夏合宿中のある夜。
3年間に及ぶトゥインクルシリーズを駆け抜けた私達に本来学園のカリキュラムとしての夏合宿はありませんが、同期のみんなとそのトレーナーさん達で浜辺の旅館を貸し切って、夏合宿にやって参りました。
夏の猛暑の中の練習も、練習終わりの逢瀬を思えば踏ん張れるというもの。
……もちろん、レースで勝つための練習ですがご褒美はあって然るべきではないでしょうか?
今日は近所で夏祭りがあるとのことで、練習後トレーナーさんと出店を見に行こうと約束したのですが……。
着替えて旅館の入口に戻るとトレーナーさんの姿がありません。
近くにいたエルのトレーナーさんに尋ねたところ、少し前に部屋に戻ったきり見ていないとのこと。
大方予想はついていましたが、この証言でほとんど確信しました。
トレーナーさんの部屋についてみると、タオルを首に巻いたまま座布団を枕にすやすやと、いかにも「仮眠をとってます。」といった体で寝ているトレーナーさんの姿が。
約束を反故にするような方ではないというのは重々承知しています。
暑さを通り越して熱い砂浜でのトレーニングは、指導しているだけでもヒトであるトレーナーさんには堪えるものでしょう。
もちろん、頭ではそう理解しています。
彼が約束を放り出して寝ているわけではなく、むしろトレーニング後の逢瀬に向けて少しでも体力を取り戻そうと仮眠を取ったであろうことに。
ですが、間の抜けた寝顔を眺めているとほんの少しだけ捻じくれた気持ちが湧いてきます。
ススス、と音を立てないように近づいてみます。
起きない。
膝を折り顔を近づけてみます。
まだ起きません。
「トレーナーさーん……。」
囁くようにそっと声をかけてみますがやはり起きません。
ここまで熟睡されると、先程感じた捻じれは大きくなるばかり。
「そう……、これは女の子を放ったらかして寝ているトレーナーさんが悪いんです。」
大凡、大和撫子とは程遠い行為。
心臓の脈打つ音が体中に響いて、寝ているトレーナーさんに聞こえて起こしてしまうのではないか、と思えるほどです。
あと、10センチ、あと少し……。
「んっ……、……むっ?」
唇に到達したかと思いましたが、顔の下半分を覆う感触に違和感を覚えました。
「グラスワンダー?何をしているのかな?」
「んーっ!」
「いやあ、約束の時間まで寝てて申し訳ないが、そういうイタズラは見過ごせないな?」
柔らかい感触はすれど、それは唇ではなく手のひら。
どうやら咄嗟に目を覚ましたトレーナーさんに口付けを阻止されてしまったようです。
口付けしたのは唇ではなく、分厚い男性らしい手のひら。
してやったり顔のトレーナーさんは、私の口を抑えたまま子を嗜める父親のように優しく言いました。
「全く……、お子様が何しようとしてんだか」
イタズラを阻止されたから?
乙女心を弄ばれたから?
自分は約束を放っておいて寝ていたのに?
……言うに事欠いて、お子様?
「(……お子様ですか?)」
「え?ごめん、なんて?」
「(お子さま……。)」
「さ、待たせて悪かったな。そろそろ行こ……」
これは、お仕置きが必要ですね?
口元を覆っている大きくて肉厚な手のひらを舌先でチロリとくすぐる。
「うひっ!!」
咄嗟に逃げようとする手首を掴み、手首のあたりからさらに舐める。
「く、くすぐったい!くすぐったいからやめてくれ!グラス!」
いいえ、離しませんよ。離しませんとも。
口では言わず、想定外の出来事に白黒しているトレーナーさんの目を真っ直ぐ捉え、一舐め二舐め。
今度は端から、少し塩っぱい人肌をゆっくりたっぷり舌全体で味わいます。
視線はそのまま、抗議の意思を保ったまま、じっとりトレーナーさんを見据えたまま。
三、四。
我ながらはしたない行為かもしれませんが、トレーナーさんの意識を変えるためには致し方ありません。
えぇ、これは仕方ないことなのです。
決して、私が楽しんでいるわけではありません。
「お、おい、グラス?グラスワンダー……?」
一瞬舌の動きを止め、言葉を待つ。
「き、気は済んだか……?」
いいえ?ちっとも。
口角だけ吊り上げてニコッと作り笑い。
トレーナーさんが一瞬ビクリと怯えたのがわかります。
あらあら、そんな怯えたような声を出さないでください。
あなたの愛バですよ?
いけませんね。
もう少しお仕置きを続けましょうか。
手のひらも味が無くなってきたので、指をいただくとしましょう。
こうして手にとってじっくり見てみると、男性らしい節々とした無骨な手です。
掴んでいる自分の手とは全く別の、厚みのある大きな手。
まずは人差し指からいただきましょうか。
わざとらしく少し大きく口を開け、はぷっと咥えます。
少し細めのウィンナーと同じくらいでしょうか?
私の口には少し大きいみたいです。
咥えた人差し指を包み込むようにゆっくり舐め回します。
痛くない程度に奥歯で噛み締めたり、歯で爪をカリッと弾いてみたり。
指を弄ぶたびにトレーナーさんが出す僅かな反応が気持ちを昂ぶらせます。
指の節に合わせて歯を沿わせてみたり、愛しおしそうに吸い付いてみたり。
気恥ずかしそうに視線を背けるトレーナーさん。
駄目ですよ。
これはお仕置きなんですから、こちらを見てください?
ぷあっと指を解放すると、やっと終わったのか?と安堵の色を含めた視線をこちらに送ってきます。
いいえ、まだまだですよ?と微笑みかけて次の指。
まだ続くのか、と声に出さずとも溜息をついてみたり、空いた手で目元を抑えたり、呆れた様子を表現しているご様子ですが……。
暗い部屋でもハッキリわかるほど、貴方の頬と耳は真っ赤に染まっています。
抑えた目元の端で、もじもじとこちらを、自分の指をふやかす舌先を見ているのはバレバレですよ?
そして、あらあら……♪
先程から、座りが悪いように脚を何度も組み替えていますが……。
『大人』なトレーナーさんは『お子様』にねぶられて興奮してしまったのでしょうか?
少しはしたないですが、もう少しサービスして差し上げましょう。
指を引き抜くと、ゴツゴツとした男性らしい手が私の唾液でてらてらと妖しい光を放っています。
つぅっ……と垂れる唾液をペロリと舐め取ります。
あらあら、一体何と重ねたのでしょうか?
トレーナーさんの驚くような切ないような表情にこちらもつい当てられて少し大げさに、口を大きくあけて、舌をしっかりと這わせて舐め取ると、トレーナーさんの呼吸が荒くなってきたのを感じます。
「ふぅっ、ごちそうさまでした。」
口元をハンカチで拭いながら立ち上がり、帰る素振りを見せると、
「えっ……」
と、恥ずかしさを噛み殺したような、情けない声がトレーナーさんから聞こえました。
振り返り、床に座るトレーナーさんを見下ろすと、なんとも切ないような情けないような顔でこちらを見上げていました。
……いけませんね、これは。
そんなかわいい顔をされてしまうと、もっといじめたくなるじゃないですか。
口の端が歪むのをなんとか抑えつつ、足元でうずくまる「大人」に追い打ちをかけてみます。
「あらあら、何か期待させてしまったのでしょうか……?私は『お子様』なのでトレーナーさんが何をご期待なさっているのか、見当もつきませんが……。」
「おっおまっ、あんなことしといてそん……」
「なので、『お子様』の私に教えてください」
「一体、何をどうされたいのか。」
「それとも、『お子様』相手に言えないような事をご所望だったり……?」
矢継ぎ早に言葉を投げかけると、えっとか、うっとか情けない声を出して狼狽えるトレーナーさん。
ふふっ♪
教え子に良いように扱われて、見下されて、でも衝動は抑えきれなくて……。
恥ずかしそうに口ごもるトレーナーさんの情けない表情を見ていると優越感とは別の仄暗く湿った感情が湧き上がってしまいます。
「いけませんね〜指導者たるトレーナーともあろうお方が教え子に欲情しているなんて。」
狼狽えるトレーナーさんの手を取り、ドアの横に掛けてあったベルトで手早く両手を縛り上げます。
「へっ……?」
床に座り込み、やや弱気で混乱した顔のトレーナー
あぁ、もうそんな顔しないでください。
余計に昂ぶってしまいます。
「なので、お仕置きです♪」
優しくトンッと肩を押せば手を縛られたトレーナーさんは惨めに床に寝転ぶ形に。
逃げないように跨いでお腹のあたりにウマ乗りになる。
「ふふっ、トレーナーさん。その顔とってもかわいいですよ。」
教え子に拘束された上で押し倒され、ウマ乗りにされるなんて夢にも思わなかったでしょう。
自分の身に何が起こっているのか、これからどうされるのか、あまりの情報量に頭と心がパンクしてしまっている様子。
普段の頼もしさは何処へやら。
余裕の無い表情と、瞬きを忘れた瞳にはうっすら涙が浮かんでいます。
目の端に浮かんだ涙をペロリと舐めあげると、ようやく自分が置かれた状況が理解できたみたいですね。
なにやら謝罪と、大人の自分に主導権を渡してほしいなど必死で仰っているので、何度か強引に口付けをし黙らせます。
大きな声を出すと周りに聞こえてしまうかもしれませんからね?
手に持っていたハンカチで、轡よろしくお口を塞いであげ耳元でそっと
「楽に気持ちよくなれるとは思わないでくださいね?あくまでお仕置きなので……♪」
男性らしい筋張った首筋に口を寄せ、
(ちょっと思っていた形とは変わってしまいましたが……まぁいいでしょう♪)
「では、いただきます♪」
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翌朝
「グラスー!おはようございまー……ス。」クンクン
「おはようございますエル。……どうかしました?」
「……昨夜はお楽しみでしたネ?」
「ふふっ、そういうエルこそ。」
「……廊下はもう匂いが混ざりすぎてすごいことになってマス。」
「今回の合宿は『そういうこと』も目的でしたから♪」
ウマ娘たちは、ウマ娘たちにしかわからないそれぞれが放つ『匂い』で、
担当トレーナーたちは、各々のやつれた顔つきで、
それぞれに昨晩何が起きたのかを察するのでした。