天野勇二

前島に手を出すんじゃねぇ!
指一本でも触れてみろ!
何度だって貴様を殺してやるぞ!



 空を貫くほどの怒号が轟く。



 それを聞いて、望月はニタリと唇を歪めた。



 悪魔の笑みを浮かべて叫び返す。



望月蒼真

アーーーッハッハッ!
そんなに怒るなよ勇二くん!
君たちが僕にしたことを考えれば、これだけの報いを受けても当然だろう!?



 まるで獣のような声で天野に問いかける。


望月蒼真

こう見えてもね、僕は紳士的に君と付き合いたいと考えていたんだよ。
なぜなら、君は胡桃ちゃんの大切な『兄』だ。
個人的にも嫌いな『人間』じゃない。
むしろ同類だろうと感じていた。
時間はかかったとしても、君とはわかり合えると信じていたんだ。


 吐き捨てるように言葉を続ける。


望月蒼真

それなのに、君たちは『一線』を越えた!

僕の自宅に踏み込み、大切なものを奪い、『殺人犯』という汚名まで着せようとしている。
とても許せる行為じゃない。
僕も君の大切なものを奪わないとフェアじゃない。
だからこうして、前島さんを誘拐させてもらったんだよ!



 天野は顔を歪めながらスマホを睨みつけた。


 これ以上ないほどの激しい怒りが湧き上がる。


 昼間に望月と対峙した時も怒りを覚えたが、それとは比較にならない。


 血液が沸騰するかのようだ。


 握りしめているスマホが「ピシリ」と音を立てた。



天野勇二

(クソッ……。強行手段に出やがったな。これほど早く前島を狙うとは……!)



 天野は自らの胸を掴んだ。


 心臓の鼓動が激しい。


 胸を突き破るかのように感じる。


 天野は必死に自分に言い聞かせた。



天野勇二

(落ち着け……。冷静になるんだ。俺様が叫んだところで、前島と川口は救えない。望月は強行策を選んだ。つまり『自分は追い詰められている』と感じているんだ。だからこそ前島を拉致るしかなかった……)



 額の汗を拭い、懸命に自分を取り戻す。


 望月には『目的』がある。


 前島を誘拐したことも『手段』でしかない。


 天野への『見せしめ』として前島を殺す時は、自らの『目的』が達成できなかった時だろう。


 攻め入る隙があるとすれば、その一点しかない。



天野勇二

(考えろ。俺様は『天才クソ野郎』だ。ひとつでも選択肢を誤れば前島たちは死ぬ。それを防ぐためには、ここで勝負をかけるしかない)



 『灰色の脳細胞』が唸りを上げて回転する。


 なぜ望月は前島と川口を拉致したのか。


 しかもなぜ『目隠し』『手錠』を施しているのか。


 全てには明確な理由があるはずだ。



天野勇二

『殺す』ことが目的であれば『目隠し』をする必要はない。どこかに運ぶつもりなんだ。望月はその前に俺様に接触した。つまり前島と川口を使って、何らかの『交渉』を持ちかけるつもりなんだ)



 前島と川口という「人質」を使って何を要求するのか。


 考えられるのは『胡桃』だけ。


 望月は何らかの理由で胡桃を手に入れることができなかった。


 恐らく警察が『天野家』の周辺を警備しているからだろう。


 だからこそ、前島たちを襲撃するしかなかった。



天野勇二

(そうだ……。追い詰められているのは俺だけじゃない。望月だって同じなんだ。勝機はある。あとは俺様が覚悟を決めるだけだ……!)



 天野は大きく息を吐いた。


 怒りと焦りを心の奥底に押し込み、望月に語りかける。



天野勇二

……望月よ。
前島を殺しても、胡桃は手に入らないぞ。



 震える声が悟られぬよう、必死の虚勢を張る。



天野勇二

胡桃は前島を姉のように慕っている。
お前が殺したことを知れば、誰よりも軽蔑するだろう。
二度とお前には会わない。
俺様も胡桃を隠す。
お前が逮捕され、死刑が執行されるその日まで、胡桃を隠し続けてやるぞ。

望月蒼真

…………

天野勇二

お前が欲しいのは胡桃だろう?
こんなことをしても『無意味』だぜ。
これはお前が最も忌み嫌う『無意味』な行いなんだ。

それでも良ければ殺せ。
はっきり言ってやるが、俺様は前島の生命いのちなんて知ったことじゃない。
所詮は他人だからな。

望月蒼真

……へぇ。


 望月が少し苛立ったように言った。


望月蒼真

強がりを言うものだね。
大切な『恋人』が僕に殺されても構わないのか。

天野勇二

ああ、構わないさ。
要件はそれだけか?
じゃあ切るぞ。

望月蒼真

なっ……?


 天野はそこで電話を切った。


 夜の河川敷に静寂が訪れる。


 すぐさまスマホが非通知番号からの着信を告げた。


望月蒼真

……おい勇二くん。
なぜ切ったんだ。
ここにいるのは君の恋人……

天野勇二

くどいな。
殺すんだろ?
勝手にしろよ。


 また天野は電話を切った。


 激しい胸の鼓動をなだめながらスマホを見つめる。


 またすぐさま非通知番号からの着信。


 今度は電話に出ず、そのままプツリと着信を切った。



天野勇二

(まだだ……。まだ諦めるな望月……。もう一度かけてこい)



 逆上する感情をなだめながら、スマホを睨みつける。



天野勇二

(この状況で望月にイニシアチブを握らせるワケにはいかない。あいつには絶対に胡桃を手に入れるという『目的』がある。それを告げるまでは前島を殺すことができない。まだ焦らしてやるぜ……)



 再び非通知番号からの着信。


 今度は電話に出ると、


天野勇二

番号を間違えてるぜ。
スマホの扱い方も知らないのか?
無能と話す時間はないな。

望月蒼真

お、おい勇二……!


 すぐさま電話を切った。


 望月の声には明らかな怒気が混じっている。


 今度はビデオ通話の着信だ。


 天野はタバコを取り出して火をつけると、しばらく着信画面を眺め続けた。


 13コール目でようやく電話に出る。



望月蒼真

勇二ィ!
いい加減にしろ!
そんなに僕を怒らせたいのか!?
前島悠子が死んでも構わないんだな!?



 前島の髪を乱暴に掴み、拳銃を強く押し付けている。


 可哀想な前島は「ししょお…」と呟き、ひっぐひっぐ泣いていた。


 天野はタバコの煙をスマホに吹きかけると、



天野勇二

しつこいヤツだな。
そんなことをしても『無意味』だと言っただろう?

望月蒼真

黙れェッ!
僕が殺せないとでも高をくくっているのか!?
僕がこれまでに何人殺したと思っている!?
その1人に前島悠子を加えてもいいんだぞ!

天野勇二

だからそれになんの意味があるんだ?
それで『目的』を果たせるのか?
胡桃がお前のもとにやって来るのか?
区役所が胡桃との婚姻届を受理してくれるのか?
何ひとつ実現しないさ。
前島を殺しても『無意味』なんだ。
まるでお前の人生のようだな。

望月蒼真

黙れ黙れ黙れッ!
勇二ィ!
思い知らせてやるぞ……!
この僕をコケにしたことを後悔しろ!



 望月が持っていた拳銃を振り上げ、前島の額に叩きつけた。


 「ガツン」という衝撃音と、前島の小さな悲鳴が車内に響いた。



前島悠子

いたっ……!

川口由紀恵

ゆ、悠子ちゃん!?
やめてください!
天野様お願いします!
助けてください!



 川口が悲痛な声で叫ぶ。


 天野はそれを無表情で眺めると、ゆっくりタバコの煙を吐き出した。


 どこか哀れみを含んだ声で望月に語りかける。



天野勇二

……それで?
『目的』は果たせたのか?
何がしたいんだよお前は。
くだらねぇことに俺様を付き合わせるな。

望月蒼真

ゆ、勇二ィ……!
このクソ野郎め……!


 望月が再び拳銃を振り上げた時。


 ぼそぼそと小さな声が響いた。


 望月が瞳を細めながら声の出本を見つめる。



天野勇二

(……うん? もう1人いるのか?)



 音量を上げて耳をすますが、もう声は聴こえない。


 だが望月はまだそちらを向いている。


 悔しげに顔を歪めているようにも見える。



天野勇二

(やはりもう1人いる。誰だ? 望月の仲間か? そんなヤツがいるとは思えないんだがな……)



 天野が訝しんでいると、望月は大きく息を吐き、天野と向き直った。


 その瞳は冷静さを取り戻している。



望月蒼真

……さすがだね。
勇二くん、やはり君は恐ろしい。
君とは、もっと早くわかり合うべきだったよ。


 髪をかき分け、言葉を紡ぐ。


望月蒼真

取引をしよう。
君の愛する前島悠子と、僕の愛する天野胡桃を交換するんだ。

わかっていると思うが通報はするな。
君と胡桃以外の第三者を立ち会わせることも許さない。
拒否すれば前島悠子も、そのマネージャーも死ぬことになる。


 天野は小さく息を吐いた。


 これが望月の『目的』だ。


 前島が天野への『見せしめ』として殺されることはない。


 しかし、この要求を拒否した場合、望月は容赦なく前島を殺すだろう。


 天野は慎重に言葉を選びながら言った。


天野勇二

なるほどな。
そのために前島を攫ったのか。

だが言っておくが、俺様は『死体』と胡桃を交換するつもりはない。
もちろん痛めつけるのもダメだ。
それぐらいは理解しているはずなのに、お前は前島を拳銃で殴りやがったな。

望月蒼真

………ッ!

天野勇二

まぁいいだろう。
お前の無様な姿を拝むことができた。
チャラにしてやるよ。
どこで交換するつもりだ。


 望月は忌々しげに言った。


望月蒼真

明日の朝6時だ。
もう一度電話する。
指定した場所に胡桃を連れて来い。

天野勇二

いいだろう。
胡桃を連れて行く。
もう一度言うが、前島と川口に手を出すなよ。
その時は胡桃との再会が永遠に訪れないと理解しろ。

望月蒼真

クソ野郎め……。
君こそ約束を守るんだ。
僕の言うことを聞かなければ、2人の『死体』と対面させる。
覚えておくんだね。


 そこで電話は切れた。


 天野は大きく息を吐き、その場に膝から崩れ落ちた。


 1500メートルを全力で駆け抜けた後のような疲労感が全身を包んでいる。



天野勇二

望月め……!
くそったれが……!



 持っていたタバコを地面に叩きつける。


 星のない東京の夜空に天野の怒号が轟いていた。





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つばこ

前島&川口「えぇぇぇなんで電話切っちゃうのぉぉぉぉとぼじでぞんなごどずるのぉぉぉぉ(´;ω;`)」
 
前島ちゃんと川口さんの明日はどっちだ!?
次話もお楽しみください!!!!

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コメント 9件

  • こるく

    逆上させるため冷静になれる天野くん本当にっょぃ

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  • 逢恋

    天野くん、やっと冷静に頑張ったね!
    向こうが殺人あるって自白までしちゃってるし。

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  • べっちん

    前嶋ちゃんの顔を殴るとか、ほんとに許せん!
    てか、ここにきて、やっと黒幕登場ですか。
    ワクワクすっぞ!w

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  • ゆう

    天野くん本当に強い、、、。
    目の前で恋人が殺される寸前で気が狂いそうなのに冷静に対処できるのが本当に凄い

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  • ちょぱ

    わざとやってる、演技してると前島ちゃんなら見抜いてるはず…!

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