江永泉@nema_to_morph_a·12月15日"経済学101界隈"の方が「炎上した相手を調子に乗って叩かないこと」が重要とパロディ文体で述べているのが目に入りましたが、その同じ方が闇自己を「異常者マーケティングうざー!!!」と揶揄したのは兎も角も(イヤだし異論はあるけれど、言いたい話も私も多少わかるし俗悪さ基準での卓越も感じる)138
江永泉@nema_to_morph_a·12月15日「異常者マーケティング」批判の記事の続編的な記事内で、カート・コバーンの自死の要因を反逆文化の行き詰まりと絡めて論じたジョセフ・ヒースの真似で(と私は判断した)、マーク・フィッシャーの自死の要因は反逆文化の行き詰まりだと示唆するような論評を書いていたのは、まだ冷静には見れません。12
江永泉@nema_to_morph_a程度問題かもしれませんが闇自己の企画を「ゲバラのTシャツかよ」と揶揄してからフィッシャーの自死の要因を論評し更にはヒース本の販促に繋げる記事を書いた上で己の意見が「正しい」かどうかが焦点と思うかのような言動なのは人非人の所作と映りました(人非人でもよいが人非人としても醜悪だと)。午前9:26 · 2021年12月15日·Twitter for Android2 件のいいね
江永泉@nema_to_morph_a·12月15日返信先: @nema_to_morph_aさん私は自分が最期を看取った方の訃報がネットで政談のオモチャにされて以来、良し悪しの基準が己でも揺れていますが、原則は、冒涜も公(一般的)にはよしとする(なるべく禁止は避け語り口の制約も避ける)一方、糾弾するのもよしとする(だが第三者の参与や動員は手放しでは肯定しない)の積もりです。12
江永泉@nema_to_morph_a·12月15日言った側からこうして思想談義とつなげてしまう程度には私も冒涜的ですが(と言いつつ思想なり物語なりを生きるとはそうした冒涜と無縁でない事柄だとも私は思うのですが)昔に読んだ、デリダのマルクス論での遺産継承みたいな話はこういう問題にも関わるのだろうと、これを書いていて思い出しました。2