受給者証があればデイにも通える。
そんな事もあって、手帳の取得は特に考えていませんでした。
役所の担当者さんも、必要になれば取ればいいのでは?くらいで、勧められる事もなく。
私自身も、必要になった時でいいかな〜くらいに思っていました。
そして、年中の夏、次年度の特別支援の申請の際、医師の診断書を再度書式に合わせて書いてもらわないといけないとなった時に、園から、療育手帳があれば、診断書はいらないみたいなので、取得されたらどうですか?と言われます。
まだいいかなー?と思っていた私ですが、当時のブロ友さんにも手帳があると出かける時に受けられるサービス(料金の割引き)などを教えてもらったり、特別児童扶養手当の話も聞きました。
それでも、三兄弟とワンオペで割引のきく施設に行く事も少ないしなー、なんて、先送りしようとしていました。
また、手帳があると、地域の学校には行けないかも?というアドバイスをいただいたりもして、躊躇したのもあります。
そこで教育委員会に問い合わせました。
"え?手帳があると地域の学校には入れないという事はないです!また来年就学相談がありますから、その時詳しくお聞かせくださいね!お母さん、大丈夫ですよ"と言われました。
きっと自治体によって違う事もあるし、地域によっては、そういう事もあるのかもしれません。
実際、就学相談で判定なるものがある自治体もあるようで、皆様のお住まいの地域によって違うのかもしれません。
念のため、教育委員会に問い合わせてみてくださいね!
私は親切な方のアドバイスのおかげで、きちんと確認出来ました!
あの方はお元気かな??
手帳はあってもなくてもいいけど…というのが本音でした。
とりあえず、持っていても損はないよという意見も多かったので、取得に向けて動き出します。
まずは、役所に連絡。
申請に必要な書類(発達検査の結果や手帳が必要という添書き)を今までの担当者さんに作ってもらい
、療育手帳申請担当の課につないでもらいました。
発達検査を取ってくださっていた担当者さん曰く、"手帳必要かなぁ??''でしたので、私も迷いつつ、手続きを始めます。
申請が終わると、次は子ども家庭センター(以前の児童相談所)にて発達検査の予約です。
3ヶ月待ちくらいだったかな??
秋になり、少し離れた場所にある子ども家庭センターへ三男と向かいました。
発達検査は母への聞き取り、乳幼児発達スケールの記入、三男への個別の発達検査(K式だったかな?)で、最後に親子同席で面談でした。
話せなくても大丈夫なのかな?と思いましたが、親子分離が可能、なんとなく言われている事を理解していた三男は先生と2人きりでテストを受けられました。
親子面談でも言われましたが、三男は理解は進んでいそうだが、発語がない事で、だいぶ結果が出しにくい、と。
どうしても、話せない=判定が重くなるとの事で…
数値としては中等度になると。
それは仕方ないなと私も思っていましたし、言葉が出ればまた結果も変わるという意味合いも含んだ判定となりました。
三段階ある中の真ん中。
特別児童扶養手当の対象になりましたが、我が家は旦那が単身赴任中のため、どうしても所得制限に引っかかります…(交通費等全て収入に含まれますので…)
とりあえず、手帳は取得しましたが、今のところ持っているだけの状態です。
コロナでおでかけも出来ませんでしたし。
あ!公立の公園で駐車場代が安くなった!笑
それくらいですが、ありがたい事ですね
あとは、今までは、ハッキリとした診断がなく、発達障がいという大きな括りで、私も必死だったのですが、いざ手帳を取り、さらには真ん中(中等度)だったという事もあり、ここまで大変な子育てをしてきた自分に、よく頑張ったね!もっと周りに頼っていいんだよ、大変だったね!しんどいと言って良かったんだよ!と言ってもらえたような、躾の問題や、グレーゾーンではなく、どうしても伝わらない事があって当然なほどだったんだよと、なんだか、肩の荷が降りた気がしました。
(そう言われたり、書かれたり、世間のイメージが私の中で冷たくのしかかっていました。)
三男は知的障がいのある自閉症。
療育手帳をもらった事で、頑張り過ぎなくていいよ、頼れる支援、差し伸べられた手を掴んでいいんだよ、そんな風に言われた気がしました。
どこかでずっと、もっと大変な人がいる、まだ私は頑張れる、支援が必要な人に行き渡るように、私はまだ我慢出来ると、変な遠慮をしていた気がします。
療育手帳を取得するという事は、母として心や体力的に余裕が出て、全てを抱え込まず、福祉の力を借りていいんだよという優しさのようにも感じました。
目に見えにくい障がい。
産んだ私の責任。
重く重くのしかかっていたものが、少し軽くなったような気がしました。
あくまでも、これは自分が自分にたいして感じていた事で、軽度だから手帳は必要ないとか、誰かを批判したり、誰かの価値観を否定するものではありません。
私は何故か、周りの目を気にしすぎる傾向があり、優しい意見、眼差しよりも、厳しい意見に心を持って行かれがちで…
税金の無駄遣いと言われたり、障がい者の面倒を健常者が見てやってるんだ!!なんて言われたら言い返す事も出来ず…
好きでそう生まれたわけでもないけど、現実としては福祉サービスを受けているわけで、受けていない人からしたら気分の良いものではないのかな?等考え過ぎてしまいます。
対等ではいられなくなるというか…
恩恵を受けたら、さらに相手の思うツボだ…
だから、意地でも福祉サービスを使わずに!なんて肩肘張って、おかしな方向へ進んでいました。
弱者になれば対等には闘えない。
なんて、
何と闘っていたんでしょうね
文句を言われたり、暴言を吐かれたり、税金を食い潰す子を産んだ!!お前の責任だ!
ありがたく思え!健常者に逆らうな!と言われているようで、悔しくて。
でも、言い返せる強さもなくて。
常に闘うスタンスだったんだなと。
今思うのは、また、自分が障がいのある人達に思う事は、
使えるサービスや支援はきちんと使い、安心していいという事。
税金は福祉のためだけにあるわけではなく、色々な立場の人、障がいだけに限らず、困った人が使え、今は健康な人もいつかはお世話になる可能性もある。
ありがたいサービスを、必要な時に使わせてもらい、また自分達が返せる恩は返していけばいい。
優しい人達の優しい声を聞いて。
誰かと闘わなくていい
申し訳ないと思うのではなく、
有難いと思える事が大事で。
私の周りにもそんな優しい方々がたくさんいて、いつも支えてくださっている。
私や三男が成長して、社会の一員としてお役に立てるように、毎日を大事に生きよう
今手を貸してくださる方々のためにも、
腐らず、沈まず、あらぬ方向へと暴走せず、
三男と前向きに成長していくことが恩返しになるのではないかと
そんな風に思うようになりました!
療育手帳の出番は今のところあまりありませんが、気負わず、ゆったりと親子で幸せに生きていきなさいねというお守りのようなものだと思っています。
自閉症だと診断がついた事で、カミングアウトも楽になりました。
毎日のルーティンも、こだわりも、次は何かな?これは何のサインだ??なんて考えながら、付き合う余裕も出てきました
そう思ったら、手帳を取得して良かったなと感じます。
次回は入学後の更新です。言葉が出たら、判定も変わるのかな??
三男の声が聞きたい。どんなおしゃべりをするのかな??
次回までに発語があるとも限りません。話出してくれるのはいつになるかは分かりません。もしかしたら言葉は出ないかもしれません…ですが、焦らず、気負わず、じっくりゆっくり付き合っていこうと思います。
とにかく今笑っていられる日々がある事に感謝して