天野は救急車の中でゆっくり意識を取り戻した。


 隣にいるのは涙目の前島。


 天野の手を握りしめている。



前島悠子

師匠!
良かったぁ!
今、病院に向かってます!

天野勇二

ここは……?
どこだ……?

前島悠子

ここは救急車ですよ!
師匠、助かったんです!



 前島がぼろぼろと大粒の涙を流している。


 天野は激しい背中の痛みに顔を歪めながら、前島と救急隊員に尋ねた。



天野勇二

川口は?
川口はどうした?



 前島は泣きじゃくりながら言った。



前島悠子

先に、救急車で運ばれました……。

ひっぐ……。

川口さん、意識がなくて……。

もう、ダメかもしれません……。

天野勇二

おい、ウソだろ?
生きてるのか?

前島悠子

わかんないんです……!


 前島は嗚咽をあげている。


 天野は救急隊員を掴んで尋ねた。


天野勇二

おい、どうなった。
川口は生きてるのか。
どれほどの事故になったんだ。

救急隊員

まだわかりません。
あなたも重症です。
落ち着いてください。

天野勇二

これが落ち着けるか!?
どうなったんだ!
答えろ!

救急隊員

大声を出さないで!
まだ出血が止まってないんです!
あなたも重症なんですよ!


 天野はその言葉に我を取り戻した。


 左半身と背中に激しい痛み。


 視界は白くもやがかかり、不安定に揺れている。


 そして何より息苦しく、気持ち悪い。


 天野は試しに起き上がってみた。


天野勇二

ぐあっ!
いてぇ!

前島悠子

師匠!
動いちゃダメですよ!


 起き上がろうとすると、左肩から指先まで痺れるような激痛が走る。


 熱をともなった激しい痛みだ。


 天野は救急隊員に左肩を指して頼んだ。


天野勇二

俺はAB型のプラスだ。
左腕が骨折している。
固定してくれないか。

救急隊員

痛みを感じるんですか?
どのあたりが?

天野勇二

肩が脱臼し肘も折れているかもしれない。
とにかくそのあたりの骨がイカれてる。
俺も医学生だ。
処置を頼む。


 救急隊員は『医学生』という天野の言葉なんて信用しなかったが、要望通りの処置をしてくれた。


 冷静に身体の具合を確かめる。


 かなり出血したようだ。


 意識が朦朧としている。


天野勇二

くそっ……。
視界が白い。
耳鳴りも激しい。
爆発をマトモに受けたな。


 右腕だけは自由に動く。


 足は現時点では判断がつかない。


 背中に手を伸ばすと衣服が焦げている。


天野勇二

なんてこった。
背中の火傷は酷いのか?


 救急隊員は黙って頷いた。


 天野はそれでかなりの火傷を負ったのだろうと判断した。


天野勇二

前島よ。
お前は大丈夫なのか?
怪我は?

前島悠子

はい。
私は大丈夫です……。

天野勇二

ふぅ、奇跡だな。
後は川口か。


 前島の体は天野が完全に守っていた。


 その分の衝撃を、天野が全て受けている。


天野勇二

前島、いいか。
俺はきっと即座にオペに入る。
涼太を呼べ。

常に、涼太と……


行動して……いろ………




 天野はそこまでが限界だった。



 意識を失ったまま救急病院に搬送。



 即座に手術が行われた。



 左肩にガラスや金属が突き刺さっていたため、その除去が一番に行われた。









 天野が次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。




天野勇二

どうなった……?
まだ、生きているのか……?




 見知らぬ天井。


 白い壁。


 薬品臭い病室。


 隣を見ると、自らの右手を抱きしめ、眠り込んでいる前島の姿があった。



佐伯涼太

勇二……。
良かった。
目を覚ましたんだね。



 涼太が声をかけた。


 赤くなった目で天野を見つめている。



天野勇二

涼太か……。
そうか、前島を見ていてくれたのだな。
前島に怪我はないのか?

佐伯涼太

いやいや、勇二がとんでもなく重症だよ。
自分の心配をしなよ。
とりあえず、前島さんは大丈夫だから。

天野勇二

俺のことはいい。
川口は?
川口はどうなった?


 涼太は苦笑して言った。



佐伯涼太

川口さんは生きてる。
脳震盪を起こして、両足と左腕が骨折してた。
でも、なんとか生きてるよ。



 天野は大きく息を吐いた。


 その声で前島が目覚めた。



前島悠子

……師匠?

師匠!
うぇぇぇん!
良かったぁ!



 前島は天野に飛びつき、わんわんと泣き始めた。


 その頭を撫でながら尋ねる。



天野勇二

涼太よ。
今は何時だ。

佐伯涼太

事故の夜から一晩明けてる。
もうお昼過ぎだよ。

天野勇二

俺の怪我はどれほどだ。
入院が必要なのか。

佐伯涼太

2週間ほど入院が必要だって。
でも後遺症になるような怪我はしてないってさ。
勇二はマジで不死身の男だよ。


 天野は首に手をやって舌打ちをした。


 コルセットが巻かれている。


 左腕は肩から手首までギプスが巻かれ、アームホルダーで固定されている。


天野勇二

骨が折れたか。
どれほど折れた。

佐伯涼太

もうバキバキに折れてるよ。
左肩から手首までやってる。

天野勇二

首もやったのか。

佐伯涼太

首の骨は無傷だってさ。
背中もあばらも折れてない。
大したもんだよ。
どれほど綺麗な受け身を取ったのさ。


 天野はそれを聞いて安堵した。


 幼い頃から格闘技を学び、受け身なども真面目に練習して良かった、と心から感じた。


天野勇二

下半身はどうだ?
動いても構わないのか。

佐伯涼太

両足は無事だよ。
ただね、背中に広範囲の火傷があるんだ。
これがかなり厄介だって。
前島さんが燃え移った火を消してくれなかったら、死んでいたかもしれないって。


 天野は優しく前島の頭を撫でた。


天野勇二

そうか……。
炎が燃え移ったのか。
前島、ありがとうな。


 広範囲の熱傷による皮膚組織の損傷はショック死に繋がる。


 天野が生きていられたのは、前島の努力によるものと適切な応急処置のおかげ。


 そして前島が奇跡的に無傷だったのは、全て天野のおかげだ。


前島悠子

師匠のおかげです。
師匠がいなかったら、死んでました……。


 天野はそれを聞くと、涼太に一番気になっていたことを尋ねた。



天野勇二

涼太……。
これはマデューの仕業か?



 涼太もその質問が来ることは予想していた。


 静かに首を横に振る。


佐伯涼太

わからない。
事故が起きたのはトラックの横転によるものだって。
トラックの運転手は車内から逃げられなくて亡くなったよ。
マデューとの関わりがあるかどうかわからないけど、自分が死ぬような事故を起こして殺すとは、ちょっと考えにくいね。



 天野は冷静に昨夜の道路状況を思い浮かべた。



天野勇二

トラックの前には軽自動車が走っていた。
それがいきなり急ブレーキを踏んだんだ。
だから、トラックはそれを避けようとしてスリップした。
軽自動車の話は聞いてないか?

佐伯涼太

軽?
それは聞いてないね。
話にも上がってない。
まさか……。


 涼太は悔しそうに顔を歪めた。


佐伯涼太

その軽に乗ってたのが、マデューだっての?

天野勇二

俺様も運転手の顔までは見なかった。
だが意図的に事故を誘うような運転だった。

佐伯涼太

トラックを横転させて、勇二たちが追突するよう仕組んだ、ってこと?
それは考えすぎじゃない?
ただの事故だと思うよ。

天野勇二

だがそれこそがマデューのやり方だ。
国民的アイドルが玉突き事故で死亡。
誰も殺人事件とは思わない。
正当な理論が通る。

佐伯涼太

確かにそうだけど……。
自分が事故に巻き込まれる可能性もあったんだよね。


 涼太はさすがに考えすぎだと思っていた。


 しかし天野は違った。


天野勇二

俺は最悪の事態を想定している。
これがマデューの言う『アルカナの導き』であれば、この事故はアイツにとって必然だ。
その前提で考えたほうがいい。
つまり、俺たちの乗っていたライトバン自体が、マデューに知られているということだ。
それはアイケープロに内通者スパイがいることを示している。


 前島は怯えたように天野を見つめた。


前島悠子

ま、またですか……?
また私の事務所に、スパイがいるんですか?

天野勇二

そうなる。
これがマデューの仕業ならばな。


 天野はゆっくり起き上がった。


 左肩から腕までギプスで固定され、数ヶ月は使い物になりそうにない。


 首の痛みは無視できる範囲。


 しかし背中の火傷が厄介だ。


 治りにくい上に、体を満足に捻ることもできない。


 涼太が慌てて言った。


佐伯涼太

ゆ、勇二、ダメだよ。
明日まで絶対安静だって。
最低2週間は入院しろって言われてるんだよ。

天野勇二

知ったことか。
そんなもの無視だ。

前島悠子

師匠!
ダメですよ!
動いちゃダメです!


 天野はベットから飛び降りると、背中に走る激痛に顔をしかめた。


前島悠子

ほら!
ダメですよ!
ちゃんと寝てください!


 前島が泣きながら天野をベッドに戻そうとする。


 天野はそれを振り払い、首のコルセットをむしり取った。


天野勇二

却下だ。
前島よ、お前は今日の仕事をキャンセルしろ。
頭が痛いとか言って休め。

前島悠子

そ、それはいいですけど、師匠はどうするんですか!

天野勇二

決まっている。


 天野の瞳はもう怒りに燃えていた。


天野勇二

マデューのヤツを叩き潰す。
全身の骨を粉砕してやるのさ。


 涼太が呆れて言った。


佐伯涼太

今の勇二じゃ骨は折れないよ。
片手じゃ無理だって。

天野勇二

問題ないさ。
鈍器で粉々にしてやる。

佐伯涼太

ねぇ……。
無茶なこと言わないでよ。
マデューのアジトはわかってないんだ。


 天野は悔しそうにベッドに座り込んだ。


天野勇二

ちくしょう。
お前がドジるからだ。
くそっ。

佐伯涼太

今は怪我を治すことを一番に考えようよ。


 天野は涼太の声を無視して前島に告げた。


天野勇二

また何かを仕掛けられる可能性がある。
お前は無理を言ってでも『この病院に入院する』と事務所に伝えろ。
そして誰にも知られることなく、部屋を抜け出せ。
お前も行ったことのある、『あの病院』に避難する。


 涼太は天野の意図を理解して頷いた。


佐伯涼太

完全に雲隠れさせるんだね。
また神崎かんざきの病院を使うの?

天野勇二

そうだ。
とっておきの切り札を使う。

佐伯涼太

あそこはセキュリティが厳しいからね……。
だけど、その前にお母さんに会ってよ。
今は担当医から話を聞いてるんだ。


 天野は嫌そうに顔を歪めた。


天野勇二

なんだよ。
やっぱり呼んだのかよ。

佐伯涼太

そりゃそうでしょ。
息子が事故に遭って重症なんだから、親を呼ぶのは当然だよ。
お母さんを呼んだ僕の気持ちを汲んでよ。

天野勇二

まぁ、親父に来られるよりはマシか。


 天野が再び起き上がると、ちょうど天野の母親が病室にやって来た。


天野桃子

勇二……。
あなたは本当に、昔から心配ばかりかけるんだから……。


 天野は母親である桃子ももこを苦笑しながら見つめた。


天野勇二

母さん……。
まさかこんな姿で、久々に会うとはね。

天野桃子

本当ね……。
でも、2週間ほどの入院で良かった。
お亡くなりになった方が、3人もいるらしいから……。



 天野は全身の血管が震えるほどの怒りを覚えた。


 まだマデューの仕業だと判明した訳ではない。


 だが、もしマデューの仕業ならば。


 たった1人の人間を殺すために、3人も犠牲者を出した、ということになる。


 天野には許せない外道な行為だった。



天野勇二

母さん、悪いんだけど神崎記念総合病院に行くよ。



 桃子の顔が曇った。


 そこは天野家の長男が入院している病院だ。


天野桃子

なぜ?
神崎じゃなくても、ここでいいじゃない。

天野勇二

そういうワケにもいかない。
悪いんだけど、母さんの会社から最高の薬を手配してくれよ。

天野桃子

それはもちろん用意してるけど……。


 桃子は製薬会社の研究所の所長だ。


 大手の製薬会社なので、薬に関してはコネが効く。


天野桃子

あなたがあそこに行くということは、何か危険なことがあるの?

天野勇二

そうだ。
それに巻き込みたくない。
これ以上、詮索しないでくれ。
かなり厄介な人間に狙われている。
この病院を早く出るんだ。

天野桃子

それだけじゃ納得できないわよ。


 天野は殺気を込めて桃子を睨みつけた。


 桃子はその姿に目を疑った。


 天野は野蛮な性格のクソ野郎だが、家族にその姿を見せるのは珍しい。


 相当な事態が起きていると、理解するしかなかった。



天野勇二

わかってくれ。
巻き込みたくないんだ。

涼太よ行くぞ。
前島、入り口で待っている。
うまくやれよ。



 天野は病院着のまま部屋を後にした。


 涼太は困りながらもついて行くしかなかった。


 肉親にも殺気を放つからには、何を言っても聞かないだろうと判断したからだ。



佐伯涼太

しょうがない。
ああなった勇二は頑固なんだ。


 前島に語りかける。


佐伯涼太

勇二の指示通り、演技して神崎の病院に行こう。
それに勇二の読み通りなら、前島さんの居場所がバレている可能性が高い。
ここに残るのは危険だ。
僕らも最悪のシナリオを想定しよう。


 前島は怯えながら頷いた。










 天野の読みは当たった。


 天野たちが神崎の病院に移った夜。


 前島の入院していた部屋が爆破された。




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つばこ

天野くん……。
生きていたのは嬉しいけど、相当な怪我を負ってますね(´;ω;`)ウッ…
 
ちなみに『神崎記念総合病院』は『天才クソ野郎の事件簿』の32話や41話などに登場しております。
病院について現在判明しているのは「かなりのコネがきく」「セキュリティ万全」「お兄さんが入院している」ということ。場所は市ヶ谷あたりらしいです。
この病院にはちょっとした伏線というか、仕掛けみたいなものを含ませてあるので、いつか皆さまに披露する機会があることを願っております(*´ω`*)
 
では、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!

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コメント 68件

  • rtkyusgt

    殺し屋ならターゲットだけを狙いなよ。
    巻き添いとかダメでしょ。

    それは本当の殺し屋じゃなくて
    無差別殺人に近いものだよ

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  • あろまる

    爆破ー!!
    てか巻き込まれて死んだ人いるなら、それは殺し屋としてどうなのさ(><)

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  • るー

    爆破って思いっきり犯罪じゃん。どう見ても事故じゃ処理できそうにないのに、マデューは本気で殺すつもりでこんなことするかな?

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  • ニル

    爆破以外いい感じのネタが思いつかなかったんだよ。しょーがない。

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  • ゆんこ

    病室が爆破されるって…巻き込まれるやん!!

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