国立科学博物館にて-東北地方の自然史研究 「斎藤報恩会の足跡とコレクション」展-が2009年1月24日から2月22日の期間で開催。今回行われた展示会は東北地方の自然史研究の現状を紹介しつつ、2006年2月に斎藤報恩会自然史博物館から国立科学博物館に移管された標本総数15万点のコレクションの一部と共に国立科学博物館日本館1階企画展示室にて公開されている。
斎藤報恩会は、1923年、宮城県桃生郡河南町(現在の石巻市鹿又)の斎藤善右衛門氏が公益事業のため当時のお金で300万円(現在のお金でおおよそ16億4千8百万円)の私財を寄付し設立した財団法人で学術研究の助成や、自然史博物館事業を75年に渡り行ってきた。
展示の多くも斎藤報恩会が収集した標本をわかりやすく解説、移り変わる多様な東北地域の自然の変遷と学術研究の概要を知る事ができる展示会だ。
斎藤報恩会自然史博物館の模型
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日本館(国立科学博物館)
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展示会場に入るとまず1933年に建設された斎藤報恩会自然史博物館の建築模型を見る事ができる。現在ではその建物は現存してはいないそうだが左右対称の車寄せのある建物は開催場所の日本館(国立科学博物館)に似ている。
コーナーの解説パネル
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床に張られた東北地方の地図 |
模型の奥、展示中央が広めの通路になっており、その床には東北地方の地図と東北六県に関わる動植物が紹介されている。また、中央通路の脇には会場の壁伝いに沿って展示されたコーナーに容易に行けるよう展示テーマがかかれたパネルが設置されていた。
1 ハナイズミモリウシ
中央通路奥には岩手県南部の旧花泉町(現・一関市)で採取されたハナイズミモリウシの骨格標本と復元された全身骨格標本が展示されている。
ガラスケースに収められた骨格標本の中には、ねずみに齧られた形跡のあるものや、人間が石器よりつけられたとされるカットマークが入った膝蓋骨があるものなど当時を窺う事ができるが、これらの多くは水流など自然の力によって集められたものだという事だ。
ハナイズミモリウシの全身骨格標本 |
カットマークが入った膝蓋骨(右) |
2 東北地方の化石
壁伝いに沿って順に展示を見ていく事にしよう。展示は中央通路を中心として時計方向の順路で展示されている。
“日本列島の生い立ちを物語る木の葉化石”と題されたコーナーでは日本海が生まれたとされる約1600万年前の地層に残された木の葉化石コンプトニアや、また日本列島が形成されたとされる1500万~1000年前(中新世中期)の化石。また仙台周辺から採取した700万から500万年前(中新世後期~鮮新世前期)までの化石を古地理と植物化石群の変遷を追った地図と共に紹介していた。
コーナー全景 |
木の葉化石コンプトニア |
新世代貝類化石を紹介するコーナーでは、斎藤報恩会自然史博物館にて、東北地方のみならず日本列島の新生代古生物研究に功績を残された、野村七平博士と畑井子虎博士を紹介。
野村七平博士による中期中新世紀初期の門ノ沢動物群と茂庭動物群(写真参照)に関する論文が標本と共に並べられていた。貝類化石における展示の特徴は、現在では見られない暖流系の貝類が多く含まれている点、年代を経る事によって生じる貝類化石群の変遷は、パネルでわかりやすく解説展示され、標本を確認しながら見る事でより理解する事ができた。また地層の時代を判別する示準化石となっているエゾキンチャクなどの新世代ホタテガイ類も展示されている。
門ノ沢動物群と茂庭動物群(中央) |
野村七平博士による茂庭動物群に関する論文 |
年代ごとに貝化石が並べられている |
ホタテガイ類の化石 |
3 岩石と鉱物
鉱物コレクションコーナーでは、斎藤報恩会自然史博物館から寄贈された岩石標本1268点と鉱物標本324点の資料から、最終的に登録し形態的に特徴のあるものの一部が展示されていた。これら岩石資料の多くは、貝類化石研究をしていた野村七平博士が東北地域から採取したという事だ。
展示の中には孔雀石や分象花崗岩などが並び、筆者が興味深かったのはテニスボウルほどの大きさの馬の結石や、実際手にとって聞く事ができなったがコトコト音がなる事で知られる鈴石、菱形の穴が石にあけられている奇石の方孔石なども並べられていた。
鈴石(左)方孔石(右)
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馬の結石 |
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4 戦前の貝類研究とコレクション
東北地方の貝類研究についての展示では、貝類化石の研究の傍ら東北各県の現生貝類についても詳細な調査を行った野村七平博士のトウガタガイ類に関する論文とホロタイプ標本や戦前の貝類を知る資料が並べられていた。
また資料の中には、生息環境の変化によって現在では見る事ができない種類も含まれており、東北地方の貝類相を知る貴重な資料として解説されていた。
貝類コーナー |
野村七平博士のトウガタガイ類に関する論文 |
5 東北地方の鳥類
東北地方の鳥類と題されたコーナーには、1920~30年代頃の資料の中から繁殖や生息地域に関するものが当時の鳥類標本棚と共に展示されていた。
鳥類標本棚は、当時研究用剥製標本の保存には衣料を入れる木製箪笥が使われていた中で、防虫性に優れたガラスの蓋がついた専用標本棚が使われていたとが解説され、当時の剥製標本の保存状況を知る資料として見る事ができる。
鳥類コーナー全景 |
鳥類標本棚 |
会場には多くの家連れが訪れていた |
また古名と学名がかかれた標本ラベルが展示され、標準和名を知る資料として解説されていた。古名とは、現在使用されている鳥の名前(標準和名)が使われる以前に使用されていた古い鳥の名前の事で、古い文献にはよく使われているものだそうだ。現在古名を調べるには古名で書かれた標本ラベルとその標本資料がとても重要である事を知る事ができる。
展示されていた中から一部紹介しよう、古名ヤマバト→標準和名キジバト、古名コモモジロ→標準和名チョウダイサギなど。
また1930年代には本州にはいないとされたクマゲラが調査によって生息が明らかになった。その事を証明する当時のオス、メスの仮剥製標本も本剥製と共に展示。
また現在では絶滅してしまったコジュリンの繁殖集団が1920年代には宮崎県にあった事を証明する標本などがあり、かつては豊かな自然環境があった事を知る手がかりにもなっている。
コジュリンの仮剥製 |
古名が書かれた標本ラベル |
クマゲラの標本 |
チョウダイサギの標本 |
6 斎藤報恩会について
斎藤報恩会は、多くの学術研究における助成を行っていた。このコーナーでは助成金を受けた機関と研究者にスポットを当て研究資料と共に紹介展示されている。学術研究における助成は自然科学だけではなく多岐に渡っている事が紹介されており著名な研究者からも科学の発展に寄与した事を知る事ができる。展示では、1924年東北大学において八木角次博士、宇田新太郎博士により考案された八木・宇多アンテナの資料も紹介されている。八木・宇多アンテナは現在でもテレビ放送の受信アンテナとして知られている。
斎藤報恩会を紹介するコーナー |
八木・宇多アンテナ |
7 東北地域の自然科学の拠点
また、東北地域の多様な自然科学研究の拠点として活動を行っていた事を知る資料として、昆虫、海産無脊椎動物の標本が並べられていた。1930年代に採取された昆虫標本は、高温多湿の日本では昆虫標本の保存が容易ではなく1940年以前に作られたものはわずかしか残っていないらしい、中には絶滅危惧種Ⅰ類(環境省版レッドデータ)のマルコガタノゲンゴロウや、チャマダラセセリも見る事ができた。そのほか海産無脊椎動物の展示では、東北地方で初めて記録されたトゲヒラタエビやトゲノコギリガザミ。また教育用として作製されたヤリイカの解剖標本などもあった。
昆虫類の標本
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海産無脊椎動物の標本 |
マルコガタノゲンゴロウ(絶滅危惧種Ⅰ類) |
ヤリイカの教育用解剖標本(中央) |
8 東北地方のクモ類
クモ類を解説した展示では、1939年斎藤報恩会からの補助金による調査研究結果を論文にまとめ21新種を含む123種のクモを初めて東北地方から記録した斎藤三博士の新種の原色図とキハシリグモ、サチコマチグモなどホロタイプ標本と共に展示されている。
クモ類コーナー |
斎藤三郎博士の新種原色図 |
9 魚類
東北地方の魚類を知るコーナーでは、淡水、海水の東北地方の特徴と調査が行われた箇所をパネルで紹介。開発によって現在では見る事ができないが、宮城県中部にあった品井沼から名前の由来が来ているシナイモツゴや、天然記念物のテツギョなどの貴重な標本を展示していた。また寄贈された標本には、1930年~1933年に東北の各地で採取された約7000固体の海水魚標本も含まれ、それらの再調査からヒシダイなどの南日本でしか知られていない魚種が東北にも分布していた事がわかったそうだ。また、国立科学博物館の青森から茨城までの大規模な深海動物相調査でクロカサゴなど500種に及ぶ深海魚が生息していることを明らかにした事などを解説していた。展示では、オニキンメ、シダアンコウなどがあった。
ヒシダイ |
オニキンメ |
10 東北地域の植物
東北地方の植物のコーナーでは東北六県の植物が県別に解説されていた。ここからの展示は東北植物研究会の協力と国立科学博物館に収蔵されている標本の中から展示されている。東北植物研究会は東北六県の各植物研究会会員が連携した組織で東北地方の植物の研究発表を行っている。展示にはその事を知る会報誌や野生植物目録などの資料が並べられていた。
また展示には、人と植物の関係を示す展示として、地域から取れる材料を使用した工芸品も展示され豊かな植物と人々のつながりを知る展示になっている。
各県に紹介されていた植物を順に見ていくと青森県にはモリアワラン、ミチノコザクラ、岩手県ではハチマンタイアザミ、秋田県では絶滅危惧Ⅱ類に属しているヌマドジョウツナギ、山形県はエツルキンバイ、オオバナノミミナグサ、宮城県では、スエコササ、サンショウ、福島県ではヤチコタヌキモなどの標本と各地域の植物相の特徴がパネル解説されていた。
東北地方の植物コーナー |
各県ごとに植物の解説がある
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秋田県の植物を解説 |
地域にちなんだ工芸品も合わせて展示 |
11 日本列島の自然科学的総合研究
展示最後には国立科学博物館が1967年~2001年の35年間に渡った「日本列島の自然科学的総合研究」の一環として行われた調査から発表された中からアオバハガタヨトウの黒化型に関する標本と発表した資料が展示されている。
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アオバハガタヨトウの黒化型に関する資料 |
12 東北の自然史研究 「斎藤報恩会の足跡とコレクション」講演会
2月7日(土)14:00~15:30、国立科学博物館日本館2階講堂において同館(標本資料センター)の松浦啓一先生と同館(地学研究部研究主幹)加瀬友喜先生による今回の展示に関する講演が行われた。
松浦啓一先生 |
学術助成の推移をグラフで解説 |
最初に講壇に立った松浦啓一先生は「東北地方の自然史研究と斎藤報恩会」をテーマに、博物館の活動を「研究・調査」「教育・普及・展示」を行う中核にあるのが「標本資料(収集と管理)」であり、管理された標本がいかに重要であるかを説明。その後、斎藤恩師会の足跡の中で「(設立当初から)財団法人斎藤報恩会で力を入れていたのが学術助成で助成件数は558件、助成機関は東北帝国大学(現在の東北大学)にかなりの助成を行っていました。一件当たり(多いときは)現在の貨幣価値で7000万~8000万にも及びその総額は現在の貨幣価値で約9億円にもなります。その中には大変有名な八木・宇多アンテナもあります。戦前公的な学術助成金が少なかった中でこういった学術助成によってさまざまな分野の学術が発展しました。」と語り。また、「東北地方というと北海道や関東、九州、沖縄などに比べるとあまり自然史について知られていませんでした。そんな中、今回寄贈された標本によって多くの事が解明されつつあります。」と締めくくった。
また、加瀬友喜先生は「斎藤報恩会自然史博物館の古生物研究と日本列島の新生代貝類」と題し講演を行い、東北地方の貝類化石と貝類研究を斎藤恩師会自然史博物館で活躍された野村七平博士、横山又次郎博士、畑井子虎博士の功績を説明、またビカリヤの分布やイモガイ化石、ビカリヤの紋様の復元についての講演を行った。
加瀬友喜先生 |
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野村七平博士の論文を紹介
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イモガイ化石の紋様の復元を解説 |
13 最後に
斎藤報恩会自然史博物館コレクションを仙台から東京まで運送するのに大型トラックで21台使用し、現在もコレクションは整理とデーターベース化への作業が進められているそうです。博物館には、このようにさまざまな経緯で、多くの標本が集まりますが、これらの資料を再調査し研究することで、新しい発見があることを今回の展示で私たちに教えてくれたのではないでしょうか。また、長年にわたり採取された標本は学術的な面だけではなく、現在では見る事ができなくなってしまった自然環境を知る数少ない貴重な財産だということを考えさせてくれる展示だったことに間違いないでしょう。展示は2月の22日まで開催されています。
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