ダナティア家の因縁6
ギスギスしい空気を上手く表現したいが難しいですね。
先ほど、ダナティア伯爵とクリフトフとパトリシアの間に流れた空気が静電気だとしたら、こちらは稲妻と猛吹雪だった。
空と大地を穿つ勢いの轟雷と共に、土石流のような勢いで暴風と共に氷の礫が飛んでくる。凶器のように冷ややかで強く雪が叩きつけてくる代物だ。
先ほどからガンダルフを遠巻きにしていた人垣が、さらに一層大きく離れていく。
ガンダルフの隻眼の眼光が、貫く様にダナティア伯爵を見据える。
「初めて見た顔……だが、初めての気がせんな。卿は随分と父親似のようだ。久しくすら感じる」
その言葉は予想の範囲内のだろう。もしくは、ガンダルフのように先代と面識のある人々に散々言われ作れてきたのかもしれない。ダナティア伯爵――コンラッドは貴族らしい笑みを浮かべた。
その表情からは、虚勢ではない余裕が窺えた。年齢は二十代半ばであるが、彼は意外と肝が据わっている。
「よく言われます。父似と母から聞いてはいましたが、顔立ちがそっくりだと言われますよ。ですが、この顔のお陰で周りからすぐ覚えてもらえるはありがたいですね。
フォルトゥナ公爵家には随分世話になったと聞きます」
「結局のところ、縁はなかったがな」
ダナティア家とフォルトゥナ家は、一時期婚約関係にあったのは有名だ。
若きグレイルの略奪愛は、貴族の世界で伝説として残っている。それは、その部分を目立たせることによってダナティア大公の失墜を目立たなくさせたのだろう。
紙一重のやり方だが、落ちぶれる人間をいつまでも追うより、輝かしい躍進を続けている人間にスポットを当てた方が話題が尽きない。ゴシップとは、鮮度が命なのだ。
「ふふ、ですが意外なところで繋がるかもしれませんよ?」
口角を上げて、正面からガンダルフを見据えるコンラッド・ダナティア。
最初から、彼の目当てはガンダルフだったようでミカエリスやジュリアスには見向きもしない。
ガンダルフは武人だが、大貴族である。当然、彼の言葉の裏の意味くらい分かっている。
フォルトゥナ公爵家に繋がるような縁――と言っても、クリスティーナはとっくに嫁いで逝去しているし、クリフトフの子は男児のみだ。既に妻も迎えている。
残るは、唯一の女孫のアルベルティーナ。
コンラッドは暗に、王配候補への立候補を示唆していた。
すぐそばに、第一王配候補として有力視されているミカエリスがいながらここまで言うとは、相当な自信家である。そして、ミカエリスよりはやや劣るものの、ジュリアスもかなりの追い上げを見せている。
当然、二人はいい気分ではない。表情には出さないものの、内心ではコンラッドを敵認定した。
「儂はそんな気はせんがな」
ぴしゃりと取り付く島もないくらい、直球に否定するガンダルフ。
フォルトゥナ家としては年頃の娘がいない。アルベルティーナは現在サンディス王族だし、ラティッチェの公爵令嬢として生まれたのだから、浅く読めば未婚かつ妙齢の女性はいないし、離婚の予定もないというごく普通の返答である。深読みすれば、ガンダルフはダナティア家を拒否しているということになるのだ。
コンラッドは「これは手厳しい」と一見朗らかに笑っているが、腹の中は不明である。
「ああ、そうです。フォルトゥナ公爵に是非、紹介したい人が」
「紹介?」
怪訝そうに、僅かに語眉を上げるガンダルフ。断る隙も与えないように、後ろにいた女性を示すコンラッド。
若い女性は、さっとスカートを取りお辞儀をする。
ややぎこちないが、ゆっくりとした初々しいカーテシーだ。
すっぽりと白い羅紗のヴェールを被り、シンプルで清楚なAラインドレスを纏っている。修道女を思わせる程露出が少なく、首元や手首までしっかり詰まった服装だ。指無しの手袋から、白い指先が見えるのが唯一の素肌である。
(若いな。手が荒れていない。貴族の娘? しかし、この服装はまるで――)
手は意外と年齢が現れる。十代か二十代前半だろう。
「初めまして、レナリアと申します。お目に掛かれて光栄ですわ」
レナリアという名前に、一瞬だけ気を取られる。
レナリア・ダチェスは現在も逃亡中だ。まさか彼女を連れてきたと思ったが「それはない」と否定する。
縄をかけて連れてきたならともかく、こんなに堂々と招待客のように連れてきていい女ではない。
声も若干違う気がした。レナリアの声は毒々しいほど甘ったるく、媚態がこびりついたような甲高さがあった。ミカエリスやジュリアスはしつこく纏わりつかれていたので、良く声を聞かされていたが、こんな涼やかな声をしていない。
愛らしい少女らしい声ではあった気がするが、それ以上に鼻に付くねっとりとした印象だ。
それにレナリアという名前はそれほど珍しいものではないのだ。同年代に同名がいてもおかしくない。
だが、どうも気になってジュリアスは口を開く。
「失礼、レナリア嬢は何故ヴェールを?」
ジュリアスの問いかけに、レナリアはすぐにそちらを向いて口を開こうとする気配がした。
だが、それを制するようにコンラッドが説明をし出す。
「彼女は元々平民なのです。直に人の目を見ると緊張して、あがってしまうからですよ」
にこやかに、だが確かに遮られた。
だが、ここで強引に割り込むのは得策ではない。それは下策だし、最終手段だ。
まだ互いに小手調べくらいである。現状では、いつ国王が出てくるか分からない時間帯である。ここで騒ぎを起こすことは愚行でしかない。
読んでいただきありがとうございました。
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