佐伯涼太

ピンクちゃんが叫んだんだ。

あれがマデューだ、って。

だから僕はそう信じこんだ。
それでマデューを追いかけたんだよ……!



 天野は険しい顔で言った。


天野勇二

お前の全速力にピンクはついて行けないだろう。
その間、ピンクは何をしていた。

佐伯涼太

ずっと僕のことを追いかけてたよ。
何度も背後を確かめたから間違いない。
ちゃんと合流したのは、勇二との電話を切った後だったけど……。



 2人をなんともいえない沈黙が包んだ。


 天野はため息を吐きながら言った。



天野勇二

……どちらとも判断できないな。

逃げた人物は『本物のマデュー』だったのか。
偽物ダミーを用意して走らせたのか。

アイツは逃亡の際に『トラップ』を仕掛ける癖がある。
自分と似た人間ダミーを用意することぐらいはやるだろう。


 天野は悔しそうに煙を吐き出した。


天野勇二

だがな……。
今回はアイツの『トラップ』が作動したのか、判断がつかないんだ。

ハニーを殺したのは追加で飲ませたドラッグだ。
マデューはどうしてもハニーを殺す必要があった。
そうなると不自然な点が散見されるんだ……。


 首を捻りながら言葉を続ける。


天野勇二

なぜ、俺たちが歩道橋に立った時、ハニーは生きていたのか……。

犯行予告時刻は3時。
ハニーは3時を過ぎても生きていた。
この微妙なズレに対する解答とトラップは見当たらない。
これは明らかにおかしい。


 涼太は小首を傾げた。


佐伯涼太

えっとぉ……。
それはどういうこと?
マデューは何かをしくじったってこと?

天野勇二

そうだ。
恐らく今回の犯行アルカナには『何らかのミス』があった。

現時点で推測できるのは、『ハニーが死亡するほどのドラッグを飲ませられなかった』ということ……。

そうでなければ、ミルクを殴り倒すという実力行使に出るはずがない。
どうせ殴り倒すなら、前島を狙ったほうが確実じゃないか。

佐伯涼太

確かにそうだね……。
事故死や自然死に見せかけて殺害するってのが、マデューのやり方だもんね……。

天野勇二

そんな推論を重ねると、マデューの『とんぼ返り』は想定外の行動だったと考えられるんだ……。

当初の予定はそのまま逃げることだった。
それならば、逃亡用のダミーなんか用意する必要はない……。
つまり、涼太とピンクが追ったのは本物のマデュー』である。
そんな結論が導かれるんだ……。



 天野はブツブツと独り言を呟き始めた。


 天才クソ野郎は考え事をする際、独り言を呟いて思考をまとめる癖がある。



佐伯涼太

ね、ねぇ勇二。
逆に僕も訊いていい?


 涼太が質問を飛ばした。


佐伯涼太

さっきの富樫くんへの質問が気になってるんだ……。
まさか富樫くんが裏切ってないか、疑ってるの?


 天野はギロリと涼太を睨みつけた。


天野勇二

言っておくが、富樫だけではない。
お前のことも疑ってるぞ。


 涼太は傷ついた声をあげた。


佐伯涼太

そりゃないよぉ……。
僕らは長い付き合いじゃんか。
何があっても勇二を裏切ったりしないよ。

天野勇二

わからんな。
それを変えてしまうのが、、そしてドラッグだ。
お前も5千万という大金を目の前に出されたら、さすがに心が変わるだろう?


 涼太は呆れたように言った。


佐伯涼太

そんな端金で僕の心は動かないって。
僕を見くびるのはやめてよ。
大体そんな大金どっから出てくるのさ?


 天野はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


天野勇二

そうだな。
それが普通の反応だ。
悪かった。
お前は疑わないよ。

佐伯涼太

そうだよ。
疑心暗鬼になるのもわかるけど、相棒である僕のことは信じてよ。

天野勇二

だが、お前にはまだ訊きたいことがある。
歩道橋へ戻る時、メイドの『クリス』の名を出したな?
あれはなんだ?


 涼太は肩をすくめた。


佐伯涼太

それは僕の勘違いだよ。
あの時、中央通りにクリスちゃんがいた気がしたんだ。
車の運転席に座ってた。
いつもの赤いメガネじゃなくて、黒縁のメガネをかけてたけどさ。

天野勇二

黒縁のメガネ?
正確な場所はどこだ?

佐伯涼太

あれはえっと……。
ドンキの前だったかなぁ……。


 天野は呆れたように笑った。


天野勇二

あっはっはっ……!
なるほど。
そういうことか。

まったくお前の供述は不安定すぎる。
他に隠してることがあれば言えよ。

佐伯涼太

う、うん。
もちろんだよ。

天野勇二

ならば、次の場所に行こう。



 天野は涼太の運転する車に乗ってアイケープロの事務所を目指した。


 何せ前島を雲隠れさせたままなので、マネージャーの園崎からじゃんじゃん電話がかかってきている。


 そろそろ説明しなければならない。


 天野は移動中、涼太に尋ねた。



天野勇二

なぁ、涼太。
お前は『メイドさんへイッテQ』に行ったことがあるんだよな?

佐伯涼太

うん。
あるよ。

天野勇二

なぜ行ったんだ?
お前はメイドよりナンパが好物じゃないか。

佐伯涼太

いや、そもそもはナンパだったんだよ。


 涼太は「うぷぷ」と軽薄な笑みを浮かべた。


佐伯涼太

たまたま恵比寿えびすでね、ミルクちゃんをナンパしたんだ。
たまんないおっぱいちゃんだったからさぁ。
そこで連絡先を交換したら、お店に来てほしいって頼まれたんだ。

天野勇二

ほう……。
それはいつのことだ?

佐伯涼太

かなり前だよ。
もう数ヶ月ほど前かな?
ところがさぁ……。


 涼太はちょっと悔しそうに言葉を続けた。


佐伯涼太

ミルクちゃん、意外にガードが固くてさ。
お店ではあんなにハレンチなのに、ホテルまでは付き合ってくれないの。

でもようやく理解できたね。
ミルクちゃんの好みは富樫くんだったんだ。
僕ちゃんはお呼びじゃなかったんだねぇ。

あの2人、意外とうまくいきそうだと思わない?


 涼太は嬉しそうに尋ねたが、もう天野は聞いていなかった。


 ブツブツと何かを呟きながら窓の外を見ている。


 涼太はため息を吐いた。


佐伯涼太

(まいったな。あまり僕に相談しないってことは、僕への信頼がほぼゼロなんだろうねぇ……)


 今回、涼太はまるで活躍できていない。


 涼太も自分の不甲斐なさを情けなく思っていた。





天野勇二

……おっ、着いたな。
ここが前島の事務所だ。


 涼太は興味深そうに芸能事務所を見つめた。


佐伯涼太

ここがアイケープロなんだ。
まきりんに会えるかな。

天野勇二

お前はどんな時でも女のことが先に出るな。
下半身で呼吸しているのかと思うぜ。

佐伯涼太

いやぁ、知り合いだからさ。
それだけだよ。


 アイケープロの事務所に入る。

 すぐさま園崎が顔を真っ赤にして飛んで来た。


園崎里葎子

あ、天野さぁん!
どういうことですか!
悠子ちゃんをどこにやったんですか!?


 天野は平然とスマホを取り出した。


 どこかに電話をかけている。


園崎里葎子

ちょっと天野さん!
聞いてるんですか!?
どこに電話してるんですか!?


 園崎を無視して電話の向こうに語りかける。


天野勇二

天野だ。
今、事務所にいる。
園崎に説明してやれ。


 園崎にスマホを差し出す。


天野勇二

ほらよ。
前島だ。
電話に出て聞け。

園崎里葎子

えっ!?
ゆ、悠子ちゃん!?
もしもし!
本当に悠子ちゃん!?


 スマホの向こうから、のんびりした前島の声が響いた。


前島悠子

あっ、園崎さんですか?
前島です。
お疲れ様です。

園崎里葎子

悠子ちゃん!
今どこにいるの!?
今日はお仕事がいっぱい入ってるのよ!

前島悠子

すみません。
私は今『フランスのホテル』にいるんです。
バカンスしております。


 園崎は前島の声を聞き、これ以上ないほどの悲鳴をあげた。


園崎里葎子

えええぇっ!?
フランスのホテル!?


悠子ちゃん!
嘘でしょ!?
嘘って言ってよ悠子ちゃん!
この先の仕事はどうするつもりなの!?

前島悠子

全部、園崎さんがキャンセルしてください。
私は無期限休養します。
しばらく仕事に戻りません。
あとのことは宜しくお願いします。



 電話はあっさり切られた。



天野勇二

まぁ、そういうことだ。
前島は無期限休養だ。
じゃあな。



 園崎は怒りの形相を浮かべて叫んだ。



園崎里葎子

天野さん!
あなたの差し金ですね!
これがどれほどの損害になるかわかってるんですか!?

天野勇二

偉そうによく言うぜ。
これも前島を守るための行動だ。
仕事に穴を空けるぐらいなら殺されろと言うのか?
お前は薄情な小娘だな。



 園崎は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。


 前島と連絡が取れなくなったかと思えば、いきなり天野がやって来てこの発言。


 現在の前島は連続ドラマの撮影中。


 他にも歌番組の収録やCMの撮影も控えている。


 いきなりそれらをキャンセルすることはできない。



天野勇二

そんなことより園崎。
お前は一昨日の夜、秋葉原で何をしていた?


 園崎は腕をブンブン振り回した。


園崎里葎子

ずっと車で待機してましたよ!
警察から連絡が入るまで車にいたんですよ!

天野勇二

ふぅん。
それは難儀だったな。

園崎里葎子

だ、誰のせいだと思ってるんですか!?
天野さんが待機してろって命じたんじゃないですか!

天野勇二

俺のせいだと言いたいのか?
生意気な小娘だ。
何度も前島を救ってやった俺への感謝を忘れるのであれば、前島は二度と復帰させないからな。

園崎里葎子

そ、それなら損害金を天野さんに請求しますよ!
5千万円は軽く越えます!
しかもスポンサーやテレビ局に頭を下げなくちゃいけないんですよ!

天野勇二

ほう?
お前も5千万ときたか。


 天野はわざとらしく指を折り、回数を数えた。


天野勇二

それならば、俺はもう前島を少なくとも5回は救った。
5回もお前らが損害を背負うチャンスを台無しにしてやったんだ。

5千万?
軽く払ってやるよ。
ただし、その前にお前らから2億5千万いただく必要があるな。

園崎里葎子

なっ……!!!
そ、それは恐喝ですよ!
警察に通報します!

天野勇二

恐喝を始めたのはお前だよ園崎。
お前が金額を提示して払えと要求した。
俺はそれに対して、お前が忘れている『5回』という支払い回数を提示しただけだ。

園崎里葎子

そんなの屁理屈ですよ!
最終的に損害が発生したのは天野さんのせいじゃないですか!

天野勇二

違うな。
損害が発生するのを防いでやったのに、それを忘れているお前らが悪いんだ。
そもそも俺はSPの給料さえ貰ってない。
人をタダ働きさせるくせに請求だけは一人前か?
お前自身の発言がどれだけマヌケなのか、その足りない脳味噌でよく考えろよ。


 さすがに園崎もキレた。


 顔を真っ赤にして拳を振り回す。


天野勇二

あっはっは。
当たらないなぁ。
小娘の拳が届くと思うなよ。


 ひょいひょいと拳を避け、鼻であざけ笑う。


園崎里葎子

ほ、本当に最低ですね!
あなたは本当にクソ野郎です!

天野勇二

そうだ。
俺は天才クソ野郎だ。
クックックッ……。



 天野は園崎を小馬鹿にすると、あっさりアイケープロの事務所を後にした。


 遠くでは部長である田村が諦めたように天野を見ている。


 もう田村は「天野に何を言っても無駄だ」と達観していた。



佐伯涼太

ね、ねぇ、いいの?
めっちゃ怒ってたけど。

天野勇二

知らないな。
俺に給料を払わないのが悪いんだ。

佐伯涼太

まぁ、勇二がそう言うならいいけど。
でもあの園崎って人、美人だしクリスちゃんに似てるね。

天野勇二

クックックッ……。
そうだろう?


 天野はエレベーターを使って屋上へ向かった。


 石崎という男が飛び降りた現場だ。


天野勇二

次はここだ。


 屋上の中央に立ち、周囲を見渡す。


 石崎の飛び降りた場所はすぐにわかった。


 フェンスの前に花束が置かれているからだ。


 事務所の人間が置いたのだろう。


天野勇二

石崎はフェンスの外にいた。
俺たちはここら辺にいた。
涼太、そこに立ってくれ。
もっと右だ。


 涼太はここが何の現場なのか、まったく理解できなかったが、とりあえず天野の指示に従った。


佐伯涼太

この辺り?

天野勇二

ああ、そうだ。
そこにマデューが立っていた。
ちょっとクネクネ動いてくれ。

佐伯涼太

え、えぇ……?


 涼太は嫌な顔をしながらも、マデューのようにクネクネ動いてみせた。


 天野は飛び降り現場とマデューの位置を確かめる。


天野勇二

マデューから石崎まで障害物はない。
マデューの背後には何がある?


 飛び降り現場から涼太を見つめる。


 その背後には一本の長い柱がそびえ立っていた。


天野勇二

あれは……。
避雷針じゃないか……!



 一本の避雷針が立っている。


 天野は妙な既視感デジャブを覚えた。



天野勇二

なんだ……?
どこかで似たような景色を見た気がするぞ……。
どういうことだ……?



 飛び降り現場。


 マデューの立っていた位置。


 その背後にある避雷針。


 全てを『直線』で結ぶことができる。


 天野はそこでもうひとつの『違和感』を思い出した。



天野勇二

……そうだ。
石崎の体にあった『拘束』だ……。
あの無数の『紐』『糸』が不自然だったんだ……。




 ロープ、ピアノ線、麻紐、鎖、ガムテープ、ナイロン線。




 なぜ様々な『紐』や『糸』を用いて拘束したのか。



 なぜ、一本の『紐』もしくは『糸』を使わなかったのか。



 複数の『紐』や『糸』を用いなければならない理由があったのか。




 そこまで考えて天野は気づいた。




天野勇二

そうか……。

そういうことだったのか……。

それが『アルカナの正体』だったのか……。




 涼太は何がなんだかさっぱりわからなかったが、とりあえず訊いてみた。



佐伯涼太

ねぇ勇二ぃ。
何かわかったの?

天野勇二

ああ、わかった。
マデューの『アルカナのトリック』が、一部だが解けた。

佐伯涼太

……えっ?
マ、マジで?
マジで言ってんの!?

天野勇二

ああ、マジだ。
まったくトリックなんてものは、解けてしまうと本当につまらないものだ。


 天野は悔しげに東京の空を見上げた。


天野勇二

だが、まだ確証には至ってない。
マデューも確保できていない。
あのタロット野郎、どこで何してやがる。




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つばこ

ようやく天才クソ野郎の逆襲が始まり、トリックの謎解きが始まりました。
是非とも読者コメントなどで推理して(ネタバレしない程度に…)いただければ幸いです(*´ω`*)
 
しかし園崎さんは可哀想ですね( ゚д゚)
彼女の言ってることは至極マトモですよ。
天野くんもそれを理解した上で屁理屈を振り回してます。理解した上で、園崎さんを小馬鹿にしてからかって嘲笑っているのです。本当にアイツはクソ野郎でございますよ٩(๑`^´๑)۶プンプン
 
来週の天野くんは久々に『メイドさんへイッテQ』へ行きます!
登場人物はピンクちゃん!!!
そしてお忘れかもしれませんが、ケツ持ち極道の寺嶋さんが登場します!
ご期待ください!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 43件

  • みぃ

    「フランスのホテル」ということにしている「どこか」にいるの?

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  • るー

    避雷針と石崎さんを透明な糸とかで繋いで、クネクネすることで揺らしてた…?

    涼太クネクネする必要あった?

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  • にうに

    作者コメが釣りのようにしか見えまへん

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  • ふじこ

    富樫の五千万円は半額ってなんのこと?そのひと言で富樫が怪しくなってきたし、涼太が最初にナンパしたミルクも、ワザとナンパされたのかと思って怪しく見える。ミルクが殴られてた事件のとき、ピンクを見た瞬間殺さないでって言ってたし、なんか繋がりあるのか…。園崎がクリスにそっくりって話まで出てきて余計に訳がわからないよ。そういえば二日酔いしてたね。フランスのホテルにいるのをデカい声で言ったのは誰に伝えるため?社内にもまだ内通者がいるのか。わけわかめ。

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  • 佐倉真実

    えーと、えーと。
    ピンクちゃんがなんか誘導してるっぽくて、クリスちゃんが園崎さんで、5千万円は半額で、あとなんだっけ????( ´・ω・`)やばいよくわかんなくなったきたな…!!

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