翌日。


 天野は前島に付き添い、慣れないマネージャー業務を行うことになった。


 とはいえ、当然ながら専属マネージャーの川口が入院しているため、事務所は代理のマネージャーを用意していた。


園崎里葎子

悠子ちゃん。
しばらくは私がマネージャーになるね。


 まだ20代前半の若い女性だ。


 細身のスーツ姿には小顔が乗っており、黒縁のメガネをかけている。

 

前島悠子

園崎そのざきさんがマネージャーなんですね。
お世話になります。

園崎里葎子

こちらこそ宜しくね。
でも昨日はどうしたの?
みんな突然いなくなっちゃって心配したんだから。

前島悠子

てへへ。
すみません。
ちょっと師匠に護衛してもらったんです。


 園崎はチラリと前島の隣を見つめた。


 先ほどから1人の男が険しい顔をしている。


天野勇二

天野だ。
今日から俺様が同行する。
拒否はさせない。


 園崎は困ったように天野を見上げた。


園崎里葎子

しかし、SPの方には、そこまでしていただかなくても……。


 園崎は余計なことを口にしてしまった。


 天野の瞳に殺気が宿る。


天野勇二

おいおい小娘よ。
俺様の名を知らないのか?

俺様がお前の事務所を大スキャンダルから救ってやったことも知らないのか?
誰が国民的アイドル様を交通事故から救ったのか、それも知らないのか?
その際に貴様が尊敬すべき先輩マネージャーを誰が救ったのか、それも知らねぇとか抜かすのか?

ああ?
どうなんだよ。
グダグダ言ってるとテメェから潰すぞ。



 猛烈な殺気を放ち、天野が園崎に詰め寄る。


 もはやただのタチの悪いチンピラだ。


 園崎は涙目で前島に助けを求めたが、前島は平然と言った。



前島悠子

園崎さん。
そういうことです。

園崎里葎子

そ、そうなんだぁ……。
あ、天野さん……。
宜しくお願いします……。

天野勇二

チッ。
生意気な小娘だな。
まずは感謝の言葉から入るべきじゃねぇのか。

園崎里葎子

す、すみません。
前島を救っていただき、ありがとうございます。

天野勇二

前島だけではない。
川口もだ。

園崎里葎子

か、川口さんも救っていただき、本当にありがとうございます。

天野勇二

頭が高ぇなぁ。
土下座させたいところだが、面倒だからもういいや。



 園崎は涙目で肩を落とすしかなかった。


 人気アイドルの代理マネージャーに抜擢されて喜んでいたのに、それには『天野』というとんでもなく凶暴なオマケが付いていた。


 園崎は入社2年目でありまだ新人。


 なぜトップアイドルのマネージャー代打が自分に回ってきたのか疑問だったが、「きっと他のマネージャーは誰もやりたがらなかったのだな」と理解するしかなかった。




 その日の前島は連続ドラマの撮影が入っていた。


 共演者たちは交通事故にあっても無傷で復帰した前島に驚き、誰もが「頑張ってるなぁ」と感心していた。



園崎里葎子

あのぉ……。
天野さん。
ちょっとよろしいでしょうか。



 天野が欠伸を噛み殺しながらロケを眺めていると、代理マネージャーの園崎が話しかけてきた。


天野勇二

なんだ。
小娘が俺様に用事か。


 随分と冷たい態度だ。


 天野とて、目上の人間に礼儀が必要だと理解している。


 園崎は天野よりも年上だ。


 天野がここまで冷たい理由は、事務所の中に内通者が潜んでいて誰も信用できない、という背景があるからだ。


園崎里葎子

いや、あのぉ……。
今はマネージャーがいなくても大丈夫ですので、ご休憩を取られても構いませんよ。

天野勇二

必要ないな。
トイレには行かせてもらっている。

園崎里葎子

そうですか……?
でも天野さん、すごく体調が悪そうで……。


 園崎は不安げに天野の顔を見つめた。


 顔色は悪く、瞳はうつろだ。


天野勇二

気にするな。
別に問題ない。


 天野は冷たく言い放った。


 収録スタジオに危険な様子は感じられないが、万が一の可能性を恐れている。


 全ての犯行がマデューによるものであれば、無関係な人間を巻き込むことを、一切躊躇していないことになる。


 天野は前島の身も心配だったが、巻き込まれる人間たちの身も心配だった。



園崎里葎子

どうして、そんなに悠子ちゃんを見張ってるんですか?


 天野はギロリと園崎を睨みつけた。


天野勇二

お前、本気で言っているのか?
川口から聞いたはずだ。
前島の命が狙われていると。

園崎里葎子

ええ、まぁ……。
それは聞いてますけど……。


 園崎もしっかり『前島が狙われている』ことは認識している。


 だが、天野の忠告を素直に聞き入れたのは川口だけで、他の事務所の人間は半信半疑だったのだ。


天野勇二

そして前島が交通事故にあい、病院も爆破されたんだぞ。
これが何を示しているのか、わからないワケはないだろう。

園崎里葎子

はぁ。
悠子ちゃんが危険ということですよね。


 園崎は天然な性格なのか。


 どうもぼやけた言い方をしてくる。


 天野はイライラしながら少し脅すことにした。


天野勇二

園崎、ちょっと手を出してみろ。

園崎里葎子

手、ですか?


 天野は園崎の手首を右手で掴むと、即座に逆方向にねじ曲げた。


園崎里葎子

きゃあ!
い、痛いです!


 園崎の手を解放し、殺気に満ちた視線で睨みつけた。


天野勇二

いいか小娘よ。
今の俺様は左腕が使い物にならない。
だがな、今のようにお前の骨ぐらいは簡単に折ることができる。
目の前に敵がいれば、同じように潰すつもりだ。

園崎里葎子

い、痛いですよ!
何するんですか!

天野勇二

お前は何も理解していない。
俺たちが事故にあい、前島のいた病室が爆破されたということは、アイケープロの中に内通者がいるということだぞ。


 園崎はようやく天野が何を警戒しているか察した。


園崎里葎子

えっ?
う、うちの事務所!?
内通者!?
うちの人間が、悠子ちゃんを狙ってるんですか!?

天野勇二

そうだ。
もしくはそんなヤツの手助けをしている、ということだ。
俺様はお前も内通者ではないかと疑っているんだ。
もし内通者であるならばここで吐け。
そうすれば命だけは助けてやる。


 園崎は慌てて首を横に振った。


園崎里葎子

ち、違います!
私は内通者じゃありません!

天野勇二

俺様は目を見て心理が読めるぞ。
ウソを吐くことはできない。

園崎里葎子

ほ、本当です!
信じてください!


 園崎は泣きながら訴えた。


 とんでもないチンピラだ。


 天野は園崎の瞳に嘘がないことを確かめると、吐き捨てるように尋ねた。


天野勇二

ふん……。
それならば誰が内通者だ?
お前の事務所に怪しい人間はいないか?

園崎里葎子

しょ、正直、思い当たりません……。
悠子ちゃんはうちの看板です。
それを殺すなんて事務所としては大打撃です。

天野勇二

チッ……。
使えない女だ。
なぜ、こんな小娘をマネージャーにしやがった。


 園崎はしょんぼりと肩を落とした。


園崎里葎子

それは……。
私が教えてほしいぐらいですよぉ……。


 スネたように呟く。


 先輩や上司たちから「前島悠子のSPはとんでもない男だぞ。殺されるなよ」とからかわれていたが、まさかそれが真実だったとは。


 園崎は果てしなく憂鬱だった。



天野勇二

ところで園崎よ。
お前、もしかすると……。


 天野がギロリと睨みつける。


 飢えた肉食獣のような瞳だ。


 園崎は震え上がった。


園崎里葎子

な、なんですか!?
さっきも言いましたが、私は内通者じゃありませんよ!

天野勇二

そのことじゃない。
お前、姉妹はいるか?
正確には姉がいないか?


 園崎は驚きながらも頷いた。


園崎里葎子

は、はい……。
姉がいますけど……。
それがどうしたんですか?

天野勇二

お前によく似た女を見たことがあるのさ。
恐らく3つほど年上だ。

園崎里葎子

そ、そうなんですか。
確かに、姉と私はよく似ているので、見たらわかるかもしれませんね……。
ちなみに、どこで見かけたんですか……?

天野勇二

ああ、秋葉原の……。



 その時、ロケ現場に「カット!」という大きな声が響いた。


監督

前島さん!
そうじゃないんだよ!
そこはもっと笑って!


 ドラマの監督が前島に注意をしている。


 どうやらNGを出したようだ。


 天野は前島の様子を見て、軽く息を吐いた。




天野勇二

前島、ちょっと来い。



 空き時間に前島を呼び寄せる。


 天野は優しく語りかけた。



天野勇二

素人の俺様が見ても、お前は緊張と不安でガチガチだ。
演技がまるで出来てない。
もっとリラックスして、いつもの純真無垢な笑顔を見せろ。



 さすがの前島も肩を落としていた。



 アイドルとは過酷な商売だと、改めて実感するしかない。



 天野の言う通りならば、自分を殺すがために、無関係な人間を3人も巻き込んだ、ということになる。



 しかも天野は大怪我を負い、信頼できるマネージャーも重症。



 涼太も危険な橋を渡り、殺し屋の尻尾を掴もうとしている。



 この状況でも、自分は無邪気に笑い、愛嬌を振りまかなければならない。



 これは前島が味わったことのない、かつてないほどの試練だった。



前島悠子

笑えません……。
だって、師匠にも大怪我させちゃって……。



 ぽろぽろと涙がこぼれる。


 天野は明るい声で言った。



天野勇二

いいか前島。
お前には輝きがある。
かつて俺がそう言ったな。

前島悠子

はい……。
そう言われました。

天野勇二

それはお前だけが持っているものだ。
だが、お前という光には、当然ながら影がつきまとう。
お前は今、その影から攻撃を受けて辛い状況だろう。

前島悠子

はい……。
辛いです……。


 天野は前島の瞳を優しげに見つめた。


天野勇二

それでもお前には、俺様という世界で一番頼りになる師匠がいる。
俺様が天才クソ野郎の名にかけてお前を守る。
必ずだ。
天才クソ野郎は最強だ。


 前島はじっと天野を見上げた。


前島悠子

でも、師匠……。
師匠が、死んでしまうかもしれません……。

天野勇二

俺は死なないさ。
……いや、例え俺様が死んでも、お前は無邪気に笑顔を作るんだ。

前島悠子

そんな……。
そんなの辛すぎます……。
できませんよ……。


 天野は優しげに微笑んだ。


天野勇二

それが『流星クソ女』だろう?

何よりも辛い時……。
例えば俺様が死んだ時だ。
そんな時に泣き顔を見せるヤツ。
それは三流だ。

ぐっと堪えて、踏ん張る顔を見せるヤツ。
それは二流だ。


 天野は優しく前島の頭を撫で続けた。


天野勇二

その状況でも、果てしなく純粋に笑ってみせるヤツ
それが一流だ。

お前は一流の人間だ。
だからこそ弟子にした。
そして俺様も一流の天才クソ野郎だ。
俺たちは一流のコンビというワケさ。

今こそお前の一流の才能を見せてくれ。
俺様はたった1人の弟子の、一流の笑顔が見たいな。



 前島はじわっと涙を浮かべ、袖口でそれを拭きとった。


 そして、天野を見上げて、ひとつだけ願いごとを呟いた。



前島悠子

師匠、お願いです。
キス、してください。
それがあれば頑張れます。



 傍らで心配そうに見守っていた園崎が、ぎょっとして前島を見つめた。


 アイドル様はとんでもないことを言い出した。


 天野はチラリと園崎を見ると、顎で偉そうに命令した。



天野勇二

園崎よ。
あの辺で派手に転んで、注目を浴びて来い。

園崎里葎子

え、えぇっ!?

天野勇二

俺様に同じことを言わせる気か。
派手に転んで注目を浴びろ。
意味はわかるだろう?



 園崎はコクコクと頷いた。


 ひとつのテーブル目掛け、思い切り飛んだ。






 ガシャーン!






 スタジオに派手な音が響く。


 全てのスタッフの視線が園崎に集まった。


 園崎は黒いメガネを直しながら叫んだ。



園崎里葎子

す、すみません!
転んでしまいましたぁ!

スタッフ

今、リハやってんだからさ。
邪魔しないでよ!

園崎里葎子

はい!
本当にすみません!



 園崎がペコペコと頭を下げて天野の元に戻ると、そこには輝きを取り戻した前島の姿があった。



前島悠子

もう、園崎さんてばドジですねぇ。
あっ、前島、戻りまーす!



 前島は純真無垢な笑顔を浮かべて、撮影に戻って行った。


 それは裏にどんな悩みも抱えていないような、一流の女優がみせる笑顔だった。



天野勇二

そうだ。
前島、それでいい。
俺が見たいのはその笑顔だ。



 天野が不敵な笑みを浮かべながら唇を撫でる。


 園崎はこの不思議な男をまじまじと見つめていた。





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つばこ

命を狙われていて、無関係な人間まで殺されて、なおかつ信頼できる人は傷だらけ。
この状況で仕事とかしたくないし、ましてやニコニコ笑ったりもできませんわなぁ…( ゚д゚)
 
【つばこへの質問コーナー】
『今までチャリで行った中で、もう一度行ってみたい所はどこですか』
 
これは北海道の帯広ですね。まず『六花亭』がすごく美味しいし、豚丼も美味しいし、インデアンカレーとか安くて美味しいし、あとカニとか魚が美味しい。とにかく何でも安くて美味しい! もしかしたらお気づきかもしれませんが、これを書いている現在、私のお腹はとってもペコリーノです! お腹空いた!!!

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コメント 89件

  • ぐつぐつ

    挿し絵絶対あると思ったのに…( ´° ³°`)

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  • rtkyusgt

    本編に引き続きまたちゅーしちゃったのか♡
    (本編で読んだばかり)

    早く付き合おう(。-∀-)ニヤリ
    いや、結婚しよう(。-∀-)ニヤリ

    天野くん鈍感だからなぁ・・・♡

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  • モブB

    本編226話から来たのだけど、本編100話読み返してくる!
    YYさん、ありがとう!!

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  • あろまる

    クソ野郎様。すげーなほんと。

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  • とりこ

    何よりも辛い時……。
    例えば俺様が死んだ時だ。

    そしてその後のキス...

    もう、2人、出来てる!笑

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