天才クソ野郎の事件簿 -特別編-

『彼女を上手に誘拐する方法』
第1話 「天野くんへの依頼」

　天才クソ野郎はテラスにいる。

　彼の名前は天野勇二（あまのゆうじ）。

　その日も彼の前に、1人の「依頼人」が訪れていた。

　依頼人は幼い少女。

　まだ10歳ほどの娘だ。

　柔らかな黒髪のツインテールを揺らし、勝ち気な瞳を輝かせている。

　少女はごそごそと鞄をあさった。

　可愛らしい財布を取り出す。

　チャリチャリーンと、テーブルの上に小銭をばら撒く。

　10円玉が5枚。

　5円玉が8枚。

　数えるのが面倒なほどの1円玉。

　天野は深く息を吐き、呆れたように言った。

　少女が叫んだ。

　丸っこい頬を膨らませている。

　タバコを取り出し、天野は嫌そうに火をつける。

　ため息を吐きながら言葉を続ける。

　少女は顔を「かぁっ」と赤くさせた。

　天野は偉そうに訂正した。

　天野は頑固に主張している。

　この男にはいくつかの「あだ名」がある。

　そのひとつが 『学園の事件屋』だ。

　天野は都内の一流私大に通う医学生なのだが、「昼飯を奢ること」を条件として、学生からの頼みごとを引き受ける「趣味」を持っている。

　そもそもは女生徒に言い寄るストーカーを追い払ったことがきっかけだった。

　天野としてはただの暇潰しにすぎなかったが、女生徒が「何かお礼をしたい」と願った。

　そのためなんとなく昼飯を奢らせたのだ。

　それ以来、ひとつの噂が流れ始めた。

『天野に昼飯を奢ると、厄介なトラブルを解決してくれる』

　そんな噂だ。

　それから多種多様な悩みを持つ学生たちが、天野のもとを訪れることが多くなった。

　これまでさまざまな依頼を受けたものだ。

　大好きなアイドルを中退させてほしい……。

　別れた恋人と復縁できるよう手助けしてほしい……。

　ミスコンで優勝させてほしい……。

　どれも警察や弁護士には相談できないものばかり。

　それをあっさり引き受けているのが、天野がやっている「学園の事件屋」なのだ。

　キーキーと金切り声をあげている。

　天野は心底嫌そうに顔を歪めた。

　少女に質問を投げかけた時、テラスに1人の訪問者が現れた。

　天野の後輩、前島悠子（まえしまゆうこ）だ。

　天野はため息を吐きながら前島を見つめた。

　少女が「ドン」と机を叩く。

　涙目で立ち上がる。

　そして大声で叫んだ。

　前島は呆然と立ち尽くし、少女が口にしたフレーズを呟いた。

　目の前にいる少女を見る。

　小学校低学年の女の子。

　ツインテールが似合っている。

　勝ち気な瞳は、天野に似ているようにも思える。

　前島の身体が小刻みに震え始める。

　身体の熱が高まる。

　やがてそれは沸点を越えた。

　涙目で物凄い形相を浮かべ、前島は天野に詰め寄った。

　憤怒の表情を浮かべて叫ぶ前島を見て、少女が驚いて叫んだ。

　とんでもない騒ぎになった。

　テラスにキーキーとうるさい女子の悲鳴が響く。

　天野はしばし耳を塞いでやり過ごしていたが、うるさい女子たちはいつまでも騒ぎ続けそうだ。

　諦めて椅子をドカンと蹴り飛ばした。

　殺気を漲（みなぎ）らせながら立ち上がる。

　前島と少女は「ひえぇ」と呟き、慌てて口を閉ざした。

　とにかく天野の脅しは怖い。

　本当に怖い。

　脅しだけならば、下手な極道にも引けをとらない。

　天野は静かになった女子たちを睨みつけ、満足気に言い放った。

　天野は無残に蹴り飛ばした椅子を拾うと、幼い少女に言った。

　少女はコクコクと頷き、ぺこりと頭を下げた。

　前島の顔がどんどん青くなる。

　天野は呆れたように告げた。

　天野の姪（めい）こと、愛唯（メイ）が「てへへ」と舌を出す。

　前島は驚いて叫んだ。

（明日に続く）

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