マデューは一番の席に座った。


 店内を不思議そうに眺めている。


 なぜフロアにいるメイドが少ないのか、疑問に思っているのだろう。



天野勇二

はじめまして。
俺は天野というものだ。



 天野は不意に声をかけた。


 マデューはいきなり現れた天野をぼんやりと見つめた。


マデュー

フフッ……。
キミは誰なのかな?
ここがどういう店か知ってるのかい?

天野勇二

もちろん知っているさ。
どんなバカでもなんの店かわかる。

マデュー

じゃあ、僕に声をかける必要はないよね。
ムシューは何がお目当てなのかな?


 天野は不敵に笑うと、マデューを指さした。


天野勇二

お前さ。
マデューよ。
会いたかったぜ。


 マデューは嫌そうに顔を歪めた。


マデュー

悪いけど、ボクは指をさされるのがキライなんだ。
ボクになんの用事?

天野勇二

依頼さ。
『殺し』のな。


 マデューは「へぇ」と小さく呟いた。


 富樫の言う通り、今日も灰色のカラーコンタクトをつけている。


 天野は心の中で舌打ちした。



天野勇二

(チッ……。カラコンを入れてやがる。網膜の収縮がわからないから、感情が読みにくいんだ。しかもこの男……。身体をピクリとも動かさねぇ……)



 天野は『目を見ること』である程度の心理を読んでしまう。


 正確には眼球の変化、筋肉の緊張、無意識の仕草、声色の変化……。


 様々な変化を総合的に判断し、心理を読んでいるのだ。



天野勇二

(全く動じてねぇな。『殺し』というフレーズにも反応しない)



 この特技も、万能という訳ではない。


 マデューの対応は完璧だった。


 瞳の動きはカラーコンタクトで読めず、一切の動揺を表に出さない。


 天野ほどの男でも心が読めないのだ。


 かなりやりにくい相手だ。



マデュー

……殺し?
なんのことかな?
ムシューが何を言っているのか、ボクにはさっぱりわからないね。



 マデューは薄い笑みをヘラヘラ浮かべ、小首を傾げながら告げた。


 その仕草さえ偽物ブラフだろうと、天野は感じた。



 マデューは嘘を吐いている。


 嘘を吐く時には嘘を吐く時の仕草ライアーサインが飛び出し、心を読める材料が手に入る。



天野勇二

(コイツはその仕草サインをあえて作っている。心理学をかじってやがるな。俺様が心理を読むのではないかと予防線を張りやがった)



 天野は自らも薄い笑みを浮かべた。



天野勇二

噂で聞いたのさ。
とあるメイド喫茶に凄腕の『殺し屋』がいるとな。
しかも占いで相手を始末するらしい。
その腕を見込んで頼みたいんだ。


 マデューは静かに答えた。


マデュー

占いねぇ。
なんのことかさっぱりだよ。
ムシューの頭は大丈夫?

天野勇二

もちろん正常だ。
懐のタロットカードを出せよ。
そいつで殺すんだろう?


 マデューは苦笑した。


マデュー

誰から聞いたの?
悪いんだけど、キミみたいな怪しい人間に答える義務をボクは持ってないね。


 天野は指先を軽やかに振り回した。


 気障キザったらしい指揮者のようなジェスチャーだ。


天野勇二

『誰から聞いた?』

闇稼業の人間にしては随分と陳腐ちんぷなセリフだな。
所詮は二流の男か。
ガッカリだな。
確かにタロットなんてクソみたいなカード占いだ。

お前はただの気持ち悪いオカマか?
その爪の赤、まるで似合ってないぜ。
気色悪い趣味をしてやがる。


 天野の挑発をマデューは驚いたように受け止めた。


 いきなりの挑発発言トラッシュトーク


 挑発と揺さぶりをかけて相手の心理を乱し、最終的には逆上させて話に乗らせる会話術だ。



マデュー

フフッ……。
キミは面白いねぇ。
言っておくけどボクは高いよ?
ムシューみたいな品のない貧乏人に払えるかな?



 マデューは挑発に乗った。


 天野は懐から分厚い封筒を取り出した。


天野勇二

いくらだ?
とりあえず500ある。

マデュー

へぇ、なかなか持ってるんだね。
ちょっと足りないけど、いったい誰を殺したいの?

天野勇二

俺は都内にある、とある大学に通っている。


 大学名を告げると、天野は下品な笑みを浮かべた。


天野勇二

その大学には『天才クソ野郎』というあだ名の男がいるんだ。
これがとんでもないクズでな。
色々なトラブルに首を突っ込まれ迷惑している。
そいつを始末してほしい。

マデュー

ふぅん。
その理由は?

天野勇二

私怨しえんだよ。
優秀な殺し屋はそこまで詮索せんさくするのか?


 マデューは薄く笑うと、懐からタロットカードを取り出した。


マデュー

悪いけど、ボクは自分の仕事に『美学』を求めているんだ。
ボクは悪人しか裁きたくない。
そのためにボクは存在している。

でもまぁ、いいや。
ボクは『アルカナの支配者』だ。
アルカナに尋ねたほうが早そうだね。


 マデューは革手袋を両手に装着すると、タロットカードを慎重に切り始めた。


 天野は苦笑しながらそれを見つめる。


天野勇二

俺様は占いなんて信じてないぜ。
そんなもので何がわかるんだ?

マデュー

もちろん全てのことさ。
このボクとタロットには、一切の隠し事ができないんだ。
ちなみにボクは人の目を見て、様々な心理を読むこともできるんだよ。

フフッ……。
キミの心理も手に取るようにわかる。



 天野は嫌そうに顔を歪めた。


 『目を見て心理が読める』というのは、これまで天野が他人に自慢してきた特技だ。


 これを他人に言われてみると、心底不快で良い気分がまったくしない。


天野勇二

(なるほど。俺様はこんな不快感を他者に与えていたのか)


 そんなことを思いながらタロットを眺める。



マデュー

さてと……。
まずキミは、どんな人間なのかな?



 マデューは机の上にタロットカードを3枚並べた。


 タロットの裏面は真っ黒い格子状の柄が描かれている。


 マデューは天野から向かって右のカードをひっくり返した。


マデュー

まずはキミの『過去』だ。


 机の上に1枚のカードが裏返った。


 カラフルな色彩で絵が描かれている。


 使いこまれたカードだが、その絵柄は綺麗なものだ。


 かなり丁寧に扱っている様子が伺えた。



マデュー

フフッ……。
死神しにがみのアルカナだ。

キミはロクな人間じゃないね。
周囲からかなり恨まれている。
それも1人や2人なんて数じゃない。
心当たりがあるでしょ?


 天野は呆れたように苦笑した。


 よくある占いの常套句じょうとうくだ。


 『恨まれている』なんて、誰にだって心当たりがあるものだ。


 マデューは中央のカードを裏返して、驚いた声をあげた。



マデュー

これは驚いた。
戦車せんしゃの正位置だ。

キミは珍しいことに、何かに挑戦しようとしているね。
でも、キミには似合わない行為みたいだ。
なぜ自分に見合わないことに挑戦しているのかなぁ……?
実に気になるね。



 天野は白々しくマデューを見つめた。


 冷笑を浮かべたマデューの感情は読めないが、占いが外れていることもない。


 だが、これも占いの常套句。


 何かに挑戦していると言われれば、人間誰だって何かが当てはまる。



天野勇二

やはり占いなんてアテにならねぇな。
タロット遊びの何が楽しいんだか。

マデュー

ねぇムシュー。
結論を出すのは早いんじゃない?
さて、キミの『未来』だ。


 マデューが最後のカードをめくる。


 醜い人間が重い荷物を運んでいる絵柄が現れた。


マデュー

フフッ……。
愚者ぐしゃのアルカナだ。
なるほどね。


 マデューは冷たい笑みを浮かべると、驚愕のセリフを口にした。





マデュー

なぜ、ボクに自分を殺すよう依頼したのかな?
『天才クソ野郎』さん?





 天野は思わず動揺して口を開き、慌てて自分を抑えこんだ。


 マデューはその顔を笑い飛ばした。



マデュー

あははっ!
さてはボクの『殺し』を体験したかったんだね!


キミはボクの『殺し屋』という正体を確かめようと企み、それが暴かれてしまった醜い 愚者ぐしゃだ。
死神しにがみのアルカナが示す通り、キミこそがクソ野郎と呼ばれるに相応しい人間。
戦車せんしゃのアルカナはキミの珍しい行動を示した。
普段のキミは『殺し屋』の正体を探ろうだなんて、そんな行動をすることがないんだね。

だけど……。



 マデューは『愚者ぐしゃ』のアルカナを手に取った。


 軽く左右に揺らし、『愚者ぐしゃ』がダンスを踊っているかのように見せた。



マデュー

その未来にあったのは、ボクに全てを見透かされる哀れな結末さ。
このアルカナはキミ自身の姿を意味している。
キミはボクに挑もうとして、あっさり負けたんだ。



 天野はさすがに言葉が出なかった。


 マデューは楽しそうに言葉を続ける。



マデュー

つまりキミこそが、『天才クソ野郎』という、ふざけたあだ名の男なんでしょう?
確かに自分自身を『殺す』という依頼を持ちかければボクの正体がわかる。
本当の『殺し屋』なのか、それともただの『ウソつき』なのか。
悪くはないやり方だよ。

だけどムシュー。
いくらなんでも相手が悪かったね。



 ニタリと口唇を歪める。


 マデューが気味悪く笑っている。


 天野はその瞳の奥に、底知れぬ狂気をかいま見た。



マデュー

ボクは 『アルカナの支配者』なんだ。
ボクの前には全てがさらけ出される。
キミが馬鹿にしていた占い……。
タロットのことも、少しは信じてもらえたかな?




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つばこ

ではではここで、『天才クソ野郎の事件簿・165話』で募集していた「つばこへの質問」を回答します!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚
 
【つばこへの質問コーナー】
『「つばこ」は本名ですか?』
 
違います( ゚д゚)
つばこの本名は「つばさ」です。
カッチョイイ名前です。もちろんボールは友達です。タッキーな相棒を探してます。名前だけじゃなくて顔だってビックリするほどのイケメンです。誰もそう言ってくれませんがそう信じてます( ゚д゚)
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます(´;ω;`)

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コメント 64件

  • あろまる

    まぁここまでは想定内だね。

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  • バルサ

    ↓寝ぼけながらやってたようで、最後、何て打ち込もうとしたのか分からない(^^;;
    つばたびは、ポイントがないと読めなくなってるから残念(>人<;)
    今朝から、つばこさんの新作を読んでます(^^)

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  • バルサ

    何と、みんなバレてるな( ̄▽ ̄)
    ざんのえ

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  • 太宰雅

    マデューが、某探偵アニメの某指名手配犯に見える。

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  • アオカ

    マデューのタロット占いより
    つばこさんと話してる方が楽しそうwww

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