涼太はさすがにもうポーカフェイスを作るのが限界だった。


 大きく息を吐き、手を上げてメイドさんを呼ぶ。



ミルクちゃん

はぁい!
お呼びですかぁ?

佐伯涼太

あ、ああ……。
喉が乾いてさ。
おかわりを頂けるかな。

ミルクちゃん

えっ?
でも、まだコーヒー残ってますよぉ?

佐伯涼太

いいんだ。
新しいものを頼むよ。

ミルクちゃん

はぁい!
かしこまりましたぁ!



 ミルクちゃんが元気良く答えた時、1人の男が店内に入って来た。


 メイドたちが「お帰りなさいませ! ご主人様!」と出迎えに走る。


 しかし、その男の顔を見て、全ての営業スマイルは恐怖に変わった。


 マデューが何気なく入り口を見て言った。


マデュー

ああ、ボクが今、お世話になってるクライアントだ。
彼は富樫クンたちの同業者に当たるのかな。



 涼太と富樫はその男を見て「さすがにこれはやばい」と感じた。


 黒いスーツに黒いサングラス。


 その下にははち切れそうな筋肉。


 顔にも傷跡が多い。


 全身から「極道ですがなにか」という迫力を放っている。


マデュー

フフッ。
寺嶋てらしまサン。
またボクに用事かい?


 寺嶋は涼太たちに一瞥もくれず、マデューに言った。


寺嶋

そうだ。
時間を貰えるか。

マデュー

はぁ……。
ボクは富樫クンたちとの会話を楽しんでいたのに。
相変わらず勝手だね。


 寺嶋は30代半ばほどの男だ。


 瞳はサングラスに隠され、どんな感情が潜んでいるのかわからない。


富樫和親

(あれは、確か……)


 富樫には見覚えがあった。


 マデューと会った初日に会話していた極道の男だ。


マデュー

寺嶋サン。
カレらはキミの同業者らしいよ。
挨拶しなくていいの?

寺嶋

……なに?


 寺嶋はサングラスを外し、改めて涼太と富樫を睨みつけた。


 鋭く険しい眼光だ。


 お願いだからサングラスをかけてください、と涼太は思った。


寺嶋

どこの者だ?
随分と若いな。


 寺嶋は訝しげに言った。


 片方はホストにしか見えず、もう片方は平凡な大学生にしか見えない。


マデュー

地元は埼玉らしいよ。
富樫クンのお兄さん、こちらは寺嶋サンだ。
知り合いかな?


 涼太はそこで立ち上がり、即座に自らの殺気を解き放った。


 挑発的な視線を寺嶋に送る。


 マデューには自分がヤクザであり、跡目を継ぐ男だと名乗ってしまった。


 ここで引いてしまえばハッタリがバレる。



佐伯涼太

富樫というものだ。
埼玉の大宮。
これだけ言えば十分だろう。


 寺嶋はその挑発的な視線を受け、殺気に満ちた視線を返した。


寺嶋

どこの直系だ?
ここは誰のシマだかわかってんのか?

佐伯涼太

こちらは茶を飲みに来ただけだ。
ただの喫茶店だろう?
ここで俺の名を聞くことが危険だとは思わないのか?


 寺嶋の顔がさらに険しくなる。


 このような若い男にやり込められるなんて、極道としてのプライドが許さないのだろう。



寺嶋

ガキが調子乗るんじゃねぇぞコラ。



 声に凄みが加わった。



寺嶋

こっちは関東の直系だ。
俺の名を知らないヤツなんて、この界隈にはいねぇんだよ。
直系に属してないなら、生きて帰れると思うな。



 涼太は一歩も引かなかった。


 薄い笑みを浮かべ、寺嶋の額に自らの額を合わせる。


 両者の瞳は数センチも離れていない。



佐伯涼太

言わなかったか
俺の名を聞くことが危険だと。
戦争を始めたいのか?



 涼太の声も凄みが増している。



寺嶋

戦争だと?
さては関西か?
どこだ?
やはりこっちのシマにしゃしゃり出やがったな。

佐伯涼太

おいおい。
少しは頭を使えよ。
俺は茶を飲んだだけだ。
それで済まそうとしてやってることを忘れるな。



 富樫はもう恐怖にガタガタ震えていた。


 涼太と寺嶋の睨み合いを見つめるしかない。


 店内にも不穏な空気が伝染し、メイドとキモオタの客も無言で震えている。


 張り詰めるような緊張感と静寂。


 それをマデューが破った。



マデュー

ムシュー。
やめてくれるかな。



 冷たい笑みを浮かべ、静かに立ち上がる。



マデュー

寺嶋サン。
キミに言っているんだ。
富樫クンはボクの友人だ。
ここはボクの贔屓にしている店でもある。



 背の高い寺嶋を見上げ、マデューは懐からタロットカードを取り出した。



マデュー

ボクの言うことが聞けないなら、寺嶋サンをアルカナで導いてもいいんだよ。



 寺嶋の表情が一変した。


 舌打ちして、涼太の額から頭を離す。



寺嶋

チッ……。
ガキがナメやがって。
消えろ。



 涼太はその顔を見て戦慄せんりつした。



 これは確実なる『恐怖』だった。



 どこか不確かで、実感を持たなかった『恐怖』が、確実に目の前に現れた。



佐伯涼太

(うげぇ……。寺嶋さんがマデューの言葉に、マジでビビってるじゃん……!)





 寺嶋サンをアルカナで導いてもいいんだよ。






 この言葉を聞いた時、寺嶋は明らかな『怯え』の表情を浮かべた。



 つまりマデューの『殺人タロット』は、極道が恐怖を抱き、従わなければならないほどの威力がある、ということだ。



佐伯涼太

ふ、ふん……。
和親、行くぞ。

富樫和親

は、はひぃ……。

佐伯涼太

マデューさん。
お邪魔しました。
機会があればお会いしましょう。

マデュー

ええ。
サリュゥ。



 涼太は富樫を引きずって出口へ向かった。



ピンクちゃん

ご、ご主人様……。
大丈夫でしたか?



 会計の途中、ピンクちゃんが小声で尋ねた。



佐伯涼太

あ、ああ……。
あの極道は何者?
ここのケツ持ち?



 『ケツ持ち』とは問題解決のために動く組織ヤクザのことだ。


 最近ではメイド喫茶にケツ持ちがつくことも珍しくない。


 ピンクちゃんは寺嶋をチラリと見ると、首を横に振った。


ピンクちゃん

わからないんです。
たまに来て、マデューさんと何かを話すだけの人です。

佐伯涼太

そっか。
ここの関係者じゃないんだね。

ピンクちゃん

は、はい。
私はよく知りません。


 涼太は会計を済ませると、急いで店を出た。


 一目散に裏路地まで走る。


 涼太は金髪のウィッグをむしり取ると、全ての力を失い地面に崩れ落ちた。



佐伯涼太

ヒ、ヒィ……!
こ、怖かったぁ!

富樫和親

りょ、涼太さん。
し、しっかりしてください……。


 励ます富樫の膝が恐怖で震えている。


 涼太の膝も同様だ。


佐伯涼太

しっかりなんかできないよぉ!
マジもんのヤクザじゃん!
あんなの聞いてないよ!

富樫和親

そうですよね……。
こ、殺されるかと思いました……。

佐伯涼太

しかもマデューはマジの殺し屋じゃん!
やばいよ。
あんなのと関わりになりたくないよ。

富樫和親

こ、これを、なんて天野さんに報告すればいいのか……。


 富樫が震えていると、その視界に1人の人物が入った。


 思考が恐怖に染まる。


富樫和親

りょ、涼太さん!
あ、あれ……!

佐伯涼太

ふぇ?
どしたの?



 涼太は富樫の視線の先を見て「しまった。すぐに逃げるべきだった」と後悔した。


 先ほど対峙した強面の極道、寺嶋がやって来る。



佐伯涼太

げげっ!
し、しまったぁ!



 涼太たちは慌てて逃げようとしたが、その前に2人の男が立ちはだかった。


スキンヘッドのチンピラ

おっと、待ちなって。
寺嶋の兄貴!
こいつらですか?


 目の前に現れたのはスキンヘッドに坊主頭。


 タチの悪そうなチンピラの2人組だ。


寺嶋

ああ、どこの組か知らないが、直系ではないだろう。
潰して吐かせろ。

坊主頭のチンピラ

はい!
おうテメェら!
どこのモンか教えてもらおうか?
コラァ!



 涼太はガタガタ震えながら本職の3人を見つめた。


 前門には2人のチンピラ。


 後門にはその2人より強そうな寺嶋。


 裏路地に入ったため、逃げ道もなく、通行人もいない。



 涼太は震える膝をパンパンと叩き、決死の覚悟で構えた。


佐伯涼太

くそぅ!
富樫くん!
やるしかないよ!

富樫和親

うぇっ!
む、無理ですよぉ!

佐伯涼太

僕だって無理だよ!


 叫ぶ涼太めがけて、坊主頭がまず拳を振りかざした。


佐伯涼太

ひぇぇぇ!


 必死にスウェーして避けるが、その先には、スキンヘッドの蹴り、そして寺嶋の拳が待っていた。


佐伯涼太

うぎゃぁ!


 背中と側面に衝撃が走り、涼太は簡単に叩き飛ばされた。


 相手は恐ろしいほど喧嘩慣れしている。


佐伯涼太

ひぃ!
殺される!
誰か助けてぇ!


 寺嶋が舌打ちしながら、


寺嶋

わめくんじゃねぇよ!
ガキが本職に喧嘩を売りやがって!
埋めるぞ!


 そう叫んだ時だった。



天野勇二

くらいな!

坊主頭のチンピラ

ぎゃあ!


 坊主頭の背後から電撃の衝撃が走った。


 身体は完全に硬直。


 そのまま坊主頭の身体が宙に浮き、頭頂部からフェンスに叩きつけられた。




 ガシャン!




 坊主頭をバックドロップで壁に叩きつけた男を見て、涼太と富樫は感涙の悲鳴をあげた。



佐伯涼太

ゆ、ゆ、勇二だぁ!

富樫和親

あ、天野さぁん!
待ってましたぁ!



 天野は右手でスタンガンをくるくると回すと、人差し指を「チッチッ」と左右に振った。



天野勇二(アキバー仮面)

我は『天野』という名前ではない。
正義の味方!
アキバー仮面だ!



 ビシッとポーズを決めて叫ぶ。


 確かに天野は顔に何かのヒーローの仮面をかぶり、顔を隠している。


スキンヘッドのチンピラ

な、なんだぁ?


 スキンヘッドが突然現れた天野に面食らっている。


 天野はあっさり右手に持っていたものを突き刺した。


スキンヘッドのチンピラ

ぎゃああああ!


 スキンヘッドの体に激しい電流が走った。


天野勇二(アキバー仮面)

フッフッフッ。
グアムで購入した必殺スタンガンだ。
寝てろ!


 昏倒する手下を見て、寺嶋が舌打ちしながら尋ねた。


寺嶋

ガキが……。
お前は誰だ?


 天野はヒーロー仮面のようにポーズ決めると、偉そうに言い放った。


天野勇二(アキバー仮面)

正義の味方 『アキバー仮面』だと名乗っただろう?
お前こそ誰だ?
幼稚園で人に名前を聞く時は自分から名乗りましょう、と教わらなかったのか?

ああそうか。
お前はハンパものの極道か。
幼稚園なんて高尚なところには行けなかったのか。

小指はまだ残っているのか?
どうせ指で数字を数えても『9』までしかカウントできないだろう?
俺様が良いことを教えてやろう。
極道じゃない人間は『10』までカウントできるんだ。
ためになったな。


 寺嶋はストレートな挑発に乗って、あっさり怒り狂った。


寺嶋

てめぇ!
ナメやがって!


 寺嶋の鋭い蹴りが飛ぶ。


 天野は転換して避けると、低い姿勢から肘打ちを放った。


天野勇二(アキバー仮面)

むっ、生意気だな。


 寺嶋は右足に肘打ちをガードすると、思い切り肩から飛び込んだ。


 天野の左足を持ち上げて右足を刈る。


 巻き込み式の小内刈りだ。


天野勇二(アキバー仮面)

うおおおっ!?


 仕掛けたのはただの小内刈りではなかった。


 寺嶋は左側に倒れながら、天野の腰を掴んで持ち上げた。


 サイドスラムで側面に投げるつもりだ。


 この動きはさすがの天野でも予想外だった。


天野勇二(アキバー仮面)

くそっ!


 スタンガンを放り投げ、寺嶋の肩を押しながら空中で体を入れ替えた。


 一旦、寺嶋から離れる。


天野勇二(アキバー仮面)

レスリングをやってたな。
嫌な相手だ。


 敵はレスリングの経験者。


 組み合うのは危険だ。


 近づけば一気に掴まれ、投げつけられ、絞め落とされる。


寺嶋

逃さねぇぞ……!
このガキ共が……!


 寺嶋が両手を前に出し、ゆっくりと近づいて来る。


 天野は懐を探り、思わず舌打ちをした。


 手持ちの武器はスタンガンだけだ。


 しかもそれが、寺嶋の足元に転がっている。


佐伯涼太

や、やばいよ!


 寺嶋がスタンガンに気づいた。


 スタンガンは持っていれば最高の武器だが、敵に持たれると最悪の武器に変わるという諸刃の剣だ。


 天野はすかさず跳びかかった。



天野勇二(アキバー仮面)

おらぁ!
どこ見てんだ!



 長い脚を振り回し、寺嶋をスタンガンから遠ざける。


天野勇二(アキバー仮面)

くそ!
ガードがかてぇな!


 急所を狙って蹴り込むが、どれもギリギリのところで急所に命中しない。


 寺嶋は冷静に全てをガードしていなすと、綺麗なストレートを放った。


天野勇二(アキバー仮面)

うおっ!
ボクシングまでかじってんのか。


 拳は天野の仮面をかすめた。


 もし被弾していたら、天野ですら昏倒していただろう。


天野勇二(アキバー仮面)

おらぁ!
これならどうだよ!


 掌底を顔面に集中させると、ソバットと回し蹴りでボディを打ち抜く。


 だが寺嶋は本当にタフな武闘派の極道だった。


 蹴りの痛みを受け止めると、高速で真下に移動。


 天野の両足を刈るような低空のタックルを繰り出した。



天野勇二(アキバー仮面)

くらいやがれ!



 ここは天野の読み通りだった。


 相手はレスリングが得意。


 位置は正面。


 蹴りで隙を作ればタックルを仕掛けるだろう、と読んでいた。


 天野の左膝蹴りが、寺嶋の側頭部にカウンターで突き刺さった。



寺嶋

ぐあっ!



 さすがの寺嶋も倒れこむ。


 天野は仮面を放り投げて叫んだ。



天野勇二(アキバー仮面)

逃げるぞ!
何うずくまってんだ!
走れ!



 天野が一目散に撤退して行く。


 涼太と富樫は必死に追いかけた。



佐伯涼太

ま、待って!
勇二ぃ!
待ってよぉ!

天野勇二(アキバー仮面)

だから俺様は『アキバー仮面』だっての!



 天野たちは全力で秋葉原の路上を駆けていた。





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つばこ

謎のヤクザ、寺嶋さんの登場です。
アイコンはないんですけど、超重要人物なので覚えていただければ幸いです(`・ω・´)ゞ
 
【つばこへの質問コーナー】
『物語はどんな時に思いつくのですか?』
 
これは色々なパターンがありますね。
ある日ミスドで原稿を書いてたら、隣の席に座ってた女の子がチャラい2人組にナンパされてたんですね。その女の子が「メイド喫茶でバイトしてるー。お客さんキモい人しかいない(笑)」と話してまして、ナンパ組とめっちゃ盛り上がっていたんです。そのままカラオケに行ってました。
それを見て「ほう、働いてる人はあんな感じなのか。これならメイド喫茶を舞台に書けるぞ( ゚д゚)」と思いまして、いくつか物語が生まれております。つまりはアレですかね。ナンパを目撃した時ですね!!!!

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コメント 48件

  • あろまる

    挑発の文句が笑えたwwww

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  • アオカ

    天野くんヤバくね?フルネームバレてるよ…

    通報

  • バルサ

    アキバー仮面、笑った(^^;;

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  • 太宰雅

    天野・・・ネーミングセンス、ダサッ!

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  • アツ

    極道の前で名前を叫んじゃダメ(;・∀・)

    しかも正体を隠そうとしてるのを見てるのに(笑)

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