田村の顔から血の気が引いていった。


田村部長

ま、まさか……!
私たちが殺したと疑われるんですか!?


 天野は平然と頷いた。


天野勇二

そうだ。
それがマデューの真の狙いなのさ。


 天野は憎々しく遺書を睨みつけた。


天野勇二

石崎が拘束されていた以上、警察は間違いなく、お前たちによる『他殺』を疑うだろう。
これを覆せるのはマデューの存在と、第三者である俺様の目撃証言だけだ。

だがマデューはそうそう見つからない。
警察が本腰を入れて捜索する可能性が低い。
第三者である俺様の目撃証言がなければ、お前たちが勾留される可能性は極めて高いな。

田村部長

そ、そんな!
こ、困ります!


 田村がオロオロと狼狽うろたえる。


 天野は「クックックッ」と極悪の笑みを浮かべた。


天野勇二

悪いが、俺様も警察に供述するつもりはない。
警察に身柄を拘束されてしまえば、前島を護衛することができなくなる。
マデューが狙っているのは『それ』なんだ。
とにかくアイツは、俺様と前島を引き離したいと考えているのだろう。

田村部長

で、でも、私たちが石崎を突き落とした証拠もありませんよ!
だって実際に、私たちは何もしてないんですし……。
警察が疑うはずありません!

天野勇二

それはどうかな?
お前はフェンスの向こう側に降り立ってしまった。
指紋がバッチリ残っているだろう。
『お前が石崎を突き落とした』という状況証拠は成立するのさ。
俺様が供述しなければ、お前が実行犯として決まりだよ。


 田村は愕然として天野の腕を掴んだ。


田村部長

あ、天野さん!
お願いします!
供述をしてください!

天野勇二

却下だな。
お前が逮捕されようが知ったことじゃない。
弟子の命が最優先だ。
前島はまた雲隠れさせる。
園崎にもそのように伝えろ。

田村部長

ま、待ってください!
お願います!
行かないでください!


 田村が涙目で天野にすがりつく。


 天野は全身から殺気を解き放つと、メスを一本取り出した。


天野勇二

俺様を邪魔するなら、頸動脈けいどうみゃくを切り裂いてどかせてやる。
この状況でもう1人死んでも、事務所の内輪揉めで終わるからな。

田村部長

そ、そんなぁ……。
お願いしますよぉ……!


 田村の顔面は蒼白だ。


 部下だったスタッフが殺され、その罪を被せられようとしているのだ。


 全身を絶望が包んでいる。


 天野は薄笑いを浮かべて言った。


天野勇二

まぁ、頑張って無実を訴えろ。
警察にはしつこく追求されると思うが、恐らく最悪の事態は免れるはずだ。
しっかりやれよ。


 田村の肩を軽く叩き、裏口からビルを後にする。


 前島もそれに続く。


 天野は疲れたように言い放った。 


天野勇二

前島よ。
お前、マデューとの決着がついたら、事務所を変えたほうがいいぞ。
ここはもう多分ダメだ。
スキャンダルが多すぎる。


 前島は悲しげに頷いた。


 デビュー時から在籍し、それなりに愛着のある事務所だったが、ここまで事件を起こしてしまうと残る気にはなれなかった。





天野勇二

さて……。
明日は都内で音楽番組の撮影。
それからドラマのロケか。

面倒だな。
都内のホテルに泊まろう。



 天野はテレビ局に隣接するホテルへ移動し、最高級のスイートルームに宿泊した。


 前島としては『天野と2人きりでお泊り』という最高にテンションの上がるシチュエーションだが、この状況では何ひとつ喜べない。


 前島は肩を落として呟いた。



前島悠子

師匠……。
いつまで、こんな思いをしなければ、いけないんでしょうか……。



 天野は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。



天野勇二

マデューを殺した時。
そして、アイツに殺害を依頼したクライアントを殺した時だな。


 前島は涙目で首を横に振った。


前島悠子

殺すなんて絶対にダメです。
師匠が捕まってしまいます。

天野勇二

安心しろ。
俺様は天才だ。
完全犯罪をやってやるさ。


 天野は本気だ。


 法で裁くことができないのであれば、自らの手で息の根を止めるしかない。


 少なくとも、それぐらいの気持ちがなければ、マデューに対抗できそうもないと感じていた。



天野勇二

(恐ろしい男だ……。マデューか……。俺様がここまで追い詰められるとはな。間違いなく、俺にとって史上最悪の敵だ……)



 天野はタバコを取り出した。


 それを見て前島が素早く注意する。


前島悠子

師匠、ダメですよ。
お医者様が禁煙しろって言ってました。
死んでしまいます。


 天野は舌打ちしてタバコを投げ捨てた。


 未だに背中の火傷の具合は酷く、いつ容態が急変してもおかしくない状況だ。


 天野がタバコに変わるストレス解消方法を探していると、






(ピンポーン)






 部屋のチャイムが鳴り響いた。



前島悠子

だ、誰でしょうか。
マ、マデューですか……?



 天野は覗き窓から扉の外を見ると、ガッカリしたように呟いた。



天野勇二

チッ……。
涼太と富樫だ。



 天野が扉を開け放つと、べろんべろんに酔っ払った涼太と富樫が現れた。


 天野から宿泊先のホテルを連絡されていたのだ。



佐伯涼太

イエェェェーーイ!!

勇二に前島さん!
空前絶後の僕ちゃんが応援に来たよぉ!

勇二には血が足りないと思ってさぁ、レバーを買ってきたんだ!
僕ちゃん気が利くでしょ!
さぁ食べて!
食べて食べて!!!


 メイドさんとのコンパを終えた2人だ。


 テンションが高く酔っ払っている。


 果てしなく酒臭い。


 天野と前島は2人を軽蔑の眼差しで出迎えた。


天野勇二

ふんっ

佐伯涼太

ぎゃああっ!

い、痛いじゃん!
何するの!?
なんでいきなり殴ったの!?
レバー嫌いだった!?

天野勇二

ちょっとストレス解消方法を探していてな。
すまんな。
レバーはいただこう。

佐伯涼太

すまんな、じゃないよ!
痛いじゃないか!
暴力反対!
僕ちゃんへの暴力反対!


 天野は酔っ払っている2人を見て、今更ながら思い出した。


天野勇二

ああ、そうか。
今日はメイドとのコンパだったのか。

佐伯涼太

そうだよ。
別に好きで酔っ払ってるんじゃないんだよ。
うぇっぷ……。

天野勇二

どうだ。
マデューの情報は手に入ったか?



 涼太と富樫は「しょんぼり」と肩を落とした。


 2人とも顔を見合わせて「はぁ……」とため息を吐いている。


 天野は殺気をガンガンに放ちながら、情けない顔を浮かべている2人を見下した。



天野勇二

まさかとは思うが……。
何も情報を得られなかった、という報告は受け付けないぞ。

アイケープロの人間が1人死んだ。
もう1人は重体だ。
お前らしかマデューへの突破口はないんだ。
ちゃんとマデューをスパイするように、メイドを口説き落としただろうな?


 涼太はぺろりと舌を出して言った。


佐伯涼太

ごめん。
空振っちゃった。
てへぺろ☆


 天野の容赦ない回し蹴りが飛んだ。


佐伯涼太

うぎゃああッ!

天野勇二

チッ……。
役立たずが。
寝てろ。


 涼太は脇腹を押さえながら立ち上がった。


佐伯涼太

しょうがないじゃん!
僕だって頑張ったんだよ!
勇二の代わりに宮内さんにも来てもらってさ!

天野勇二

宮内を巻き込んだのか。
余計なことをしやがる。

佐伯涼太

しかも相手の女の子が4人も来たんだよ!
これマジで困ったよ!
コンパは男子が多くなきゃ不利だってのに!
女の子が1人多いのはキツイって!
女の子のほうが多いコンパは最大のアウェー戦じゃん!


 天野は冷たい目で見つめた。


天野勇二

だからなんだ。
それがどうした。

佐伯涼太

いやさぁ……。
僕たちだって頑張ったんだよぉ……。
もちろんマデューの話はしたよ。
でもメイドさんたちは何も知らなかったんだ。

天野勇二

何も知らないワケがないだろう。
マデューは客だぞ。
客と絡むのがメイドの仕事だ。
何かは知っているはずだ。

佐伯涼太

まぁ、そうなんだけどさ。
うーん。
わかったことかぁ……。

わかったことはね、フランス語を使うキザなキモイ奴ってこと……。
寺嶋というヤクザとたまに会ってたこと……。
タロット占いが得意……。
爪が赤い……。


 天野の体勢が低くなる。


 右手の掌底に力が充填された。


天野勇二

そんなことは知ってんだよ!

佐伯涼太

うげぇええ!


 天野は涼太を地面に叩き潰すと、冷たく言い放った。


天野勇二

お前ら、今日のコンパの代金は払ってもらうからな。
俺様はタダ酒を飲ませるために軍資金を渡したワケじゃない。
ちゃんと全額返せよ。
またホストのバイトでもやれ。
年利も40%つけてやるからな。



 涼太も富樫もがっくりと肩を落とした。


 かなりの大金を使ってしまった。


 しかし成果が出ていないのであれば、当然支払うべき金になるだろう。


 マデューの情報ありきの金なのだ。



天野勇二

くそっ……。
これで全ての手がなくなった。
どうすればいいものか。



 天野は渋い顔で東京の夜景を見つめていた。




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つばこ

天野くんは平然と涼太くんに回し蹴りを放ったり、掌底を叩き込んだりしてますが、本来はそんなことが許されないほど身体はボロボロです。
攻撃を放つ度に背中の皮膚が裂け、激痛が走り、立っているのがやっとのことでしょう。
病院へ行かずにホテルをチェックインしたのは、「病院に行けば入院することになる」と恐れているんだと思います…(´・ω・`)
 
【つばこへの質問コーナー】
『天野くんは女性に興味がありませんが、興奮することはあるんですか?』
 
彼はチェリオじゃないらしいので、過去には興奮したことがあるんだと思います。
ですが、現在はどうなっているのか……。
これはいつかどこかのエピソードで判明する、と思います。その時までナイショです(`ω´)グフフ

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コメント 32件

  • 佐倉真実

    あ、それで本編と事務所の名前が違うのかな? でもそうなると時系列どこ??
    もうこれぜーーーんぶひっくるめて「そういう映画でした★」とかにしてくれないかなぁ(´•̥ ω •̥` ) 観ていられない(´•̥ ω •̥` )

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  • アノニマス

    むしろ……メイドが多く来たことに意味があるのか?

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  • うーちゃん

    明智小五郎と怪人二十面相みたい(いまさら)
    二十面相よりもタチ悪いからボッコボコにしてやりたい。

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  • 白面の者

    流石に荒れておるな……
    この状況すらマデューは読んでいたとなると背筋が凍る思いだ。

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  • れーば

    他人にも何も情報を漏らさないようにさせてるあたり、やっぱりマデュー流石。
    内通者はメイドの中にいるって方向は合ってる?

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