富樫はマデューの顔を驚いて見つめた。


 今、なんと言われたのか。


 富樫はよく聞き取れなかった。



富樫和親

え、あ、あの……。

今、僕の耳が確かなら……。

あなたは『殺し屋』と言ったんですか……?


 マデューは頷きながらタロットを懐にしまった。


マデュー

そうだよ。
ボクは殺し屋。
それも一流のね。


 富樫は青ざめながら尋ねた。


富樫和親

あ、あなたは、ぼ、僕をからかってるんですか?

マデュー

ノン。
そんなことはないさ。
キミはなかなか優秀なディティクティブだ。
ボクなりに敬意を示したつもりなんだけどね?

富樫和親

で、でも、『殺し屋』だなんて、普通の人は言いません。
頭のおかしい人だと思われます。
もしくは、通報されますよ。


 マデューは薄く微笑んだ。


マデュー

ボクは一流なんだ。
キミに殺し屋だと告げても、ボクが逮捕されることなんてない。
ボクの頭がおかしいかどうか。
それはキミが好きに決めればいいさ。


 マデューはコーヒーを飲みながら問いかけた。


マデュー

ねぇムシュー。
キミはミステリー研究部なんだよね。
ひとつ尋ねてもいいかな?
ボクみたいな殺し屋は、どうすれば逮捕されないと思う?


 富樫は思わず唸った。


 どうすれば殺人者は逮捕されないか。


 富樫は生唾を飲み込みながら答えた。


富樫和親

し、死体が発見されないこと……。
つまり、殺人事件が発覚しないことです。

マデュー

ウィ、そうだね。
でも、ボクの考えはちょっと違う。


 マデューは薄ら笑いを浮かべ、楽しげに語り始めた。


マデュー

確かに死体の発覚は逮捕にほぼ直結する。
死体を隠すのは難しい。
死体の処理方法こそが、殺人鬼にとっての命題ともいえる。

でもね、ボクの考えはその上を行っているんだ。
死体なんか発見されてもいい。
でもそれが、殺人だと警察に認識されなければいいんだよ。


 マデューの言葉が富樫の心を激しく揺さぶる。


 メイドさんや客の歓声が遠くに聞こえるような、不思議な感覚を富樫は味わった。


富樫和親

そ、それは……。
殺人を『自殺』や『事故死』に偽装するということですか?

マデュー

ノン、違うね。
この日本という国でも、ボクの故郷のフランスでも、不自然な他殺が『自殺』や『自然死』や『事故死』だと認定される事件は多い。

キミにもわかるだろう?
例えば政治家の秘書の不自然な自殺。
有力者の関係者の不可解な事故死。
それら全ては『事件性がない』から殺人と認定されない。

簡単なことさ。
そうなればいいんだよ。

富樫和親

し、しかし、それは裏に暴力団や政治家などの、大きな組織が関わっている場合の話です。
マデューさんは、そういうコネクションを持っているんですか?


 マデューは苦笑しながら首を横に振った。


マデュー

ボクはそういった美しくない連中がキライなんだ。
もっと美しい死を……。
確実な死を届けるよ。

富樫和親

しかし、実際に殺人を犯したら、バレないはずがありません。

マデュー

そんなことはないんだ。
実際にボクはもう100人以上殺したよ。


 冷笑しながら言葉を続ける。


マデュー

だけど、何ひとつ『殺人事件』とは認定されていない。
キミが警察にボクのことを話してもムダなことなんだ。

なぜなら、殺人事件なんて、起きていないのだからさ。

頭がおかしいのはキミだって思われちゃうのさ。


 マデューの灰色の瞳が冷たく輝いている。


 富樫はその瞳に殺気を見たような気がした。


 震えながら口を開いた。


富樫和親

な、なぜ、そんなことをするんですか……?
僕にはわかりません。
そんなこと、起きているはずがない……。

マデュー

『なぜ』というのは、キミのようなディティクティブには当然の疑問だろう。
単純なことだよ。
お金が欲しいんだ。
ただの『ビジネス』さ。

富樫和親

し、信じられない……。
そんなことがあるなんて……。


 マデューは時計を見ながら、富樫に告げた。


マデュー

ちょうどいい。
ムシュー。
ボクの殺人を見てみたくはないかい?
ボクが頭のおかしい人間じゃないと理解できるよ。



 富樫の膝は小刻みに震えていた。


 マデューはかなり危険なことを言っている。


 その言葉が真実なのか。


 ただの冗談なのか。


 富樫には判断できない。



富樫和親

……み、見たくないです。
僕は見たくない。



 富樫はぶるぶると首を横に振った。


 マデューは冷静に言った。



マデュー

実はね、ボクは他人の瞳を見て、ある程度の心理が読めるんだ。

キミは恐れているね?
殺人事件の共犯として利用されるんじゃないかって。
でもキミは犯罪者であれば許さない。
警察に通報すべきだ。
しかし利用されるのは怖い。
そんな怯えの中に佇んでいるね。



 富樫は思わずマデューから目を逸らした。



 本当の殺人犯であれば逃してはいけない。


 マデューの誘いに乗って確かめるべきだ。



 富樫の中に眠る正義感は、そう告げている。


 しかしそれは危険に飛び込むことに等しい。



マデュー

ムシューが迷っていても、ボクは行くよ。
安心しておくれ。
全ては運命うんめいのアルカナが導いた気まぐれだ。
殺人事件にはならないし、キミに危害が及ぶこともないと約束しよう。
さぁ、一緒に行かないかい?



 富樫は額から吹き出る汗を拭った。


 迷いを吹っ切るように頷く。



富樫和親

……い、行きます。
でも、僕は殺人を許しません。

マデュー

そうなんだ?
ムシューは変わった思想を持っているね。
それは正義なのかい?

富樫和親

せ、正義に決まってます。



 マデューは薄い笑みを浮かべた。


 赤いマニキュアが塗られた指を「パチン」と鳴らす。



マデュー

それなら、ボクが本当の正義というものを教えてあげるよ。


 マデューが立ち上がると、ミルクちゃんが伝票を持って飛んできた。


ミルクちゃん

ご主人様。
なにかご注文ですかぁ?

マデュー

いや、もう出かけるよ。
会計を頼む。
この青年の会計もボクにつけてくれ。

ミルクちゃん

富樫様のもですかぁ?
はぁい!
かしこまりました!


 富樫は慌てて言った。


富樫和親

マ、マデューさん。
それは悪いですよ。

マデュー

フフッ……。
いいのさ。
これも『アルカナの導き』だよ。


 マデューは無理やり富樫の会計を支払った。


 マデューの財布には札束が詰まっている。


 かなりの金持ちだということが伺えた。


富樫和親

あ、ありがとうございます。
ご馳走様です。

マデュー

いいんだよ。
ここはさ、学生クンにはかなり高い店でしょ?

富樫和親

は、はい……。

マデュー

フフッ。
恐縮してないで行こうよ。


 マデューは秋葉原の街に出た。


 真っ直ぐ駅に向かう。


 富樫はその後を追いかけた。


富樫和親

マデューさん、どこに行くんですか?

マデュー

地下鉄に乗ろう。
そうだな……。
築地つきじに行こうか。


 マデューは秋葉原あきはばら駅に入ると、日比谷線ひびやせんに乗り込んで築地駅を目指した。


 電車を降りるとマデューは反対側のホームに回り、先頭まで歩いた。


富樫和親

こ、こんなところでどうするんですか?

マデュー

ここでアルカナを導くのさ。


 マデューは黒い革手袋を装着すると、懐からタロットカードを取り出した。


 何度かカードをシャッフル。


 1枚のカードを抜き取る。



マデュー

アルカナはとうか……。
なるほど。
崩れ落ちる相手には相応しいね。



 マデューは嬉しそうに笑うと、富樫を灰色の瞳で見つめた。



マデュー

まだ誰を殺すのか、話してなかったね。

今回のターゲットはとある会社の重役なんだ。
これが悪い男でね。
会社の金を膨大に使いこみ、それがバレると全ての証拠を偽装して、部下がやったことだとでっち上げたのさ。

その結果、部下は会社をクビになり、警察に逮捕され、全てを失い、自殺した。


 『とう』のアルカナだけを残し、他のタロットカードを懐にしまう。


マデュー

それなのにターゲットは反省もせず、同じ会社に残り続けている。
どこまでも卑怯で醜い男さ。
生きる価値なんてない。
でも、法はその男を裁くことができない。
そこで、ボクのような殺し屋正義の味方の出番というワケさ。



 構内にアナウンスが流れた。


 反対側のホームに電車がやって来る。


 マデューは『とう』のカードを頭上に掲げると、キザったらしく指先を動かし、勢いよく振り回した。



マデュー

さぁ、裁きの時だ。
富樫クン、よく見ているといいよ。



 その時、ホームの反対側に立っていた、スーツ姿の中年男性が、大きな悲鳴をあげた。




スーツ姿の中年男性

うわぁぁぁ!




 富樫は慌てて視線をホームの反対側に移した。


 その顔が青ざめる。


 中年男性の身体が、ホームから飛び出している。


 そこを警笛を鳴らした電車が一気に通り過ぎた。


 全ては、あっと言う間の出来事だった。



周囲にいた人々

きゃあああああ!



 切り裂くような誰かの悲鳴が響いた。



富樫和親

あ、あ、あ……!



 富樫は悲鳴をあげることもできなかった。


 中年男性の身体が電車に巻き込まれ、真っ赤な血飛沫が上がり、壊れた人形のように弾け飛んだ。


 その一部始終を見てしまった。



周囲の人々

人が落ちたぞ!

周囲の人々

け、警察を呼んで!

周囲の人々

うわぁ! 誰かぁ!


 反対側のホームでは様々な悲鳴があがっている。


 マデューは冷たい笑みを浮かべると、『とう』のアルカナを懐にしまった。


 革手袋を外し、自らの真っ赤な爪を見つめる。



マデュー

ああ……。
たまらないねぇ。
ひとつの醜い存在が消えた。
ボクのターゲットが、勝手に電車に飛び込んで死んでくれたよ。


 富樫は仰天してマデューを見つめた。


富樫和親

い、今、電車に飛び込んだ人を、こ、殺すつもりだったんですか!?

マデュー

そうだよ。
フフッ……。
赤い血ってのはいいねぇ。
でも、ボクの爪ほど美しくはない。
やっぱりボクの爪のくれないが一番美しい。


 マデューは恍惚こうこつの笑みを浮かべると、富樫に告げた。



マデュー

これが 『殺し屋マデュー』さ。

ボクのアルカナが導く通りに、ターゲットは事故死や自殺をしてしまうんだ。
その確率は100%。
死に値する人間を『アルカナの導き』によって誘う。
これがボクという本当の正義。
ボクに不可能な殺人はない。

……いや、訂正しよう。



 マデューは指先をキザったらしく振り回した。


 クネクネとした仕草。


 そこに、どこか天野あまのに似た面影を、富樫は見つけた。



マデュー

ボクは悪人を、アルカナの導きで死へ誘うだけ。
ボクは『アルカナの支配者』なのさ。



 富樫は呆然としたまま、恍惚の笑みを浮かべるマデューを見つめていた。




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つばこ

本エピソードは『アルカナの支配者』こと、マデューという殺し屋を軸に物語が進んでいきます。
口調だけを見ればアキバにいかねないイタイ人なのですが、この人は正真正銘のガチの犯罪者です。
次回はようやく主役が登場します!
そちらも読んでやってください!+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+゚

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コメント 30件

  • 太宰雅

    むどうさん、確かにそうですね。

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  • バルサ

    意外と度胸がある、ヒアルロン酸(^^;;

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  • ゆーり

    天野くんとぶつかるとみてる人が多いけど、悪人に裁きを下してるって点では似通った二人だ。殺すのはやりすぎとは言われるかもしれないが。

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  • アオカ

    天野くん早く!!

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  • むどう

    デスノートみたいな展開だね

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