天野とマデューが険悪な空間を作り出している頃。


 富樫は4人のメイドさんにプリンを食べさせてもらい、至福のひとときを過ごしていた。



富樫和親

……あれ?
天野さんがいない。



 極上の気分で個室を出ると、そこに天野の姿はなかった。


 テーブルはもう綺麗に片付けられている。


 かなり前に店を出た様子だ。


 富樫が困惑していると、背後から1人の男が声をかけた。



マデュー

やぁ、キミは富樫クンじゃないか。
久しぶりだね。



 富樫が驚いて振り返る。


 ニヤけた笑みを浮かべるマデューの姿があった。


富樫和親

マ、マデューさん!
お、お久しぶりです!

マデュー

富樫クンに会えるとは幸運だ。
ちょっとイヤな男に会ってさ、グチりたい気分なんだ。
付き合ってくれないかな?



 マデューは嫌そうに顔を歪めている。


 かなり気分を害したのだろう。


 見るからに不機嫌そうだ。


 富樫は瞬時に状況を理解した。



富樫和親

(天野さん、マデューと接触したんだ。そして何かが起こり、もう店を出たんだ)


 富樫は何度か頷くと、冷静に頭を下げた。


富樫和親

マデューさん。
先日はご馳走様でした。

マデュー

そんなこといいよ。
それより聞いてくれない?
ホントにイヤな男だったんだ。
何も知らないくせにボクのタロットをバカにしてきてさ。
あんなチンピラもこの街にいるんだね。

富樫和親

そ、そうなんですか……。
ちょっと待ってくださいね。


 富樫は素早くスマホを取り出した。


富樫和親

(やっぱりだ。天野さんからメールが届いてる)


 メールは「マデューと接触するな。店を出て近くの喫茶店に来い」と続いている。


 富樫は慌ててマデューに言った。


富樫和親

マデューさん、すみません!
急用ができてしまいました!
また今度、お話を聞かせてください!


 マデューはガッカリしたように呟いた。


マデュー

そっかぁ……。
残念だなぁ。
ボクのグチを聞いてほしかった。


 マデューが言うと、近くに立っていたピンクちゃんがさり気なくやって来た。


ピンクちゃん

ご主人様。
グチだったら私が聞きますよぉ。

マデュー

フフッ……。
マドモアゼルに粗野な男の話なんかしたくないよ。
もっと優雅でトレビアンな話をしよう。

それじゃ富樫くん。
また今度ね。








 富樫はマデューに頭を下げ、メイド喫茶を飛び出した。


 秋葉原の街を駆け抜け、天野が指定した喫茶店を目指す。



富樫和親

えっと……。
天野さんのいる店は……。
ここか!



 富樫はチェーン店の喫茶店に入ると、店内に漂う凄まじいまでの殺気に震えそうになった。


 喫煙席の奥。


 天野が鬼のような形相で座っている。


 とんでもなくガラが悪い。


 今にも暴れて店を破壊し始めそうだ。


富樫和親

あ、天野さん、すみません。
遅れました。

天野勇二

遅い。


 天野はぐしゃりとタバコを握り潰すと、壁へ向かって乱暴に投げつけた。


 とんでもなく素行が悪い。


 本当に迷惑なクソ野郎だ。



富樫和親

ど、どうでしたか……?
マデューは……?



 天野は新しいタバコに火をつけると、


天野勇二

想像以上だったよ。
想像以上に不快で腹の立つ男だった。
思わずその顔面を原形が留めないほどに殴り潰し、手足の骨もバラバラにへし折り、脊髄を破壊して不随にしてやろうかと思ったよ。


 とんでもなく恐ろしい言葉を吐いた。


富樫和親

や、やっぱり、プロの殺し屋なんでしょうか……?


 富樫が震えながら尋ねた。


天野勇二

わからんな。
だが、俺様の殺気を目の前にしても、まったく恐れることがなく、逆に挑発を飛ばしてきやがった。
こちらが格闘技に精通していることを理解した上での挑発だ。
修羅場はそれなりにくぐっているだろう。

富樫和親

天野さんは、目を見て殺したヤツがわかるんですよね?
マデューはどうでしたか?


 天野は首を横に振った。


天野勇二

それもわからん。
アイツはカラコンをつけており、満足に感情が読めなかった。
しかも逆にこちらの心理を読もうとしてきやがった。
予防しておいて正解だったが、無意味だったかもしれんな。


 天野は両目から黒のカラーコンタクトレンズを取り出し、灰皿の中に投げ捨てた。


 しかし、マデューの前ではポーカーフェイスを作りきれなかった。


 自分ほど心理が読める男であれば、こんな物は無意味だったろうと感じた。


富樫和親

マデューも嫌な男に会ってグチりたいと言ってました。
かなりイライラしている様子でしたよ。


 富樫が励ますように言うと、天野は安堵したように息を吐いた。


天野勇二

ほう?
あのタロット野郎もイライラしたか。
それを聞いて安心したよ。

富樫和親

マデューとはどんな話をされたんですか……?

天野勇二

まずは依頼を持ちかけたんだ。
うちの大学にいる『天才クソ野郎』というあだ名の男を殺すように依頼した。


 富樫は青ざめた。


富樫和親

ず、随分と思い切ったことを頼みましたね。
天野さんが危険ですよ。

天野勇二

あんな男に殺されるほど、俺様はヤワじゃない。


 タバコをもみ消す。


 天野は嫌そうに顔を歪めた。


天野勇二

だがあの野郎、『天才クソ野郎』がどんな人物なのか一切尋ねないまま、タロットカードをテーブルに並べやがった。
そして、即座に俺が『天才クソ野郎』であり、マデューの正体を確かめようとしていることを見抜きやがった。

まさかあんなタロットで正体を暴かれるとはな。
マジで占いも当たるものだと感心したよ。


 富樫はさすがに驚いた。


 マデューのタロット占いの威力は理解していたが、天野が手玉に取られたとは信じ難い話だ。


富樫和親

お、恐ろしいですね。
また『アルカナの支配者』とか言ってました?

天野勇二

ああ、言ってたぜ。
あのナルシストのタロット野郎め。
お前の言う通り、最悪の殺し屋かもしれん。

富樫和親

や、やっぱり、あの店……。
というか、マデューには近づかないほうがいいですね。

天野勇二

同感だ。
だが、そうもいかないようだ。
あの野郎、よりにもよって『前島悠子』を殺しのターゲットにしている、と抜かしやがった。

富樫和親

前島さんですって!
前島さんって、あの!?

天野勇二

そうだ。
あの前島悠子だ。


 富樫は愕然とした。


 前島は国民的アイドルの芸能人だが、とある事件を境に天野と親しくしており、天野のことを『師匠』と呼んで慕っている。


 天野にとって特別な後輩だ。


富樫和親

前島さんはアイドルですよ。
殺せるはずがありません。

天野勇二

俺様もそう思う。
だがな、前島の名前を出されたことで、余計わからなくなってきやがった。


 天野は神妙な顔で虚空を見つめた。


天野勇二

正直、今現在の状況では、アイツが本物の『殺し屋』なのか。
ただの『ウソつき』なのか。
ターゲットである前島を調べていたから俺を知っていたのか。
ただ単純に前島という名前を出しただけなのか……。

どれも確証に至らない。


 富樫は何度も頷いた。


富樫和親

そうか……!
もし前島さんがターゲットで、前島さんのことを調べていたなら、絶対に天野さんに行きつきます……!

天野勇二

そうだ。
俺様と前島は仲が良い。
大学では一番の『友人』といっても過言じゃない。

前島を少しでも調査すれば、俺様のことを知るだろう。
それであれば、俺様の正体を知っていた可能性が高い。
つまり、タロット占いは『ブラフ』だった、というワケさ。

富樫和親

天野さんから見てどうでしたか?
マデューは天野さんのことを知っている様子でしたか?


 天野は悔しげに首を横に振った。


天野勇二

アイツは本当に食えない男だ。
俺の顔を『初めて見る』という顔をしてやがった。
もしそうであるならば、これはかなり恐ろしい話だ。


 拳を強く握りしめる。


天野勇二

俺様の顔と正体を知っているくせに、それを表情や仕草に一切出さず、この天才クソ野郎を見事に騙しきった、というワケだ。
あれが『技術』だというなら、ヤツは一流の詐欺師にもなれるだろう。


 富樫は生唾をゴクリと飲み込んだ。


富樫和親

そうですよね……。
もし、天野さんのことを知っていたなら、マデューは前島さんを調べていたことになる……。

天野勇二

そうだ。

富樫和親

それは、本当に『殺し屋』である証明になる……。

天野勇二

そうなるな。


 富樫は震えながら言った。


富樫和親

こ、これでは前島さんが危険です!
占いなのかトリックなのか不明ですが、マデューの『アルカナの導き』だけは、紛れもない真実です!

天野勇二

ああ、とりあえずマネージャーには注意するように伝えた。
前島の命を狙う人間がいないか、細かく調べてもらっている。


 天野は前島が所属している芸能事務所の人間とも知り合いだ。


天野勇二

そして富樫よ。
お前に頼みがある。


 天野は懐から封筒を取り出した。


 その中の一本を、富樫の前に置く。


天野勇二

天才クソ野郎からの依頼だ。
マデューとすでに接触しているお前に頼みたい。

これを軍資金として使い、マデューに近づく工作員スパイとして動いてくれないか。
かなり危険な任務になる。
それでも頼みたいんだ。


 富樫はガタガタ震えていた。


 目の前にあるのは100万円の束。


 天野は本気だ。


富樫和親

ぼ、僕だけで大丈夫、でしょうか……?

天野勇二

お前だけに危険を背負わせない。
涼太をバックアップにつける。

富樫和親

りょ、涼太さんですか。
それなら安心です……。



 涼太は天才クソ野郎が信頼する相棒だ。


 尾行や張り込みといった探偵事を得意としている。


 涼太自身もなかなかの切れ者で、過去には1人で殺人事件を解決したこともある。


 バックアップとしては有難い存在だ。



富樫和親

わかりました……。



 富樫は何度か頷き、覚悟を決めた。



富樫和親

任せてください。
前島さんは僕にとっても知り合いです。
僕がマデューと親しくなり、その正体と前島さんを殺害する方法を探ってみせます。

天野勇二

ああ、お前が『天才クソ野郎』の一味として認知されているとは思えない。
だが、涼太には顔を変えてもらい、マデューに近づいてもらう。

富樫和親

この作戦はいつから決行しますか?

天野勇二

今からだ。
マデューが店にいるタイミングを逃す手はない。
涼太にはすぐ来るよう伝えてある。


 天野は強い瞳で富樫を見つめた。


天野勇二

富樫、気をつけろ。
アイツはお前の心理を容易く読む。
危険を感じたら依頼なんか放り出して逃げるんだ。


 富樫は神妙な表情で頷いた。


富樫和親

わかりました。
僕はきっとやり遂げてみせます。
それに僕は、天野さんに一生の忠誠を誓いました。


 天野は苦笑した。


天野勇二

そんなものは反故ほごにしてくれて構わない。
一番に自分自身の命を考えろ。
マデューにスパイ行為がバレれば殺されかねない。
その時はこの金を使って、しばらくの間どこかに飛べ。



 富樫は震えながら目の前の現金を見つめた。


 これは軍資金だけでなく、逃げるための資金でもあるのだ。


 富樫はこの任務の危険さを強く感じた。



天野勇二

あのタロット野郎め。
俺様の弟子を狙いやがって……。
俺たちに手を出そうとしたことを、あの世で後悔させてやるぜ。



 天野の瞳は、もう『悪』という名の殺意に満ち溢れていた。





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つばこ

【つばこへの質問コーナー】
『ミスドの最推しは何でしょうか?』
 
オールドファッションハニーです!!!
でも期間限定商品のオールドファッション黒みつきなこも好きでした!
 
『つばこさんが一番好きな「天才クソ野郎の事件簿」のキャラクターは誰ですか?』
 
これはやっぱり天野くんですかねぇ。
つばこは天野くん大好きです。これからも色々と大変な目にあってもらおうと思ってます(´∀`*)ウフフ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!!!

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コメント 52件

  • rtkyusgt

    前島は1番の友人・・・?

    ってことは涼太は親友・・・いや、相棒ですね!

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  • 焼きましゅまろ

    三銃士で前島さんを守るんかな?




    前島さんめっちゃヒロインっぽい(ヒロインです)

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  • バルサ

    握りつぶしたタバコを壁に投げるとか、嫌な客だな〜(飲食店勤務だからヤダ)(^^;;

    ちゃんと、冨樫に逃げろというあたり、天野くん優しいな(^^)

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  • 太宰雅

    『友達』じゃなくて、『恋人』にしてあげてーーー!!!!!

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    何気に涼太は命を共にする親友って感じがしてズキュウン

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