人気ひとけのない殺風景さっぷうけいな河川敷。



 天野は夜空を見上げながら、タバコの煙を吐き出していた。



 紫煙しえんが星のない東京の夜空に吸い込まれていく。



 かたわらにあるのは兄の姿。



 空虚くうきょな表情で河原を眺めている。



 その瞳には生気が感じられない。



 それはこの10年間、天野が見てきた兄の姿だった。



天野勇二

……やっと来たか。



 携帯灰皿に吸い殻を押し込みながら、河川敷に続く小道を見つめる。


 複数台のパトカーだ。


 向こうも天野たちの姿を確認したのか、



天野桃子

……勇二!
勇一!
あなたたち無事なの!?



 パトカーから母親である桃子が飛び出した。


 息を切らせながら天野の顔、そして勇一の姿を見つめる。


天野桃子

勇一……!
あなた、何をしたの!?
どうして病院を抜け出したのよ!?

神埼勇一

…………


 勇一の反応はない。


 桃子の存在にも気づいていないかのようだ。


 天野は首を横に振りながら言った。


天野勇二

1時間ほど前からこの状態なんだ。
何かがぷつりと切れたかのように黙り込んでな。
恐らく薬が切れたのだろう。

天野桃子

そんな……。
勇一、私よ?
ねぇ私がわかる?


 肩を揺さぶりながら声をかけるが、やはり勇一は答えない。


 呆けたように虚空を見つめるだけだ。


天野勇二

呼びつけてしまいすまなかった。
俺が連れて行っても良かったのだが、面倒なことになっても困るからな。

天野桃子

そんなの気にしないで。
勇一とは話せたの?
鈴本さんのことを、何か言ってた?

天野勇二

色々と聞き出せたよ。
だが、まずは兄を連れて行ってほしい。
あとのことは俺に任せてくれ。


 桃子は眉根を寄せながら息子を見つめた。


 その瞳には覚悟が宿っている。


天野桃子

……わかった。
事情はわからないけど、話せない理由があるのね。
私は勇二を信じてる。
落ち着いたら教えてもらうわ。

天野勇二

すまない母さん。
椎名は来ているのか?

天野桃子

来てもらったわ。
椎名さんも勇二に話したいことがあるって。
簡潔に言うけど、望月くんが『容疑者』として追われているのよ。
殺人現場から、彼の痕跡が見つかったの。


 天野は小さく息を吐いた。


天野勇二

なるほど……。
ならばゆう兄が逮捕されることはなさそうだな。

天野桃子

うん……。
神埼の病室に戻してもらって、ゆっくり話を聞くことになってる。

天野勇二

それでいい。
悪いのだが、しばらくゆう兄の傍にいてくれ。

天野桃子

あなたは一緒に来ないの?
これからどうするつもり?



 天野はその質問に答えず、近づいてくる1人の刑事を見つめた。


 CSPの切れ者、椎名だ。


 椎名は『生活安全部』に所属しているため、今回の殺人事件は管轄外となる。


 しかし、役職は『警視』であり、ある程度の影響力があるため、無理を言って同行してもらったのだ。



椎名善晴

天野くん。
お待たせしました。
まずは勇一さんをパトカーに乗せてもよろしいでしょうか?

天野勇二

ああ、頼む。
椎名さんとは少し話したい。
時間を貰えるか?

椎名善晴

もちろんです。
私もそのつもりですよ。


 天野と向き合う椎名を訝しげに睨みながら、捜査一課の刑事たちが勇一を連れて行く。


 くどいようだが、天野は警視庁がマークするほどの危険人物だ。


 なぜそんな人物と、CSPの警視が親しくしているのか。


 刑事たちの頭は疑問でいっぱいだ。


椎名善晴

ご存知かもしれませんが……。
捜査一課は望月創真を『看護師殺人』の容疑者として追っております。


 周囲に刑事がいないことを確かめ、椎名が口を開いた。


椎名善晴

どうも現場から『毛髪』が見つかったようです。
しかも切断されたものではなく、自然脱毛によるもの。
望月と被害者は親しかったらしいのですが、天野くんはご存知でしょうか?

天野勇二

多少はな。
そもそも鈴本は兄と望月の同期でな。
兄が入院する前は、それなり親しかったと聞いているよ。

椎名善晴

なるほど……。
病院関係者の間では『男女の関係』にあったのではないかと噂されていたようです。
そのこともご存知ですか?


 天野は思案しながら腕を組んだ。


 正直なところ、望月と鈴本がどのような関係にあったのか、それは掴めていない。


 しかし……。


天野勇二

……それはないだろう。
望月は『クレランボー症候群』の精神病質者だ。
2人の間に『男女関係』など存在しない。
そう断言できるね。


 吐き捨てるように告げる。


 椎名は神妙な表情で頷いた。


椎名善晴

やはりそうですか……。
望月が天野くんの妹さんに執着していたことは、捜査一課も把握しています。
お母様が必死に訴えておりましたし、自宅からは『窃盗物』も見つかりましたからね。

天野勇二

母が告げたのか。
望月の異常性のことを。

椎名善晴

その通りです。
捜査員を『天野家』に派遣し、周辺を警戒しております。
望月が妹さんに接触する可能性は高いですからね。

天野勇二

それは助かるな。
感謝するよ。

椎名善晴

しかしそうなると、なぜ望月が鈴本さんを手にかけたのか……。
それがわからないのです。
天野くんはその辺りのことを、掴んでいるのではありませんか?


 天野は唇を歪めながら椎名を見つめた。


 さすが切れ者の警視だ。


 椎名は天野がそれなりの情報を手にしていることを、あっさり見抜いているのだ。


天野勇二

椎名さんは生活安全部だというのに、随分とこの事件に詳しいな。
大丈夫か?
あまり管轄外のことに首を突っ込むと、同僚の風当たりがキツくなるのだろう?

椎名善晴

そうなのですよ。
特に出世に響きます。
ですが、それ以上に大切なものがございますからね。

天野勇二

義理堅い男だ。
ならば、あんたには伝えるべきだろうな。



 天野は簡潔に『嘱託殺人』のことを語った。


 望月が患者を手に掛ける殺人医師ドクターデスである可能性が高いこと。


 鈴本と共犯関係にあったと想定されること。


 椎名の顔が驚愕に包まれた。



椎名善晴

……これは、驚きましたね。
望月がそこまでの男とは……。

天野勇二

残念だが、まだ確たる『証拠』はない。
どうせ家探しをしても出てこないだろう。

椎名善晴

望月がどこに逃げたのか。
検討はついていないのですか?

天野勇二

まだついていない。
できれば、警察より早く見つけ出したいものだ。


 椎名は瞳を細めながら天野を見つめた。


 天野の瞳には危険な光が宿っている。


 『殺意』という名の光だ。


椎名善晴

公僕としては、今の発言は見逃せませんね。
聡明な天野くんであれば、愚かな行動には出ないと信じておりますよ。

天野勇二

なんだ?
あんたは俺に協力してくれるのだろう?
『殺人』を揉み消すぐらいのことはしてくれないのか?

椎名善晴

御冗談を。
そんなことをすれば、姫子が悲しむだけです。


 そこまで言った時、パトカーがクラクションを鳴らした。


 ずっと天野と話し込んでいる椎名を待っていたのだ。


 椎名はやや不安気に言った。


椎名善晴

時間切れのようですね。
私は勇一さんを病院に送り届けたあと、署に戻ります。
何かあればご連絡ください。
くれぐれも、愚かなことは考えないようにお願いします。

天野勇二

わかったよ。
できれば、兄が逮捕されないよう便宜を図ってくれ。

椎名善晴

善処しましょう。
それでは。


 椎名たちを見送り、天野は再びタバコを取り出した。


 煙を吐き出しながら、勇一に言ったこと思い返す。






「俺が望月を殺すよ。ゆう兄ちゃんの代わりに、望月を殺してやるさ」 






天野勇二

(あの後、ゆう兄は糸が切れた人形のように、黙り込んでしまった。きっと限界だったのだろう)



 一切の呼びかけに応えない。


 うつろな瞳で虚空を見つめるだけ。


 勇一には調子が「良い時」と「悪い時」の波があるのかもしれない。



天野勇二

(まだ聞きたいことはあったのだが……。仕方ないな。少しでもゆう兄の気が晴れてくれるといいんだが……)



 そう思いつつも、天野は妙な胸騒ぎを抱いていた。


 勇一が見せた仕草ライアーサインのことだ。


 昔の勇一は「嘘を吐く時」に軽く唇を噛む癖があった。


 それを指摘したことはない。


 勇一も自覚はしていなかったはずだ。


 そして何よりも気になっているのは、それを見せたタイミングだった。



天野勇二

(……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない)



 天野は夜空を見上げた。


 タバコの煙を吐き出しながら、瞳を細める。



天野勇二

(望月のクズ野郎はどこに逃げたのか……。きっともう一度、俺様か胡桃に接触するはずだ。自宅に帰宅したり、『天野家』に近づくことも困難。そうなると……)



 天野は『胡桃のスマホ』を取り出した。



天野勇二

(ここに電話をかけてくる可能性が高い。胡桃が望月と番号交換したとは思えないが、あいつは胡桃の私物を盗んでいたストーカー野郎だ。番号なんて知っている。そのように仮定すべきだろう)



 ひとつ息を吐き、タバコの吸い殻を携帯灰皿にねじ込む。


 望月は必ず電話をかけてくる。


 もしくは自分に接触を試みるはず。


 今はその可能性にヤマを張るしかない。


 天野はそう思いながら、ひとつの番号に電話をかけた。


 長い呼び出し音の後、



板垣姫子

………はい



 『電脳姫』こと、板垣姫子いたがきひめこが電話に出た。






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つばこ

正真正銘!
これがcomicoノベル最後の更新!
『天クソ編』も一気にラストの後日談まで駆け抜けます!
また諸事情(つばこが間に合わなかった)のため21時更新となりました!
本当にごめんなさい!!!
夏休み最後の大イベントってことで許してください!
 
改めて約6年間、本当にありがとうございました。
天クソは累計580話ぐらいあるんですけど、一度も休載せずに走り抜きました。
ちなみに『黒魔術』『つばたび』なんかの他作品も含めると700話オーバー!
サボりぐせのあるつばこがこんなに頑張れたのも、全て読者の皆さまのおかげです!
comicoノベル自体は10月まで読めるので、じっくりお楽しみくださいヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 19件

  • こるく

    少し、遅れてしまいましたがここまで辿り着きました
    もう終わってしまうのですね
    6年間お疲れ様でした
    残りのお話も楽しませていただきます

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  • 腰ガッタガタ

    つい癖で金曜の夜まで待ってしまっていました…つばこさんのコメント読んですでに泣いています。終わってしまうことが寂しくて、先を読む勇気が湧きませんが、最後まで見届けるために読んでいきます。

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  • みん

    8月中に更新しなきゃいけなかったんですね。
    たくさん読めて嬉しい反面悲しいです‥
    すごく大変だったろうなぁ?
    楽しく読ませていただきます!

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  • ぽむ

    はわわわわ( ˙-˙ )
    ここ一週間忙しくて出遅れちゃったああ、、これ全部読んだら天クソ終わっちゃうのか、、寂しいなぁ、、

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  • 逢恋

    9月になり、はっ!つばこさん間に合ったかな?ここからまだ話数いるよね?と思ったらがちで多い話数更新されてて、とりあえず読む前にコメント書きに来ました!本当にありがとうございます!遅れて現れ申し訳ないです!いつも続き気になりすぎるからシリーズ終わるまで貯める癖がありまして…
    いざ実読させていただきます!!!

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