涼太の運転する車に乗り、天野は秋葉原へ向かった。


 秋葉原の街は相変わらず賑やかだ。


 平日の昼間だというのに、たくさんの外国人観光客で溢れている。 


 天野はいつもと変わらないこの街が恨めしかった。



佐伯涼太

アキバに着いたけど、今度はどこに行くの?

天野勇二

『メイドさんまでイッテQ』だ。
茶を飲もうぜ。


 涼太は不安げに言った。


佐伯涼太

あそこに行くの?
大丈夫かな?
前にケツ持ちのヤクザと揉めたじゃん。

天野勇二

ああ、問題ない。
俺はそいつに用があるんだ。

佐伯涼太

え、えぇ……?
マジでぇ……?


 天野は涼太の車から出て、メイド喫茶に足を踏み入れた。




ピンクちゃん

お、お帰りなさいませ……。
ご主人様……。



 ピンクちゃんがやつれた顔で天野たちを出迎えた。


 かなりお疲れの様子だ。



 実はこの店、ピンクちゃんを含めて、6人しか従業員メイドがいない。


 1人は亡くなり、1人は入院中。


 しかも『客』に襲われているのだ。


 この状態で出勤してくれるメイドはピンクちゃんしかいなかった。


 そして、客も1人しかいなかった。



ピンクちゃん

あ、天野様……。
い、今は……。
ちょっとまずいかと……。



 ピンクちゃんが小声でささやく。


 涼太は店内を見て声にならない悲鳴をあげた。


 ケツ持ちのヤクザ』こと、寺嶋てらしまが1人で佇んでいる。


天野勇二

クックックッ……。
好都合だ。


 天野はゆっくり寺嶋に近づいた。


 寺嶋は以前一戦交えた時と同じように、黒いスーツにサングラスを装着している。


 凄みのある極道だ。


 しかも険しい顔をしている。


 かなり機嫌が悪そうだ。


天野勇二

寺嶋さんよ。
久しぶりだな。

寺嶋

ん……?
お前は、誰だ?


 寺嶋は眉をひそめた。


 寺嶋にとっては知らない顔だ。


天野勇二

「誰だ」とは随分なご挨拶じゃないか。
俺が膝蹴りを側頭部にくれてやったというのに、もう忘れちまったのか?
相変わらず幼児教育の足りないオツムだ。


 寺嶋はそのかんさわる物言いで、天野のことを思い出した。


 サングラスを外し、殺気に満ちた視線で睨みつける。


寺嶋

まさかお前……。
あのふざけた仮面をつけてたガキか?

天野勇二

そうだ。
アキバー仮面。
またの名を天野という。

寺嶋

てめぇ……!
よく俺の前に顔を出せたもんだな……!


 拳を握りながら立ち上がる。


 天野は左肩を指さして苦笑した。


天野勇二

おいおい。
俺の怪我を見てくれよ。
本来であれば入院しなければならないんだぜ。


 寺嶋はいぶかしげに顔を歪めた。


 確かにかなり負傷している。


 顔色も悪い。


 本当に体調が悪そうだ。


 路上でやりあった時はここまでの怪我をしていなかった。


寺嶋

何をしたんだ?
なぜそんなに重症なんだ?

天野勇二

車で飛ばされたんだよ。
あんたがよく知っている、マデューの仕業さ。


 寺嶋の目に緊張が走った。


寺嶋

……マデューだと?
お前、マデューの知り合いか?

天野勇二

いや、マデューの敵だ。
マデューはあんたのお友達だったな?

寺嶋

そんなもんじゃねぇ。
ビジネスの取引相手だ。

天野勇二

クックックッ……。
そうだな。
寺嶋さんが『殺し』を依頼する相手……。
いや、正確にはこうか。


 天野は偉そうに告げた。


天野勇二

関東直参じきさん尾澤会おざわかい直系ちょっけい
若くして組を任された武闘派集団こと、寺嶋組てらしまぐみ子飼こがいにしている殺し屋だろう?


 寺嶋はうめき、思わず懐に手を伸ばした。


寺嶋

随分と詳しいな。
どこの人間だ?

天野勇二

俺は直参のひとつと知り合いでな。
そこと良好なビジネス関係を築いているんだよ。
新宿ジュクを根城にしている直参だ。
新島会にいじまかいと言えば理解できるだろう?

寺嶋

に、新島だと?
お前、それは本当か?


 天野は右手を広げながら言った。


天野勇二

本当だ。
まぁ、正確にいえば良好な関係を築いているのは俺の親父だ。
とある病院を経営している。
それでも俺を潰した場合、あんたのメンツは丸潰れとなり、オジキが迷惑をこうむることになるぜ。


 寺嶋はまだ懐に手を入れている。


 天野は素早く胸元からメスを取り出した。


天野勇二

あんたが俺の話を信じず、喧嘩を吹っかけるならば、こちらも全力で抵抗せねばならない。
俺のメスはよく切れるぜ。
ハジキで俺を撃ち殺す前に、メスはあんたの首筋を切り裂く。
その先に待っているのは尾澤と新島の抗争だ。

どうだ組長さんよ。
手負いの素人に手を出し、内戦の火種を作った男になりたいか?
俺の敵はマデューだけだ。
あんたの邪魔をする気はない。
冷静に考えることだ。



 寺嶋は感心したように頷いた。


 ゆっくり懐から手を出す。


 その手には何も握られていない。


 天野はメスを静かに胸元へ戻した。



寺嶋

口の達者なガキだ。
お前、マデューの居場所を知らないか?

天野勇二

それは俺も知りたい情報だ。
マデューを探している。
やはり寺嶋さんも知らないのか。

寺嶋

ああ……。
あの野郎、まったく連絡がつきやしない。


 寺嶋はそう言って席に戻った。


 天野もその対面に座る。


 涼太とピンクちゃんは2人の放つ殺気にガタガタ怯えており、お互いに手を取り合いながらその光景を見つめている。


天野勇二

マデューのクライアントは寺嶋さんだと聞いている。
そこで尋ねたい。
前島悠子を殺すように依頼したのか?

寺嶋

前島?
前島悠子って、あのアイドルのか?

天野勇二

ああ、マデューは前島の命を狙っている。


 寺嶋は納得したように頷いた。


寺嶋

そういうことか……。
マデューの野郎。
それで俺の依頼を受けなかったのか。

天野勇二

あんたが前島の抹殺を依頼したんじゃないのか?

寺嶋

芸能人に手を出すことはない。
シマが違う。
俺が依頼したとバレれば組が潰されるさ。


 天野は少し困ったように尋ねた。


天野勇二

前島を殺すようなクライアントに覚えがないか?

寺嶋

ないな。
あってもお前に言う必要がない。

天野勇二

なるほど。
ならば、これでどうだ?


 天野は懐から一挺いっちょうの拳銃を取り出しテーブルに置いた。


 それはあまりに突然の登場だった。


 寺嶋も反応できなかった。


 驚いて目の前の銃を見つめる。


寺嶋

お、お前……。
こ、これはなんだ?

天野勇二

以前に中邑なかむら組の枝葉えだはと揉めてな。
そいつらのハジキだ。
返り討ちにしてやった際に取り上げたのさ。

これで取引したい。
ついでに俺たちの喧嘩のことも、手打てうちにしてくれないか?


 寺嶋はどこか楽しそうに天野を見つめた。


 相手が極道ヤクザの組長であることを理解した上で、他の組のハジキを持ち出し、情報の取引を求めているのだ。


寺嶋

面白いガキだな。
それは本物なのか?

天野勇二

本物だ。
弾は勝手に調達してくれ。
そして、もうひとつ。
マデューの情報があればそちらに流す。
これでどうだ?
乗らないか?


 寺嶋は慎重に拳銃を手に取った。


 間違いなく本物だ。


 寺嶋は拳銃を懐にしまい、天野に言った。


寺嶋

大したガキだぜ。
いいだろう。
乗ってやる。
何が知りたい。

天野勇二

2点ある。
前島の抹殺を願うクライアントの情報。
そして、この店のオーナーを紹介してほしい。


 寺嶋は親指でピンクちゃんを指さした。


寺嶋

オーナーはあの女だ。
赤井あかいだよ。

天野勇二

なに?


 天野は思わずピンクちゃんを見つめた。


天野勇二

おい、ピンク。
お前がこの店のオーナーなのか?

ピンクちゃん

は、はい。
そうですけど……。

天野勇二

ピンクはあんたのことを知らなかったぞ?

……いや、そうか。
寺嶋さんは組長だ。
知るはずがないのか。

寺嶋

そういうことだ。
この店は下に任せてる。
俺はマデューと会う時だけ、ここに来る。
マデューは俺じゃないと仕事の話をしないんだ。


 天野は改めて話を切り出した。


天野勇二

前島を抹殺するクライアントはどうだ?



 寺嶋は腕を組み少し思案した。


 そんなことを話してやる義理はない。


 だが、天野はかなり面白い男だと感じていた。


 寺嶋は天野の度胸を買った。



寺嶋

それは本当に知らん。
最近のマデューはなかなか依頼を受けなくなってな。

そもそもアイツは高い。
腕は確実なんだが、軽く頼める金額でもないし期間も長い。
だが、どうしても金になるものがあってな。
頼みこんでいたんだが、全て断られて困っていたんだ。

天野勇二

ちょっと待て。
今、『期間が長い』と言ったな。


 天野は驚いて尋ねた。


天野勇二

マデューは2週間で殺すんじゃないのか?
それは期限が短いだろう?

寺嶋

2週間だと?
冗談じゃない。
アイツは半年』だ。

天野勇二

は、半年だと?


 天野は思わず涼太を睨みつけた。


 涼太は首を横に振った。


佐伯涼太

いや、に、2週間って言ってたよ。
間違いない。

天野勇二

おいおい。
マデューだぞ?
あのオカマみたいなタロット野郎だぞ?


 寺嶋は葉巻を取り出し、先を切って火をつけながら言った。


寺嶋

2週間がなんのことか知らんが、アイツは『半年以内』というのが決まりだ。
もちろん早い時は1週間で始末することもあった。
だが、最初は必ず『半年かかる』と言ってくる。


 天野は納得したように頷いた。


 半年もあればターゲットを細かく調べ上げることができる。


 行動パターンを把握することも容易い。


 殺人トラップを仕掛けるには十分な時間だ。


天野勇二

チッ……。
あの野郎、とにかくブラフを撒き散らすんだな。

寺嶋

ああ、アイツはハッタリとブラフを使う達人だ。
かなり高いし、期限は読めない。
だが腕は一流だ。


 寺嶋は葉巻を持ったままピンクちゃんを睨みつけた。


 慌ててピンクちゃんが灰皿を用意する。


 ガタガタ震える手で机に灰皿を置き、素早く涼太の背後に隠れる。


 天野は平然としているが、ヤクザ相手の取引なんて、第三者から見れば恐怖そのものだ。


天野勇二

前島に関することは言ってなかったのか?
俺はどうしてもクライアントが知りたいんだ。


 寺嶋は腕を組みながら虚空を見上げた。


寺嶋

そういえば、数ヶ月ほど前……。
アイツ、妙なことを言っていたな。

天野勇二

妙なこと?

寺嶋

『最近のオタクは金を持ってる』と言ったんだ。
俺がいなくともやっていけるとか、珍しいことを言ったもんだ。


 天野は興奮を抑えながら尋ねた。


天野勇二

マデューとはこの店以外にも会うのか?

寺嶋

いや、アイツはなぜか知らないが、この店にしか出没しない。
この店以外では俺に会おうともしなかった。
この街は俺のシマだ。
他の店に出没したという話は聞いたことがない。

天野勇二

この街以外のマデューの居場所は知らない……のか。
知っていれば寺嶋さんがここに来る必要はない。

寺嶋

そういうことだ。



 天野は顎に手を当てながら思考を巡らした。


 前島を殺すクライアントは寺嶋ではない。


 つまりマデューに依頼した別のクライアントがいる。


 この店以外には秋葉原に訪れない。


 そして数ヶ月ほど前に、オタクは金を持っていると発言した。



寺嶋

お前は面白いガキだ。
特別に良い情報を教えてやろう。



 寺嶋は懐から小型の機械を取り出して、机の上に置いた。


 タバコの箱の半分程度の大きさ。


 プラスチック製の黒く四角い箱。


 何の役割を果たすのか不明だが、USB端子が飛び出している。


寺嶋

これがアイツに依頼すると貰えるブツだ。
アイツはいつも前金を請求する。
こっちとしては金を持ち逃げされる可能性がある。
それでマデューが取り入れてるのがこの機械だ。


 天野は半眼でUSB端子のついた箱を睨みつけた。


天野勇二

こんな玩具みたいな物が、何か役に立つのか?

寺嶋

ああ、コイツには特殊なソフトが入っていてな。
PCで使用するとアイツの居場所をGPSで教えてくれるのさ。


 天野は思わず箱を手に取った。


天野勇二

こ、これでマデューの居場所が追えるのか!?

寺嶋

そうだ。
アイツは常にGPS端子がついたアンクレットを装着している。
俺も見たが、かなり強固にロックされたものだ。
もし『殺し』にしくじったり金を持ち逃げしたりすれば、自分を探して始末しろ、というための保険だ。

天野勇二

おい、コイツはもう使ったんだろ!
マデューはどこにいるんだ!?


 寺嶋は舌打ちしながら機械を見つめた。


寺嶋

それがわかれば、俺もこの店に長居はしない。
アイツのGPSが探知できないんだよ。
あの野郎、ウイルスを準備していて、ソフトごと使えないようにしやがった。


 天野は悔しげに機械を机に戻した。


 考えてみれば当然の話だ。


 自分を追っている厄介な敵がいる。


 居場所を悟られないように細工してしかるべきだろう。


天野勇二

いや、違う。
そういうことか……。


 天野は納得したように頷いた。


天野勇二

マデューの居場所の話ではない。
この機械を持っている人間は、『マデューのクライアントである』ということが証明できるのか。




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つばこ

天野くんが寺嶋さんとの取引に使った拳銃ですが、『天才クソ野郎の事件簿』の「彼と上手にお付き合いする方法」95話にて手に入れたものとなります。裏稼業とのつながりもちょこっとだけ書かれてます。
 
実はあのクソ野郎、色々な場面で拳銃を奪い取っちゃうクセがあります。たぶんもう5挺ぐらい隠し持っているのではないでしょうか。
イケメンで天才で喧嘩が強くて、その気になればメスを振り回す最強野郎のくせに隠し持っている武器まで最強なのです。ほんとチートすぎてイヤになっちゃいますよ( ゚д゚)、ペッ
 
ではではいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!Σ=o(゚ー゚*)d バキューン!!

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コメント 28件

  • ゆんこ

    組長になるような人だから味方になれば情に厚く、心強い奴なんだな

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  • ナニワの46兎

    寺嶋さんいい人!?疑惑浮上!!

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  • ouch

    天野くんがさん付けするなんて天クソシリーズ初!?

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    USBもうすでに出てきてるってこと?!そんな馬鹿な…
    今後それを持ってるやつを探し出してマデューも見つけ出すよってことじゃなかったのか!

    いやー、思い浮かばないな…
    てかあれか、もしかしたら電車に轢かれたサラリーマンも実は依頼関係なくて単に殺されたかもしれないよね。
    「2週間」というブラフを信じさせるための…許せないな…

    寺嶋さんにどうしてタロットにビビってたのか聞いて欲しいけど…さすがに怒られるか?でも殺しに失敗した時に始末してくれってほどなんだから、怖がる必要なくないかなぁ…?

    天野くんの世渡り(裏社会ver)本当好きだなぁー、てっきり実は味方だったってことなのかと思ったらバチバチの敵だったんだね。そしてそれを利用する度胸と胆力…好きだわ。

    拳銃を撃つため以外に使うのとか本当に痺れる、好き。
    ハジキって言う言い方も好き、はーどぼいるど。

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  • まさむね

    涼太と富樫の情報に嘘が混ぜられているなら…
    そもそも前島だけがターゲットなのかな?
    実際は熱愛疑惑の天野と前島の二人がターゲットだったりして。

    半年前くらいに依頼があって、残り2週間なのかな?

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