天野は両手を叩いて笑った。



天野勇二

あっはっはっ!
これは凄いな!
ああ、その通りだ。


 天野は両手を広げた。


 降参を示すジェスチャーだ。


天野勇二

確かに俺様はお前の『殺し屋』という正体が知りたかった。
まずは軽く調べさせてもらったんだ。
さっきの現金もブラフだ。

クックックッ……。
ここまでとはな。
これはさすがに俺様の負けだ。


 マデューはメッシュの髪をいじりながら尋ねた。


マデュー

なぜボクの『殺し』を知りたいの?
ムシューなら自分で殺せるでしょ?
キミの体格を見れば格闘技に精通していることがわかるよ。

しかも『天才』なんだよね?
天才なんて呼称される人間には滅多にお目にかかれないけど、きっと素晴らしい頭脳を持っているんだろうねぇ。


 天野は偉そうに頷いた。


天野勇二

ああ、俺様のIQは常人を凌駕している。
だから興味があるんだ。
所詮は俺様に敵わないだろうが、もしかしたら想像もできない殺害方法を駆使するかもしれない。
是非とも体験したいと思ってな。

マデュー

変わった人だね。
ボクがキミの正体に気づかなければ、キミは本当に死んでいたんだよ?
ボクが導くアルカナによってね。

天野勇二

俺は死なないさ。
絶対にな。
そんな占いに左右なんかされない。


 マデューは冷たく微笑んだ。


マデュー

『絶対』か……。
そんな言葉はボクの辞書に存在しないね。
運命とは移ろい変わり行くものさ。
言い換えれば、ボクの『アルカナの導き』によって変えられる。

天野勇二

まるで世界そのものを変えてしまうほどの自信だな。
お前のタロットは世界を動かす力でもあるのか?

マデュー

そうだよ。
ムシュー。


 マデューはあっさり言い放った。


マデュー

ボクが本気になれば世界までも変わる。
ボクは全てのアルカナを思いのままに導く。
それが『アルカナの支配者』なのさ。
キミの未来だって変えられるよ。
いや、正確にはキミをボクの望む方向に導く、と言ったほうが正しいのかな。


 天野は不敵な笑みを浮かべた。


天野勇二

占い程度で世界が変わるだと?
所詮はただの紙切れじゃないか。

マデュー

ボクのカードは特別製なんだ。
あまり馬鹿にしないでもらえるかな?

ああ、そうだ。
キミは天才だったよね。
間違った言葉使いをすると、天才ってのはすぐ怒りそうだ。
正確に言えば、ボクの手の中にあるからこそ、このカードは特別なんだ。

フフッ……。
危ないねぇ。
うるさい天才に細かいところを指摘されるところだった。



 天野は感心してマデューを見つめた。


 見事なまでに、天野の不快感を刺激している。


 見た目はクネクネした気持ち悪いナルシストなのに、天野は自分自身を鏡で見ているような錯覚に陥った。



天野勇二

俺様に言わせれば、それはもはや『占い』じゃない。
科学的にもありえない。
アルカナがなんなのか知らんが、ただのトリックを仕掛けているだけだろう?
何を偉そうに言ってるんだ?
お前の脳みその進化は中学生で止まったのか?


 マデューはホットコーヒーを飲みながら、にやけた笑みを浮かべた。


マデュー

科学的だって?
キミは科学なんてものを信じているの?
天才なのに?
科学が解明できる範囲内の物事しか信じられないのかな?

フフッ……。
なんとも狭い視野を持った天才だね。
それが、天才?
あははっ!
なんて惨めな天才なんだ!

キミはもっと広い世間を知ったほうがいいよ。
キミは井の中で鳴いているだけだ。
ケロケロ鳴いているカエルだよ。
もっと穿うがった視線でボクのタロットを見つめるべきだね。



 天野は頬がピキピキと引きつるのを感じた。


 もう完全にキレている。


 マデューの年齢は恐らく天野とそう変わりない。


 同年代の男にここまでバカにされるのは、天野にとって初めての出来事だった。



天野勇二

ふぅ……。
本当にイヤな野郎だ。
マジで俺様に似てやがる。

マデュー

キミとボクが似てる?
おいおい勘弁してくれないかなムシュー。
ボクはキミに似てるとは思わない。
キミみたいに粗野で乱暴で下品な男と、この美しいボクを一緒にしないでくれるかい?

天野勇二

それだよ。
その嫌味ったらしく芝居がかった口調と発言が似てるんだ。
こいつは最高だぜ。


 天野は舌打ちすると、マデューを殺すような視線で睨んだ。


天野勇二

もう一度言ってやる。
お前が言っているのは『占い』じゃない。
タロットもアルカナのトリックを偽装するためのブラフであり『まがい物』だ。
お前の発言全てが、裏にトリックがあることを証明しているようなものだぜ。


 マデューは薄い笑みを浮かべ、哀れな幼子を見るように天野を睨んだ。


マデュー

また残念な天才が狭い世界のことを言っているね。
キミは本当に視野が狭いんだね。
ボクの顔見える?
ボクは特別なんだ。
正義の味方という『アルカナの支配者』なんだよ。

事実、ボクはキミの正体を暴いたでしょ?
これだけでボクは十分なんだ。
キミはボクの正体を探る『天才クソ野郎』というあだ名の男。
これを知った以上、ボクはキミと話すことも、関係を築こうとする理由もないね。


 天野は舌打ちしながら言った。


天野勇二

なんだ。
俺様が本当に『殺し』の依頼をしようとは思わないのか?

マデュー

思わないね。
キミの現金はブラフなんだろう?
ハッタリを仕掛けるのが得意な貧乏人の天才。
そもそもボクは高いんだ。
まるで金額が足りないよ。


 天野は薄く笑うと、懐から再度封筒を取り出し、その中身を机に置いた。


 思わずマデューの動きが止まる。


天野勇二

そうだ。
俺はハッタリを仕掛けるのが大好きな男だ。
こんなふうにな。


 机の上に本物の現金が置かれている。


 キャッシュで500万円だ。


マデュー

フフッ……。
これは驚いた。
ムシューはそんな大金を持っていたんだ。

天野勇二

そうなんだよ。
どうだ?
お前の『占い』が外れちまったぜ?


 マデューは呆れたように吐き捨てた。


マデュー

ボクの『占い』は外れてないよ。
別にキミの現金所持を占ったワケじゃないからね。

天野勇二

強がりを言うなよ?
焦ってるんだろ?
お前は読みを外した。
内心ではナメやがってと怒り狂ってるんだろう?

マデュー

あはは。
怒り狂っているのは、ムシュー、キミのほうだ。
タロットで自分の正体を暴かれた情けない負け犬のキミだよ。
キミはボクをなんとか騙したい、やり返したいと願っている。
実に無様だねぇ。
まるで幼子の喧嘩を見ているようだ。

天野勇二

チッ……。
本当にイライラする野郎だ。


 天野は現金を懐に戻すと、タバコを取り出した。


 途端にマデューが顔をしかめる。


マデュー

ムシュー。
ボクはタバコがキライなんだ。
吸うのはやめてくれないかな。

天野勇二

ああ、いいだろう。
俺様も同席者が嫌うのであれば吸わない。

マデュー

へぇ?
意外と物分かりがいいんだね。
チンピラみたいな顔つきで、下品で粗野で乱暴者みたいだから、常識なんて知らないのかと思ってたよ。
意外にも社会のお約束を守れるんだ。
この正義の味方が褒めてあげるよ。


 とにかくマデューは上から目線だ。



天野勇二

(クソが……。本当にイライラするぜ。生意気な男だ……)



 天野は心底イライラしていた。


 マデューはあえて天野を挑発している。


 天野が怒り狂って襲いかかるか、この席を立ち去るように挑発しているのだ。


 天野はマデューの末恐ろしさを感じた。



天野勇二

(コイツは俺が暴力を振るうことも想定しているはずだ。それでも挑発している。つまり、暴力に屈しない何かの『切り札』を持っているということだ……)



 マデューは身長170cmほどの華奢な男だ。


 筋肉のついている様子は見受けられない。



天野勇二

(コイツには格闘技を学んだ形跡がない。それなのにタイマンで戦っても『勝てる』と考えている……。なぜだ? 武器でも隠し持っているのか……?)



 天野は疑問を抱きながらも、先ほどからマデューが言っている言葉を掴んだ。


天野勇二

なぁマデューよ。
お前は何度か『正義の味方』と言っているが、それはどういう意味だ?

マデュー

決まってるじゃないか。
このボクが『正義の味方』なんだよ。
天才なんでしょ?
バカじゃないのなら、会話の流れで理解してくれないかなぁ?

天野勇二

お前は『自称殺し屋』のくせに『自称正義の味方』なのか。
矛盾が生じてないか?

マデュー

そうかな?
ボクはアルカナでこの世の悪人を死に誘う。
これが正義じゃなくてなんなのかな?

天野勇二

利己的な理由で人間を殺し、その手を血で汚しながらも『正義の味方』と名乗るのか……。
とんだクズ野郎だ。
俺様が最も嫌う人種だな。


 マデューは楽しそうに赤いマニキュアが塗られた爪を見つめた。


マデュー

不思議なことを言うね。
この世界には『正義』しか存在しないんだ。
正義の反対にあるものは悪なのかい?
そうじゃないだろう?


 天野はあっさり頷いた。


天野勇二

ああ、そうだ。
同感だな。

マデュー

フフッ。
初めて意見が一致して嬉しいよ。

そう、正義の反対にあるものは、また『別の思想を持った正義』だ。
互いに自らのことを悪だとは思っていない。
その信念が異なるだけで、人は他者を『悪』だと決めつける。
どちらも正義なのにさ。


 天野は肩をすくめて言った。


天野勇二

残念だが、意見が一致しなかったようだ。
俺様はお前と真逆の考えだ。

マデュー

ふぅん。
そうなの?
どういう意味なのかな?


 天野は再びマデューを指さした。


天野勇二

お前は『悪』だ。
どんなに正当だと信じる理由があろうとも、その行為は悪そのものだ。
そして、その反対にあるもの……。


 気障ったらしく指先を振り回し、天野は自らを親指でさした。


天野勇二

それもまた『別の悪』だ。
この世に正義なんか存在しねぇんだよ。

生きるために他者を喰らい、自分の利益のために人生を追求する。
お前は自分が『正義』だと勘違いしているか、そう自分に言い聞かせているだけだ。
悪の反対にあるのはまた別の悪。
つまり俺様という悪の反対にいるお前も悪なんだ。


 マデューは薄く微笑んだ。


 パチパチとおざなりな拍手を贈る。


マデュー

変わった意見だ。
参考にさせてもらうよ。

それで、ムシューはいつまでここに居座るつもりなの?
ボクはメイドさんとの会話を楽しみたいんだけど。


 天野はそれを聞くと立ち上がった。


天野勇二

ああ、邪魔したな。
本当に殺したい相手が現れたら依頼するよ。

マデュー

ノン。
悪いけどムシューからの依頼はお断りだね。
自分で勝手に殺してよ。

天野勇二

やれやれ。
嫌われたもんだぜ。


 天野が苦笑して背を向けると、マデューは思い出したように口を開いた。


マデュー

ああ、そうだ。
キミはあそこの大学に通ってるって、言ったよね。

天野勇二

それがどうかしたのか?

マデュー

それなら前島まえしま悠子ゆうこちゃんを知ってるかな?


 天野は訝しげにマデューを見下ろした。


 前島悠子とは紅白にも出るような国民的アイドルだ。


 独学で進学し、芸能活動と学業を両立させているスーパースター。


 そして天野の知人でもあった。


天野勇二

ほう……。
お前もアイドルに興味があるのか。

マデュー

うん。
そうなんだよ。


 マデューは灰色の瞳を輝かせながら、嬉しそうに微笑んだ。



マデュー

実は彼女を『殺してほしい』っていう、依頼が入っていてね。





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つばこ

【つばこへの質問コーナー】
『つばこさんは今まで何回うんちょすを漏らしましたか?』
 
両手で数えられるくらいかなぁ…(小声)
 
いや、だって! お腹の具合が悪い時とかあるじゃん!
大人になるまで「ウンチョスはみんな漏らすもの( ゚д゚)」ってマジに思ってましたよ! そうじゃないのね! みんな漏らさないのね! お食事中のかたは本当にごめんなさい!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!!!。゚(゚´Д`゚)゚。

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コメント 52件

  • あろまる

    とりあえず二人が厨二病患者って事はよく分かった

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  • バルサ

    前島さんが狙われる‼︎何で⁇

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  • 太宰雅

    私は、正義も悪も大差ないと思う。
    第一に、正義と悪の境目は曖昧すぎる。
    人によって、正義と悪の境目が違うから。
    それは宗教と同じように、誰かに強制するものじゃない。
    そんな曖昧なものに身を委ねていたら、もしもの時、身を滅ぼすかもしれないと、私は思う。

    そして、前島ああぁぁぁ!!!!!

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  • アオカ

    マデューは悪人しか殺さないって言ってるから
    前島ちゃんがなにか悪いことをしたってこと?
    それか誰かの逆恨み的な?

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  • クライ三

    中退させてくれのところを思い出した

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