Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 06

 

Ich kann die Spitze immer noch nicht sehen

 

 

 

Immer noch nicht aufhören dürfen

 

 

 

Dann lass uns gehen

 

 

 

Zum idealen Ort, den wir wollen

 

 

 

 

 

2001年 11月 ―

 

アメリカ。アラスカ、ユーコン国連軍基地。

昼下がり、プロミネンス計画総責任者クラウス・ハルトウィック大佐のオフィス。

 

ドア一枚隔てた隣室の給湯システムからだろう、芳醇なコーヒーの香りが室内に漂う。準備をしている秘書官レベッカ・リント少尉の煎れるコーヒーには文句のつけようがない。

 

「お待たせしました」

「ああ、ありがとう」

 

鷹揚に頷き、執務デスクの上に差し出されたそれを一口。

香り、温度、苦味の奥に上品な甘味すら。カップの口触りも素晴らしい。

 

それらすべてが、ささくれ立つ心を多少は宥めてくれる。

 

「美味い」

「恐れ入ります」

 

少しだけ鼻にかかったような声。わずか嬉しげに。

薄い色合いの金髪をショートにし、知的な美貌には細フレームのフォックスグラス。

歯に衣着せぬところが少しばかり行き過ぎる彼女だが、有能さには疑いがない。

 

厳ついいかにもドイツ軍人といった風貌の自分がそんな彼女を引き連れているものだから、穿った見方をする者がいるのも事実。ただその程度の見識と眼力しかない者は無視しておけば良い。

 

 

今年は戦術機によるハイヴ攻略成功というこの上ない朗報から年が明け。

 

夏の大規模テロは「予定」よりは被害が大きかったものの、米国から寄越された首輪の鈴たる基地司令ブレストン准将を排除し、その肩書きにex-を付けることに成功したのは成果と言えた。

 

そしてつい先日舞い込んできた、フランスはリヨンハイヴ攻略成功の報。

これもまた戦術機による。

 

祖国西ドイツ領域の解放すら夢物語ではない…とはいえ。

 

 

「続報はあったかね?」

「はい、およそジュネーヴ-ダンケルク案で落ち着きそうです」

「なんとか拡げずに済んだか…」

 

わずかだが、胸を撫で下ろす。

ドイツ人としては色々と引っかかる所がないではないが、現状をそこに落ち着かせられそうなのはまだ吉報と言えた。

 

 

現在欧州連合を中心に、リヨンハイヴ攻略後の戦線の展開が協議されている。

 

以前から複数のプランが提示されてはいたが、最強硬論は戦線南端をアルプス東端旧オーストリア・ウィーン、北端を旧ポーランド・グダニスクに設定しブダペスト・ミンスク両ハイヴを両睨みにするという過激なもの。そしてブダペスト攻略の後に返す刀でミンスクを陥落せしめようという。

 

どう考えても、不可能だった。

 

戦力が足りない。長くなり過ぎる戦線に、広漠に過ぎる解放域。

残留BETAの危険も増加し、例の新種母艦級に後背を衝かれでもしたら薄く拡がった戦力では対応し切れず戦線が瓦解しかねない。

 

 

「軍を統制すると息巻く文民の方が過激に走るというのはよくある話とはいえ、これは…」

「攻略軍の損耗が抑制できていたからな。政府の発表もいきおい勇ましくなっていた所で、よく止めたと言っていい」

 

対BETA戦の報道は、ほぼ総ての国で政府発表による。

情報統制の側面が強いにせよ、戦場記者という存在がきわめて希少になったのは、BETAは「PRESS」の腕章やベストなど見てくれないからで。彼らはまだ戦術機が登場する前 ― 歩兵が最前線で戦って、隊ごとの壊滅全滅当たり前・十把一絡げ一山幾ら的に使い潰される中で、一緒にBETAの腹の中に収まってしまった。

 

「イタリア半島はアルプスが障壁になりますので、入域を検討して欲しいと」

「イタリア軍単独で域内の残留BETAを掃討できるのか? できたとしてその後の防衛線の構築はどうする気だろうな」

 

北からだけでなく、BETA共がアドリア湾を越えてこない保障がどこにある?

厚かましいイタカ共め、とまでは口にせず。

 

総ては、度を過ぎて沸騰した民意を汲んだが故の結果。

 

ハルトウィックは、ハイヴ攻略自体に反対などでは決してない。

しかし今次作戦に関してはその時期と内容とに大きな問題があると考えていた。

そしてその懸念は、概ね危惧した通りになってしまった。

 

 

戦術機の可能性は信じている。発展性は、まだまだある。

 

だがその一方、あくまで兵器は兵器。

対BETA戦という事態下でなければ、戦術機は空戦においては戦闘機に速力・航続力で劣り、地上戦では戦車に単発火力で劣る。さらにコスト面ではその双方に大きく劣る。

欧州連合が掲げるオール・TSF・ドクトリンにしても、展開力に優れるという謳い文句の裏にはその実戦術機をBETA侵略による国土の失陥に際して喪失した機甲砲兵力等陸戦能力の代替とする苦肉の策であり、その能力はともすれば糊塗され過大評価されている。

 

要は使い方の問題であって、戦術機は光線級吶喊といった特殊状況やハイヴ内という閉所での機動戦には適しているが、その深層大広間のようなBETA犇めく地獄の釜に、貴重な衛士と機体とを無策にぶちまける必要など本来ないはずだった。

 

サドガシマ攻略前までは速攻による突撃戦法での反応炉破壊が企図されていたが、それはハイヴ内での兵站が確保できないという前提に基づいていたもの。現在のように深層大広間前まで兵站を確保できるとなれば、それこそ核なりS-11なりの大規模破壊兵器を放り込んでやればいいだけの話のはずだ。

 

 

そしてアメリカ軍が企図する、G弾による全ハイヴ一斉攻撃。

 

成功したところでユーラシアは荒廃する。

AL弾と劣化ウラン弾による重金属・放射能汚染はまだ既存の人知の及ぶ範囲であり、除染の方策も限界はあれど確立している。しかしG弾はまだ不明な点も多い上に、判明している限りでさえ、想定威力を大幅に下回ったというヨコハマですら爆心地付近は重力異常で草一本生えなくなった。

これが一斉に大量投下され想定通りの威力を発揮した場合、可能性としては一部の学者共が言うようにユーラシア全領域が死の世界と成り果てるかもれない。

 

リヨンハイヴ攻略によりその計画に一穴を穿ったはずが、人類戦力の漸減によりBETAの再侵攻を止められないような事態に陥れば元の木阿弥どころか却って悪くなる。

 

 

これではなんの為に綱渡りをしているかわからんではないか…

 

自分は衛士上がり。

後ろから人を刺すことが常套手段の軍政の世界にそう向いているとは思っていない。

しかし戦場と同じく360度注意を払い、気配り目配りにはリント少尉のような有能かつ有用な部下を得ることでなんとか対応してきた。

 

まったく…

 

「とにかく、続報も頼むよ」

「承知しております」

「で、なにかね」

「は。こちらをご覧下さい」

 

内心の嘆息を察したが如くに。その有能な彼女が端末の画面を示す。

時刻座標などの説明に続いて、ガンカメラの映像が映し出される。

 

撮影者は Rote 11 : Wolfgang Brauer

 

「リヨンハイヴ攻略に関して、対新種BETA含む戦闘記録です」

「概要は聞いている。早いところ持ってきたな」

「大佐のお名前を出しましたら、二つ返事で」

 

リント少尉は小さな笑みと共に。

 

特に話した覚えはないのだが、地獄の番犬部隊には設立時からの知己もいる。

ギリシャ陸軍出身のリント少尉は公開情報を集めて整理分析する能力に長け、加えてある程度は独自の情報網すら構築しているらしい。

 

すでに一部編集されている映像は戦闘の推移と共に、主に見慣れぬ黒や黄色や白に塗装されたF-15を追っていた。

リント少尉の説明によると、日本のロイヤルガードの部隊らしい。

 

「装備機にF-15はあったか?」

「いえ、今回の派兵に関しての措置のようです。Type-00は見合わせたとか」

「使えんのだろう。あれはそういう機体だ」

 

 

自らが主導するプロミネンス計画の協力企業・ボーニングからやって来たフランク・ハイネマンたっての希望で、XFJ計画に付随する形で渡米してきた「ゼロ」。

 

秘匿兵器とまでは言わずとも、ハンガーの最奥に常に幾人ものスタッフに囲まれて。

自ら見ることは叶わなかったハルトウィックだが、ハイネマン曰く、「あれは、駄目だね」とのことだった。素晴らしい機体だがねと。

 

日本人の特徴と特長、美点と欠点と悪癖とがそのまま顕れた戦術機。

 

微に入り細を穿つが如く研ぎ澄まされ、精緻を極めるその性能は折紙付き。

 

しかしその代償は、低い生産性と劣悪な整備性。

そしてそのどちらも高度な技術を備える「ショクニン」の存在なくして成り立たない。

さらにはその高性能とて、衛士の技量次第という条件がついて回る。

 

空飛ぶ工芸品などと称される戦術機だが、本当に工芸品では困る。

超がつく精密さではあっても、機械による工程で再現運用できる工業品でなければならないのだ。

 

 

もっとも、最初から国内運用前提の精鋭部隊向けといった機体なのだろうがな…

 

「ふむ…F-15Cの改修機なのだろう、F-15Eではなく。に、しても…」

「よく動きます。推力や最高速自体はカタログ通りといったところなんですが、こう…各種挙動からロスが省かれていることによって、結果運動性が上がっています。180°ターンの折など優に第3世代機の水準を満たしていますし…帝国軍の軌道降下部隊、こちらも精兵なのでしょうが…同型機ながら、明らかに」

 

ハイヴ突入前、駐屯地付近で戦闘に入ったらしい。

 

カメラ主のドイツ兵は、自らの戦闘をしつつもなかなか巧妙に光線級吶喊に突撃したロイヤルガードを映している。

あの妙に軽い男も一端の番犬になった上、こういう如才の無さも上達したか。

念の為確認すれば、このカメラ機の主も負傷こそしたが作戦からは生還したらしい。

 

そこで、次はこちらをと。

別の端末にリント少尉が映像を出す。

 

「こちらは先月、チョルォンハイヴ付近で実施された漸減作戦において確認されたType-94…国連軍、ヨコハマ基地所属です」

 

あそこか、とつい舌打ちをしたくなる。

 

 

第5計画も受け容れがたいが第4計画は人類史上最大の詐欺行為だ。

 

第3計画からの怪しげな技術を引き継いで、オカルトじみた研究に巨額の国連予算をつぎ込んでいる、魔女の伏魔殿。

 

唐突にリニア・レールガンなる戦術機向けの装備を寄越した思惑もよくわかっていない。防諜においては完全な劣等生であることについて定評がある日本の中で、あの基地だけは中で何が行われているのかまるで判っていないのだ。

 

尤も、その第4計画の存在が為に第5計画への移行が行われていないのだから、痛し痒し。

 

 

「こちらの94も従来とはかなり…」

「確かにそうだな」

 

ハイヴ近辺、荒野と化した朝鮮半島にて。

中隊規模の青いType-94が数機を除いて見事な動きを見せる。

 

「00並だな。今一つなのもいるようだが」

「新兵かと思われます。こちらの2機は、このあと高度を取り過ぎ」

「そうか」

「はい。で、ここです。そして、こちら」

 

上司の不機嫌は素知らぬ振りで ― 本当に振り、だろう ― リント少尉は端末に二つの静止画像を並べた。

 

要撃級の攻撃を小さく噴射跳躍して回避する青い国連仕様のType-94。

要撃級の攻撃を小さく噴射跳躍して回避する白い斯衛仕様のF-15。

 

「各部の関係性が示すディメンションの数値が全く同じです。そしてこの後、次目標へ噴射降下して攻撃に移るまでも。この映像以外にも、類似例が複数」

「…ふむ」

「近似状況で挙動が似るのは当然ですが、次の攻撃行動開始まで各衛士ごとの個性がまるでなく主腕と脚部及び頭部や胴部までがぴったりと同一関係になるというのは…」

「つまり、プログラムされた回避パターンだと?」

 

はい、と答えるリント少尉。静止映像からまた動き出す。

 

「このように酷似した機動は多岐に渡り、同一挙動を使い回しているわけではないようです。推測になりますが…衛士の手動操縦及び間接思考制御の入力を、予め記録されている熟練兵のありとあらゆる機動モーションに都度最適化しつつ即座に置き換えているのではと」

「…そんなことが可能なのか?」

 

俄には信じ難い話だ。

それは、突き詰めていけば無人の戦術機すら実現可能になってくる技術。

 

「従来の演算処理装置や記憶領域装置では不可能です…が」

「…ヨコハマか」

「はい」

 

またしても、そこに行き着く。

 

「ハイヴ攻略の帝国軍F-15にも、漸減作戦の帝国軍94にもこのような挙動は見られませんでした。解析の結果、空力を重視する日本製戦術機において、回避機動中のこちらのヨコハマ94は理想的といっていい各部の姿勢制御になっています。一方ロイヤルガードF-15の方も『全く同じ挙動』です。空力への考慮は94ほど高くないにも関わらず。ですから」

「ヨコハマのType-94がテストベッドだったと?」

「はい、ですので急拵えのロイヤルガードF-15には最適化が間に合わなかったのでは」

「ふむ…」

 

確かに欧州連合の要請から帝国の出兵決定までそう時間はなかったはず。

 

そして国連軍はその駐留国から装備供出を受ける。

ゆえに国連軍でType-94を装備するのはヨコハマのみ、そしてそのヨコハマは。

 

「ヨコハマは、ロイヤルガードと繋がりがあるのか?」

 

さすがです、とも、そこです、とも言いたげな。

憚りなく忠誠を口にしながらどこかこちらを試すようなリント少尉は、嫌いではない。

たまに疲れるが。

 

「先ほど熟練兵、と申し上げました」

「ああ」

「ロイヤルガードは精鋭の集まりです。そしてその中でも最精鋭と言えば」

「…『ザ・シャドウ』。黒いゼロか」

「ご明察です」

 

満足げに端末を操作。

呼び出した映像は、例のサドガシマ・ファイル。

 

「この衛士の機動モーションと、ほぼ同一といっていい近似点が見られます。さすがに本人には及びませんが、コピー品としては上出来の部類かと。さらに攻撃行動に関しても類似のモーションが見られます。こちらはブラック・ゼロ以外のものも入っているようです」

「誰でもソードマスターの模倣が可能という訳か」

「はい。補整や介入の度合いも変えられるようです。腕に覚えのある者は、自分の動きで事足りますから」

 

画面内には流麗な動きで要撃級を屠る青い00。

サドガシマ攻略時の映像。今回の件とは無関係だが、「タツジン」の操る戦術機はこと近接戦において他とは一線を画した戦力となり得る。

 

そして隣の画面には、それに似た動作で攻撃を繰り出す白いF-15。

マスターとそのデシ、といった風情か。

 

「ふぅむ…」

 

これは、画期的なシステムだ。

 

 

戦術機とそれを操る衛士というのは、画一化した戦力が求められる軍隊において、旧来のジェット戦闘機時代よりさらに属人的な能力が求められ評価され、また問題になる点でもある。その意味ではBETA大戦以前からさらに遡る、あの古き良きルフト・ヴァッヘの時代に近い。

古くは「エイト・ミニッツ・コフィン」等と呼ばれた戦術機。今やその性能は初期のF-4とは比べものにならないほどに向上しているものの、やはり新兵の死傷率は高い。その一方昔から、困難な戦場でも高確率で生還する熟練兵というのも存在し続けている。

そうした熟練兵の、挙措だけでも模倣できるというのなら ― 少なくとも実際の戦闘局面においては、戦果の上昇はともかく損耗を大幅に抑制することができるようになる可能性は十分にある。

 

 

「このシステム…ロイヤルガードや日本は、出すと思うかね?」

 

映像を見る限り実用段階なのは間違いないが、量産配備し得る段階にまで達しているのだろうか。

 

「どうでしょうか。現時点では存在自体の公表も含めてなんとも、ただ各国軍は気付いてはいるでしょう。仮に機材的なものだった場合、マーキン・ベルカーは特許を盾に公開を迫るかもしれません」

「タカムラ中尉を帰したのは、早すぎたのかね」

「いいえ大佐。それは結果論かと」

 

ふむ、と。

 

 

あのサムライ・ガールが何かを知っていたとは限らない。

ただあの娘、棒きれを振り回すだけが得意な山猿かと思っていたが意外に曲者だったのかもしれない。

 

ハイネマンもまだ、隠しているというよりは黙っていることは複数あるだろう。

 

 

「それと、黒いゼロといえば面白いことが他にも」

 

またリント少尉が端末を操作すると、2台ともに黒い戦術機の戦闘が映し出される。

 

 

要撃級に相対する、黒い00。

要撃級が左腕衝角を振りぁ ― 小跳躍で回避しつつすり抜けて斬り捨てた ―

 

そしてまた違う場所での戦闘。同じく。

 

要撃級に相対する、黒いF-15。

要撃級が左腕衝角を振りぁ ― 小跳躍で回避しつつすり抜けて斬り捨てた ―

 

 

 

「おわかりですか?」

「…BETAの動きを読んでいるということか?」

「はい、いいえ。それもありますが、BETAが動く寸前、どちらも自機の左足をほんの少し、前に出しています」

「?」

 

もう一度映像で確認すると、確かにそうだ。

戦闘機動とは、まったく関係がない行動。

 

「癖……いや、まさか」

「複数の映像からの推論になりますが」

 

リント少尉が眼鏡のブリッジを押し上げる。

 

「要撃級と『正面23°程度範囲内で相対しかつ前腕衝角が両方とも下がっていて、周囲にBETAが5体以上』という条件で『左足を前に数十cm進める』行動により『左腕衝角による斜め上からの打撃』が高確率で誘発されるようです」

「…なんだと?」

 

止まっていることが少ないから映像を探すのが大変でした、しかも絶対ではないようですが、と肩をすくめる。

 

「他にも要塞級の超高速の触手攻撃を、斬撃を『置く』形で斬り捨てています。読んでいるとも言えますが、あるいは」

「なにかで誘っているということか」

「はい。そして次にこちらを」

 

操作される端末、また違う映像。

望遠らしく、少し揺れが気になる。

 

 

小破した―いや、装甲を外しているのか?、黒いF-15がロケットモーターの赤い炎を引いて数千に及ぶBETAの海を斬り裂いている。

 

集る戦車級、飛びかかる要撃級、立ち塞がる要塞級、その総てをその手の2刀にて斬り殺しながら暴れ回る。

 

 

「――リヨンハイヴ、一時撤退戦の殿だそうです」

「なんだこれは…」

 

鬼気迫る、とはこういうことか。

 

まさに無双の単騎駆け。

これまでにこんなものを見せられたのは、かの「紅の姉妹」のあの機密システム使用時くらいか。

 

「まさか本当にニンジャなわけでもあるまい。薬物強化か?」

「簡易なものは…あるかと。ロイヤルガードの強化装備の優秀さに例の読みを加えても、G負荷は許容値をやや超えていると思われますし」

「F-15なのだろう。可能かね、これが」

「物理的限界は超えていない…のでしょう。もっとも通常の機体ではほぼ不可能でしょう、選りすぐりのパーツで組み上げて、徹底的にチューニングしたのかと。現地整備のため数人ですが技術者も後発して帯同したそうです」

 

ショクニンワザ、というやつですか。

帝国軍にデータの提供を求めましたがロイヤルガードとは別組織ということで拒否されました、とも。

 

「各種リミッターの任意解除とオーバーブーストも可能になっていたようです。ちなみにこのあと機体は酷使により自壊、喪失したと」

「意味が判らん…コストがかかりすぎるだろう、一体なぜ……ああ、そうだ」

 

技術者や職能者連中には、そういう偏執的ともいえる労力を厭わない者もいる。

ハイネマンも正直そうだ。

そしてニッポンのショクニンにも。Type-00など真にそうではないか。

 

「しかし…」

 

何者だ…?

 

黒いゼロの衛士は、まだ若いらしい。

志願兵からの叩き上げで年齢にそぐわない実戦経験の持ち主ではあるらしいが、日本もソ連のように人為的に肉体に手を加えた衛士を開発しているのだろうか。

 

とはいえ、所詮は一衛士。

 

ソ連の計画にしても。

 

少数の強力な部隊が戦況を変えるというのは、ないわけではないし。何よりロマンがあるのは理解するが、軍事的冒険の類い。所与の前提として扱うには不安定すぎる。

 

ハルトウィックの仕事は彼らのような150点を取れる兵士を10人選抜育成して特殊部隊を創ることではなく、誰でも訓練次第で90点出せる戦術機を開発することにある。

 

「判る範囲でいい。例のシステムの調査を。まあ、この衛士はついでで良い」

「了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。帝都近郊斯衛開発局。

 

知った顔が幾人も欠けていることに、まだ慣れない。

 

山吹の零式強化装備で隊員たちに30分休憩を伝えた篁唯依中尉は、先ほどの模擬試験の情報を簡易ながら精査していた。

 

 

開発衛士を前線送りにしたことには、疑問も残る。

だがそれは、言ってしまえば感情的な話。

 

欧州派遣に際して斯衛から部隊を出すことが必要だったのは理解できるし、外地で00式を運用するのが困難なことも82式では沽券に関わることも。

 

 

帰国の翌々日には種々の業務に区切りをつけて、九段へ参拝した。

玉串を奉納し、英霊となった戦友達へ感謝とその魂の安寧を祈念した。

 

顔を知り、名前を聞いて、言葉を交わし共に軍務について。

そして見送った輩は、もう何人になるだろう。

 

 

「篁中尉」

「これは、巌谷中佐殿」

 

やって来た軍服姿の中佐と、敬礼を交わす。

 

「どうだ」

「は。まだ初見ですが…凄まじいですね。運用にはかなり気を遣いそうですが」

 

つい先ほど、統合仮想情報演習システム・JIVESで初の運用試験を行った。

 

 

試製01型大型電磁投射砲 ― 口径4600mm。全長27m。砲身長21m。最大射程150km。

 

形状としては99型砲をそのまま巨大化したものに近い。

 

数種の特殊砲弾を弾速6km/sすなわち音速の約17倍で分間6発発射可能。

 

 

戦術機全高約18m、単純平面で見た光線級の見逃し距離とされる22km。

この砲から発射された砲弾は、その距離を4秒足らずで突破する。

 

光線級は軌道爆撃によるこれ以上の弾速のAL弾すら迎撃するが、同砲では特殊弾頭に戦術機同等の対L耐熱処理を施した上で弾体部に収束爆弾を使用することで面制圧を企図。

子爆弾は光線級含む小型種を駆逐するに十分な威力を有し、落着後も地雷として機能する。

また収束弾は米軍F-14がAIM-54フェニックス にて採用しているが、同砲ではコスト面でそれに大きく勝る。軌道爆撃に対しても、軌道投入のコストが不要な点で大きく勝る。

 

但しその巨大さゆえに単機では携行と発射のみ、また電力供給用と給弾用に専用の補給コンテナが必要とされることから小隊以上での運用が基本となる。

また大気による弾体減速などを考慮すれば通常徹甲弾使用時はともかく、対BETA特殊弾頭の実用射程は60km程度と見込まれる。弾速も重光線級の見逃し距離32kmに対しては6秒足らずと心許ないものの、砲自体では理論上弾速8km/sまで加速可能であり今後の特殊砲弾の改良待ちとなる。

 

 

そしてハイヴ深層主縦坑大広間攻略用に開発された、投下型爆弾2種。

 

それぞれ収束・衝撃熱圧力爆弾で、補給コンテナ1基につき2発搭載されて経路確保の後に深部まで曳航されることになる。後者は想定される使用場所が閉鎖空間であることから使用には注意が必要とされるが、収束爆弾使用後の子爆弾処理にも活用できることから採用となった。

 

 

「さすがは名高い横浜基地、香月博士ということですか」

「ご本人の弁ではむしろ凡人の発想ということだったがな」

 

帰国してから唯依も、一通り得られる情報は得ていた。

しかし同じ追従を一蹴されたよ、と巌谷は笑う。

 

「米国がG弾に走っていなければとうに造っていただろうとも。まあ、すでにあるんじゃないかとも言われていたが」

「はあ…」

「ただ、ご本人は特に01型砲については色々と欠点も示唆されていてな」

「それは運用上のことですか?」

「それもあるが…」

 

心持ち、声を潜めて。

 

 

これが有効に機能すれば。或いはせずとも。

 

BETAを殲滅した後に待つのは、いやそれ以前にすら。

 

これを巡って、または用いて、人類同士の戦争が起きる。

 

 

電磁投射砲。その原理は昔からあったものの、動力や砲身強度の問題等が解決できず実用化には程遠かった。

それがG元素技術により実現化した今、発展と模倣の道が大きく開けている。

 

核のプラットホーム。

さらに大型化して核投射衛星群アーテシミーズを補完する対軌道地上迎撃砲。

それを転用した遠距離対空砲etc.etc…

 

 

「まさか……いや、ない話では……」

「各国の保有をかつての華府・倫敦条約の如く取り決めると言ってもな。守るかどうか」

 

小さく息を呑み思考を巡らせる唯依に、嘆息する巌谷。

米国が国連を我が意に沿わぬなら不要との振る舞いをするのは今に始まった事ではなく、一方の欧州連合もその米国の専横と国連の形骸化に嫌気しているという。

 

少し場所を変えよう、そう言って開発局片隅の高級士官用の待機室へ。

 

「米国といえばな。先の甲12号で、ステルス機を目撃したと報告が上がっている」

「!」

「記録映像を精査したがおそらく、F-22だ。また国連軍が押さえた時点で『アトリエ』には生成済みG元素が推定量の3割程しかなかったそうだ」

 

甲21号時に自らがその監視の任を負っていた唯依にすれば、その意味が判らぬはずがない。

 

「…G弾を増産すると?」

「アサバスカから回収されたG元素の総量は一切公開されていない。米製投射砲でも多少なりと使用したろうし、或いは我々と同じく大型砲を造るのかもしれん。今以上横浜に渡されるのを厭うたのもあるだろう。貴様、米国でどう見た?」

「は、邂逅した米軍部隊は教導部隊のみでしたのでそれに限る話になりますが、やはり戦術機主体でのハイヴ攻略を企図しているようには、とても…」

「ふむ…」

 

顎に手をやり考え込む巌谷を唯依は見上げ。

 

 

ユーコンで会った米軍部隊は素晴らしい手練れ揃いだったが、対BETAという意識を感じさせる者は殆どいなかったように思う。

装備機からして現在の米国最高の戦術機とはいえ、対BETAではまるで意味を成さないステルス機を寄越して。模擬戦においてプロミネンス計画の各機を圧倒する、示威行為の意図を隠しもしていなかった。

 

 

「貴様、ラグランジュ点で建造されている宇宙船については知っているか?」

「噂程度には…」

「ではダイダロス計画は?」

「調査船イカロスⅠ、でしたでしょうか。失敗したと発表を聞いた覚えが」

「…どうも実際には他星系に居住可能惑星を発見していたらしい」

「…本当ですか?」

 

欧州辺りの情報筋では周知の事実だそうだ、と。

巌谷は肩を竦めた。

 

「帝国も政府上層は知らされているだろう」

「それでは……まさか、地球を捨てて脱出しようと?」

「そう見る向きもあるが…計画を主導する米国からの、G弾で被害を受ける欧州への見せ札だと言われている。米国も世界の危機と認識しているという…播種の側面もあるにせよな。誰が本当に存在するかも不明な遠く離れた星へ行きたがる? 米国はG弾こそが最も安全かつ安価にBETAを駆逐する手段だと信じているんだぞ」

 

そもそも米国本土にはハイヴも存在しなければBETAも侵攻していない。

 

時間の問題だ、と思う前線国と米軍の一部と。

そうなる前に、と考える米軍と米政府。

 

「…中佐も、G弾の実際の破壊力は横浜の比ではないとお考えで?」

「ああ。横浜でG弾の破壊範囲が想定を大幅に下回った原因が不明な限り、楽観論で考えるのは危険すぎる。それに爆心が死の世界になるのは確定している」

 

唯依としては、父を殺したG弾なぞ絶対に認めたくない兵器。

その一方で、その有効性を見出す米軍の理屈が判らぬでもない。

 

「…米国は、強行するのでしょうか」

「いずれはな。通常戦力でハイヴを攻略したとは言え、物資は米国依存だ。戦死者含む損耗に向こうの世論も動いていると言うし、欧州が何を言おうと現状G弾は米国にしかない。戦後は一強体制になるのが目に見えている」

 

そしてその企図と実現を補強するためにも、ハイヴ非保有国である米国はG弾戦略によりハイヴ攻略の主導権を握って、G元素含むハイヴ鹵獲物を独占ないし寡占する必要がある。

或いは地政学に条件が揃う場合、一つ二つのハイヴは継続的なG元素供給源として残すかもしれない。

 

「ただそれゆえに、逆に今少し時間をかけるかもしれん」

「…欧州連合に、血を流させると?」

「そうだ。戦線を引き気味に構築したのは軍事上の良策だが、一時的な戦勝気分が落ち着いてくれば特に西独世論が受け容れるとは到底思えん」

 

そしてまた前進を欲し。

前進のためには物資が必要。

その物資を供給するのは。

 

「G弾は拒否しつつ米国に頭を下げてでも支援を願うと。交換条件はG元素ですか」

 

まるで血を吐きながら続ける持久走です、と唯依は吐き捨てるように。

特に鹵獲物に関しては、バンクーバー協定などもはや形骸化してしまった。

 

「後背国がアフリカ連合だけでは、やはり困難でしょうか」

「高度物資は難しいな。そのアフリカも欧州の搾取次第によっては国民感情も盤石ではない。連合内部でも英国はドーバー対岸の旧仏・蘭領域が安定していれば米国に傾く可能性もある。下手をすれば仏も自領域の安堵を以て戦力の供出を渋るかもしれん」

 

国家間の麗しき友情等は、BETAに踏み潰されて久しい。

こと欧州に限って言えば、元々あったかどうかも疑わしい。

 

「欧州連合は空中分解寸前と」

「そこまでは言わんが、事実上打つ手はないに等しいな」

「西独に…拠出戦力が少ないとはいえ北欧諸国は、いい面の皮ですね…」

 

唯依には旧知の瑞典軍少尉の顔が思い浮かぶ。

 

「奇妙な話ですが、少なくとも西独北欧と米国にはG弾攻勢に一定の遅延を願うという意味で利害の一致が生まれる…政治家の保身だけでなく難民の問題も考えれば無理もない話かとは思いますが…」

 

 

英国に間借り住まいの欧州各国。

欧州失陥に際してアフリカ及び豪州等に難民化して流出した自国民には帰る場所を用意しなければならない。素知らぬ顔で棄民してしまえば、唯依自身が体験したユーコンのテロで一躍悪名を高めた難民解放戦線に代表されるように、その不満が溜まってまた溶岩の如く噴き出すだろう。そして解放後の初期人口の減少はそのまま国力の回復鈍化に直結する。

その為にはG弾で国土が回復不能になる等言語道断、そうなる前に米国に頼み込んででも物資或いは戦力までも融通してもらい、祖国を奪還する必要がある。

だがそうして戦力を摩耗させ、挙げ句大きな借りを作って、漸くやってくる戦後には圧倒的国力の米国には一切頭が上がらない時代が待っている。

 

 

「難民は英仏含む欧州連合の宿痾だな、我が国でも同様だがBETAに均された国土への帰還事業は容易ではない」

 

佐渡島奪還から1年近く、なかなか復興・帰還事業は進まない。

なにしろ電気水道通信等社会的基盤が、広範囲に渡って根こそぎ破壊されてしまっている。

98年の中部・西日本失陥以来の3年間で、疎開先で居着きつつある者達も多い。

 

「とはいえ我が国はまだ良いと」

「ああ。それゆえに今後の立ち回りは重要だ」

「はい。そこで…この01型砲ですか」

 

まだ実物は、ここにはない。

その新型砲。

 

 

それは帝国の資産にもなり。また抱えた爆弾にもなる。

 

日本海を挟んだ朝鮮半島に鉄原ハイヴを睨むとはいえ。

海軍力にも砲兵戦力にもまだ多少なりと余地のある帝国は、後方国めいた状況にある。

現状欧州連合にはそこまでの余裕がない。元々の国力からして帝国以下の国々が、意見も纏まらないまま寄り集まった集合体。

 

ハイヴ攻略のみならず、戦後の情勢を見る上でも新型砲の持つ意味はかなり重い。

 

 

「国連軍の装備といっても、実際に開発しているのは我々帝国軍と斯衛だからな。香月博士はどうお考えなのか…」

 

兎に角ずっと不機嫌でいらっしゃるのは間違いない。

近々の視察の際にはご機嫌を更に損ねないよう留意せよ。巌谷はそう締め括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後悔しない覚悟はあった。

 

後悔する、つもりもなかった。

 

だから今も後悔はしていない。

 

ただそれが――いつか変わってしまうのが怖い。

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。国連軍横浜基地。地下施設。

 

ユウヤ・ブリッジスはここしばらくと同じく、JIVESでの作業を終えて管制ユニットを出た。

 

 

ほとんど幽閉に近い。

 

自分の立場を考えれば、当然の措置とはいえ。

 

死ぬな狂うな健康でいろ。

それ以外お前には許されない。

お前がどうにかなれば、シェスチナも死ぬ。

覚えておけ。

 

あの恐ろしい女ボスの言葉。

 

聴取にあたり ― 「繭」を破壊したことを伝えたら日本人とは思えない豊富な英語の語彙で罵倒され、挙げ句にもう一回アラスカに戻って10個くらい持ってこいとまで言われた。

切れ長の眼の美貌は魔女の名に相応しく、人の心がない女だ。

 

 

ともあれこの地下施設から出られず一定層から上へも行けないことを除けば、ある程度は情報にもアクセスできるし目立って監視がついているわけでもない。

 

朝起きてトレーニングルームで汗を流し、シャワーを浴びてからイーニァを ― ヤシロカスミに何か吹き込まれたのか、「わたしが、おこすー」と言っていたが一度も来たことがない ― 起こす。それがここしばらくで決まってきたルーティン。

 

その後はイーニァの相手をしたり、JIVESで戦術機関連のテストを行う。

こなすべき仕事があるのは正直ありがたい。

 

内心で適当にあだ名をつけたA-01の連中と模擬戦をしたりもする。彼女らは腕も立つが口も立つ連中で、イーニァにまとわりつかれていると犯罪者を見るような眼で見ては辛辣な言葉を吐きかけてくる。

ここには優しい女はいないのか。

 

イーニァは、不思議と女ボスには懐いている。

彼女を思い出して悲しい時は部屋に来て一緒に寝たりもするが、普段はヤシロカスミと何かの任務に従事しているらしい。

 

 

 

選択の結果だった。

 

先のことがどうなるかとか、考えもしなかった。

 

ただ、あいつの最期の時を、生まれたらしい場所の少しでも近くで過ごさせてやりたいと思った。

 

だからその後、どこに辿り着くかなんて思ってもみなかった。

 

 

 

とにかく色々と整理して考える時間もできて、先のことも多少はと――

 

 

アラートが鳴り響き、しばらくして突然の放送。

移動許可範囲を超えた、地下ブリーフィングルームへ呼び出される。

 

そこには、秘書官を伴ったいつにも増して不機嫌そうな女ボス。

 

「ハシムラ少尉、出頭しました」

「状況を説明するわ」

 

一応与えられているカバーネームを名乗れば、前置き一切なし。

 

45分前。アメリカはカリフォルニア、エドワーズから発った再突入型駆逐艦 ― HSSTが再突入直前で通信途絶。乗員の生存は絶望的と判断され遠隔での操作も一切受け付けず、電離層突破後にはここ目がけて加速をかけて突っ込んでくるそうだ。

オマケに爆薬満載で。

 

テロじゃねえか!

 

「狙撃して迎撃って…本気でですか?」

「使えるかと思った狙撃手が使えなくなったのよ。あんた代わりにやんなさい」

「超々距離どころじゃない、俺は射撃は得意だが狙撃はそこまでじゃ」

「うるさい、やれ、外すな、いいわね」

 

サポートはつけてあげるわ、ボスは言い捨てて白衣を翻し。動かせる戦術機は空中退避、基地要員は低セキュリティ地下施設への避難を指示しながら去ってしまう。

 

残る秘書官から作戦内容を聞かされるが無茶振りもいいところ。

幸いな点と言えばHSSTが落っこちて来る方角はBETA共のおかげでほぼ無人、日本国内でも帰還事業の遅れが皮肉にも奏功してジャパン・シー側にはまだ民間人があまりおらず、退避がスムーズなことくらいか。

 

とにかくつくづくテロにはエンがある、地上に出てたら巻き込まれて助からないだろう。

これは死んだかと思ったところで。

 

「ユウヤ。わたしも、いく」

 

振り返れば、強化装備のイーニァ。

ボスの命令だとは言うが決心した表情、梃子でも引かない構え。

 

「…サポートしてくれ」

「うん!」

 

これで失敗も死ぬことも出来なくなった。

満足げなイーニァを連れて指示されたルートから、久々の地上へ。

 

夕刻 ― 重い駆動音と共にHSST打ち上げ用カタパルトを上昇していくリフト上で、見下ろせば眼下に広がるは廃墟のヨコハマ。

だがそれでも、アラスカに劣らず日本の夕陽は美しかった。

 

乗り込んだ機体はType-94。国連軍塗装のブルー。A-01の連中と同じだ。

管制ユニットは当然単座、イーニァを前に抱く格好になる。

 

乗機の傍らには巨大なライフル ― 試作1200mm超水平線砲。通称OTHキャノン。

電磁式ではなく火薬式多段加速によりマッハ5の弾速を実現。衛星とのデータリンクと特殊砲弾内の2発の制御用炸薬により、地平線下の目標を狙撃する。発射数は3。

 

例のレールキャノンが使えりゃよかったんだが…

 

仰角を取っていくリフトの上、ブローンでバイポッド装着のOTHキャノンを構える。

あの大口径レールガンは、まだJIVESでしか扱っていない。実物があるのかどうかも知らない。もっとも諸元からして射程は足りない。

 

ステラにコツでも聞いときゃ良かったな。

 

そういえばシャロンも眠らないかどうかは知らないが、「山猫」の異名を取っていた。

 

「――こちら指揮所、CP。聞こえますかヘルメス01」

「こちらヘルメス01、アイムインポジション」

「…ヘルメス02、諸元を転送します…」

「りょうかいっ」

 

驚いたことに管制するのはヤシロらしい。

 

「イー…、ヘルメス02経由で各種情報を送るわ。直に入れたらあんたの脳ミソじゃパンクするから」

 

バカだって言いてえのか。

 

「基本スペックが違うのよ、だからってあんたが賢いわけじゃないけどね」

 

心を読まれた。割り込んできた女ボスに。

ついでにひどいことも言われる。

 

「いくよ、ユウヤ」

「ああ、頼む…ッ!?」

 

イーニァの言葉に続き。

突然空中に放り出され――た感覚、数字と映像の奔流が思考を埋め尽くす。

んーと、とイーニァの声がすると徐々にそれらが収まり ― 光の世界へ。

 

これが、イーニァ達が見てる世界なのか…?

 

通常の視界に戻り、だがそこにいくつかの光芒がオーバーラップする。

 

「…相対位置、速度…現地点風力…着弾時風力…コリオリ力入力…」

 

各種データを演算していくヤシロの声、視界に微かに像を結び始める赤黒い光点。

 

あれか!?

 

「…衛星制御はこちら、トリガーはそちらに…目標の電離層突破まで5、4、3…」

「ユウヤっ」

「了解…ッ!」

 

トリガーを引き絞る。巨大なマズルフラッシュ。

OTHキャノンはオートマチック、手動装弾の必要はない。

 

着弾まで…30秒と少し………――外した!

 

「…目標噴射加速開始…落着予測142秒…高度60km…」

「きょり500きろ。照じゅんほせい…いいよ、ユウヤっ」

「――当たれよ!」

 

ヤシロとイーニァの導き、目標を示す光点は大きくなっている。

二度目の発射、視覚と聴覚を襲う発射光と轟音。

 

「…目標健在…落着予測110秒…」

「くっそ…!」

 

喉が渇く。手が汗ばんでいるのも判る。

 

「ユウヤ」

「ああ、わかってる…!」

 

こんな時にもこちらを気遣う声。

 

死なせるわけには。

イーニァまで、死なせるわけには。

 

そのイーニァが導く光芒の世界、赤黒いあれは…人の悪意か?

迫り来て巨大化する、その急所へと。

 

「行けぇっ!」

 

三度のトリガー、砲口が雄叫びを上げて――

 

「――命中っ…」

「やっ――」

「ダメよ、止まってないわ! 爆発しない! 機首に!?」

 

なんだと!?

 

割り込むボスの叫び―

 

まだ肉眼で見える距離じゃ――

だがイーニァの視界では確かに――

弾丸は、砲身は――無理だ!

砲を捨てて離脱を―――

 

 

「…いや、十分だ」

 

 

!?

 

遙か下方、基地の方から。

 

天空へと一条の軌跡が伸びて。

 

「命中を確認! 次弾、砲は保つか!?」

「…こちらホーンド03。一式弾装填完了」

「無茶するな中尉、爆発するぞ!」

 

回線に飛び込んだ聞き覚えのある女の声と。

知らない男の声。

 

「タ――…!」

「…目標の撃破を確認しました。…次弾必要なし…作戦、終了です」

 

名を呼びそうになり。

ヤシロの冷静な声に引き戻される。

 

お、終わった…のか…?

 

極度の緊張からの解放。

脱力しかけて、同じく大きく息をついたイーニァの頭を撫でてやる。

 

「いまの、ユイ?」

「…ああ、そうだな」

 

ゴゥン、と響いて94式ごと乗せられていたリフトが下降を始める。

こちらから通信を呼びかけるのは…まずいだろう。

 

眼下の基地滑走路にはUNカラーの青いF-4改修機。ゲキシンって言ったか。

 

格納庫に背を預け、ニーリングで長大な砲 ― 例の大型レールキャノン ― を構えて最大仰角を取っていた。砲からは極太の電源用と思しきケーブルが背後二つ向こうの格納庫へと続いていて、試作兵器を無理矢理に持ち出したのだろう。

 

そしてその砲の機関部は放電を開始していて――青いF-4がそれを放り出して跳躍するのと、砲が爆発四散するのはほぼ同時だった。

 

その衝撃と破片をまともに受けて、飛び上がりかけていたF-4が仰向けに落下する。

 

「お、おいっ」

「中尉!」

「…こちらホーンド03。問題ない」

 

小揺るぎもしない声。煙を上げるF-4から。

全身に破片が突き刺さり…いや、両主腕で胸部を守ったのか?

 

つっても装甲の厚いF-4じゃなきゃヤバかったぞ…

 

「…いい腕ですね」

「…いや」

「そちらが命中弾の諸元を送って下さいましたので」

 

トリガーを引くだけでした、しかし無茶をやる、とユイの言葉が聞こえる。

 

なんでタカムラ中……いや、中尉で良いな、がいるのか。

 

「…ま、いいところを持っていかれちまったか?」

「うふふ…ユウヤも、かっこよかったよ」

 

向き直って抱きついてくるイーニァを受け止め。

大きく息をついてユウヤは今度こそ脱力した。

 

下降していくリフトから見やる日本の空。

陽はほぼ沈み、残照が闇色の夜の支配に抗して群雲を茜色に染める。

 

美しい光景だ、と思った。

そして決意もまた、新たにする。

 

 

欲して、求めて、辿り着いた場所ではなかった。

 

だがそれでも、今この腕の中の生命の温もりを。

 

共に戦ってでも、守り抜くことが今の自分の役目だと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

セキュリティレベルが高い地下施設といっても、自分たちが入れる浅い階と見た目は変わらないな。

施設内廊下、鎧衣美琴はBDU姿で膝を抱えて座りながらそんなことを思った。

 

同じく隣に座る、べそをかき続ける壬姫の背をさすりながら。

 

 

8日前 ― 第207衛士訓練小隊B分隊は二度目の総合戦闘技術評価演習に挑み、不合格となった。

最終的には、指定時間に間に合わなかった。

そこに至った過程はもう思い出したくない。

 

 

当面は自主訓練の事。

二度の不合格で放校、というのは確かに明言はされていなかった。

それでも逆に投げやりにさえ思えるそんな指示を受けた。

 

この扱いで、自分たちの置かれた立場を思わない者はいない。

榊千鶴と彩峰慧は退校・除隊申請を出したそうだが受理されず。

 

その後自主訓練を欠かさないのは榊千鶴と御剣冥夜、そして自分の鎧衣美琴だけで。

彩峰慧と珠瀬壬姫はそれぞれ、理由なく、体調不良として出てこなくなった。

 

 

分隊はもう、完全にバラバラだ。

 

正直一番の原因は千鶴と慧の仲違いに始まるが、勝手が過ぎる慧は不要に千鶴を煽り。煽られた千鶴は過剰反応で慧といがみ合う。慧を意識しすぎる千鶴はより頑固になり、そんな千鶴の指示を慧はもはや最初から聞かない。

壬姫はやはりどうしてもプレッシャーに弱く、ここ一番では必ず大きな失敗をしでかす。

冥夜も元々弁が立つ方ではないし、そして自分にしても仲を取り持つ気持ちはあっても、深入りしすぎれば逆効果だしとその手段が判らず。

 

 

無理もないよなあ…

 

ぐずぐずと泣き続ける壬姫の丸まった背をさすりながら。

滅入る気持ちは自分も同じ。美琴は息をつく。

 

ほったらかしにされていたと思ったら、今日になってテロ染みた…というかテロが起き。

 

折悪しく…それとも? とにかく視察に来ていた国連事務次官・実父の珠瀬玄丞齋に二度の落第を知られた上。

落下してくるHSSTを特殊装備で、乗ったこともない戦術機に乗って超々距離射撃しろと命じられた壬姫は、皆の眼前でパニックを起こした。

 

愛する父に言えずにいた落第の事実、それを知られてしまったストレス。

加えて狙撃の成績が群を抜いていたからという理由だけで命じられた困難極まる任務の重圧に、耐えられなかった。

 

突然走って逃げた壬姫を分隊で手分けして追い――美琴が彼女を見つけたとき、総員へ退避命令が出た。

 

 

そして命令に従い壬姫を地下へ引っ張り込み…やがて、警報は解除された。

 

「…迎撃、成功したのかな?」

「…」

 

まだ俯き時折しゃくりあげる壬姫の手を取り肩を抱くようにして指示されたゲートから他の避難者たちと共に外に出る。

 

周囲は既に夜の帳。

人員が避難していた基地は一部を除いて照明が点いておらず、普段にもまして暗く感じる。

 

200mほど向こうか、半壊した巨大な砲の傍ら仰向けに倒れる撃震が一機。

あれで迎撃したのかなと美琴がそちらを見やると。

 

「え…?」

 

夜に溶け込む、黒の強化装備。

 

近づいてくるその彼の顔、見えてくるに従って美琴にはまさかの思い。

 

知っている顔だ。

といっても知人ではなく、有名人だから。新聞などでは何度も見た。

 

思わず立ち止まり。やって来た彼もまた立ち止まった。

彼の方が大分背が高くて、美琴からは見上げる格好になる。

 

「あ、あの…」

 

おずおずと声をかける。

やって来た黒の衛士は、無表情のまま。

 

「…気にするな」

 

項垂れたままの壬姫の頭に、手を置いて。

 

「…ふぇ…?」

 

無理なものは無理だ、と。

 

「…お前のせいじゃない」

 

呟くように言い、すれ違うように歩み去る。

 

呆気にとられた美琴と今のが誰だったのかをじんわりと理解し始めた壬姫が顔を見合わせ、

 

「み、壬姫さん、今のって……し、知り合いなの?」

「ちちち違いますぅ、で、でも…っ」

 

音がしそうな勢いでそちらを向いた時には――黒の衛士は駆け寄ってきていた山吹の斯衛と中佐の階級章をつけた帝国軍人と共に、格納庫へと入って行ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

深夜。

国連軍横浜基地副司令香月夕呼大佐待遇博士は、ようやくに自らの地下執務室へと戻れた。

 

まだ椅子へとは座らず。

散らかる机上には、先ほど下がっていった秘書官ピアティフが煎れてくれたコーヒー。

湯気を立てるそれをソーサーごと持ち上げるも、小さく震える指のせいでカチャカチャと音を立てた。

 

「……ッ…」

 

歯を食いしばる。

 

震えは恐怖のためなんかじゃない。

自分への失望と、屈辱のため。

 

 

今日の出来事 ― 事務次官殿は無事の決着は既定路線かのような口ぶりだったが…夕呼は信じていない。

彼は第4計画支持派のはずで、その証として娘を預けている…はず。

 

 

国連を一つの軸としつつ、世界の各国を巻き込んで。

 

現状の国連・日本の第4計画。

米国、南米・アフリカ諸国の第5計画。

そして欧州連合とオセアニアの反オルタ・プロミネンス計画。

 

 

今回のテロ騒ぎ…誰が主犯かしらね…

 

結局コーヒーには口をつけないまま、どさりと椅子に身を預ける。

 

 

今夏のアラスカ・ユーコンでのテロ。

ある程度手を回しはしたが、打撃を受けたのは反オルタ・プロミネンス計画派…のはず。

 

そして自爆覚悟のBETA阻止計画・レッドシフトが発動していれば ― 当の米国も非難はされるだろうが、内密とはいえそれを承知で租借してきたソ連の被害は甚大極まり、米国内世論もBETA脅威論が拡大していくはず。

 

そして今回、第4計画の本拠地たるここ横浜基地の破壊をもくろむテロ。

成功していれば第4計画派は大きく力を削がれ、またたく間に第5計画へとシフトしていっただろう。

 

 

となれば…やっぱ第5計画派ってことかしらね…

 

それが判ったところで、反撃の方法が、こちらにはない。

天井を仰いで眉間を揉む。まとまった睡眠を取ろうにも、精神的なささくれが酷くて疲労が抜けない。

 

 

自分に、敵が多いのは知っている。

というか味方は殆どいなくてあとは全部敵だ。

 

17で飛び級して帝大に編入し、その後は研究の傍ら権謀術数の渦巻く世界へ否応なく入る羽目になり。以来能力と実績と先見性とで我が道を切り開いてきた。

 

 

「それもどうやら…年貢の納め時ってやつかしら」

 

力ない自嘲。

 

 

進まない研究。

一辺が10cm以下程度のサイズに150億個の並列処理装置を納めてこそ、00ユニットの核心部たり得る。

それが不可能、何かが足りないのか。或いは基礎的な部分で何かを間違えているのか。

 

窮余の一策として貴重極まる持ち駒を危険にさらしてまで別の手札を求めたが、0点とまで言わぬにしても合格点にはほど遠かった。

ソ連は第3計画の遺産・ESP発現体を純粋な戦闘用にするつもりらしく、手に入れたシェスチナの名を持つ個体は演算能力等よりそちらに特化していた。

「繭」とかいう身体改造及び薬物洗脳処理された「装置」が10個もあればまた新たな展望が開けるかもしれないが…無い物ねだり。どのみちそちらも戦闘特化にされているだろうし。

 

そして今回の件で、「火事場泥棒」も何人やって来たことやら。

今夏あの欧州からの機械仕掛けのムッツリスパイに停滞者は炙り出させたし、今も社に出来うる範囲で洗わせているとはいえ。

 

 

なんにせよ、もう時間がない。

 

 

欧州でのハイヴ攻略は成功裏に終わったが、予想通りと言うべきか、当の欧州連合軍にも有志参加の米軍にも大きな損耗が出た。

 

米国は通常戦力でのハイヴ攻略に、これまで以上に否定的になっていくだろう。

そして米国の潤沢な物資がなければ、万全な兵站は望むべくもなくなってくる。

危険を冒してリヨンのG元素確保に走ったのも、それらを見越してのことだろう。想定より遙かに少なかった「アトリエ」の鹵獲物、その報告も受けている。

 

 

G弾、投射砲、それに…宇宙船も増やすつもりかしら。

 

「でもそうなると……いくつかハイヴを残すかも」

 

すでに自ら第5計画への移行が所与となっている思考に気付いて、ひとり苦笑。

 

戦後の世界、なんてものが今まで通りに来るもんですか…

 

そちらの試算には自信があった。

当の本命の研究は進まないというのに。

 

 

局所的にならば、G弾が20発程度爆発しても許容範囲だろう。

 

だがユーラシアのような広範囲に渡って、しかも計画通り一次二次と短時間に連続して一斉投下し起爆した場合、その重力異常は連鎖的に深刻な被害を地球にもたらす可能性が高い。

その場合あくまで試算ながら、発生した重力偏差により、海水面は自然現象では起こり得ない規模で偏り海底が露出する一方大津波が発生し、また大気を喪失する領域すら出現するかもしれない。

それらがBETA大戦によって人口が集中している地域を襲った場合…「人類」として壊滅的な被害となる。さらにいえば、そこまでやってもBETAを殲滅できる保障がない。

 

米国のG弾戦術はハイヴ内外のBETAをG弾によって一気に排除した後、留守に等しくなったハイヴに攻め入りアトリエ及び反応炉を抑えるというもの。

しかし試算通りに、G弾投下後のハイヴが大津波により水没したり大気のない状態に変化したりすれば、戦術機を含む従来兵器では制圧どころか進入することさえ困難になる。

事実この横浜においても、G弾投下後のハイヴ進入の際には少数ながら残存BETAが活動しており、さらに「反応炉も生きていた」。

 

 

すなわち、第5計画のプラン通りG弾を一斉に大量投下すれば。

 

人類に残されるのはBETAを駆逐し終わった平穏な地球などではなく。

 

より減少した生存圏に、攻略不能となったハイヴからBETAが押し寄せる地獄が。

 

 

「…」

 

ノックの音。

応答して入室を許すと入ってきたのは、銀の髪に白皙の無表情な。

 

いや――普段とは少し、様子が違う。

 

「――今、よろしいですか」

「…? 珍しいわね。いいわよ、『あの子』になにかあった?」

「…いえ。……でも、そうかもしれません」

「…?」

 

 

想像だに、し得ないことも起きるもの。

 

 

 

 

 

「――『尋ねびと』が見つかった…かもしれません」

 

 

 

 

 

 

香月博士の地下室からは、この夜、照明が落ちることがついになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々、ありがとうございます。
いつも拝見して励みにさせて頂いてます。

またよくわからない方向に行きましたw

うっかり始めて大失敗、マブラヴって戦闘ないんだなあと
もっとこう、どかーんばきーんずばーっ、ふっ戦いの道に女は不要きゃーかっこいい、というお話になる…と思ってたんですけどw

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