天野勇二

マデュー!
ここを貴様の墓場にしてやる!



 天野たちは歩道橋を目指して走った。


 マデューは秋葉原駅前とUDXをつなぐ歩道橋の上に立っている。


 金属製の手すりに肘を乗せ、薄ら笑いを浮かべながら天野を見下ろしている。


 真下には道路。


 マデューが立っているのはちょうど道路の真上だ。


 歩道橋へ上がるには、秋葉原駅側からの階段を上るか、UDX側の階段を上るしかない。


 天野は走りながら叫んだ。



天野勇二

UDX側だ!
そっちから上がれ!



 天野は自らと前島をロープで結んでいる。


 前島は天野ほど速く走れない。


 必然的に脚が長く機敏きびんな涼太が、一番に歩道橋へ駆け上がった。


 少し遅れて富樫が続く。


 その後に天野と前島、そしてピンクちゃんとミルクちゃんが階段を駆け上がった。



天野勇二

涼太!
マデューはいるか!



 天野は歩道橋に上がると、その問いが無駄だったことを知った。


 歩道橋の上にマデューの姿はない。


 1人の女性が横たわっている。


 メイド服を着た女の子だ。



ピンクちゃん

ハニーちゃん!



 ピンクちゃんが慌てて駆け寄る。


 ハニーちゃんはぐったりしており意識がない。


 天野がすぐに脈拍を確かめた。


天野勇二

まずい。
脈拍が早すぎる。
おい!
しっかりしろ!


 呼びかけるがハニーちゃんは目を覚まさない。


 腕や首元を確かめてみるが、暗がりの中では外傷があるのか、何かを注射されたのか、もしくは何かを飲まされたのか、判断がつかない。


 100メートルを全力で走りきった後のように脈拍が早い。


 かなり危険な状態だ。


佐伯涼太

勇二!
マデューはどうしよう!


 涼太がオロオロしながらハニーちゃんと歩道橋の先を見る。


 UDX側から上がってマデューを見つけられなかったということは、秋葉原駅側に逃げて行ったことになる。


 天野は悩みながら叫んだ。



天野勇二

追うぞ!
前島も来い!



 ミルクちゃんがハニーちゃんを抱きしめ、涙をボロボロこぼしながら叫んだ。


ミルクちゃん

私が救急車を呼びます!
ハニーちゃんは任せてください!

天野勇二

ああ!
頼むぞ!


 富樫はミルクちゃんを残すことが不安だったが、ミルクちゃんは涙目で富樫に訴えた。


ミルクちゃん

富樫様ぁ!
お願いです!
マデューを捕まえてください!

富樫和親

ミ、ミルクちゃん!
う、うん!


 富樫の中の勇気が湧き上がる。


 好きな女の子の前でカッコ悪いところは見せたくない。


 天野はそれを見ると前島と富樫に告げた。


天野勇二

前島! 富樫!
走るぞ!
ついて来い!

前島悠子

は、はい!

富樫和親

マデュー!
僕が捕まえてみせます!


 走り出した天野たちを見て、ピンクちゃんもすかさず立ち上がった。


ピンクちゃん

わ、私も行きます!

天野勇二

お前は来るな!
ミルクと一緒にハニーを見てろ!

ピンクちゃん

嫌です!
ハニーちゃんをこんな目にあわせた奴を許せません!


 天野は殴ってでもピンクちゃんを足止めしたかったが、まずはマデューだった。


 この距離と時間ならば、遠くには逃げていないはずだ。


 秋葉原駅側の階段を駆け下りると、駅の入り口は閉まっており、広場には終電を逃した若干の人間が佇んでいる。


 マデューの姿は見当たらない。


天野勇二

涼太!
お前はピンクと一緒に右に行け!


 そう言って天野は左に走った。


 ロータリーを駆け抜けてガード下まで走る。


 道路とビルの周囲を探す。


天野勇二

いねぇな!
どこに逃げやがった!

富樫和親

天野さん!
僕はガードの向こうに行ってみます!


 富樫が東に続くガード下の道を走る。


 天野はその背中に向けて叫んだ。


天野勇二

ああ、俺はビルの周辺を探す!


 二手に分かれ、必死に捜索するがマデューは見つからない。


 こちらの方向には逃げなかったのだ。


 天野が悔しさのあまり壁を蹴り飛ばしていると、涼太から着信が入った。


佐伯涼太

勇二!
こっちにいたよ!
ものすごく足が速い!


 叫ぶような声と荒い息づかい。


 風を切る音も聴こえる。


 かなりのスピードで走っているようだ。


天野勇二

どっちに向かっている!?

佐伯涼太

中央通りを北!
くそ!
車を用意してたみたいだ!

天野勇二

中央通りだと!?
富樫!
戻って来い!


 天野は跳ね上がるように走った。


 東側のガード下から富樫も戻り、天野を追いかける。


 中央通りを北であれば天野がいる位置に近い。


 天野たちは北東に移動してしまったが、マデューは南西に逃げた後、北西へ向かったのだ。


佐伯涼太

ダメだ!
車に乗られた!
赤信号も無視して走って行ったよ!


 涼太の息はかなり切れている。


 天野の視界にも猛スピードで走り去る車が見えた。


 黒いワンボックスカーだ。


 窓にはスモークが貼られており車内が見えない。


天野勇二

くそっ!
マデューめ……!

涼太!
一旦ハニーのところに戻るぞ!

佐伯涼太

うん!

……あれ?


 涼太が驚いたような声をあげた。


佐伯涼太

あれは……。
あれ?
クリスちゃん?

天野勇二

クリス?
クリスって、メイドのか?

佐伯涼太

いや、気のせいだよね。
クリスちゃんがここにいるワケない……。


 涼太は気を取り直して叫んだ。


佐伯涼太

ピンクちゃんと歩道橋に戻る!
そこで合流しよう!

天野勇二

うん……?
ああ、とりあえず戻る!
富樫、一旦戻るぞ!

富樫和親

は、はい!


 歩道橋へ戻るためにUDX側の階段を駆け上がる。


 ここで前島は体力の限界を迎えた。



前島悠子

し、ししょー!
ちょ、ちょっと待ってください!
も、もう走れません……!

天野勇二

しょうがねぇな!
もっと体力つけろ!


 右腕だけで前島を担ぎ上げる。


 前島は「はぁはぁ」と息を吐くと、天野の血に濡れた背中を見て仰天した。


前島悠子

し、師匠!
背中が真っ赤ですよ!


 背中に巻かれた包帯と白衣が血に染まっている。


 走ったことにより火傷の傷が開き、激しく出血しているのだ。


天野勇二

ああ、気にするな。

前島悠子

気にしますよ!
本当は走っちゃダメなんじゃないですか!?
降ろしてください!
自分で走ります!



 天野は舌打ちしながらその言葉を無視した。


 背中の火傷はまったく癒えていない。


 天野は吐き気と背中の痛みにずっと苦しんでいる。



天野勇二

うるせぇんだよ。
まずはハニーの容態が心配だ。


 天野たちは涼太より早く歩道橋に到着した。


 そこには驚愕の光景が広がっていた。



富樫和親

ミ、ミルクちゃぁぁん!?



 富樫の絶叫がとどろいた。


 歩道橋には2人の女の子が倒れている。


 片方はハニーちゃん


 その隣にはミルクちゃん


 ミルクちゃんはうつ伏せに倒れ、激しく出血しているのか、頭部を中心に血だまりが広がっている。


天野勇二

ミルク!?
そんなバカな!
おい、しっかりしろ!


 ミルクちゃんに声をかけるが返事がない。


前島悠子

な、なんでこんな!?
師匠!
ど、ど、どうすれば!?


 前島はパニックに陥っている。


 天野は前島を降ろして叫んだ。


天野勇二

とにかく救急車を呼べ!
脈拍を確かめる!


 天野は慎重にミルクちゃんの頭部を確かめた。


 髪も顔も真っ赤だ。


 どうやら頭部に傷があり、激しく出血しているようだ。


富樫和親

ミルクちゃん!
こんなの嫌だぁぁぁ!
しっかりして!!!


 富樫が泣きじゃくりミルクちゃんの体にしがみつく。


 天野はそれを引き剥がして、ミルクちゃんの脈拍を確かめた。


天野勇二

ふぅ……。
前島、落ち着いて救急車を呼べ。
ミルクは生きている。

富樫和親

ほ、本当ですか!
よ、よかったぁ!

天野勇二

富樫!
泣いてんじゃねぇ!
止血だ!
ハンカチでも出せ!

富樫和親

は、はい!


 前島は泣きながらスマホを取り出した。


 何度も震える指で操作し救急車を呼ぶ。


 富樫もハンカチでミルクちゃんの頭の傷を止血している。


天野勇二

ダメだ。
布が足りねぇ。


 天野の視界にミルクちゃんの物らしき鞄が入った。


 中を漁ると財布と化粧ポーチ、有難いことにミニタオルが入っていた。


天野勇二

富樫よ、これで出血している場所を押さえろ。
あまり強く押すな。

富樫和親

は、はい!


 富樫がボロボロ泣きながらミルクちゃんの血を拭う。


富樫和親

ちくしょう!
ミルクちゃん!
しっかりして!
マデューのやつめ!
ミルクちゃんを殺そうとするなんて話が違う!


 天野は富樫にミルクちゃんを預け、ハニーちゃんの様子を確かめた。


 先ほどは脈拍が異常に早かった。


 そして、それは治まっていた。




天野勇二

な、なんだと……!?




 天野が呆然とハニーちゃんを見下ろしていると、涼太とピンクちゃんが歩道橋に駆け上がった。


 すぐさま目の前に広がる惨劇さんげきに悲鳴をあげる。


佐伯涼太

うげぇ!
なにこれぇ!

ピンクちゃん

ミ、ミルクちゃん!?
しっかりして!



 涼太は倒れている2人を驚いて見つめている。



 ピンクちゃんが慌ててミルクちゃんに駆け寄っている。



 遠くでは前島が救急車を要請している。



 富樫は泣きながらミルクちゃんに呼びかけている。



 天野は何もかもが遠くの出来事のように感じたが、我を取り戻して叫んだ。



天野勇二

……くそっ!
涼太!
ハニーの心臓が止まってる!
蘇生させるぞ!

佐伯涼太

ウ、ウ、ウソでしょぉ!?
な、なんでよぉ!?

天野勇二

知るかよ!
お前は心臓マッサージをしろ!
俺が人工呼吸する!


 2人はハニーちゃんを仰向けに寝かせた。


 天野の左腕は折れているため、満足に心臓マッサージができない。


 涼太が5回胸を押すと、天野がハニーちゃんの中に息を送り込んだ。


佐伯涼太

どう!?

天野勇二

ダメだ!
もう一度!

佐伯涼太

わかった!
いち! に! さん!


 再度心臓マッサージを試みる。


 ハニーちゃんには目立った外傷がなく、心肺停止している理由がわからない。


 この状況では救急車が来るまで蘇生処置を続けるのが基本だ。


天野勇二

まだ!
まだだ!
諦めるな!
何度でも続けろ!

佐伯涼太

ハニーちゃん!
お願い!
目覚めて!


 天野と涼太が蘇生処置を行っている頃、ピンクちゃんもハンカチをミルクちゃんの頭部に当て、止血できないか試していた。



ミルクちゃん

う……う、うん…………



 ミルクちゃんが意識を取り戻した。


 ピンクちゃんがハンカチで顔の血を拭う。


ピンクちゃん

ミルクちゃん!
しっかりして!
私よ!


 ミルクちゃんは焦点の合わない瞳で虚空を見つめ、目の前にいる人物がピンクちゃんだと認識した瞬間、



ミルクちゃん

きゃああああっ!



 怯えたように悲鳴をあげた。


ピンクちゃん

ミ、ミルクちゃん!?
ど、どうしたの!?
私よ!


 ミルクちゃんはガクガクと震え、怯えたようにピンクちゃんを見上げている。


ミルクちゃん

こ、殺さないでぇ!
いやぁぁっ!


 富樫が慌ててミルクちゃんを抱きしめた。


富樫和親

ミルクちゃん!
落ち着いて!
富樫だよ!
彼女はピンクちゃんだよ!

ミルクちゃん

えっ!?
と、富樫さま……?
ピ、ピンクさん……?


 ミルクちゃんは呆然とピンクを見つめ、ガタガタ震えながら富樫にしがみついた。


ミルクちゃん

ご、ごめんなさい……。
わ、私、怖くて……。
ひっぐ……。
痛いよぅ……。


 ミルクちゃんは富樫の胸に顔をうずめ、嗚咽おえつをあげ始めた。


 富樫は血で汚れるのも構わずにミルクちゃんを抱きしめ、その姿をピンクちゃんが悲しげに見つめている。


 天野はハニーちゃんの中に空気を送り続けていた。




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つばこ

あのエセフランスアルカナ野郎、まさか俊足だったとは……( ゚д゚)
 
今回は天野くんらしからぬ『選択ミス』が散見されました。
マデューをどうしても捕まえてフルボッコにしたい、という気持ちが強すぎたのかなぁ……。
怪我の状態も悪いですし、前島ちゃんを気にかけなくちゃいけないし、なんか知らないけどメイドさんが2人もいるし、色々あって冷静な判断力が失われていたのかもしれません。
次回の天野くんはそのあたりを深く反省することになりそうです。
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!!!( ・`д・´)

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コメント 47件

  • ニル

    なよなよしたやつが俊足で走る姿がシュールすぎる(笑)

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  • アノニマス

    ↓5年前の処置では、心臓マッサージ15対人工呼吸1の割合でした。

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  • アノニマス

    ちょっと待って
    ヒアルロン酸さん
    「話がちがう」
    て、まさか……

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  • きょ

    天才医学生なら適切なBLSの指示を出してほしかったですね。

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  • みと@第3艦橋OLD


    すごく緊迫した状況なのに
    「ハニー」「ミルク」「ピンク」で気が抜ける

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