※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。



 その日、彼は秋葉原あきはばらにある『喫茶店』の前に立っていた。



???

はぁ……。
また来ちゃった……。



 彼の名前は富樫和親とがしかずちか


 都内の一流私大に通う大学生。


 背丈の低い、冴えない顔立ちの青年だ。



 富樫はひとつ深呼吸をすると、喫茶店に足を踏み入れた。









メイド姿の娘

お帰りなさいませ!
ご主人様!

富樫和親

や、やあ……。
えへへ……。

メイド姿の娘

ああっ!
富樫とがし様だぁ!
ウフフ☆
お帰りいただけて嬉しいです!



 彼女の名前は『ミルクちゃん』


 愛敬のある可愛らしい顔立ち。


 柔らかく結ばれたツインテールの似合う女の子だ。


 最大の魅力チャームポイント『胸』


 ボリュームたっぷりのはち切れそうな胸を、メイド服が必死に押さえつけている。



ミルクちゃん

富樫さまぁ。
ご注文はいかがなさいますか?

富樫和親

じゃあ、特製アイスコーヒーをお願いします。

ミルクちゃん

はい!
かしこまりましたぁ!


 ミルクちゃんは嬉しそうに厨房に駆けて行った。


 店内には同じメイド服を着た女の子が何人も立っており、客である『ご主人様』の相手をしている。


 つまりここは、秋葉原に腐るほどある『メイド喫茶』のひとつだ。



富樫和親

はぁ……。
世の中にこんな素晴らしい世界があるなんて……。
教えてくれた涼太りょうたさんに感謝しなくちゃなぁ……。



 富樫はこの店の常連客リピーターだ。


 店内を見回しながら恍惚こうこつの笑みを浮かべていると、ミルクちゃんがアイスコーヒーを持ち戻って来た。



ミルクちゃん

はぁい、富樫様!
お待たせしました!
ガムシロはいかがいたしますぅ?


 甘えた声で尋ねる。


 アイスコーヒーの価格は500円なのだが、ガムシロップもひとつ500円する。


 とんでもないボッタクリ価格だ。


 もちろん富樫はミルクちゃんに頼み込んだ。


富樫和親

ガムシロをひとつお願いします!

ミルクちゃん

はぁい!
それじゃガムシロップいれまぁす!


 ミルクちゃんはガムシロップのフタを口で剥がすと、不思議な呪文を唱え始めた。



ミルクちゃん

ガァムシロォ……!
ガムガムシロシロシロ☆
メイドの力で、あまぁくなぁれ!
えぇい!



 大きな胸をふりふり左右に揺らせ、ガムシロを注ぎこむ。


 ストローで楽しげにかき混ぜ「ちゅるっ」と一口飲んだ。



ミルクちゃん

うん!
ばっちり!
あまぁくなりましたぁ!



 富樫はデレデレしながらストローを見つめた。


 つまりガムシロップを注文すると、不思議な呪文を唱えながら注いでくれる上に、メイドさんとの『間接キス』が味わえる、ということだ。


 それだけのために、富樫は500円のガムシロップを頼んだ。


 これが高いのか安いのか。


 それは富樫たちご主人様が決めることだ。



ミルクちゃん

富樫様ぁ。
ミルクはどうしますかぁ?
入れないんですかぁ?



 さらに甘えた声で尋ねる。


 ミルクも1杯500円


 本当にとんでもないボッタクリ価格だ。


富樫和親

もちろん入れてください!

ミルクちゃん

かしこまりましたぁ!


 ミルクちゃんは自慢の巨乳で「むにゅっ」と細いミルク入れを挟んだ。


 強烈な胸元が富樫の目に飛び込む。


 凄まじい迫力だ。


 ミルクちゃんは甘い声をささやきながら、ミルクを注ぎ込み始めた。



ミルクちゃん

見てください!
ミルクのミルクがいっぱい絞り出されちゃってますぅ!
出てますぅ!
こんなに! いっぱい!
あぁん!
おかしくなっちゃいますぅ!



 グラスから溢れた出たミルクを指で拭き取る。


 その指を舌先で舐めると、



ミルクちゃん

ご主人様のミルク、とっても甘くて美味しいです!
またミルクのことを呼んでくださいねぇ!



 胸をふりふり揺らせ、富樫のもとを離れていった。


 ミルクを注ぎながら卑猥ひわいな呪文をささやく。


 だから500円なのだ。


 これが高いのか安いのか。


 それは富樫たちご主人様が決めることだ。



富樫和親

あぁ……!
ミルクちゃんは素敵だなぁ。
あんな女の子こそが、僕の理想だったんだなぁ……。



 富樫はミルクちゃんに恋をしていた。


 どうしようもないほど惚れていた。



 もしかしたら人は、メイド喫茶の娘に恋する富樫のことを、哀れで気持ち悪い男だと笑うかもしれない。


 それでも恋をしたのだから仕方ない。


 恋という炎に焼かれ、富樫は炎上していた。



富樫和親

……あれ?



 恍惚の笑みを浮かべる富樫の視界に、異様な2人組みが入った。


 片方は黒いスーツ姿の極道ヤクザのような男。


 もう片方は、髪に銀のメッシュを入れ、爪に赤いマニキュアを塗ったナヨナヨとした男だ。



ヤクザのような男

じゃあ、頼むぞ。



 極道ヤクザのような男はメイドには目もくれず、そのまま店を出て行った。


 残ったナヨナヨした男は、両手に革手袋を装着すると、懐からカードを取り出した。


 表は鮮やかな色彩で人物や風景などが描かれている。


 裏は黒い格子状の模様。


 恐らく『タロットカード』だろう。



ミルクちゃん

あー!
ご主人様!
タロット占いですかぁ?
また私のことを占ってください!


 ナヨナヨした男は冷たい笑みを浮かべて頷くと、ミルクちゃんを隣の席に誘導した。


富樫和親

なるほど……。
ああやってメイドさんの気を引くんだ……。
女の子は占いが好物だもんな。


 富樫は感心しながらアイスコーヒーを飲み干し、トイレへ向かった。


 用を足しながら、今日はミルクちゃんと何を話すか、ぼんやり考える。



 またアイスコーヒーを注文しようか。


 ご飯を食べさせてもらうのも悪くない。



 そんなことを考えながらトイレを出た時、1人の男とぶつかった。



富樫和親

あっ、すみません。



 真正面から衝突してしまった。


 男の懐から1枚のカードが落ちる。


富樫和親

ご、ごめんなさい。
すぐ拾います。


 慌ててカードに手を伸ばすが、男はその動きを静かに制した。



???

パルドン。
悪いんだけど、ボクのタロットに触れないでくれるかな?



 先ほどミルクちゃんとタロット占いをしていた男だ。


 灰色の瞳をしている。


 穏やかな微笑みを浮かべているが、その瞳はとても険しい。



富樫和親

あ、は、はい……。
す、すみません……。

???

ノン。気にしないで。
ボクのタロットは特別なんだ。
ボクしか触ることを許さないんだよ。


 男はカードを拾うと絵柄を見つめた。


???

運命うんめいのアルカナか。
キミとぶつかるのも運命だったのかな?
サリュゥ。


 男はトイレに向かった。




富樫和親

あれ……?
なんか、変だな……。




 富樫はいぶかしげに立ち止まった。


 男とすれ違った時、微かに嗅いだことのある『臭い』が、鼻をよぎったような気がした。



 あれは確か、凄惨な死体遺棄いき事件に立ち会った際に嗅いだ臭い。




 『人体の腐敗臭ふはいしゅうだ。







 富樫はトイレから出るとミルクちゃんに尋ねた。



富樫和親

ね、ねぇミルクちゃん。
さっき、一緒にタロットしてたお客さん……。
結構ここに来るの?

ミルクちゃん

はい。
たまぁに来るんですよ。
すごく占いがあたるんです!

富樫和親

そ、そうなんだ。
常連さんなの?

ミルクちゃん

そうですねぇ。
常連さんといえば常連さんです。

富樫和親

そっか。



 富樫は頷きながら男の席を見つめた。


 先ほどの臭いはもう消えている。



富樫和親

か、考えすぎかな……。



 富樫は迷った。


 席に戻るか。


 先ほどの男を待つか。




 気のせいかもしれない。


 たまたま身体が臭いを思い出したのかもしれない。



 しかし、富樫は何かが気になった。




???

……あれ?
まだキミ、そこにいたの?




 先ほどの男が富樫を不思議そうに眺める。


 富樫は勇気を出して声をかけた。


富樫和親

あ、あの……。
占いが得意って、ミルクちゃんに聞いたんですけど……。


 男は人懐っこい笑顔を浮かべた。


???

フフッ。
そうだよ。
ボクはタロットが得意なんだ。

富樫和親

も、もし迷惑じゃなければ……。
あの、僕のことを‥…。
占って、もらえませんか?



 男は気怠けだるげに富樫を見つめた。


 灰色の瞳はカラーコンタクトだ。


 そのためか目線が読みにくい。


???

ボクに占いを?
なぜだい?
悩みでもあるの?

富樫和親

は、はい。
ちょっと……。
恋のことで悩んでて……。

???

ふぅん……。


 男は革手袋を両手に装着すると、懐からタロットカードを取り出した。


 カードをシャッフル。


 1枚のカードを抜き取る。


???

また運命うんめいのアルカナか。
さっきもこのアルカナだったね。
いいだろう。
座りなよ。


 男は自分の席に戻ると、富樫を隣席に誘導した。


 富樫もおずおずと椅子に腰掛ける。


マデュー

まずはアンシャンテ。
ボクは『マデュー』というものだ。
エヴァ?


 フランス語を交えながら自己紹介している。


 確かにハーフのような顔立ちの男だ。


 フランス人とのハーフなのだろうか。


富樫和親

僕は富樫といいます。

マデュー

富樫クンね。
ボクのことは気軽にマデューと呼んでくれて構わない。


 マデューは薄い笑みを浮かべた。


マデュー

キミはミルクちゃんのことが好きでしょ?

富樫和親

えぇっ!?
そ、そうですけど……。
なんでわかるんですか?


 冷笑しながらカードを切る。


マデュー

ボクの瞳は優秀でね。
ムシューの考えなんて簡単に見通せるんだよ。


 マデューはそう言いながら3枚のカードを机に並べた。


 鮮やかなタロットの絵柄が現れる。


マデュー

恋愛れんあいのアルカナだ。
キミはかなり本気なんだね。
でも……。


 中央のカードを指さす。


 不気味な骸骨が大きなカマを持っている。


マデュー

死神しにがみのアルカナが良い結果にはならないと告げている。
キミがかなり傷つく未来まで暗示されているよ。
悪いことは言わない。
ミルクちゃんのことは諦めて、他の女の子を追いかけたほうが無難だね。


 次にマデューは3枚目のカードを見つめた。


 ニヤリと口元を歪ませる。


マデュー

吊るされた男ハングドマンのアルカナじゃないか……。

フフッ……。

あはははっ!


 突然笑い声をあげた。


 銀メッシュの入った髪をかき上げ、灰色の瞳で富樫を覗き込む。


マデュー

ムシュー。
どうやらキミは、恋の占いなんか望んでないね。
キミは正義感が強いみたいだ。
大学で犯罪学か心理学……。
もしくはミステリーかオカルトでも研究してるのかな?


 富樫は思わず唸った。


 ここまで当てられるとは思わなかった。


富樫和親

は、はい。
ミステリー研究部に入ってます。
僕はその、探偵という職業に憧れてまして……。

マデュー

ふぅん。
だからなんだ。


 マデューは納得したように頷いた。




マデュー

ボクのことを、何かの『犯罪者』かと思ったのかな?




 富樫は思わず言葉を失った。


 マデューは手を叩いて笑い出した。



マデュー

あはははっ!
正解みたいだね。
なぜボクを疑ったのか知らないけど、単独でコンタクトを取ってみるなんて、キミは度胸のあるディテクティブだ。


 富樫は額に吹き出る汗を拭いながら、慌てて口を開いた。


富樫和親

う、疑ったワケじゃないんです。
ただ、なんとなく、前に嗅いだ『臭い』がしたような気がしたんです。

マデュー

へぇ、なんだい?
どんな臭いがしたのか、教えてほしいな。

富樫和親

あ、あの、気分を悪くされたらごめんなさい。
良い話ではないです。

マデュー

いいよ。
話してごらんよ。

富樫和親

実は以前、腐敗した死体を見たことがあるんです。
その時に嗅いだ臭いが、マデューさんからしたような気がしまして……。


 マデューは気分を害したように呟いた。


マデュー

このボクから『人体の腐敗臭』がしたのか……。

ふぅ……。
それは残念だ。
香りには気を使っているつもりだったんだけどね。


 富樫はさすがに失礼だったと思い、頭を下げた。


富樫和親

そ、そうですよね。
ごめんなさい。
僕の気のせいでした。

マデュー

いいんだ。
ボクは死体を集める趣味なんかない。
美しいものにしか興味なくてね。

富樫和親

すみません。
本当に失礼なことを言いました。


 マデューは冷笑して富樫の瞳を見つめた。



マデュー

……でも、キミのディテクティブな勘は、当たっているのかもしれないよ。



 そして恐ろしいことを口にした。






マデュー

ボクはね。
『殺し屋』なんだ。





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つばこ

お読みいただきありがとうございます。
つばこと申します。
 
土曜連載中の『天才クソ野郎の事件簿』の長編を連載させていただくことになりました!
天クソ本編とリンクしていながらも、単独でも成立する物語になるよう頑張っております。
 
いきなりビックリするほどハレンチなメイド喫茶から始まりましたが、基本的にハラハラドキドキ&時々胸キュンのハードボイルドなサスペンスミステリーになる予定です!
お気に召していただけますように!

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コメント 77件

  • rtkyusgt

    口でガムシロの蓋剥がすとか嫌だわ

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  • はるばる

    しかし天クソってひでえ略だなw

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  • ahuy

    最初の絵にマデューの横に糸が垂れてるけど
    もうこの時点でそういう伏線だったのかな?笑

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  • あちゃん

    読み返し!

    伏線がすごくて本当鳥肌……

    天野くんというか、もはやつばこさんが天才です。

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  • ぽむ

    やばいやばい、伏線がすごい、占いすごい(←語彙力

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