佐伯涼太

やっほー!
富樫くん!
おまたせぇー!



 涼太はチャラチャラしながら秋葉原の街にやってきた。


 富樫は驚いて尋ねた。


富樫和親

……え?
ど、どなたですか?

佐伯涼太

いやだなぁ!
佐伯涼太だよ!
元気してたー?


 富樫はそれを聞き、さすが『天才クソ野郎の相棒』は一味も二味も違うなと、心底感心した。


富樫和親

す、凄いですね。
金髪にすると別人です。
ホストみたいです。

佐伯涼太

でしょー?
美容院でセットしてきたんだよ。
僕は何度か『メイドさんまでイッテQ』に行ったことがあるからさ。
でもでも、これなら誤魔化せそうでしょ?


 富樫は素直に頷いた。


 普段の涼太は茶髪にパーマをあてた大学生だ。


 それが金髪に染めた髪を盛りに盛ってみると、かなり印象が変わる。


佐伯涼太

前島さんが狙われてるなら、僕も本気を出さなくちゃね。
相手は『殺し屋』なんだって?

富樫和親

は、はい。
手法まではわかりませんが、その可能性が高いと思います。
少なくとも僕は、実際に殺しの場面を目撃しました。


 マデューのことを説明する。


佐伯涼太

……なるほどねぇ。
そいつはヘビーな相手だね。
遠隔殺人者トリックメイカーか……。
それは気になるね……。


 涼太はニタリと軽薄な笑みを浮かべた。


 富樫の肩を励ますように叩く。


佐伯涼太

まぁ、心配しないで。
僕にまかせちゃばオールオッケーだからさ。

とりあえず今回の僕らは『兄弟』という設定でいこう。
僕が兄で、和親かずちかくんが弟ね。
和親くんが贔屓の店をお兄さんに紹介した、っていう体で潜入するんだ。

富樫和親

わかりました。
マデューには声をかけますか?

佐伯涼太

一旦、相手が反応するか様子を見よう。
いざとなれば僕が声をかけるよ。



 2人は軽く打ち合わせをすると、『メイドさんまでイッテQ』へ向かった。


 ゆっくり扉を開ける。



クリスちゃん

お帰りなさいませ!
ご主人様!


 メイドがスカートを踊らせながらやって来る。


 涼太は楽しげに言った。


佐伯涼太

へぇ、ここが和親かずちかの行きつけ?
メイド喫茶ってやつか。


 もう演技に入っている。


 先ほどと同じチャラ男だが、顔つきと声色を見事に変えている。


富樫和親

う、うん。
い、今、僕が通っているお店なんだ。

佐伯涼太

いいじゃない。
なかなか悪くないね。


 富樫が見慣れぬ客を連れて来たので、ミルクちゃんが巨大な胸を揺らしながら尋ねた。


ミルクちゃん

富樫さまぁ。
お友達ですかぁ?
紹介してくださいよぉ。

富樫和親

あ、ああ、えっとね……。


 富樫は内心冷や汗をかいた。


 そもそもこの店は、涼太に教えてもらったのだ。


 涼太とミルクちゃんは顔見知り。


 もうバレてしまうのではないだろうか。


佐伯涼太

はじめまして
弟がお世話になってます。
和親の兄です。


 涼太は声色を2オクターブほど落とし、渋い声でミルクちゃんに微笑んだ。


 ミルクちゃんは「あれ?」と首を傾げた。


ミルクちゃん

うん……?
なんだか……。
どこかでお会いしませんでしたか?


 富樫の背中を冷や汗が流れ落ちる。


 涼太はニンマリと微笑んだ。


佐伯涼太

本当に?
もしかして歌舞伎町に来たことある?

ミルクちゃん

か、歌舞伎町……?

佐伯涼太

僕はホストやっててさ。
もしかしたら君をキャッチしたことがあるのかも。
よくあの辺りにいるからさ。

ミルクちゃん

キャッチ……。
じゃあ、そこでお見かけしたんですかねぇ……?


 ミルクちゃんは何度も小首を傾げている。


 涼太はさり気なく話題を変えることにした。


佐伯涼太

君はミルクちゃんか。
和親は君にベタ惚れでさぁ。
よく話を聞かせてもらってるよ。


 富樫の頬が赤く染まった。


富樫和親

ちょ、ちょっと!
兄さんやめてよ!
それは言わないって約束じゃん!


 なかなかのアドリブだ。


 ミルクちゃんはその顔を見ると、どこか優しげに微笑んだ。


ミルクちゃん

ウフフ☆
嬉しいですぅ。
私も富樫様のこと、特別なご主人様だと思ってるんですよぉ。


 富樫に熱い眼差しを送っている。


 それを見て涼太は「へぇ」と呟いた。


佐伯涼太

(意外に好感触じゃん。あの顔はマジで気があるかも。ミルクちゃんは美肌好きなのかなぁ)


 ミルクちゃんは取りなすように言った。


ミルクちゃん

それでは、お席にご案内しますね!


 奥の席まで涼太たちを連れて行く。


 運が良いことにマデューの隣だ。



佐伯涼太

(あれがマデューか……。勇二が嫌いそうな外見だね)



 マデューはメイドと爪のお手入れについて話していたが、富樫を見つけると嬉しそうに立ち上がった。


マデュー

……おや、富樫クンじゃないか。
戻って来たのかい?



 富樫がゴクリと生唾を飲み込む。


 諜報活動のスタートだ。


 富樫は平静を保ちながら答えた。


富樫和親

は、はい。
兄を迎えに行ってたんです。
兄さん、こちらはマデューさん。

佐伯涼太

はじめまして。
和親がお世話になってます。


 涼太は爽やかに挨拶した。


 マデューも穏やかな笑みを浮かべる。


マデュー

ボクはマデューといいます。
どうぞヨロシク。

佐伯涼太

こちらこそ。

富樫和親

マデューさんとは最近知り合って、友達になったばかりなんだ。


 富樫は思い切って『友達』という表現を用いた。


 マデューが照れ臭そうに微笑む。


富樫和親

その際にはご馳走にもなったんだ。
もしかしたら、兄さんの仕事に、関係するんじゃないかと思って……。


 富樫が『打ち合わせ』通りの台詞を言った。


 涼太が驚いたように目を見開く。


佐伯涼太

なんだって?
家業のことを喋ったのか?

富樫和親

いや、それは言ってない……。
兄さんに聞いてからと思って。

佐伯涼太

ああ、それがいいね。
あまり人様に言うものじゃない。


 涼太は少し迷ったように思案すると、マデューに言った。


佐伯涼太

マデューさん、もし宜しければご一緒しませんか?
和親のお知り合いとお話してみたいんです。
ご迷惑でなければ、1杯奢らせていただけませんか?


 涼太は酒を飲むかのように、気さくなジェスチャーをしてみせる。


マデュー

ボクとしては構いませんが……。
ご兄弟の邪魔になりませんか?

佐伯涼太

とんでもない。
大歓迎ですよ。


 涼太は人懐っこい笑みを浮かべ、とても自然でマデューを誘っている。


 マデューはしばし迷っていたが、


マデュー

……それじゃ、ご馳走になろうかな。
また富樫クンとは話してみたかったしね。


 誘いに乗った。


 富樫は冷や汗をかきながらマデューを隣席に誘導した。


 ここまでは順調に話が進んでいる。


 問題はここからだ。



 涼太はまず3人のドリンクを注文し、マデューの様子を伺った。


佐伯涼太

(さて……。どうやって攻めようかな)


 マデューはかなり個性的な外見の男だ。


 どのような会話から攻めるべきか。


 涼太が会話の組み立てを考えていると、マデューが楽しげに口を開いた。


マデュー

富樫クンの兄だけあって、かなり頭が良さそうですね。
ただこう言ってしまうと失礼かもしれませんが、タイプがかなり異なるんですね。
あまり似ていない、というか……。


 富樫は「ギクリ」と体を硬直させたが、涼太にとっては想定内の質問だった。


 片方は長身の派手なホスト男。


 片方は美肌が売りだけの平凡な大学生。


 当然ながら似ておらず、兄弟には見えない。


佐伯涼太

実はマデューさん。
僕と和親は血が繋がってないんです。


 涼太はあっさりと言い放った。


佐伯涼太

僕が父の前妻との間にできた子供。和親は後妻が連れてきた子供なんです。
僕たちの父親はあまり人には言えない商売をしていましてね。
兄弟仲は悪くないんですが、ちょっと複雑な家なんです。


 息を吐くように嘘を並びあげた。


 富樫は相槌を打つことしかできない。


マデュー

それはなかなか複雜ですね。
ムシューも苦労されてそうだ。

佐伯涼太

なんのことはありません。
生まれ持った宿命です。

マデュー

差し支えなければ、ご家業を尋ねても?


 釣り針に食いついた、と涼太は感じた。


 富樫の顔をちらりと眺める。


 富樫が無言で頷いたのを確認すると、涼太は小声で言った。


佐伯涼太

埼玉で『土建屋』を営んでます。
あまり良くない土建屋、と言えばご理解いただけるでしょうか。


 マデューの灰色の瞳が輝いた。


マデュー

埼玉の土建屋……。
かなり大きいんですか?

佐伯涼太

あくまで、その道に関しては、というだけです。


 涼太は苦笑しながら口を開いた。


佐伯涼太

まぁ、遠回しに言ってもしょうがない。
世間でいう『極道ヤクザ』というヤツです。
ここでは言えない物騒ことばかりに携わってますよ。


 富樫は「うんうん」と相槌を打ちながら、涼太はどこに会話を着地させたいのか、段々不安になっていた。


 実家がヤクザだなんて、普通の人間は関わりたくない。


 興味を持つのは闇稼業に属する人間だけだ、と考えて、涼太の意図を察した。


マデュー

それはそれは……。
だから富樫クンは、お兄さんを連れてきたんだね。


 富樫がまた黙って頷く。


 富樫にできるのはそれだけだ。


マデュー

フフッ……。
やはり富樫クンはボクにとって運命うんめいのアルカナだったね。
そのことを隠しているなんてキミも人が悪い。


 マデューは新しい玩具を手に入れた子供のように微笑んだ。


マデュー

ボクもね、裏稼業に属する人間なんです。
ボクはあなたの仕事を手伝えるかもしれませんよ。


 涼太は釣り糸にかかった獲物を見つめて、にやりと笑みを浮かべた。


佐伯涼太

あなたが裏稼業の人間?
本当なのですか?

マデュー

ええ、ボクはフリーランスの『殺し屋』なんです。


 涼太は改めてマデューの全身を眺めた。


 本当に『殺し屋』と名乗った。


 涼太は興奮を抑えるのに必死だ。


マデュー

とてもそんな男に見えませんか?
でもそれは、お兄さんも同じことでしょう?
アナタはそんな格好をしているが、ホストなんかじゃない。
それは変装に過ぎませんよね?


 涼太は咳払いをひとつして、静かに頷いた。


佐伯涼太

確かにその通りです。
どんな得物えものを使っているんですか?

マデュー

ボクは自然死と事故死を演出できるプロです。
ご依頼いただければ、『2週間以内』にターゲットは不審死を遂げますよ。


 涼太も富樫も戦慄してその言葉を受け止めた。



 2週間。



 たったの2週間で自然死や事故死に見せかけて殺す。


 真実であれば恐ろしい話だ。


佐伯涼太

正直に言いますが……。


 涼太は声のトーンを落として告げた。


佐伯涼太

ウチでも何人かの『殺し屋』を囲っています。
だが正直、あなたの名は知らない。
取引されていることを知らない。
まだ自分は家業を完全に継いでませんが、そのぐらいはわかりますよ。


 これは涼太の賭けだった。


 ただの大学生である涼太には、殺し屋のリストにマデューの名前があるのかわからない。


 マデューが業界で有名なのかどうか、判断がつかないのだ。


マデュー

ボクの名前は知られてないでしょう。
フリーとはいえ、かなり狭い範囲から仕事を請け負ってましたからね。


 涼太は安堵の息を吐いた。


 裏業界の有名人ではない。


佐伯涼太

それで1人、いくらでやってるんですか?

マデュー

前金で1本。
それだけです。


 涼太は頭の中で電卓を叩いた。


佐伯涼太

(1本って、つまりは1千万だよね。100万だと少ない気がするし、1億円ってのは高すぎだよ。これは相場だとどうなんだろう。高いのかな、安いのかな)


 高いか安いか。


 2分の1の確率のハイ・アンド・ロー。


 涼太はもう一度賭けに出た。


佐伯涼太

それは高いですね。

マデュー

ええ、確かにそうでしょう。


 マデューはあっさり言うと、冷たい笑みを浮かべた。


マデュー

しかし、その金額の価値はありますよ。
どんなターゲットも確実に死に至り、殺人事件にもならず、あなたが逮捕されることは絶対にない。
それが真実であることを、弟の富樫クンには見せてあげたんですよ。


 涼太は静かに富樫に尋ねた。


佐伯涼太

……本当なのか?


 富樫は青ざめながら頷いた。


 富樫はもう会話の内容が過激すぎて、声を出すことさえできなかった。


佐伯涼太

そういうことか。
それで僕を紹介したのか……。


 涼太が納得したように頷き、値踏みするかのようにマデューを見つめる。


マデュー

何かあればボクに依頼してください。
ボクは良い仕事をしますよ。

佐伯涼太

真実であれば是非ともお願いしたいところです。
しかし、確証に欠けますね。
何かしっかりとした証拠が欲しいところです。


 マデューは薄い笑みを浮かべた。


マデュー

ならば、ボクがアルカナで誰かを殺してみせましょう。


 マデューは革手袋を装着すると、懐からタロットカードを取り出した。


佐伯涼太

そ、それはなんでしょうか。
タロットカード?

マデュー

ええ、ボクはアルカナを導くことにより、ターゲットを殺すんです。


 マデューはタロットを丁寧にシャッフルすると、1枚のカードを抜き取った。


 それを机に置く。


 鮮やかな太陽が描かれたカード。


 太陽たいようのアルカナだ。


佐伯涼太

そ、そのカードは、何を示しているのですか?

マデュー

これは今、日本で太陽のように輝く女性を表現しています。
まさにこの街の『太陽』だ。


 涼太と富樫の脳裏に、1人の名前が浮かんだ。


 マデューはゆっくりとその名を口にした。



マデュー

前島悠子。
彼女がボクのアルカナに導かれて、死にますよ。




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つばこ

涼太くんは変装も得意なチャラ男でございます。
今回のホスト風ファッションは天クソ本編45話で活躍したりしてますので、お読みいただければ幸いでございます。
 
【つばこへの質問コーナー】
質問者:いちこさん
『悠子ちゃんとまきりん、どちらを推してますか』
 
これはですね、ぶっちゃけどっちも推してませんね。
つばこはマユコ様を推してます。激推しです。あまりに激推しなので、下手に登場させないように気をつけてます(´∀`*)ウフフ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!!!

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コメント 44件

  • rtkyusgt

    バレてそう

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  • アオカ

    これもう涼太のこと見破ってるんじゃ…

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  • 太宰雅

    バレてんの!?
    バレてないの!?

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    頑張れ天才ゴム野郎

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  • しゅん

    美肌売り込みすぎでしょ、化粧品のCMで稼げんじゃね?でその金をミルクちゃんに貢ぐと

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