号外速報(12月20日 07:50)
2022年1月号
LIFE [号外速報]
by 小橋友理江(麻酔科医・内科医)
ひらた中央病院での対策会議の様子
新型コロナワクチン3回目接種の時期についての議論に、日本が大きく揺れた。8カ月を経過しないと駄目、おおむね8カ月、原則8カ月、できるだけ前倒し、と言葉尻が変わるのも仕方がないと感じる一方、8カ月にこだわっていた理由は何だったのか。
ワクチンの供給不足、自治体の準備が追いつかないということもあるだろうが、8カ月経過しないと打てない理由は、「現時点の日本の感染者が少ないから大丈夫」という事もあったのか。ただ新型コロナが蔓延し始めてから、本当の意味で「大丈夫」な状態になった国は今まであったのだろうか。
そして現在の日本の状態は「大丈夫」なのだろうか、
それとも「一見大丈夫に見えるが本当は大丈夫ではない」状態なのだろうか。
筆者は、福島県立医大の放射線健康管理学講座博士課程で坪倉正治主任教授のご指導の元、福島県のひらた中央病院で勤務している医師である。
現場の一医療者として、現在の日本の状態が「大丈夫」なのかを考えるために、国立研究開発法人日本医療研究開発機構から支援を受けて、2021年の9月に行われた、新型コロナの抗体検査の結果をお伝えさせて頂きたい。
この調査は、震災後に長期的に被災地支援に取り組んできた坪倉先生のグループが携わり、
検査には、福島県の医療法人誠励会、相馬市、南相馬市、平田村からのべ2500人以上が参加してくださった。
平田村役場での抗体の結果の説明会の様子
調査は、3カ月おき、延べ5回の抗体検査の1回目の結果である。
新型コロナに関連した抗体検査を行なっているのは、私達だけではない。ただ、医療者や住民や患者を含め、ここまで多種多様な参加者を対象にした、大規模で継続的な抗体検査は世界的に見ても珍しい。このような調査はcommunity-based-cohort studyと呼ばれ、地域との関係構築にとても時間がかかり、通常はすぐに行えるものではない。よって、ワクチン接種後の抗体検査という目的で、日本でこのような調査を行なっているグループは他にはほとんどないだろう。
主に対象を集めたのは、相馬市の立谷秀清市長、平田村誠励会の佐川文彦理事長や二瓶正彦事務長、平田村の澤村和明村長や鈴木保子健康福祉課長、南相馬市の門馬和夫市長など、地域に根ざした仕事をされている方々である。このような方々と、震災後に10年以上にわたり被災地支援に取り組んできた坪倉先生のグループとの有機的な繋がりが、今回の調査を実現可能にした。なぜこのような、調査の計画を組み立て、対象者を集め、結果を住民に返し還元する、というようなサイクルをこの短期間で確立することができたのだろうか?
そこには三つの秘訣があったと考える。
一つ目の秘訣は、震災直後の医療支援とホールボデイーカウンターの被ばく線量調査の経験である。
震災直後、坪倉正治先生と、その恩師である上昌広先生(医療ガバナンス研究所理事長)は被災地に入り、医療支援とホールボデイーカウンターによる調査を行なってきた。今回調査協力に名乗りをあげてくれたのは、全てホールボデイーカウンターでの調査の経験を持つグループであった。
コミュニテイーにおいて、目に見えないものを測って数値化する、それが健康問題を考える上でどれほど大切かということを、身をもって理解しているグループである。そのことが、様々なリスクや労力を引き受けてでも、調査に参加し、抗体の値を測りたいという原動力になっているに違いない。
二つ目の秘訣は、新型コロナのワクチン接種である。相馬市と平田村は、福島県内でかなり早いペースで、ワクチン接種を推し進めて来た。その速さと接種率の高さは、メデイアにも大きく取り上げられ、他の自治体の手本となって来た。
早く推し進めるには、医療機関と自治体の連携が不可欠であった。結果、医療機関、自治体、医師会の連携がよりいっそう強まり、ワクチン接種について、責任を持ってより良い対策を打っていくのだ、という意識が生まれたのではないだろうか。
三つ目の秘訣は、昨年度から、平田村にある医療法人誠励会が行なってきた、新型コロナに対する抗体検査だろう。
わからないことを知るために測る、という理事長のご意思のもと、時に病院自前で抗体検査が行われて来た。簡易キットや東京大学でのCLIA法や、福島県立医大でのELISA法など、時には思いもよらない結果に頭を抱えながらも、進んできた。
ワクチン接種後の抗体検査の結果をまとめたチラシは、村民一人一人にワクチン接種の時などに配られ、ワクチン接種を受ける住民の不安解消にも役立って来た。結果は学術的にも発表され、今回大きな後ろ盾がついたのも、これらの実績が認められての事だろう。
筆者はこの内平田村のワクチン接種と、誠励会の抗体検査に関わってきた。この3点全てに根本的に深く関わっているのが坪倉先生であり、故に坪倉先生グループの活動と言うのが最適だろう。
その他にも、統括を担う福島県立医科大学、検査を担当する東京大学、現場オペレーションを担う医療施設や自治体の協力のもと、成り立っている。多すぎる仕事量に医療機関がキャパオーバーになった時は、上昌広先生が理事長を勤める医療ガバナンス研究所からの学生のアルバイト派遣にも大きく助けられている。
結果は、医療法人誠励会、相馬市、南相馬市のウェブサイトで公表されている。説明会・勉強会や個人結果返却を通して、医療機関や自治体や住民全体の、理解や議論の質を高め、その事が感染対策につながっていく事が期待されている。
血液検体は各医療施設で血清分離・凍結処理をされ、検査を行う東京大学に送られる
話を本題に戻そう。日本人の免疫が新型コロナに対して「大丈夫」かどうかを考える上で、避けては通れないのが、ワクチン接種後の免疫についての議論だろう。
ウイルスから体を守るのには、細胞性免疫と液性免疫が関係しており、ファイザー社製でもモデルナ社製でも、両方の免疫がつくことが知られている。
細胞性免疫は、体の免疫担当細胞が、ウイルスだらけになった体の感染細胞を貪食したりする反応で、重症化を防ぐのに重要であると言われている。
一方で液性免疫は、ウイルスの体の細胞への侵入を防ぐのに必要であり、ウイルスの感染と関係している。液性免疫の主役は、抗体という物質であり、これは血液検査で測る事ができる。
福島県の住民約2500人の9月時点での、「抗体の働きなどによりウイルス感染を実際に防ぐ力」と関係している、「中和活性」の値の結果を紹介させて頂きたい。
結果は衝撃であった――。
医療者である私たちから見ても、こんなに中和活性は下がっているのか、というのが正直な本音である。
図1を見ると、2回目のワクチン接種からの日数別の中和活性の値は、120日未満の区分、つまり2回目のワクチン接種から4カ月目の人達で大きく下がっている。
80歳以上の高齢者の約9割が、4カ月目の区分に含まれているなど、年齢のばらつきがある事は、結果を解釈する上で注意をしないといけないので、日本全体の年齢で調整した図2の平均値についてもご参考頂きたい。2回目のワクチン接種から4カ月経過した人では、中和活性の値がとても下がっている。
*1:年齢調整済み平均値とは、昭和60年の日本モデル人口を使い、中和活性の価の平均値を、日本全体の年齢分布に当てはめる補正をした平均値のこと。参考値であるが、日本全体の人口における平均値の予測となる。(中和活性500AU/ml以上は500 AU/mlとして集計されている。)
急速に中和活性の値が下がっているが、私達は2回の新型コロナワクチン接種で、新型コロナウイルスに対する十分な免疫を獲得したと言えるのだろうか。それについては、先にワクチン接種を済ませた海外の情報を、参考にするしかない。
イスラエルからの報告では、感染者数も重症者数も、ワクチン接種からの日数が経過するに従い増える事が示されている。感染はすべての年代で起こっているが、重症者のほとんどは、60歳以上の高齢者である点も重要である。(Yair Goldberg, et.al. N Engl J Med)
アメリカからの報告では、感染を防ぐ為のワクチンの効果は、5カ月目以降は、9割から5割程度に下がる可能性が言われている。一方で重症化を防ぐ力は、半年頃までは下がらない可能性が言われている。(Sara Y Tartof, et.al. Lancet)
これらの国が、3回目接種に大分前から舵を切っているのは言うまでもない。
ここで、もう一つの重要な事は、高齢者において、中和活性の価が大きく下がっていた事である。
図3に見られるように、中和活性の年代毎の中央値は、年齢を重ねる毎に大きく低下した。特に80代以上の方の低下が著しい。
加えて、多くの検査には、例えばワクチン接種を受けた人と受けていない人を区別する境目の目安となる値の、「カットオフ値」というものが存在する。カットオフ値以上なら中和活性が「ある」、以下なら「ない」と判断する目安の値だ。
9月の時点で、80歳以上の住民において、中和活性の値がカットオフ値以下で「中和活性がない、ワクチンを受けていない方と同じ位低い」の区分に含まれてしまった方が13%もおられた。このうちのほとんどの方が、ワクチン接種から4カ月目の時期に位置されていた。
現在12月、9月の時点でも低かった高齢者の中和活性は、現在どれほど下がってしまっているのだろうか――。
何が起こるか先が読めない現在、今すぐにでも高齢者のブースター摂取が必要とされてはいないだろうか。
高齢である事に加えて、免疫抑制作用のある薬を使用されている方においても、抗体価が低いことが知られている。このような、リスクが高い人々において、若くて健康な人と同じ3回目接種のタイミングで十分とは言えないだろう。
ただ、健康な人は抗体価が高いから大丈夫、ということは、残念ながら言うことができない。抗体価は個人差がとても大きい。筆者は30代で一切基礎疾患がないにも関わらず、残念なことに9月の中和活性が70~80代レベルであった。こればかりは実際に測ってみないとわからないところではあるが、誰であっても、抗体の価はすでに低下してきている可能性があるという自覚は必要である。
読者の皆様は、現在の日本の状態を「大丈夫」なのか、「本当は大丈夫ではない」のか、どちらと思われるだろうか?
オミクロン株の拡大という新たな脅威も加わり、先行き不透明な現在、「大丈夫ではない」として3回目接種を少しでも早く推し進めるべきだろう。
現場では3回目接種をどうしたら早く行えるかについて、二転三転する方針の変更に対応しようと、奮闘している人達がいる。
このような方々の背中が後押しされるような決定が直ちに求められている。
オミクロン株に待ったなしである!