『風の歌を聴け』は、今ノーベル文学賞にもっとも近い日本人と言われる村上春樹のデビュー作です。

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村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 表紙イラスト

村上春樹の長編といえば、今や分冊の長いものがほとんどですが、本作は200ページでサクッと完結しているので、村上春樹に興味を持ったからとりあえずデビュー作『風の歌を聴け』を読んでみたという方は多いのではないでしょうか?

もしくは、『1Q84』や『ノルウェイの森』、『ねじまき鳥クロニクル』などの人気長編から村上春樹にハマり、デビュー作にさかのぼったという方もいるかもしれません。

自分は後者のパターンで、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で村上春樹にハマり、次に本作を読んだのですが……これがまぁ見事に打ちのめされ、『風の歌を聴け』はもう10回以上読んでいますが、未だに飽きが来ず、何度読んでも面白いと感心してしまいます。

ですが本作を読んだ方の中には、「何が面白いのかわからない」「結局何が言いたかったの?」「何がすごいのかわからない」「読みやすいけどよくわからないままに終わってしまった」……等々の感想を持った方も多いのではないでしょうか? もちろん、「よくわからないけど面白かった」とハマった人も多いとは思いますが(自分も初見はそうでした)。

これは、本作がさまざまな楽しみ方・読み方が可能な造りになっていて、「正しい読み方や楽しみ方」を示していない小説だからなんですね。ですから一見すると捉えどころのない作品なのですが……これが逆に、いろいろな楽しみ方ができて、何回読んでも飽きが来ないという長所も生んでいます。

本作はまさに『風の歌を聴け』というタイトルが示すように、風の歌のようにさらさらと流れていく、気をつけて聞かないとわからない……歌とも思えない、のような言葉……。そんな小説です。

そこで今回は、『風の歌を聴け』の楽しみ方読み方を紹介しながら本作の魅力テーマ文学性をわかりやすく解説

断片的な物語を時系列順に組み直すことで、「三角関係」という裏の物語を浮かび上がらせ、「僕がついた1つの嘘とはなんだったのか?」「僕がしゃべれるようになった理由は?」「何度も登場するケネディに意味はあるの?」などの謎解きをしていきます。

そして後半では、「仏文科の女(直子)が自殺した理由はなんだったのか?」という謎に注目し、「『風の歌を聴け』は、村上春樹の実体験・実話を元にした私小説なのか?」「『ノルウェイの森』に登場する直子と同一人物なのか?」といった疑問を考察し、独自に解釈していきます。

『風の歌を聴け』は、「村上春樹の個人的な実体験(トラウマ)を元にした半私小説を、三角関係の青春物語に組み立て直し、さらに日本の近代文学を米文学風の文体で脱構築させたポストモダン文学作品」……というのが、本作の個人的な解釈です。

そのキーワードはズバリ、「妊娠」「自殺」です。

また『風の歌を聴け』を解説・解釈していく過程で、村上春樹の文学性・作家性を解説し、さらには当時の時代性などと併せ、なぜ村上春樹はこうも文壇からボロクソに叩かれ、芥川賞を獲れなかったのか、などの謎も解き明かしていこうと思います。
目次
『風の歌を聴け』の8つの楽しみ方と読み方:テーマや魅力を解説
①『風の歌を聴け』の魅力を解説:ユニークな文章とアフォリズム
②『風の歌を聴け』を時系列順に解説:考察する面白さ
③『風の歌を聴け』の三角関係を考察:妊娠を巡る青春小説?
④『風の歌を聴け』のテーマを解説:「レーゾンデートル」と「風の歌」とは
⑤『風の歌を聴け』の時代性:デタッチメントとコミットメント~村上春樹はなぜ芥川賞を獲れなかったのか?
⑥『風の歌を聴け』の文学性を解説:元ネタは夏目漱石の『こころ』?
⑦『風の歌を聴け』は読者参加型ギャグ:ツッコミを入れながら読むのが楽しい
⑧『風の歌を聴け』は村上春樹の半私小説なのか?
『風の歌を聴け』考察:仏文科の女(直子)が自殺した理由と僕のついた嘘は「妊娠」
『風の歌を聴け』の直子と『ノルウェイの森』の直子は同一人物なのか?
『風の歌を聴け』総括:村上春樹の作家性と自伝的小説について

『風の歌を聴け』の8つの楽しみ方と読み方:テーマや魅力を解説

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村上春樹『風の歌を聴け』 新装版(2004)より 表紙イラスト

村上春樹の『風の歌を聴け』はもう10回以上読んでいますが、その最大の魅力は、「何回読んでも面白い」ことだと思っています。

ただ、この「面白い」というのがやっかいな指標で……「面白い」の定義って、人によって違うんですよね。

現在一般的には「面白い小説」「物語性やエンターテインメント(娯楽)性が高い」を小説を指すと思われますから、この定義にのっとった場合は、『風の歌を聴け』は特別面白い小説とは言えないでしょう。

そもそも『風の歌を聴け』は純文学(エンターテインメント(娯楽)性ではなく芸術性(文学性)を重視している文芸作品)として書かれた作品なので、そういった面白さを期待して読むのはナンセンスです。僕自身も、純粋な「面白さ」という指標で選んだ場合は、村上春樹なら『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が一番だと思っています。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)(新潮文庫)

そういう意味では、『風の歌を聴け』という作品の特徴をより正確に言うなら、「何度読んでも面白いではなく、「何度読んでも楽しめるなのかもしれません。ゆえに飽きが来ない、と。

というわけで、まずは謎解きや考察の前に、そもそも本作の楽しみ方や適切な読み方がわからなかったという方向けに、『風の歌を聴け』の8つの楽しみ方と読み方を紹介しながら、村上春樹の作家性や当時の時代性とあわせ、本作のテーマや文学性をわかりやすく解説していきたいと思います。

  1. ユニークな文章を楽しむ:ポエムやアフォリズムが面白い
  2. ミステリ小説・パズラー小説として楽しむ:時系列シャッフルや信頼できない語り手などのミステリ的構成が面白い
  3. 青春小説・友情小説として楽しむ:オシャレな世界で描かれる三角関係が面白い
  4. 純文学として楽しむ:「書くこと」やレゾンデートル(生存理由)を巡るテーマが面白い
  5. 時代性・世代論を楽しむ:学生運動やしらけ世代の空気感が面白い
  6. ポストモダニズム文学作品として楽しむ:日本の自然主義文学を欧米文学の手法で脱構築しているのが面白い
  7. 読者参加型ギャグとしても楽しむ:かっこつけたバタ臭さにツッコミを入れるのが面白い
  8. 半私小説として楽しむ:村上春樹を理解するのが面白い

そしてここからは、この8つの面白さを詳しく解説しながら、時系列順に物語を組み直したり謎解きを行い、『風の歌を聴け』という小説を考察します。

①『風の歌を聴け』の魅力を解説:ユニークな文章とアフォリズム

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村上春樹(2009) Photo by Galoren.com / CC BY-SA 4.0

やっぱり一番とっつきやすい面白さは文章ではないでしょうか。「村上春樹といえばあの文体が~」と語る人も多いほど、村上春樹は文章(文体)に個性がある作家です。

とくに初期作品(『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』)は物語性よりも文章に力点が置かれていて、村上春樹自身もこの頃の作品は「アフォリズム」と表現しています。

アフォリズムとは警句、箴言(しんげん)、金言……のことで、現代風にわかりやすく言うと、「名言」のようなもののこと。

たとえば『風の歌を聴け』の冒頭は、次のように始まります。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

なんとも切れ味鋭い一文です。

普通、小説の冒頭は読者を引き込むために「物語」を描写するのが基本。たとえば太宰治の『走れメロス』の冒頭、「メロスは激怒した」なんかは有名ですよね。ですが本作の冒頭は物語ではない純粋な「文章」で、これこそまさにアフォリズムだと言えるでしょう。

しかもこの冒頭、なんだか名言風なわりに、冷静に考えると意味はよくわかりません。それでもこの一文から始まったら、必ず次の文章を読みたくなるでしょう。つまり、小説として完璧な冒頭になっているのです。

本作には他にも個人的にお気に入りなアフォリズムがあるので、いくつか紹介します。

「嘘と沈黙は現代の人間社会にはびこる二つの巨大な罪だと言ってもよい。実際僕たちはよく嘘をつき、しょっちゅう黙りこんでしまう。しかし、もし僕たちが年中しゃべり続け、それも真実しかしゃべらないとしたら、真実の価値など失くなってしまうのかもしれない。」

「あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている。」

「僕は夏になって街に戻ると、いつも彼女と歩いた同じ道を歩き、倉庫の石段に腰を下ろして一人で海を眺める。泣きたいと思う時にはきまって涙が出てこない。そういうものだ。」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

また本作にはアフォリズム以外にも、他にも村上春樹特有のユニークな表現や比喩表現、言い回しが満載です。たとえば……

「ところで今日の最高気温、何度だと思う? 37度だぜ、37度。夏にしても暑すぎる。これじゃオーブンだ。37度っていえば一人でじっとしてるより女の子と抱き合ってた方が涼しいくらいの温度だ。信じられるかい?」

「奴らは大事なことは何も考えない。考えてるフリをしてるだけさ。」
「金持ちであり続けるためには何も要らない。人工衛星にガソリンが要らないのと同じさ。グルグルと同じところを回ってりゃいいんだよ」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

などなど。さらに……

「ひどく暑い夜だった。半熟卵ができるほどの暑さだ。」

「僕は籐椅子の上で半分眠りながら、開いたままの本をぼんやりと眺めていた。大粒の夕立がやってきて庭の木々の葉を湿らせ、そして立ち去った。雨が通り過ぎた後には海の匂いのする湿っぽい南風が吹きはじめ、ベランダに並んだ鉢植えの観葉植物の葉を微かに揺らせ、そしてカーテンを揺らせた。」

「気持の良い夕方だった。僕は海岸に沿って夕陽を見ながら車を走らせ、国道に入る手前で冷えたワインを二本と煙草のカートン・ボックスを買った。」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

といった、目に浮かぶような情景描写も素敵ですね。

とにかく『風の歌を聴け』はこのような素敵な文章やユニークな表現が満載で、まさに小説という「文章芸術」の醍醐味にあふれています。3作目の『羊を巡る冒険』以降、村上春樹の小説は物語性が増していくので、文章を味わうなら初期作品の方が個人的にはオススメ。

ただ、物語性が薄いということは、それだけ単純な娯楽性が低いということになりますから、一見すると面白さがわかりにくいのもうなずけるんです。実際、村上春樹自身、物語性の薄い初期二作品『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』だけは海外版の翻訳を2015年まで許可しておらず、まるで黒歴史のように扱っていました。

とはいえ物語ではなく、「純粋な文章で読ませる小説」というのはそれはそれで価値のあるもの。むしろ物語性が薄いことで、いつ、どこで、どのページを開いても、その場で文章そのものを楽しむことができるわけです。

ですから本作は小説ではなく、「ポエム」として読むのが正しい読み方の1つなのかもしれません。

②『風の歌を聴け』を時系列順に解説:考察する面白さ

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物語性よりも文章に重点が置かれていることに加えて、『風の歌を聴け』が捉えどころのない作品になりがちなもう1つの理由は、本作の構成にあります。

〈僕〉がまだ大学生だった頃、港町(芦屋)へ帰省した1970年8月8日から26日までの間の19日間に起こった物語を、1978年の29歳になった〈僕〉が振り返る――というのが本作の基本的な構成です。

これだけならまぁよくある構成なのですが、19日間の物語を語る間に、1978年時の目線で、1970年以前の出来事も挿入されたりするからタチが悪いんです。例えば言葉を話せなくなった少年時代や、最初のデートをした学生時代、彼女を失った1970年の前年などですね。

つまり、本作では時系列がシャッフルされているんです。

しかも性格が悪いのが、本作は全部で40の章から成り立っているのですが、この章が何年の話なのか、何月何日なのかは書いておらず、「ケネディーが暗殺された年」とか「それから○年間」や「1週間顔を出していなかった」「エルヴィス・プレスリーの映画を見た」など、間接的にしか時制が書かれていません。ですから、1度読んだだけでは全体の流れが非常にわかりにくい。

ですが逆に言うと、ヒントは存分に提示されているわけです。実はこれらのヒントを元に、物語を時系列順に組み直すだけで、驚くほどわかりやすいストーリーになり、謎の半分くらいも解けてしまいます

しかし同時に、主人公が意図的に隠してる要素というものも浮かび上がってきます。

そうです。本作は主人公の一人称で語られる物語で、主人公の主観で書かれた小説……いわゆる、どんでん返し系のミステリ小説でよく使われる「信頼できない語り手」というトリックが用いられているんです。

ですから実は本作は、時系列シャッフルや信頼できない語り手といったミステリーのトリックが使われた、推理小説・パズラー小説として楽しむことも可能なんです。

ただ、普通のミステリ小説と違うのは、謎が最後に明かされないということ。答えは自分で解かなければならないのです。ここにパズルとしての考察する面白さがあります。

またそういう意味では、本作はミステリ小説でありながらも純然たる「純文学」だと言えるでしょう。

たとえば日本の近代純文学の金字塔といわれる三島由紀夫『金閣寺』だって、「主人公はなぜ金閣寺を燃やしたのか?」という「ハウダニット(動機)」を謎に据えたミステリ小説として読むことができますからね。(逆に三島由紀夫は、「作者によって謎が明かされる推理小説は文学にはならない」と語って、松本清張らと対立していましたが……)

金閣寺 (新潮文庫)

では、時系列順に直し、信頼できない語り手を考慮するとどんな物語が見えてくるのかを……次から解説していきます。

③『風の歌を聴け』の三角関係を考察:妊娠を巡る青春小説?

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『風の歌を聴け』の主な登場人物は、〈僕〉と、僕の親友の〈鼠〉と、僕が出会った〈小指のない女の子〉の3人です。ただ鼠にはガールフレンドがいるようで、その影もときおりちらつくのですが……最終的に、〈僕〉は鼠のガールフレンドと会うことはありません。

ですが、時系列順に物語を組み直すとわかるのですが……この〈小指のない女の子〉と〈鼠のガールフレンド〉は明らかに同一人物です。つまり本作は、三角関係の青春小説でもあるのです。

一見オシャレでかっこつけた感じの本作ですが、その本質は「親友の恋人を好きになっちゃった」なんていう超ベタなラブコメ展開なんです。こんなの面白いに決まってるじゃないですか。それでも、主人公は読者にはその構造を簡単には明かしません。

それは、鼠が〈僕〉の親友だからです。親友のためを思って読者に隠しているんです。

ですから〈僕〉は小指のない女の子から「私とセックスしたい?」と聞かれて「うん」と即答するほど彼女のことが好きなのにも関わらず、最後まで関係を持とうとはしません。それは、彼女が鼠のガールフレンドだと気づいているからです。

さらに〈僕〉はそこまで他人に親切にするタイプでもないにもかかわらず、小指のない女の子にだけはやけに親切です。それもまた、親友の彼女だからと気づいての行動なのかもしれません。もしかしたら、ただの下心かもしれませんが……

そういう意味では本作は、恋愛よりも友情を描いた青春小説だと言えるでしょう。

※なお、〈僕〉が小指のない女の子に異様に親切なのに関係を持とうとしないのには、実はもう1つの理由があるのですが……そちらについては、後半で詳しく考察していきます。

さらにこの裏にはもう1つ、主人公の主観によって隠された大きな暗い影があります。

それが、「妊娠」です。『風の歌を聴け』は、妊娠を巡る三角関係の青春小説なんです。

では、なぜこのような結論になるのかを詳しく解説していきます。

まず決定的なシーンは、6章での鼠とガールフレンドの会話。実はこの章だけ、主人公視点ではなく、神の視点で書かれています。

このような「視点の乱れ」は小説では本来、御法度。では、なぜそのような書き方をしたのか。それは、そう書かなくてはならない理由があったからです。

鼠はガールフレンドに、「ジョン・F・ケネディー」の話をします。

「ねえ、人間は生まれつき不公平に作られている。」
「誰の言葉?」
「ジョン・F・ケネディー」
 
村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

その後、〈僕〉は小指のない女の子と会うのですが……女の子はひどく酔っぱらっていて、「ジョン・F・ケネディー」の話をします。

「ねえ、昨日の夜のことだけど、一体どんな話をしたの?」
車を下りる時になって、彼女は突然そう訊ねた。
「いろいろ、さ。」
「ひとつだけでいいわ。教えて。」
「ケネディーの話。」
「ケネディー?」
「ジョン・F・ケネディー。」
彼女は頭を振って溜息をついた。
「何も覚えていないわ。」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

これは明らかに、鼠のガールフレンドと小指のない女の子が同一人物であることを示しているといえるでしょう。

また3章での鼠の初登場シーンでは、鼠は「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ」と言って、自分の手の指を丹念に眺めます。10本の指を順番どおりにきちんと点検しないと次の話が始まらないほど、鼠は指の数に執着しています。

鼠がここまで指の数に執着しているのは、自分のガールフレンドが4本指だからでしょう。

さらに鼠は自分が金持ちでありながら、なぜ「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ」と言うほど金持ちに腹を立てているのかの理由も、ここでわかります。

小指のない女の子は、「自分の家はとても貧乏だった」と話しています。おそらく金持ちの鼠の親は、貧乏な小指のない女の子との結婚を認めなかったのでしょう。ですから金持ちに怒っているのです。

実は本作には、中流階級の〈僕〉下流階級の〈小指のない女の子〉上流階級の〈鼠〉と登場人物ごとに貧富の格差が設定されており、 富裕層と貧困層の対立・格差といった古典的な文学的テーマが織り込まれいるのがわかるのですが……このテーマについては、後で詳述したいと思います。

で、その後鼠はガールフレンドについて悩み、24章でついに彼女を〈僕〉に紹介すると決めます。

その際に鼠は、「スーツとネクタイ持ってるかい?」と〈僕〉に聞きます。結婚話をするつもりだったのでしょう。ただ彼女を紹介するだけなら、スーツまではいりませんから。

しかし、そこから鼠の調子が悪くなり、ジェイズバーに顔を出さなくなります。彼女を紹介する話も流れてしまいます。

〈僕〉は夏が終わるからではないかと想像していますが……実はこのときちょうど、小指のない女の子は中絶手術を受けていたことが後でわかります。恐らく鼠に黙って中絶手術を受けたのでしょう。ですから鼠は苦悩していたのです。

では、小指のない女の子は誰の子を妊娠したのでしょうか

もちろんです。

10章にそのヒントが隠されています。〈僕〉は唐突にミッキーマウスの曲を口笛で吹くのですが、その歌詞が……

それは「ミッキー・マウス・クラブの歌」だった。こんな歌詞だったと思う。
「みんなの楽しい合言葉、MIC・KEY・MOUSE。」
確かに良い時代だったかもしれない。

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 
 
「MICKEYMOUSE」の間に「・」が入っているのは、村上春樹のアレンジです。原詞にはこのような区切りはありません。つまり、何かしらのメッセージです。

「MIC・KEY・MOUSE」を日本語に直すと、「MIC・「物語の鍵は鼠だよ」という作者からのヒントではないでしょうか。

ただMICに関しては、意味があるのかはわかりません。強引に「Mouse Is Child」とか考えてもいいのですが……いい考察があったら教えてほしいです。

さらに鼠の彼女が堕胎したことを踏まえると、別の箇所も見方が変わってきます。

鼠の小説には優れた点が二つある。まずセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が死なないことだ。放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 
 
6章冒頭で、鼠の小説について主人公が語っているシーンです。ここは、1969年に鼠が〈僕〉と出会い、鼠の語る物語についての話が展開される5章に引き続く形で書かれているので、一見するとここで言う「鼠の小説」1969年に鼠が語った物話のことではないかと錯覚してしまうのですが……「鼠の話」ではなく「鼠の小説」と書いてある点に注目です。

最後まで読むと、クリスマスには鼠から毎年、〈僕〉に小説が送られてくることがわかります。つまりここで語っている「鼠の小説」とは、鼠が小説を書くようになった=1970年の秋以降の小説のことなんです。6章冒頭は29歳視点での時制なんですね。

では、なぜ鼠の書く小説にはセックスシーンが無く、1人も人が死なないのでしょうか

答えは明白です。1970年の夏に、鼠は「セックス」の結果に出来た子供を中絶により「死なせてしまった」からです。

このように、本作に書かれた膨大なヒントから1つ1つ推理していくと、主人公の語りによって隠されていた、裏の物語が顔を現わすのがわかります。

他にもさまざまな解釈があり、有名なところだと、鼠死亡説とか、鼠と僕同一人物説鼠女説鼠とDJ同一人物説なんかもあります。気になる方は調べてみてください。

村上春樹 イエローページ〈1〉 (幻冬舎文庫)

鼠死亡説を採っている考察本です。『イエローページ』は村上春樹の批評・分析で有名な加藤典洋氏の解説シリーズ本で、村上春樹ファンには必読書です。

ちなみに自分の考察では、主人公も「妊娠にまつわる死」を経験しており、だから本作を「妊娠を巡る三角関係の青春小説」と述べたわけです。

具体的に言うと、〈僕〉の彼女(仏文科の女の子=直子)は、〈僕〉の子どもを妊娠したことで自殺したのです。

この解釈を採用すると、「なぜ〈僕〉は小指のない女の子が堕胎したとすぐにわかったのか」「なぜ〈僕〉がここまで死に敏感なのか」などの細かな疑問や、「〈僕〉がついた嘘はなんだったのか」という『風の歌を聴け』最大の謎も簡単に氷解します。

この解釈と考察については、後半の考察で深掘りしたいと思います。

④『風の歌を聴け』のテーマを解説:「レゾンデートル」と「風の歌」とは

エルヴィス・プレスリー(1957)
エルヴィス・プレスリー(1957)

『風の歌を聴け』のテーマは、2つあると考えています。

それは主人公〈僕〉に設定されている主題(テーマ)と、『風の歌を聴け』という作品そのものが伝えたいテーマの2つです。

1つ目、主人公〈僕〉に設定されている主題はレゾンデートル(レーゾンデートル・レーゾン・デートゥル)」です。これは「存在理由」「存在の本質」「アイデンティティー」と言い換えてもいいでしょう。2つ目、作品そのものが伝えたいテーマはズバリ、タイトルにもなっている「風の歌」です。

まずは1つ目の「レゾンデートル(存在理由)」から見ていきます。

本作では1970年の物語以外に、〈僕〉のこれまでの経歴や、これまでに付き合った女の子、セックスをした女の子についての話などが断片的に挿入されます。それらを時系列順に並び替えると、面白いことがわかってきます。

まず、1948年に生まれた〈僕〉は、「ひどく無口な少年」でした。そこで幼少期には医者のもとに通います。

ですが1963年の4月の半ばから〈僕〉は突然しゃべりだし、7月の半ばまでしゃべり続けます。その後は無口でもおしゃべりでもない平凡な少年になったと言います。

なぜ〈僕〉は突然しゃべりだし、そして突然しゃべるのをやめて平凡な少年になってしまったのか……その理由は明かされません。

ですが実は1963年の時、〈僕〉は14歳で、初めての女の子とデートした年でもあるんです。そのときのデートでは、「『グッドラックチャーム』が主題歌のエルヴィス・プレスリーの映画」を観たと言っています。

これは1963年4月25日公開の映画なので、突然しゃべりだした時期と一致します。

さらに〈僕〉は、「ケネディ暗殺の年」の夏に、小説家のデレク・ハートフィールドと出会います。ケネディ暗殺の年は1963年なので、〈僕〉がしゃべるのをやめた時期と一致します。

これらの一致は明らかに意図的なもので、ここに、主人公が抱えてきた「レゾンデートル(存在理由)」というテーマが深く絡んでいるのです。

レーゾンデートルといえば、〈僕〉が三番目に寝た女の子=仏文科の女の子=直子に言われた衝撃的なセリフがありますよね。

僕が三番目に寝た女の子は、僕のペニスのことを「あなたのレーゾン・デートゥル」と呼んだ。

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

まったく意味がわかりませんね!!!笑

ですが、ここまでの一連の流れを踏まえると、このセリフが非常に重要であることがわかってきます。

幼少期の主治医は何も話さない〈僕〉に対し、「もし何かを表現できないなら、それは存在しないのも同じだ」と言います。それに対し〈僕〉も、「医者の言ったことは正しい。文明とは伝達である表現し、伝達すべきことが失くなった時、文明は終る。パチン……OFF」と、主治医の発言を肯定しています。

この主治医の発言は幼い〈僕〉に植え付けられた「呪い」のように、〈僕〉にとっての「存在理由(レーゾン・デートゥル)」を規定する大きな要因となりました。

主治医は、「存在そのもの」は、存在しているだけでは「存在していない」のと同じだと言っているのです。

「表現」をともなって「他者」「伝達」されることで、はじめてその存在を存在たらしめることができる――『我、月を見る。ゆえに月あり』といった言葉で有名な、量子論や観測理論に近い哲学を感じますね。

自分という存在を規定するのは自分ではなく、「他者」なのです。

ですから〈僕〉にとっての存在理由(レゾンデートル)とは、伝達(表現)なのです。

〈僕〉にガールフレンドができて突然しゃべるようになったのは、自分という存在を伝達し、規定してくれる「他者」が初めて現れたからです。〈僕〉は自分という存在を存在たらしめる(=レゾンデートルの)ために、会話という「表現」によって自分という存在を伝達し、規定したのです。

デレク・ハートフィールドの本と出会ってしゃべるのをやめた理由は、「文章を書く」という、会話に代わる新しい表現(伝達)方法を手に入れたからです。

文章の優れている点は、会話と違って相手を必要としない点です。たとえ孤独でも、文章にして書くだけで、自分という存在を規定することができるのです。ゆえに〈僕〉は文章を書くようになったのでしょう。

しかしこの文章というレゾンデートルの獲得は、孤独を肯定することになり、「デタッチメント」という〈僕〉=村上春樹にとって最大の問題(テーゼ)を引き起こすことになるのです……が、デタッチメントについてはまた後述します。

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とにかく幼少期からの経験で、「表現(伝達)」こそが存在理由だと思っていた〈僕〉だったのですが……三番目に寝た女の子=直子と出会い、その価値観を大きく揺るがされることになります。

直子は〈僕〉のペニス「レーゾン・デートゥル(存在理由)」と呼びましたが……ペニスとは、元々そこに生まれた時から存在しているものです。

伝達も表現も必要ない、あなたは初めからペニスのようにそこに存在している――そんな自分とは正反対の考えを持った直子と知り合ってから、〈僕〉は今まで以上に自分の「存在理由(レーゾン・デートゥル)」に取り憑かれるようになります。

だからこそ〈僕〉は、「全ての物事を数値に置き換えずにはいられないという癖」に取り憑かれたのです。

当時の記録によれば、1969年の8月15日から翌年の4月3日までの間に、僕は358回の講義に出席し、54回のセックスを行い、6921本の煙草を吸ったことになる。

(中略)

その時期、僕はそんな風に全てを数値に置き換えることによって他人に何かを伝えられるかもしれないと真剣に考えていた。そして他人に伝える何かがある限り僕は確実に存在しているはずだと。しかし当然のことながら、僕の吸った煙草の本数や上った階段の数や僕のペニスのサイズに対して誰ひとりとして興味など持ちはしない。そして僕は自分のレーゾン・デートゥルを見失い、ひとりぼっちになった

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

数値化というのもまた、「表現」の一種です。〈僕〉は「〈僕〉という存在のすべて」を数値化することで、より性格に、より明瞭に、自分という存在を他者に伝達できる自分という存在をより明確に規定できると考えたのです。

しかし〈僕〉は結果として、その伝達相手である直子を失ったことで、自身の存在理由を見失い、自分という存在も失ってしまいます。

ちなみに数字というレゾンデートルにこだわった理由は、おそらくデレク・ハートフィールドの影響だと思われます。

ハートフィールドの最大のヒット作である『冒険児ウォルド』では、主人公ウォルドは3回死に、5千人もの敵を殺し、火星人の女も含めて全部で375人の女と交わったといいます。さらにハートフィールドは「小説」について、「小説というものは情報である以上グラフや年表で表現できるものでなくてはならない」という持論を持っていました。

〈僕〉がもっとも影響を受けたデレク・ハートフィールドは小説上において、数値化という「表現」によって、その存在を読者に伝達させようとしていたのです。

そして1970年の時間軸においても、〈僕〉……というよりも村上春樹は、「数字」という存在理由にまだこだわっていることがわかります。

「ねえ、双子の姉妹がいるってどんな感じ?」
「そうね、変な気分よ。同じ顔で、同じ知能指数で、同じサイズのブラジャーをつけて……。いつもうんざりしてたわ。」
「よく間違えられた?」
「ええ、八つの時まではね。その年に私は9本しか手の指がなくなったから、もう誰も間違えなくなったわ。」
村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

小指のない女の子は、指を1本失うという……本来は悲劇であるはずの出来事によって、存在理由(ここでは「アイデンティティー」と呼ぶ方が適切かもしれませんが)を獲得したというのです。

史上最強の哲学入門

『風の歌を聴け』の冒頭で〈僕〉は、「書くこと」について次のように述べています。

僕がここに書きしめすことができるのは、ただのリストだ。小説でも文学でもなければ、芸術でもない。まん中に線が1本だけ引かれた一冊のただのノートだ。

(中略)

15年かけて僕は実にいろいろなものを放り出してきた。まるでエンジンの故障した飛行機が重量を減らすために荷物を放り出し、座席を放り出し、そして最後にはあわれなスチュワードを放り出すように、15年の間僕はありとあらゆるものを放り出し、そのかわりに殆ど何も身につけなかった。

(中略)

 僕はノートの真ん中に1本の線を引き、左側にその間に得たものを書き出し、右側に失ったものを書いた。失ったもの、踏みにじったもの、とっくに見捨ててしまったもの、犠牲にしたもの、裏切ったもの……僕はそれらを最後まで書き通すことはできなかった。

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

デタッチメント(という言葉の意味については次項で説明します)的な思想により、あらゆる大事なものを捨て去り、孤独になった〈僕〉は、自分という存在を規定してくれる他者をすべて失いました。このままでは、〈僕〉は〈僕〉という存在を存在たらしめることができず……それでは前述したように、存在していないことと同じになってしまいます。

だからこそ、〈僕〉は1978年にこの「文章」という名の「リスト」――つまり『風の歌を聴け』という小説を書くことにしました。自分が得たものと失ったものをリストとして「表現」する……そんな文章(小説)によって、自分の存在を規定しようとしたのです。

それは「蝉」のために書かれた鼠の小説とは違い、100%「自分」のために書いた……自分の存在理由としての小説です。

『風の歌を聴け』とはまさに、〈僕〉=村上春樹の、存在理由(レゾンデートル)だったのです。

デタッチメント [DVD]

ここまでだいぶ長くなってしまいましたが、ここから『風の歌を聴け』の2つ目のテーマ……つまり、「風の歌」という作品そのものが伝えたいテーマについて解説していきます。

タイトルにもなっている「風の歌」とはなんなのか? その正体が作品内で直接語られることはありません。

ですがここでヒントになるのが、村上春樹の自伝的エッセイ作品『職業としての小説家』です。

この中では、『風の歌を聴け』という処女作を執筆するに至るまでの村上春樹の経緯と心境が語られているのですが……

何しろ音楽が好きなもので、音楽に関わる仕事をしていれば基本的に幸福でした。でも気がつくと僕はそろそろ三十歳に近づいていました。僕にとって青年時代ともいうべき時期はもう終わろうとしています。それでいくらか不思議な気がしたことを覚えています。「そうか、人生ってこんな風にするすると過ぎていくんだな」と。

村上春樹『職業としての小説家』(2015)より 

人は意識しない限り、知らぬ間に歳をとり、するすると、まるで風が通り過ぎるように、自身の人生を過ごしてしまう――そのことに気づいた村上春樹は、小説『風の歌を聴け』の執筆を開始します。

そして『風の歌を聴け』の本文内にも、同じような内容が登場します。

祖母が死んだ夜、僕がまず最初にしたことは、腕を伸ばして彼女の瞼をそっと閉じてやる事だった。僕が瞼を下すと同時に、彼女が79年間抱き続けてきた夢はまるで舗装に落ちた夏の通り雨のように静かに消え去り、後には何一つ残らなかった

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

あらゆるものは通り過ぎる。誰にもそれを捉えることはできない。
僕たちはそんな風にして生きている。

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

鼠や小指のない女の子とジェイズ・バーで過ごした退屈な夏は、止まることなく、風のようにするすると過ぎ去り……最終的には、死を迎えるまでの長大な人生さえも、誰にも捉えることのできない風のように流れて消えてしまう……

これこそが、「風の歌」なのではないでしょうか?

つまり「風の歌を聴け」には、「知らず知らずのうちに流れて消えていっている、退屈な日常という名の人生に、もう少し耳を傾けるべきではないか?」というメッセージが込められているのです。

「風の歌」を聴かなければ、あらゆるものはするすると通り過ぎ、気づかないうちにいろいろなものを失ってしまい、気づいた時には歳を取っている……そんな〈僕〉のような人間になってしまうから……

職業としての小説家 (新潮文庫)

ちなみに、『風の歌を聴け』というタイトル自体は、トルーマン・カポーティの短編『シャット・ア・ファイナル・ドア(最後の扉を閉めて)』「何も思うまい。ただ風にだけ心を向けよう」という一節にヒントを得たと村上春樹は語っています。

⑤『風の歌を聴け』の時代性:デタッチメントとコミットメント~村上春樹はなぜ芥川賞を獲れなかったのか?

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血のメーデー事件(1952年)

これは言及されているのをあまり見たことがないのですが……『風の歌を聴け』は1969年~1970年、及び1980年代の時代性・世代論が如実に反映された作品です。

ですから当時を生きていた人は『風の歌を聴け』を読んで、ちょっとばかしノスタルジーな気分に浸ることができるでしょうし、自分のような20代の読者にとっては、当時の空気感や世代論を知ることのできる、「ノスタルジア小説」や一種の「時代小説」としても楽しむことができます。

「大学には戻らない?」
「止めたんだ。戻りようもないさ。」
鼠はサングラスの奥から、まだ泳ぎ続けている女の子を目で追っていた。
「何故止めた?」
「さあね、うんざりしたからだろう? でもね、俺は俺なりに頑張ったよ。自分でも信じられないくらいにさ。自分と同じくらいに他人のことも考えたし、おかげでお巡りにも殴られた。だけどさ、時が来ればみんな自分の持ち場に結局は戻っていく。俺だけは戻る場所がなかったんだ。椅子取りゲームみたいなもんだよ。」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

直接的には書かれていませんが、これらのやり取りから、〈僕〉は学生運動に参加していたことがわかります。(続編である『ダンス・ダンス・ダンス』では、学生運動をしていた際に公務執行妨害で逮捕され、書類送検されていたことがはっきり書かれています。)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

そして〈僕〉が大学に入った1968年、そして人生の転機となった1969年は、まさに学生運動がピークを迎えていた頃。国際反戦デーには学生(全共闘)と機動隊との間で、投石や火炎瓶なども用いられた大規模な闘争が繰り広げられました。

しかし1969年1月18日・19日の東大安田講堂事件……いわゆる全共闘の敗北にともない、学生運動は収束もしくは過激化により学生らの求心力を失います。そして〈僕〉も学生運動から手を引き……「熱い男」から一転して「クールな男」になり、1970年の夏に帰省。物語が始まります。

実はこの〈僕〉の経歴は、まんま村上春樹にも当てはまります。

河合隼雄と村上春樹の対談集『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』や、インタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』などに詳しく書いてあるのですが……村上春樹が早稲田大学に入った1968~69年「コミットメント(世間や人と積極的に関わること)」の時代であり、学生運動に影響を受け、自身も「コミットメント」していたと言います。

村上春樹がいた早稲田大学の文学部は、内ゲバで113人もの死者を出した革マル派の牙城であり、村上春樹も「石も投げたし、体もぶつけた」「あの時代に鉄のように鍛えられた」と語っています。

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

しかし学生運動の収束(全共闘の敗北)により、村上春樹は「理想主義」「耳に心地よい言葉」を信用しなくなり、「デタッチメント(関わりのなさ)」へと向かっていきました。

デタッチメントとは、「あらゆる物事から距離を置き、感情を乱されず、他者や社会と一定の距離を保とうとする姿勢」のこと。

初期の村上春樹の主人公が皆、クールで、他者や社会(世界)と必要以上に深く関わろうとせず、それゆえに(たいていは妻や猫、友、さらには仕事や土地までをも失って)孤独になってしまうのは、このデタッチメントさゆえです。

このことがもっとも端的に表されている長編作品といえば、『風の歌を聴け』の続編であり、鼠3部作の完結作(ではなくなってしまいましたが)の『羊をめぐる冒険』でしょう。

羊をめぐる冒険 (講談社文庫)

ですが個人的には、『ねじまき鳥クロニクル』の原型となった短編小説『ねじまき鳥と火曜日の女たち』(パン屋再襲撃 (文春文庫) などに収録)が、「デタッチメントさ(他者と必要以上関わろうとしない態度)のせいですべてを失う主人公」について一番自覚的に(=わかりやすく)、端的に描かれている気がします。

鼠三部作の頃は、小説の主人公「僕」と村上春樹自身が思想や主張の面でかなり同一化されていて、抑制の効いた描かれ方がしていないため、少々わかりにくいためです。

新装版 パン屋再襲撃 (文春文庫)

『羊をめぐる冒険』は「第一章 1970/11/25 水曜の午後のピクニック」という章および見出しで始まるのですが……1970年11月25日水曜日の午後とは、三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内に立てこもってクーデターを呼びかけ、後に割腹自殺した三島事件の日です。

学生運動においても大きなハイライトとなった三島由紀夫vs東大全共闘……いわゆる「伝説の討論会」でも有名なように、晩年の三島由紀夫、及び三島事件は、まさに「コミットメントの極地」と言えます。

しかし『羊をめぐる冒険』では、〈僕〉はそんな三島事件の中継をテレビで見ながら、「我々にとってはどうでもいいことだった」と回想しています。これは当時の〈僕〉=村上春樹が、コミットメントからデタッチメントへ完全に転換していたことを表しています。

ちなみに村上春樹がここでわざわざ「どうでもいいこと」と書くのは、村上春樹にとって当然、この事件が「どうでもいい」どころではなかったことの証明です。この辺りの三島由紀夫と村上春樹の関わりも面白いので、興味のある方には佐藤幹夫氏の『村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。』をオススメします。

村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。 (PHP新書)



つまり、村上春樹は生まれ年で見るといわゆる学生運動に参加した「団塊世代」なのですが……1970年からクールデタッチメントに向かった彼は、それより1世代後の「しらけ世代」第1派と呼ぶこともできるのです。

しらけ世代とは、学生運動の敗北と収束を見て育った、「政治などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う若者世代」のこと。1980年頃に語られるようになった世代論で、「政治運動や熱血な活動なんてダサい、そんな暇があったら酒を飲んだりバンドをやったりデートをした方がいい」と言い、恋愛至上主義オタク文化が花開いた世代でもあります。

日本初! たった1冊で誰とでもうまく付き合える世代論の教科書―「団塊世代」から「さとり世代」まで一気にわかる

『風の歌を聴け』は、そんなしらけ世代特有の空気感や時代性が色濃く表れた小説です。だからこそ、当時の若者から圧倒的な支持を得たのです。そしてしらけ世代の空気感=『風の歌を聴け』の持つ文学性とはズバリ、「肯定的なるもの」でした

それまでは「否定」こそが「正義」であり、そして「文学」でした。

学生運動なんて「否定性」の最たるものですし、近代以降の日本文学では、身分や富を否定し、さらには自己を批判する「否定的なるもの」が書き続けられてきました

しかし『風の歌を聴け』は、しらけ世代第1派の村上春樹によって初めて書かれた、「肯定的」な文学性を持つ小説でした。

デレク・ハートフィールドの代表作が『気分が良くて何が悪い?』というタイトルなのは、『風の歌を聴け』の肯定性を象徴しているのではないでしょうか?

村上春樹はデビュー作から既に若者から大きな支持を得ていましたし、現在ではノーベル文学賞にもっとも近い日本人と呼ばれています。しかしにもかかわらず、村上春樹はその最初期から文壇に叩かれ続けていました。

「村上春樹が芥川賞を獲ることができなかったのはなぜか?」という村上春樹最大の謎の答えは、ここにあります。

当時の文壇はまさに戦中派~団塊世代が中心で、彼らにとって「文学」とは、上述したように「否定」でした。ですから「肯定」的な『風の歌を聴け』は、度し難くチャラチャラした小説であり、こんなものは文学とは呼べないと一蹴されたわけです。村上春樹は当時、文壇からは「アメリカのポップカルチャーをまとった風俗作家」「若者の代弁者」といった評価を受けていました。

無論、「肯定的」な空気が広く蔓延し始める1980年以降は、肯定的な作品もポストモダン文学として認められるようになるのですが……『風の歌を聴け』の出版は1979年なので、少しばかり時代を先取りしすぎていたんですね。

たとえば1981年には、肯定的なるものを描いた、まさにしらけ世代を代表する小説、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』が大ブームとなりました。音楽シーンで非常に肯定性の強い日本初(?)のポップスサザンオールスターズなんかが大人気になったのも1980年代です。日本文化はここから一気に陽気になっていきます。

なんとなく、クリスタル (新潮文庫)

そして村上春樹もしらけ世代全盛の80年代には、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』を経て、国民的作家にまで上り詰めました。

ちなみにデタッチメントな作家だった村上春樹ですが、その後90年代の阪神淡路大震災、及びオウム真理教事件によって、彼は再びコミットメントへと向かいます。

これはつまり、「自分に『内閉』する(自己を大切にする)よりも、『世界(社会)』と関わっていく方が大切だ」だという主張・思想の変化ですね。

実際、村上春樹は地下鉄サリン事件の被害者へのインタビュー集『アンダーグラウンド』を出版したり、パレスチナ問題や原発、香港の民主化デモ、エルサレム賞受賞時における「壁と卵」のスピーチなどなど……以降、積極的に社会的問題に関与・発言するようになっていきます。

アンダーグラウンド (講談社文庫)

1994年に出版された8作目の長編『ねじまき鳥クロニクル』は、当初第2部までしか発表されていませんでした。しかしそれから1年後の1995年に突然、予定になかった第3部が完結編として発表されました。

第1部で、デタッチメントによって猫と妻を失った主人公が、第3部ではコミットメントに向かう姿が描かれます。この『ねじまき鳥クロニクル』の第2部と第3部の間にこそ、まさにデタッチメントからコミットメントへと向かった、村上春樹の文学性・テーマの転換が如実に表わされていると言ってもよいでしょう。

この辺りの村上春樹の時代性について、もっと詳しい解説や考察について知りたい方には、文芸評論家にして早稲田大学名誉教授の加藤典洋氏『村上春樹は、むずかしい』がオススメです。

ちなみに加藤典洋氏は、村上春樹の初期作品、とくに『風の歌を聴け』の文学性について、「肯定性の肯定」だと評価しています。

村上春樹は,むずかしい (岩波新書)

ねじまき鳥クロニクル―第1部 泥棒かささぎ編―(新潮文庫)

ちなみに、実は本作は、中流階級の〈僕〉下流階級の〈小指のない女の子〉上流階級の〈鼠〉と、登場人物ごとに貧富の格差が設定されており、 富裕層と貧困層の対立・格差といった古典的な文学テーマが織り込まれているのがわかります。

1作を通して「金持ち」という言葉が15回「貧乏」という言葉が6回も登場しますから、明らかに意図していると思われます。古典的作品でいうと、川端康成の『伊豆の踊子』なんかもそうですね。

伊豆の踊子 (新潮文庫)

ただ、『伊豆の踊子』でもそうだったように、従来の文学では主人公を富裕層か貧困層にするところを、中流階級の〈僕〉を主人公にしているのが、『風の歌を聴け』の新規性です。これは実際、当時の日本がいわゆる「一億総中流」の時代だったことを反映しています。

そういう意味では、金持ちであったために貧困層の彼女と結ばれることができなかった鼠はまさしく、「文学的な主人公」だと言えるでしょう。しかも鼠が最初に発する言葉は「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ」ですが……これはまさに「否定性」です。

しかしそんな鼠はだんだんと身動きが取れなくなり、シリーズを通して没落していきます。ここにはまさに、「旧来的な自然主義文学では日本文学はこの先立ち行かなくなるぞ」という村上春樹の批判が込められていると受け止めることもできるでしょう。

実際村上春樹は、日本の自然主義的な小説を好んではいませんでした。だからこそ、アメリカ文学に傾倒したのです。

僕はいわゆる自然主義的な小説、あるいは私小説はほぼ駄目でした。太宰治も駄目、三島由紀夫も駄目でした。そういう小説には、どうしても身体がうまく入っていかないのです。サイズの合わない靴に足を突っ込んでいるような気持ちになってしまうのです。

村上春樹『若い読者のための短編小説案内』(1997)より

しかしこういった選択がまた、「文学的ではない」という批判を受ける元にもなります。やはり、少しばかり時代を先取りしすぎていたのでしょう。

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

⑥『風の歌を聴け』の文学性を解説:元ネタは夏目漱石の『こころ』?

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夏目漱石(1914)

村上春樹の文学性について上記では、「肯定的なるもの」こそが『風の歌を聴け』の文学性だと書きましたが、当時は「こんなものは文学ではない」との批判もあったように、村上春樹作品においては、定期的に「村上春樹は純文学なのか?」という議論が起こります。

つまり、「村上春樹は純文学ではなくて『大衆文学』である」という論調ですね。

結論からいいますと、純文学です(断言)。

理由は単純で、少なくとも『風の歌を聴け』に関しては、「群像新人文学賞」という講談社の純文学文芸誌『群像』の新人文学賞に応募された作品だからです。

村上春樹は自身の小説を純文学だと認識して書き、純文学として応募したのです。ですからこれは純文学です。当然の帰結です。

たしかに村上春樹作品は、純文学としては異例なほどに売れすぎています。ゆえに「大衆文学」や「通俗小説」と認定されがちですが……そもそも大衆文学と純文学は相反するものではありません。日本においてはなぜか、大衆文学は純文学の反対であるかのような扱いを受けていますが……純文学の反対は「エンタメ小説」です。

「純文学」とは、「エンターテインメント(娯楽)性よりも芸術性(文学性)に重きを置いた文芸作品」のこと。大正末期に芥川龍之介らが、「『筋(ストーリー)の面白さ』は、小説の芸術的価値とは関係ない」と主張し、ストーリーの面白さ=娯楽性に重点を置いた「エンタメ小説」との差別化を図るために、芸術性重視の作家たちは自らの小説を「純文学」と定義するようになりました。

ただ、3作目にして初の長編小説である『羊をめぐる冒険』は、アメリカのエンタメ作家レイモンド・チャンドラーのミステリー(ハードボイルド)小説『ロング・グッドバイ(長いお別れ)』を下敷きにしているように、以降の村上春樹作品にはエンタメ小説的なストーリーテリングの要素が盛り込まれているため、その辺りもまた、非純文学的な「エンタメ小説」としての扱いを受ける原因になるのかもしれません。

羊をめぐる冒険 (講談社文庫)

ロング・グッドバイ フィリップ・マーロウ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』

とはいえ現在の純文学作品は多かれ少なかれどれもエンタメ要素を含有していますし、逆に近代の日本文学においては、夏目漱石『我が輩は猫である』『坊ちゃん』などの明らかな(当時の)エンタメ(大衆)小説も、現在では純文学として扱われています。

そもそも純粋なエンタメ小説として見るなら、村上春樹作品はあまりにもエンターテイメント性=娯楽性を軽視しすぎです。本当に読者に楽しんでほしいのなら、もう少しわかりやすく、スッキリと物語を終わらせるはずでしょう。

そういった理由から、僕は村上春樹作品は純文学だと認識しています。

そして『風の歌を聴け』に関しては、日本の近代文学の筆頭である心理小説を、欧米文学の手法で脱構築を目指した「新時代の日本文学(ポストモダン文学)」として読むこともできます。

日本近代文学の最高峰の1つである夏目漱石『こころ』は、「先生」と「K」と「お嬢さん」の三角関係の構図を取っています。そして『風の歌を聴け』ではこの構図をそのまま、「僕」と「鼠」と「小指のない女の子」という三角関係に置き換えることができます。

これは偶然やこじつけではありません。村上春樹の意図的な配置です。というのも『風の歌を聴け』と『1978年のピンボール』の初期2作品では、日本の旧来的な近代文学を脱構築し、新しい日本文学を組み立てようとしていたと、村上春樹自身が発言しているからです。

最初の二冊で僕がしようとしたのは、伝統的な日本の小説を脱構築することです。脱構築とはつまり、中身を全部抜き出して、骨組みだけをのこすという意味ですね。そして、なにか新鮮で独創的なものでその骨組みを満たす必要がありました。

都甲幸治『偽アメリカ文学の誕生』「The Paris Review」(2009)より

『こころ』は日本の近代文学における典型的な心理小説ですから、そこでは当然のように三角関係に関する主人公の内面が、恐ろしいほど緻密な筆致で語られます。ですが『風の歌を聴け』では、主人公の内面はほとんど語られず、ヘタをすると三角関係であることすら見逃してしまいかねません。これこそが新しさであり、「脱構築」です。

村上春樹は『風の歌を聴け』を書くことで、日本の自然主義や心理小説におぼれた純文学をアップデートしようとしたのです。こうした点からも『風の歌を聴け』は、日本の純文学の正統的な系譜に連なっていると見ることができるでしょう。

もっとも、村上春樹が文壇から叩かれがちだったのは、彼が日本の文壇の慣習や暗黙のルールを嫌い、それこそデタッチメント的な姿勢で距離を取っていため……というのも、多分にあるとは思いますが。

偽アメリカ文学の誕生

こころ

⑦『風の歌を聴け』は読者参加型ギャグ:ツッコミを入れながら読むのが楽しい

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平均的村上春樹的朝食

この項目はおまけというか、おふざけみたいなものですが……村上春樹読者の中には、一定数いるはずです。かくいう自分もそうだからです。

村上春樹作品といえば、異常なほどのオシャレ感バタ臭い(西洋かぶれな)かっこつけたノリが特徴です。このオシャンティーさやノリがドツボな人は村上春樹信者(ハルキスト)になりますし、逆に受け入れられない人は村上春樹アンチになります

しかしその一方で、自分のように、オシャレさやバタ臭さはどうでもよく、その物語性や文体に惹かれたという人も多いはず。そんな人にとっては村上春樹作品……『風の歌を聴け』は、オシャンティーさやかっこつけたノリにツッコミを入れながら読む、読者参加型ギャグとしても楽しむこともできるのです!

「どんだけビール飲んでんだよ!」「米食えよ!」「J-POPも聞けよ!」「ペニスがレーゾンデートルってどういうことだよ!」「『やれやれ』って何回言うんだよ!承太郎か!」「エアコンのことをいちいち『エア・コン』って書くのやめろ!」「水筒にブランデーを入れるな!」

……とまぁ、こんな具合ですね。冗談です。

⑧『風の歌を聴け』は村上春樹の半私小説なのか?

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村上春樹『風の歌を聴け』(1979) 裏表紙より抜粋

既にだいぶ長くなってしまいましたが……ここからが本番です。

『風の歌を聴け』は村上春樹の私小説――もしくは自伝的小説なのでしょうか?

個人的な解釈としては、『風の歌を聴け』は村上春樹の「半私小説(自伝的要素を含む小説)」です。

ここまでに散々書いたように、『風の歌を聴け』の主人公〈僕〉の経歴やその舞台設定は、村上春樹のリアルとかなり一致します。デタッチメント的な哲学も共通しています。

しかしかといって、金持ちだけど金が嫌いな鼠という友達と中国人が経営するバーで飲み明かしたとか、その鼠と小指のない女の子と三角関係になっていたとか、そんなストーリーが実際にあったとは思っていません

ただこの物語には、明らかに村上春樹の個人的な実体験(トラウマ)――つまり実話が投影されていると考えています。

その村上春樹の実体験とは、ここまでに何度も書いてきましたが、「1969年における仏文科の女の子=三番目に寝た子=直子の自殺です。

このエピソードには実際に村上春樹が体験した個人的なトラウマが反映されており、この「核」をベースに、『風の歌を聴け』からその続編である鼠3部作の『1973年のピンボール』や『羊をめぐる冒険』が書かれていると考えています。

『風の歌を聴け』は1970年の故郷での鼠と小指のない女の子との三角関係が、『1973年のピンボール』は双子とピンボールをめぐる探索が、『羊をめぐる冒険』は北海道での羊をめぐる冒険が表面的なストーリーの中核です。ですがその深部には、どれも「直子の死」という村上春樹の個人的なトラウマの影が濃厚に漂っています。

さらに言うと、この直子をめぐるトラウマ文学=半私小説の総括として書かれたのが、『ノルウェイの森』です。ですから『ノルウェイの森』には鼠3部作とは関係がないのに「直子」が登場しますし、『風の歌を聴け』と微妙に設定に類似が見られるのです。

そして村上春樹は『ノルウェイの森』でこの個人的なトラウマを書き切る=物語化による昇華によって過去を清算し、以降は直子について書くことをやめ、過去のトラウマから解放されます。

※ただしこれは、『ノルウェイの森』と『風の歌を聴け』及び鼠3部作の「直子」が同一人物であるという意味ではありません。こちらの問題については後で詳述します。

ノルウェイの森 (講談社文庫)

この仏文科の女の子(直子)の自殺というエピソードが実話に近いトラウマ体験だと言える根拠は……この直子とその自殺については、ものすごく書きたいけど書きたくないという村上春樹の思いがありありと見えるからです。

鼠3部作において、直子は非常に重要なファクターであり、彼女の自殺は〈僕〉の行動や思想に大きな影響を与え、さまざまな物語を展開する「核」となっています。

しかしにも関わらず、『風の歌を聴け』では直子は名前すら明かされず、「仏文科の女の子」や「三番目に寝た子」としか表現されません。

「直子」という名前が明かされるのは、その続編の『1973年のピンボール』です。しかしそれでもまだ彼女は脇役に過ぎません。

1973年のピンボール (講談社文庫)

『風の歌を聴け』では、〈僕〉は何かしらのトラウマを抱えていることがわかります。

そんなわけで、僕は時の淀みの中ですぐに眠りこもうとする意識をビールと煙草で蹴とばしながら、この文章を書き続けている。熱いシャワーに何度も入り、一日に二回髭を剃り、古いレコードを何度も何度も聴く。今、僕の後ろではあの時代遅れなピーター・ポール&マリーが唄っている。
「もう何も考えるな。終わったことじゃないか。」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

しかしこのトラウマ=「終わったこと」は、意味ありげに書かれていながらも、それが何なのか本作で明かされることはありません。しかしその続編の『1973年のピンボール』では……

帰りの電車の中で何度も自分に言いきかせた。全ては終っちまったんだ、もう忘れろ、と。そのためにここまで来たんじゃないか、と。でも忘れることなんてできなかった。直子を愛していたことも。そして彼女がもう死んでしまったことも。結局のところ何ひとつ終ってはいなかったからだ。

村上春樹『1973年のピンボール』(1980)より 

と書かれており、『風の歌を聴け』では不明だったトラウマ(「終わったこと」)が、『1973年のピンボール』で直子のこと(直子の自殺)だったと明かされます。

書きたいのに書けない――その理由は、直子についてのエピソードが村上春樹本人の非常に個人的な実話(トラウマ体験)に基づくものだからではないでしょうか?

小説に限らず、「その人」のことを深く理解するなら、その人がペラペラと語ることよりも、その人が「神経症的に避ける話題」=「語りたがらないこと」を知ることが大切とはよく言われること。

なぜなら自分のトラウマについて語ることは、自分自身の傷口をほじくり返すような、非常に激しい痛みを伴う行為だからです。しかし直子=トラウマに対する記憶がだんだんとやわらぐにつれ、村上春樹は素直に直子について書くことができるようになり、『1973年のピンボール』では多少なりとも書くことができたというわけです。

しかしそれでも直子はまだあくまでも「脇役」に過ぎず、メインキャラクターとして物語の大筋にわかりやすく関わることはありません。そんな今まで大々的に書くことを避けてきた直子についてのトラウマを、大きく、物語の中核として物語化して書き切ろうとしたのが、『ノルウェイの森』です。

事実『ノルウェイの森』には、『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』で直子を脇役としてしか書けなかった作者の個人的な悔恨の声のようなものを見ることができます。

それでも記憶は確実に遠ざかっていくし、僕はあまりに多くのことを既に忘れてしまった。こうして記憶を辿りながら文章を書いていると、僕はときどきひどく不安な気持ちになってしまう。ひょっとして自分はいちばん肝心な部分の記憶を失ってしまっているんじゃないかとふと思うからだ。僕は体の中に記憶の辺土とでも呼ぶべき暗い場所があって、大事な記憶は全部そこにつもってやわらかい泥と化してしまっているのではあるまいか、と。
しかし何はともあれ、今のところはそれが僕の手に入れられるものの全てなのだ。既に薄らいでしまい、そして今も刻一刻と薄らいでいくその不完全な記憶をしっかり胸に抱きかかえ、骨でもしゃぶるような気持ちで僕はこの文章を書きつづけている。直子との約束を守るためにはこうする以外に何の方法もないのだ。
もっと昔、僕がまだ若く、その記憶がずっと鮮明だったころ、僕は直子について書いてみようと試みたことが何度かある。でもその時は一行たりとも書くことができなかった。その最初の一行さえ出てくれば、あとは何もかもすらすらと書いてしまえるだろうということはよくわかっていたのだけれど、その一行がどうしても出てこなかったのだ。全てがあまりにもくっきりとしすぎていて、どこから手をつければいいのかがわからなかったのだ。あまりにも克明な地図が、克明にすぎて時として役に立たないのと同じことだ。でも今はわかる。結局のところーと僕は思うー文章という不完全な容器に盛ることができるのは不完全な記憶や不完全な想いでしかないのだ。そして直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけばいくほど、僕はより深く彼女を理解することができるようになったと思う。

村上春樹『ノルウェイの森』上(1987)より

もちろん、直子という名前や、仏文科という設定、大学2年時の自殺といった自制までのすべてが実話に基づくとは考えてはいません。もしかしたら彼女と呼べる関係ではなかったのかもしれません。ただ、「親しい女性の自殺に遭遇した」というそれに近しい体験が実話として存在し、それが村上春樹に深いトラウマを与えたのではないかと考えられます。

他にも『ノルウェイの森』のあとがきが非常に意味深である点も、この考察にいくつかの根拠を与えています。

僕は原則的に小説にあとがきをつけることを好まないが、おそらくこの小説はそれを必要とするだろうと思う。
(中略)
この小説はきわめて個人的な小説である。『世界の終り‥‥‥』が自伝的であるというのと同じ意味あいで、F・スコット・フィッツジェラルドの『夜はやさし』と『グレート・ギャッピイ』が僕にとって個人的な小説であるというのと同じ意味あいで、個人的な小説である。たぶんそれはある種のセンティメントの問題であろう。
(中略)
この小説は僕の死んでしまった何人かの友人と、生きつづけている何人かの友人に捧げられる。
1987年6月 村上春樹

村上春樹『ノルウェイの森』「あとがき」(1987)より

とはいえ作者と何の関係もない自分が、こんな作者の個人的な体験まで勝手に推し量って考察を述べるのは、正直言って悪趣味極まりないでしょうし、もし間違っていたら名誉毀損スレスレの行為です。そんなことはわかっています。

ですが村上春樹自身、読者からの質問集『村上さんのところ 』や『若い読者のための短編小説案内』で、「テキストはオープンであり、小説は作家の手を離れたら読者のものになるので好きに解釈してください」と言っていましたので……

ここではあえて超個人的な考察を、失礼を承知で書かせていただきます!!!

村上さんのところ

ちなみにこのような解釈をしているのは、どうやら自分だけではないようです。

ネットでもしばしば話題になる神戸女学院名誉教授の思想家、内田樹は熱心な村上ファンであることで有名。その評論(?)エッセイ(?)である『村上春樹にご用心』とその続編『もういちど村上春樹にご用心』で、内田氏は僕と似たような持論を展開しています。

内田氏によると、作家はまずトラウマなどの「個人的な体験」をもとに小説に書こうとします。それがオリジナリティと熱量のある物語を書く、もっとも手軽な方法だからです。しかしいつまでもこのような「トラウマ文学」に拘泥していては、毎回同じような話になりかねませんし、同じ経験を持つ一部のローカル的な読者しか得ることができず、作家は次の段階に進むことができません。

そのため作家はある程度の段階で、個人的なトラウマ体験について「書き切る」必要がある、と氏は言います。そうすることで作家はトラウマから解放され、自分自身に取り憑いていた文体上の定型から解き放たれ、次の段階(ワールドワイドなポピュラリティの獲得)に進むことができる――と。

そして村上春樹で言うなら、『風の歌を聴け』に始まる鼠3部作はすべて同じテーマ=「村上春樹の個人史に即したトラウマ的体験」をめぐって小説が書かれており……一方、『ノルウェイの森』はそのトラウマの書き切るための「総括」として書かれた小説だと言うのです。

やがて村上春樹は『ノルウェイの森』で直子の魂の井戸にまで降り、トラウマ体験を言語化して「自己療養」することで、直子のトラウマから解放され、以降の作品では直子という名前は現れることはなくなり……内田氏が述べた通りに、以降、村上春樹は海外へ居を移して海外展開を積極的に行いワールドワイドな人気(ポピュラリティ)を獲得するに至るのです。

(ただ、『海辺のカフカ』の佐伯さんなんかにはまだ、「直子的な影」を感じることもできますが……)

『風の歌を聴け』考察:仏文科の女(直子)が自殺した理由と僕のついた嘘は「妊娠」

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〈僕〉の故郷 芦屋

では、〈僕〉=村上春樹の個人的なトラウマとはいったいなんなのか?

それはズバリ「直子の死」であり、さらに具体的に言うと……「妊娠」にまつわる「自殺」だったのではないかと、自分は考察しています。

ですから『風の歌を聴け』を考察するにあたって最初に、「妊娠を巡る三角関係の青春小説」と書いたわけです。

〈僕〉の彼女(仏文科の女の子=直子)は、〈僕〉の子どもを妊娠したことで自殺したのです。

一方、小指のない女の子(四本指の女の子)を妊娠させてしまったものの、おそらくは貧富の格差から結婚を許されず、女の子は中絶してしまいます。そして〈僕〉はその小指のない女の子と三角関係になってしまうのです。

しかし結果として、〈僕〉は小指のない女の子とは関係を持たずに東京へ帰ります。それは、女の子が親友である鼠の元カノだったからというだけではありません。〈僕〉は帰郷する前の春に、彼女を妊娠させたことで自殺させてしまったというトラウマを抱えていたからです。

この解釈を採用すると、「なぜ〈僕〉は小指のない女の子が堕胎したとすぐにわかったのか」「なぜ〈僕〉がここまで死に敏感なのか」などの細かな疑問や、「〈僕〉がついた嘘はなんだったのか」という『風の歌を聴け』最大の謎も簡単に氷解します。

たとえば、〈僕〉は小指のない女の子のアパートを訪ねた際に、こんなやり取りをしています。

「私とセックスしたい?」
「うん」
「御免なさい。今日は駄目なの。」
僕は彼女に向かって黙って肯いた。
「手術したばかりなのよ。」
「子供?」
「そう。」

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

「手術?」と聞いてすぐに「子供(を中絶したの?)」と聞き返すのは、ちょっと察しがよすぎるでしょう。普通はまず、病気を疑います。

そして前述したように〈僕〉は、他人と積極的に関わろうとしないデタッチメントな人間です。

にも関わらず、〈僕〉は見ず知らずの初めて会った小指のない女の子を「介抱」し、さらには彼女のアパートにまで送り届け、一緒にベッドで寝るほどの手厚い介抱っぷりを見せつけています。(もちろん手を出したわけではありません)。これは明らかに、彼の哲学に反する行為です。

実際、小指のない女の子も「ずいぶん親切なのね?」と訊いています。その際〈僕〉は、「友だちに急性アルコール中毒で死んだのがいるんだ。」と説明していますが……本当は、直子を思い出してしまい、「妊娠や中絶により自殺しないか心配になったから」だと考えれば、すっきり理解できます。

小指のない女の子を見て、直子に共通する妊娠している女性特有のなにかを感じ取ったか、もしくは酔っ払っている際に彼女が妊娠について話をこぼしたか、それともアパートの鍵を探す際に彼女のカバンから妊娠を示す何かしらの物証を発見したのか……その経緯はわかりませんが、〈僕〉は、小指のない女の子が妊娠していることを最初から知っていたのです。

そして『風の歌を聴け』最大の謎といえば、〈僕〉が仏文科の女の子=直子についた「嘘」です。

「ねえ、私を愛してる?」
「もちろん。」
「結婚したい?」
「今、すぐに?」
「いつか・・・・・・もっと先によ。」
「もちろん結婚したい。」
「でも私が訊ねるまでそんなこと一言だって言わなかったわ。」
「言い忘れてたんだ。」
「・・・・・・子供は何人欲しい?」
「3人。」
「男?女?」
「女が2人に男が1人。」
彼女はコーヒーで口の中のパンを嚥み下してからじっと僕の顔を見た。

「嘘つき!」

と彼女は言った。
しかし彼女は間違っている。僕はひとつしか嘘をつかなかった

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

〈僕〉がついた「ひとつの嘘」とはなんなのか?

それは、「〈僕〉が子どもを求めていないこと」です。

『風の歌を聴け』の続編『羊をめぐる冒険』で、〈僕〉はジェイに、「子供」について次のように語っています。

「子供は作らないの?」
(中略)
「欲しくないんだ」
「そう?」
「だって僕みたいな子供が生まれたら、きっとどうしていいかわかんないと思うよ」

村上春樹『羊をめぐる冒険』上(1982)より

仏文科の女の子(直子)は、〈僕〉が子どもを望んでいないことを察していたのでしょう。だからこそ「嘘つき!」と激怒し、自分が妊娠していることに絶望し、自殺したのです。(なお〈僕〉が直子の妊娠について知ったのは、直子が自殺した後だと思われます)

そしてこの体験は〈僕〉=村上春樹に深いトラウマを与え、彼はその傷を8年間引きずり、〈僕〉=村上春樹は1978年に、そのトラウマに対する「自己療養への試み」として本作『風の歌を聴け』を書いたのです。

『風の歌を聴け』から『ノルウェイの森』に至るまでの謎をもっともスッキリと解くことができるのは、この解釈を採用することではないか……と、僕は考えています。

羊をめぐる冒険 (講談社文庫)

『風の歌を聴け』の直子と『ノルウェイの森』の直子は同一人物なのか?

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では、『ノルウェイの森』の直子と『風の歌を聴け』を初めとする鼠3部作の直子は同一人物なのでしょうか?

答えはNOです。

たしかに『ノルウェイの森』の直子は、『風の歌を聴け』の直子と名前こそ同じであり、林での首つり自殺という点で似ていますが……大学内で死んだ同じ大学に通う直子と、療養所で死んだ女子大の直子は、同一人物とは言えないでしょう。

ただ、どちらも村上春樹本人の実体験に基づく人物であるというだけです。

そして言うなれば、『風の歌を聴け』の直子の方が、より実際の直子(という名前なのかはわかりませんが)に近いのだと思われます。

「僕は直子について書いてみようと試みたことが何度かある。でもそのときは一行たりとも書くことができなかった」理由は、まだ直子に対する記憶が濃かったからというのもありますが、おそらく、それまではあまりにも「そのまま」に書こうとしすぎていたのです。

そこで村上春樹は直子のトラウマを完全に「書き切る」ために、『ノルウェイの森』という「物語小説」内の「キャラクター」として昇華するという手段を執ったのです。

そしてこれにより、村上春樹は直子に対するトラウマから完全に解放されました。

これはまさに、箱庭療法的な自己療養の手段の1つです。このように作家の個人的なトラウマを作品に昇華することで、そのトラウマを癒やす(自己療養)というのは昔からよく見られる手法で、小説に限った話ではありません。

例えば近年大ヒットとなった映画『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』には、監督アリ・アスターの個人的なトラウマ体験(失恋経験)を癒やすためのセラピー(自己療養としての側面があると自ら語っています。





そして村上春樹のデビュー作である『風の歌を聴け』にもまた、同様のトラウマに対する箱庭療法的な側面があるのです。

ここまでに、『風の歌を聴け』には「存在理由」という主人公が抱えるテーマと、「風の歌」という作品のテーマ、さらにはポストモダン文学的な文学的主題があると書きました。

しかしそれ以外にも、『風の歌を聴け』には「村上春樹の個人的なトラウマ体験の自己療養」という「目的(機能)」があったわけですね。

実はこのことは、『風の歌を聴け』の冒頭に明確に書かれています。

今、僕は語ろうと思う。
もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。
しかし、正直に語ることはひどくむずかしい。僕が正直になろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くへと沈みこんでいく。
弁解するつもりはない。少くともここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう

村上春樹『風の歌を聴け』(1979)より 

ここで予言されていたように、村上春樹は9年後に発表した『ノルウェイの森』でトラウマを総括(清算)し、直子から解放されます。そして以降、村上春樹はより美しい言葉で世界を語ることができるようになったのです。それこそが、村上春樹がここから一気に世界的作家へと羽ばたくことができた理由です。

つまり『風の歌を聴け』(と『1973年のピンボール』)は実体験=直子に対するトラウマを元に書いた「半私小説」だったのに対し、『ノルウェイの森』実体験を物語化して昇華させた「物語小説」だったということですね。

『風の歌を聴け』~『羊をめぐる冒険』まではあくまでも「自己療養へのささやかな『試み』」に過ぎなかったのですが、『ノルウェイの森』によって、自己療養は完了したのです。

ですから『風の歌を聴け』の直子と『ノルウェイの森』の直子は、同じ人物をモデルにしたとはいえ、当然別人です。そしてもちろん、『ノルウェイの森』の直子の自殺の理由が妊娠ということもありません

『ノルウェイの森』の主人公と村上春樹に一致する点が多いために、『ノルウェイの森』は村上春樹の自伝的小説と捉えている人が多いのですが……村上春樹本人が『村上さんのところ』で「(『ノルウェイの森』は)自伝小説ではない」と言っているように、これは誤り。

『ノルウェイの森』はあくまでも物語小説=フィクションです。本当に自伝的な要素を含んでいるのは、『風の歌を聴け』です

ノルウェイの森 (講談社文庫)

ちなみに村上春樹は、『「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』という質問集において、トラウマについて小説以外で一度だけ語ったことがあります。

「人生におけるもっとも深い傷とは?」という質問に対し村上氏は、「自分が誰かに傷つけられたことより、自分が誰かを傷つけたこと」と解答しているのです。

邪推かもしれませんが、この「自分が誰かを傷つけたこと」というのが、「嘘」によって直子を傷つけ、その果てに自殺させてしまった〈僕〉と妙に被るんですよねぇ。

「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか? (Asahi original (66号))

また『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』では、「小説における主人公」について、「作者がモデルではなく、人生のどこかで違う方向に進んでいたら、そうなっていたかもしれない存在であり、現実の作者は違うけど、枝分かれしたその先の僕という感じ」と語っています。

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫)

『風の歌を聴け』総括:村上春樹の作家性と自伝的小説について

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ノルウェイの森

だいぶ長くなってしまいましたが、最後に総括を行います。

ズバリ直子(とその自殺に伴うトラウマ)」こそが、村上春樹が小説を書くに至った原動力(作品を書かせたエネルギー、根源、魂、人生と言い換えてもいいでしょう)であり、「作家を作家たらしめるもの」だった……というのが、『風の歌を聴け』の考察した末に導き出された僕の解釈です。

この「原動力」は作品の「テーマ(作者の伝えたいこと)」や、「文学的主題(文学性)」とはまた別のものです。

テーマは作者が意図的に書いた(設定した)ものであり、文学的主題は時代性や文学史を反映し、文壇や批評家によって規定されるものである一方、原動力は作者自身もコントロールできないし、ヘタをしたら明確に理解さえできていない、深層意識下にある無意識的なものだからです。

そしてこの原動力は、作家の魂や作家性と密接に繋がっているため、深層意識下ですべての作品に影響を与え、無意識のうちにテーマの本質にも浸潤していきます。よってこの原動力を読み解くことが、その作家の本質の理解に繋がるのです。

作家の本質=「作家を作家たらしめるもの」を理解すれば、その作品をより深く理解できるでしょうし、新たな楽しみ方もできるようになります。そしてこの過程こそが、純文学を読む面白さの1つだと僕は思っています。

これはつまり、作者との対話なんです。

「そうかそうか、お前にはそんなことがあったんだなぁ。大変だったんだなぁ」「お前がそっちに行くんなら、俺もちょっとやってみようかな」「ああ、お前またあいつのこと書いてるな……よっぽど忘れられないんだなぁ。でもわかるよ、俺も似たような経験あるからさぁ~」「春樹ィ~~~!わかるよ春樹~~~~!!!」……といった感じにね。

作品を理解することは、その作家という人間を知り理解することと同じなんです。そしてその傾向は、読者サービスを一番に考えたエンタメ小説よりも、作者の個人的なモノがより色濃く投影された純文学の方が当然深くなります。

純文学を読むことは、読書ではなく、作家との「コミュニケーション」なんです。

ですから純文学は娯楽性がなくても、読んでいて面白いんです。コミュニケーションって、もっとも普遍的で根源的な人間の娯楽の1つですからね。

これはもちろん小説だけではありません。映画だってそうです。

たとえば宮崎駿作品なら、『風の谷のナウシカ』『風立ちぬ』では、作品ごとに設定されたテーマは異なります。ですがどちらも同じ作家が作ったものであり、戦時下の戦闘機製造者だった宮崎駿の父親の影が色濃く表れた作品になっています。

戦争反対という気持ちと、飛行機(戦闘機)への憧れ……そのジレンマや矛盾が、すべての作品に影響を与えているのです。戦争を拒み、生を望みながら、人の命を奪うミリタリーが大好きという二律背反的な苦しさがもっともダイレクトに書かれたのが、(当初は引退作として発表された)『風立ちぬ』です。

ですから宮崎駿作品は、「風」の谷のナウシカをはじめ、ラピュタ、魔女宅、トトロ、紅の豚と、どれも執拗なくらいに「飛ぶ」ことや「風」に繋がっていますし……たとえ風がないシーンでも、怒りや喜びで「ないはずの風」が吹き、髪やスカートが吹き上がる「風」の表現が、宮崎駿が描くアニメーションの最大の作家性の1つになっているのです。

そんなわけで、『風立ちぬ』は主人公の堀越二郎よりも、宮崎駿に感情移入して涙してしまう映画でした。

風立ちぬ [Blu-ray]

……と、なぜか宮崎駿の話になったところで、記事を〆たいと思います。ずいぶんと長い記事になってしまいましたが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

ちなみに、『風立ちぬ』の感想はコチラで書いています。