女の子は自分を “彼氏” だと考えていたようで、レズビアンカップルのような関係・・・・・・ではなかった。
「その子にも『自分は女として生きたい』って伝えてましたけど、当時の自分は眉毛を整えていた程度で、男にしか見えないし、『ハイハイ』って軽く流されていたんだと思います」
「もちろん、自分のことを女として接してほしいって気持ちはありましたけど、その子からしたら彼氏だし。そうこうしているうちに別れました」
人は言葉よりも見た目で判断する
その後、就職した先で出会った女の子と付き合うことになる。
同期の男友だちの知り合いだった。
同期にも「女として生きたい」って伝えていて、その子も知っていた。
「でも、付き合ったら、『もっと男らしくしてよ』って感じで言われて」
「夜のほうも・・・・・・。その頃にはホルモン治療を始めてたから、なんというか、力が弱くなっていってて、それに対しても『なんで?』って訊いてくる、みたいな」
「いやいや、ホルモンやってるって言ったやん! っていう・・・・・・(笑)」
「やっぱり、見た目が男だったし、いくら『女として生きたい』って言っても、『コイツ変わってんな』って思われるくらいで、理解されなくて」
「それで思い知りましたね。人は言葉よりも見た目で判断するんだなって」
いくら「女として生きたい」と口にしても
たとえ性別適合手術を受けたとしても
やっとの思いで戸籍を変えたとしても
見た目が伴っていなければ、女として認めてもらえないのだと感じた。
女として美しい見た目を目指す生き方は、このときの経験が基盤となっているのかもしれない。
05すべては女になるために
就職してすぐにヒゲの脱毛を
高校を卒業して、就職は地元の熊本ではなく愛知で。
その理由は2つあった。
1つめは、「男は男らしく」という圧力が比較的強い九州で性別を変えたら、きっと周りから認められないだろうと思ったから。
2つめは、純粋に田舎から脱出したかったから。どこへ行っても、自分のことが知られているような環境に辟易していたのだ。
「本当は東京に行きたかったんですけどね。進路指導の先生が『東京よりも、いまは愛知がいいぞ』って勧めてきて、素直に受け入れました(笑)」
就職先は飲食店。ここがなかなかのブラック企業だった。
一日10時間労働は当たり前。
繁忙期には16時間に及ぶこともあった。
当然のように残業手当はない。休日出勤手当もない。
「つらいけれど、こういうものか」と思っていたところ、成人式で会った友人らの話を聞いていると、どうやらこれは普通じゃないと知る。
そして、友人の勧めで自動車製造業の期間従業員の面接を受け、ブラック企業を晴れて退職することができた。
「実は、高校卒業したあとに女として生きるための準備を始めていて、就職してすぐにヒゲの脱毛をやりました」
「本当はホルモン治療もすぐに始めたかったんですけど、最初に行ったクリニックでは診断に半年以上かかるって知って・・・・・・」
「そしたら当時、トランスジェンダーのブロガー同士で交流があって、仲良くなったFTMの人から、自分の希望にあったクリニックを教えてもらって、もう2日後くらいには行きました」
「そりゃ行きますよ、そのために熊本から出てきたんですから(笑)」
女として見られるようになって
しかし、転職時には、やはり男性として入社した。
「まだホルモンと脱毛だけで、体のほうは何もしてなかったし、戸籍も男性のままだったので、女としては無理があると思ってましたから」
「でも、面接のときに、履歴書に男って書いてあるけど女みたいなやつが来た、ってジロジロ見られました。髪も長かったからかな」
「働き出してからは、職場の人に『え、男の子、女の子どっち?』って反応をされるようになって、心の中でヨッシャーッて思ってました(笑)」
女として見られるようになってきたことが、純粋にうれしかった。
「その頃から、服とか小物とか、メンズとレディースを組み合わせるようになっていって、男性用トイレに入ったときに『うぉっ』と驚かれたりして。まぁ、そのうち、あいつかって感じで、みんな慣れるんですけど」
「社内の飲みの席で、上司が酔った勢いで『早田は、ほんと女っぽいよな』とか言ってきて。『そんなことないっすよ』と言いながらメイクしてたんですけどね。シメシメ、効いてる効いてる・・・・・・って(笑)」
それでも頑なに、勤め先では自身のセクシュアリティについて話さなかった。
男性寮で生活していたことと、期間従業員だったため、社員同士での付き合いもそこまで深くなることもないだろうから、プライベートをすべてオープンにする必要はないと考えていたからだった。
<<<後編 2021/12/11/Sat>>>
INDEX
06 女性化の情報発信をスタート
07 「やっと人間になれた」
08 自分が変わって、周りも変わった
09 トランスジェンダーのユーチューバー「スザンヌみさき」として活動
10 「いま知ってる価値観だけがすべてじゃないよ」