三菱重工広島では、昭和20年8月30日に徴用又は動員の「解除式」が行われました。終戦まで逃亡せず残っていた半島応徴士は約720名、そのうち約400名が会社を離れることを申し出て給与を受け取り離任しました。残りの約320名は、最後の送別会にも出席して、給与と旅費、食料を渡されて故郷へ帰りました。
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返信先: さん
逃亡する半島応徴士が7割を超えても、最後まで責任を果たして朝鮮へ帰られた方もいらっしゃいました。敗戦と原爆で荒廃したなかでも、三菱重工は彼らに感謝の意を表し、ねぎらいの送別会を開きました。決して「奴隷のように」扱ったということはありません。それは様々な一次史料が証明しています。
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三菱で「強制労働」させられたのに「給与をもらっていない」と裁判で証言した人々は、自ら逃亡し、職場を放棄した人たちではないかと推測します。そうした人々の給与も、三菱重工は広島法務局に供託しているのです。それは逃亡による「未受領」にすぎません。三菱重工が責められることはありません。
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