前島はモルモットの餌と水をケージに用意し、必要最低限の荷物を揃えた。



天野勇二

よし、行くぞ。
俺様から離れるな。



 天野と前島が部屋を出た時だった。


 マンションの火災報知器のベルがけたたましく鳴り響いた。



天野勇二

ま、まさか放火か!?
やりかねない!
まずいぞ!



 火災報知器が鳴るとエレベーターは使えない。


 天野は急いで非常階段を目指した。


 ここは25階の最上階。


 マンションごと燃やされるのは最悪の展開だ。


 1秒でも早く逃げる必要がある。


 天野は階段に足を踏み出そうとしたが、寸前のところで立ち止まった。



天野勇二

ま、待てよ……。
冷静になれ……。
これもアイツの計算の内だったら……?
火災が『ブラフ』だったら、どうだ……?



 天野は前島に背後を任せ、慎重に階段を下りた。


 20階まで階段は何も変わりなかった。


 その先の階段の頂上に、トラップは仕掛けられていた。



天野勇二

くそっ、やはりだ。



 屋上にあったものと同じような『滑る液体』が散布されている。


 火災を恐れて階段を駆け下りれば、途端に滑って転ぶだろう。


 マンションの階段はワンフロアを一本の直線階段でつないでいる。


 勢い良く滑り落ちれば頭部を打ちかねない。


 例え死ななかったとしても、下に誰かが待ち構えていれば、頭部を殴打して殺害することも可能。


 それも目撃者がいなければ『事故死』と断定されるだろう。



天野勇二

ここも滑りやがる。
マデューのクズめが。
本当に嫌な野郎だ。



 2人が慎重に階段を下りる間も、火災報知器は鳴り続けている。


 マンションの住民も何事かと部屋を飛び出し始めた。


天野勇二

階段に気をつけろ!
階段が滑る!
転ぶなよ!


 注意を飛ばしながら、ゆっくり階段を下る。


天野勇二

チッ……。
ローションだけじゃねぇのか。
こんなものも仕掛けやがって……!


 天野は13階に仕掛けられたトラップを見つけて、はらわたが煮えくりかえるような怒りを覚えた。


 ピアノ線が張られている。


 滑る階段だけに注意していると、ピアノ線で足を持っていかれるというトラップだ。


 天野は激痛を訴える右手を持ち上げ、メスでピアノ線を切り裂き、慎重に階段を下った。





 結局、1階に下りるまで30分もの時間を費やした。


 何本もピアノ線が張られ、滑る液剤が思い出したかのように散布されている。


 おまけにピアノ線は足元だけではなく、頭付近にも張られていた。


 天野の全身をかつてないほどの怒りが震わせていた。



天野勇二

マジで許せねぇ。
俺様をここまでコケにしやがって。
あのタロット野郎め。
絶対に殺してやる。



 1階には不安げな表情を浮かべる涼太。


 そして、火災を恐れたマンションの住民が、何人か佇んでいる。



佐伯涼太

勇二、何があったの?
火事っぽいけど火が出てないね。

天野勇二

たぶん俺たちに階段を使わせたかったんだ。
階段にローションみたいな滑る液体が塗られ、ピアノ線が簡易的に何本も引かれていた。


 涼太は顔を歪めて吐き捨てた。


佐伯涼太

くそっ……。
とんでもなく陰湿だね。
本当に嫌なやり方をするね。

天野勇二

とりあえず前島を車に入れてやれ。
ここでは人目につく。

佐伯涼太

そうだね。
マンションの住民が大勢出て来てる。
たぶん消防車もすぐ来るよ。


 とりあえず前島を後部座席に座らせる。


 天野は右肩を指さして言った。


天野勇二

あと右肩が外れてしまった。
入れてくれ。

佐伯涼太

ひぇ、マジで脱臼してるじゃん。
ちょっと痛いけど我慢してよ。

天野勇二

ああ、一気にやってくれ……。

……うがあああっ!


 涼太もいくつかの格闘技を習得している。


 整体師ほど綺麗に修復できないが、応急処置ぐらいならば可能だ。


 天野の右肩を元に戻す。


天野勇二

これで満足に使えるのは足技だけか。
右肘が断裂してないのが唯一の救いだな。

佐伯涼太

ここまで勇二が傷だらけになるなんて、初めてのことだよね。

天野勇二

ああ、しかも俺様はマデューとやりあってすらいないんだぜ。



 涼太は苦しげに息を吐き、運転席へ向かった。


 天野がトランクに前島の荷物を放り込んでいると、背後から一人の男が声をかけた。











マデュー

やぁ、ムシュー。

こんなところで会うなんて奇遇だね。







 天野は振り返りながら、思わず右脚で後ろ回し蹴りを放っていた。


 背中の皮膚が悲鳴をあげるが、衝動を抑えることができなかった。


 聞きたくてしょうがなかった嫌な声だ。


 天野は怒りを後ろ回し蹴りに変えていた。



天野勇二

マデュー!



 蹴りは虚空を切り裂いた。


 背中に凄まじい激痛が走る。


 体を捻るたびに背中の皮膚が剥けていくようだ。


 だが、そんなことは問題でなかった。


 目の前にはアルカナの支配者、マデューの姿があった。



マデュー

うわぁ、ビックリしたなぁ。
まったく、キミは相変わらず粗野で乱暴で下品な男だね。



 マデューは全身をクネクネと揺らせると、呆れたように微笑んだ。



天野勇二

貴様……!
こんなところで何をしてやがる。
やはりここを知っていたな。
小包を届けたのもお前の仕業か?

マデュー

小包?
なにそれ?
何を言っているのかよくわからないけど、贈り物を投げ捨てるのはどうかと思うな。
ボクからの気持ちが入っていたかもしれないのに。


 天野は拳を握りしめながら叫んだ。


天野勇二

ふざけるんじゃねぇ!
何人もの無関係な人間を巻き込みやがって!


貴様みたいなクズは絶対に許さない。
この場でぶち殺してやる。


 マデューはメッシュの入った髪をかきあげた。


 キザったらしく微笑む。


マデュー

フフッ……。
何を言ってるのかさっぱりだよ。
ボクはキミに何もしていない。
ボクがアルカナで誰を導いていても、キミには関係ないはずだよ。

天野勇二

うるせぇ!
事故を起こし病院を爆破し、このマンションにもトラップを仕掛けやがったな!


 マデューは余裕の笑みだ。


 呆れたように問いかける。


マデュー

さっきから何を言っているのかなぁ?
キミの言っていること、ボクにはよくわからないよ。
それ日本語?
フランス語?
ムシューはどこの国の生まれなの?

天野勇二

バカにするんじゃねぇ。
お前がやったことはわかってるんだ。

マデュー

ボクがやった?
フフッ……。
何も証拠はないじゃない?
ボクがやったという証拠はどこにもない。
あるのは『アルカナの導き』だけさ。


 天野は屋上にあった『遺書』を握りしめた。


天野勇二

俺様の手にあるだろうが!
貴様が遺書と手紙を偽装したんだよ!

マデュー

フフッ……。
それがボクが書いたってわかるの?
たぶん指紋なんかも出ないと思うなぁ。

例え屋上に変な遺書があっても。
階段にローションが散布されていても。
ピアノ線が張られていても。
病院で爆破事件が起きても。
首都高で交通事故があっても。

ボクがやったって証明できるの?


 天野はギリギリと右腕に力をこめた。


天野勇二

貴様ぁ……!

全部知ってるじゃねぇか。
上等だ。
この場でぶち殺す。

マデュー

無理だよムシュー。
手負いのキミじゃボクに勝てない。
キミは左腕と背中を負傷している。
それになぜか知らないけど右肩もやったみたいだね。
ボクにはわかるよ。

天野勇二

この足だけで十分だ。
蹴り殺してやる。


 マデューは冷たい笑いを浮かべながら周囲を指さした。


 マンションの住民が何事かと天野たちを見ている。


マデュー

よく周囲をご覧よ。
マンションの住民が大勢いる。
ボクに暴力を振るったら、キミはすぐに逮捕されちゃうね。
まぁ、もっとも……。


 マデューはケラケラと狂気の笑みを浮かべた。


マデュー

キミみたいな口先だけの男じゃ、何もできっこないだろうけどね!

キミは何も守れていない傷だらけの獣だ。
ホントに無様な姿だよ。
キミはボクを殺すどころか、傷ひとつ負わせることもできない。
ムシューみたいな臆病者チキンは、家に帰って泣いているのがお似合いだよ。


 マデューの挑発が天野の怒りを燃やす。


 天野は完全にキレた。


天野勇二

上等だ……!
試してみるか?

マデュー

試すまでもない。
アルカナはキミの敗北を導くよ。
このボクに無残に殴られて沈むんだ。

天野勇二

随分と自信があるな。
お前は何も格闘技を学んでないだろう?
どこからそんな自信が湧いてくるんだ?



 そこまで言って、天野は違和感を覚えた。



天野勇二

(……待て。何かおかしいぞ。コイツは随分と余裕すぎやしないか?)



 マデューは堂々と両手を晒している。


 武器などを隠し持っているかもしれないが、そんな様子が感じられない。


 格闘技の構えにも入っていない。



天野勇二

(口だけが威勢な小型犬のようだ。やる気を身体から感じない)



 天野はじろじろとマデューの全身を眺めた。


マデュー

あれれ?
ビビっちゃったの?
そうだよね。
キミみたいな男じゃボクは倒せない。
臆病者チキンらしい賢明な判断だ。
ムシューは女々しく泣いていればいいのさ。


 天野が訝しげに顔を歪める。


 疑念が頭の中で固まり始めた。


天野勇二

(また喧嘩を売りやがった。マデューのやり方じゃない。コイツは遺書やローションを仕掛けるほどの慎重派だ。それなのに、なぜ、このタイミングで俺様の前に現れ、直接対決を挑んでいるんだ……?



 天野は「ふぅ」と大きく息を吐いた。


 冷静に灰色の脳細胞をフル回転させる。



天野勇二

(マデューは俺と同じように『ブラフ』『ハッタリ』を駆使する男だ。俺とのタイマンを挑んでいるのはブラフ……。つまりコイツは、俺様の前に正体を現す必要があったんだ。それはなんだ? 冷静になれ。落ち着くんだ……)



 マデューは嘲笑を浮かべている。


 天野は双眸そうぼうの奥で怒りの炎を燃やし、その顔を睨みつけていた。





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つばこ

さぁついに出て来ました『アルカナの支配者』ことマデュー!
初戦の舞台はメイド喫茶でしたが、2戦目の舞台はトップアイドルの自宅前!
天野くんは一矢報いることができるのか!?
 
【つばこへの質問コーナー】
『てへぺろ王子の回で出てきた涼太くんの事を好きになった彼はどーなったか』
 
内藤くんはその後、無事に日○○ムに1位指名されました!
内藤くんおめでとう! 1年目は二軍で身体を作りつつ、時たま中継ぎで登板して活躍すはずです!
しかし、天クソの世界では年をとることが基本的にない(天野くんが大学を卒業したら完結です)ので、プロ野球選手としての活躍はまったく描かれません!
ですが、りおんさんが忘れた頃にひょっこり出てくると思います! ご期待ください!!!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 60件

  • みぃ

    ねぇ、マデューはもっとスタイリッシュに殺してるのかと思ったのだけど(はじめに事故死させられた人を見てそう思ってた)、しっかり殺すためのトラップ仕掛けまくってんのね

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  • あろまる

    冷静になるんだ!!(><)

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  • ゆんこ

    天野くん‼

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  • アオカ

    ここでマデュー出てくるのか
    ほんとイライラするヤツだな…

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  • 太宰雅

    あの・・・マデューの方が好みなんですけど・・・。

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