※今週(8/21)は3話更新となります。前話を見逃さないようご注意ください。






神埼勇一

だけど、これは僕の『罪』でもある。
償わなければならない。
僕は知っていたんだよ。
望月と鈴本さんが嘱託しょくたく殺人』を行っていたことを。
気づいていたのに、それを見逃していたんだ。

天野勇二

な、なんだと……!?



 天野は驚愕の表情を浮かべた。



 いったいどれほど兄の言葉に衝撃を受ければいいのだろう。



 震える唇を懸命にこじ開け、勇一に尋ねる。



天野勇二

知っていた……?
それはいつからだ。
いつからあの2人は『嘱託殺人』に手を染めていたんだ……?


 勇一が微かに瞳を細めた。


 まるで値踏みするかのように、天野の顔を眺めている。


神埼勇一

……勇二も気づいたのか?
あの2人の関係を……。

天野勇二

あ、ああ……。
つい最近な。
望月は以前から疑わしいと睨んでいたんだが……。

神埼勇一

そうか……。
さすがだ。
勇二はいつか見破るのではないかと、そう思っていたよ。


 軽く息を吐き、勇一が言葉を続ける。


神埼勇一

僕は3年ほど前から、ある程度の自我を取り戻すことができた。
恐らく新しい薬が効いたのだろう。
それまではずっと『悪夢』を見ているかのようだった。
記憶もおぼろげで、自分が何をしていたのか覚えていない。


 ため息を吐きながら、暗くなっていく空を見上げる。


神埼勇一

身体は満足に動かせず、言葉を発することもできない。
それでも、周囲の物音を認識できるようになった。
勇二の声や、桃香や胡桃の声も聴こえていたよ。
桃香たちはよく勇二のことを語っていた。
大学で『天才クソ野郎』と呼ばれたり、アイドルと浮名を流したり……。


 天野はじっと兄の横顔を見つめた。


 注目しているのは唇だ。


 まだ兄は仕草ライアーサインを見せていない。


神埼勇一

そんなある日のことだった。
望月と鈴本さんの会話を耳にしたんだ。
2人は僕がまどろみの中にいたと思っていたのだろう。

何を話しかけても答えない。
むしろ話なんて聴こえていない。
僕の病室は、内緒話をするにはうってつけの空間だったんだ。

天野勇二

そこで聞いたのか。
『嘱託殺人』のことを……。

神埼勇一

そうなんだ。
詳しくは知らないが、鈴本さんは『お金』に困っていた。
望月は自分の仕事に協力すれば『借金』を肩代わりすると言ってね。

天野勇二

仕事……。
『嘱託殺人』のことを、そう呼んでいたのか。

神埼勇一

ああ、恐ろしい殺人計画だった。
鈴本さんが『バルビツール酸系』の薬物を入手し、望月がターゲットを探して接触する。
僕が聞いた限り、鈴本さんは半ば脅されながら犯行に加担していた。
良心の呵責かしゃくに苦しんだのではないかと思う。


 勇一はどこか悔しげに首を横に振った。


神埼勇一

本来であれば、すぐに告発すべきだった。
だけど、僕には自信がなかったんだ。
その会話が『現実』なのか、それとも『悪夢』だったのか。
おまけに自我を取り戻せる時間は少ない。
2人が犯行に及んでいる証拠を見つけることもできない。

そして何より、僕は臆病だった。
勇気がなかったんだ。
望月に気づかれれば殺されるかもしれない。
そんな恐怖を抱いたんだよ。
だからこそ長い間、自分の病状を偽り続けた。

天野勇二

だが、それならせめて、俺に言ってくれれば……。



 そう呟き、天野は苦しそうに唇を閉じた。


 天野に伝えることはできなかったのだ。


 勇一は天野と向き合うことを避けていた。


 自分を慕っていた『弟』と向き合い、自らの苦悩と罪を告白すること。


 それは勇一にとって、何よりも避けたい行動だったのだろう。



天野勇二

(だからこそ、ゆう兄は俺との会話を避けていたのか? 桃香や胡桃と会話しても、俺とは何も話せない。そういうこと、なのか……?)



 どこか不安気に勇一を見つめる。


 勇一はその心情を察したように言った。


神埼勇一

僕も勇二に伝えたかった。
だけどね、僕が覚えている勇二は『中学生』の姿のままだった。
殺人に関することなんて相談できない。
こうして覚悟を決めるまで、長い時間が必要だったんだよ。


 勇一が苦しげに言葉を続ける。


神埼勇一

あの夜……。
鈴本さんの様子は明らかにおかしかった。
ずっと何かを気にしている。
僕に話しかけようともしない。
何かをするのではないかという予感があった。
だから僕は、彼女の動きを観察していたんだ。
そして、彼女が保管室から『メス』を盗むところを目撃した……。



















 時刻は24時半。



 鈴本は周囲をうかがいながら『メス』を隠し、病院の裏手に向かっていた。



神埼勇一

(鈴本さん……。どこに行くつもりなんだ……?)



 もう勤務シフトは上がったはず。


 それなのに看護服を着替えようとしない。


 向かっているのは病院の裏手。


 この時間に訪れる人間は少ない。



神埼勇一

(誰かと、会うのだろうか……?)



 勇一は鈴本に気づかれないよう後を追いかけた。


 尾行は容易かった。


 鈴本は自分が尾行されているとは、まったく想像していなかったのだろう。


 明かりのない暗闇の中に姿を隠すことも容易い。


 やがて鈴本はスマホを見つめながら、



鈴本つぐみ

送らなくちゃ……。
勇二くんを、待たせちゃいけない……。



 と呟いた。


 鈴本はここで『弟』を待っている。


 待ち合わせをしているのだ。


 なぜこの時間に?


 なぜこんな人気のない場所に?


 しかもなぜ『メス』を持ち出している?



神埼勇一

(まさか鈴本さんは、勇二を殺すつもりなのか?)



 勇一の背筋に冷たいものが走った。


 記憶の中にある『中学生』の弟がたくましく成長し、殺人犯を相手にするような勇敢な青年に成長したことを、勇一は桃香たちから聞いていた。


 もしかすると、弟は鈴本や望月の悪事に気づき、真実を暴こうとしているのかもしれない。


 そして今、その報復として、鈴本に狙われている。



神埼勇一

(止めなければ……。それだけは絶対に、阻止しなければ……!)


















神埼勇一

……そう思い、僕は鈴本さんに声をかけたんだが……。



 そこまで言った時。


 勇一の身体が「ふらり」と揺らいだ。


 天野が慌てて身体を支える。



天野勇二

だ、大丈夫なのか?
顔色が悪いぜ。
立っているのも、辛いんじゃないのか?

神埼勇一

いや、問題ない……。
だけど、座らせてくれないか……。

天野勇二

あ、ああ……。



 勇一は口元を押さえながら熱い息を吐き出している。


 顔色は悪く、額には脂汗が浮かんでいる。


 やはり本調子ではないのだろう。


 天野はその場に勇一を座らせながら言った。



天野勇二

やはり病院に戻ろう。
話はその後に聞くよ。

神埼勇一

待ってくれ。
まだこれでも、今日はすごく調子がいいんだ。
話したい。
勇二に聞かせないといけないんだ……。


 勇一は懸命に唇を開いた。


神埼勇一

僕は鈴本さんに声をかけた。
彼女は怯えていたよ。
そして『メス』を振り上げたんだ……。


























神埼勇一

諦めてくれ。
君は今の僕ですら、殺すことができない。

鈴本つぐみ

は、離してッ!

神埼勇一

これ以上の抵抗は無意味だ。
もう諦めよう。



 勇一は全力で鈴本の腕を掴み上げた。



 できればこのまま手首を捻って倒し、『メス』を取り上げたい。



 『柔術』や『合気道』の有段者である勇一ならば容易い行動だ。



 しかし、長い間寝たきりだった勇一には、それ以上の力を出すことができなかった。



 鈴本を押さえつけるだけで精一杯だった。



鈴本つぐみ

お願い……。
私を見逃して。
私は従うしかなかったの。
家族のために、どうしても、彼に従うしかなかったの……!



 鈴本の瞳から涙がこぼれ落ちる。



鈴本つぐみ

私だって、あんなこと、したくなかったよ……!
あんなことをするために、看護師になったんじゃない……!
だけど、どうしても『お金』が必要だった……!
家族を救うためには、どうしても『お金』が必要だったのよ……!



 泣きじゃくる鈴本を見て、勇一は悲しげに顔を歪めた。


 その事情は把握している。


 自分だって鈴本を責めたくはない。


 やがて鈴本は素早く勇一の拘束を振り払った。



鈴本つぐみ

ごめんなさい……!
本当に、ごめんなさい!
私はまだ、罪を認める訳にはいかないの……!



 鈴本が勇一を全力で突き飛ばした。


 勇一の体勢が崩れ、地面に尻もちをつく。


 鈴本は涙を流しながら、もう一度『メス』を構え直した。



鈴本つぐみ

……ごめんなさい……!



 自らに振り下ろされる小さな刃。


 勇一が『死の恐怖』を感じた時。


 ひとつの声が暗闇に響いた。





望月蒼真

……やめなよ。
彼をこんなところで殺すな。

鈴本つぐみ

……!!



 鈴本の身体が「ビクッ」と止まった。


 青ざめながら声の方向を見つめる。


 暗闇から現れる1人の人物。


 望月創真だった。



鈴本つぐみ

あ、あ、あああ……!

望月蒼真

フフフッ……。
いけないな。
僕の言いつけを破るなんて。
勇一くんには手を出すなと、あれほど強く言ったのに。

鈴本つぐみ

ご、ごめんなさい……!



 鈴本の手からメスが滑り落ちる。


 望月は涼しげな笑みを浮かべながらそれを拾った。


 両手には革手袋を装着している。



望月蒼真

勇一くん。
危険な目にわせたね。
悪いのだけど、ここは僕に任せてくれないかな。



 勇一は青ざめながら望月を見上げた。


 望月はクスクスと微笑むと、



望月蒼真

そんな顔をしないでくれよ。
『親友』の頼みじゃないか。
君は何も見なかった。
誰とも会わなかった。
ただなんとなく深夜の散歩をしただけ。
そうだよね?

神埼勇一

も、望月……!

望月蒼真

あと念のため尋ねるよ。
鈴本さんと『罪』がどうのこうの喋っていたけど……それなんのこと?
もしかして、僕が関与していたりする?
そんなはずないよねぇ……?



 望月が冷たい瞳で勇一を見下ろしている。


 かつては自らの『親友』であり、誰よりも心を許せる存在だった男。


 しかし今は、それが恐ろしくてたまらない。


 望月は勇一の沈黙を確認して言った。



望月蒼真

……うん。
理解してくれたようだね。
さぁ、行きなよ。
僕は鈴本さんに話がある。

神埼勇一

……も、望月……。
鈴本さんに、何を、するつもりなんだ……。

望月蒼真

そんなことは考えなくていい。
あまり勘ぐると、悪い夢を見るよ。
永遠にね。


 勇一の手を握り、その場に引っ張り上げる。


 望月はやけに粘ついた声で、勇一の耳元でささやいた。


望月蒼真

それじゃ、おやすみ。
僕の、親友……。






















天野勇二

おいゆう兄……。
それは真実なのか?



 天野は震える声で尋ねた。



天野勇二

あの現場に、望月がいたのか?
それならやはり、望月が鈴本を……!



 勇一は無表情で頷いた。



神埼勇一

そうなんだ。
情けない話だが、僕は怯えてしまった。
望月の言う通り、病室に戻り、何かを忘れるように睡眠薬を飲み、そのまま朝を迎えた。
その時はまさか、望月が鈴本さんを殺すとは思わなかったんだ。



 震える唇は、恐怖と後悔の感情を吐き出している。



神埼勇一

だからこそ朝になり、病院に広がる異様な空気に気づいた時……。
僕は愕然がくぜんとしたよ。

僕は鈴本さんを見殺しにした。
大切の友人の命を救えなかった。
望月を止めることができなかった……。

そして同時に、僕は恐れた。
僕自身も望月に殺されるかもしれない。
むしろ、眠っている間に殺されてもおかしくなかったんだ。

天野勇二

だから、病院を抜け出したのか……?

神埼勇一

そうだ。
逃げなくてはいけない。
それしか考えていなかった。

天野勇二

だが……。
警察に通報するという手段もあったはずだ。
なぜそれをしなかった?


 勇一はゆっくり首を横に振った。


神埼勇一

勇二……。
お前なら信じると思うのか?
僕のような心身を喪失していた精神病患者の証言を。
しかも相手は医者だ。
警察は僕が何を言っても相手にしないだろう。

天野勇二

しかし……。

神埼勇一

愚かな行動だったことは理解している。
特に自分自身が『容疑者』になるなんて、想像もしていなかった。
このままでは、僕が鈴本さんを殺した『犯人』にされるだけだ。


 勇一は懸命に立ち上がった。


 脂汗を拭いながら、言葉を吐き出す。


神埼勇一

だけど、僕はもう逃げない……。
どうせ逮捕されるなら、望月を殺す。
鈴本さんのカタキを取るんだ。



 天野は険しい瞳で勇一の横顔を見つめた。


 勇一は一度も仕草ライアーサインを見せなかった。


 『嘘』の気配は存在しない。


 本気で望月を殺そうと考えているのかもしれない。


 しかし……。



天野勇二

ゆう兄ちゃん……。
やはり、病院に戻ろう。


 天野は唇を噛みしめながら言った。


天野勇二

酷なことを言うが……。
今のゆう兄ちゃんはマトモじゃない。
正常な判断ができていない。
望月を殺すなんて無理だよ。


 勇一は悔しそうに顔を歪めた。


 初めて見せる怒りの表情。


神埼勇一

そんなこと、わかっているさ……!
だがそれでも……!

天野勇二

いや、何もわかっちゃいないよ。
俺には今のゆう兄ちゃんを送り出すことはできない。
ゆう兄ちゃんが何を言っても、病院に連れて行き、警察に通報する。

神埼勇一

それなら、勇二は、望月を見逃すのか!?
あいつは危険だ。
野放しにしておけば、また誰かが殺されるぞ……!

天野勇二

ああ、理解している。
ゆう兄ちゃんは知らないと思うが、俺たちは望月を追い詰めているんだ。
それに俺は一言も「望月を見逃す」とは言っていない。
俺が言いたいのは、「ゆう兄ちゃんでは望月を殺せない」ということだ。

神埼勇一

なに……?


 勇一は瞳を細めながら天野を見つめた。


 夜の中に浮かぶ弟の横顔。


 それは獣のような、野蛮な殺気を放っている。


 天野は何かを決意したように言った。



天野勇二

俺が望月を殺すよ。
ゆう兄ちゃんの代わりに、望月を殺してやるさ。








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つばこ

【質問コーナー】
Q:天野君が犯罪者一歩手前レベルのシスコンになったのには理由がありますか?
A:これは今週の更新回で色々察していただけのではないでしょうか。胡桃ちゃんが『養子』だったことも関係していますが、少年天野くん(吹き出しでは『天野勇二』のままにしましたが、当時は『神埼勇二』でしたね)は妹さんの存在が救いだったワケです。おまけに中学生の時にお兄ちゃんが入院しちゃって、よりシスコン番長レベルが上がったんでしょうなぁ……。
 
そんなこんなで今週はここまで!
これ本当に今月中に終わるのかな!?終わらなかったらガチでごめんなさい!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(`・ω・´)ゞ

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コメント 25件

  • 栖-sumika

    望月によって勇一兄さんが昏睡状態にさせられてる可能性、かなり高いよね。
    手元に置いて無力化しやすいし。

    そしてかなりの強敵だし、殺すって言っても簡単じゃないよね。
    あ、胡桃を使って罠にかけるのはありかも…(想像でも胡桃ごめん(^_^;))

    書籍化希望、は分かるけどcomicoの名前で出すと版権問題出そうじゃ、、、それに掲載終わったらつばこ氏に版権戻ってくると仰っていたかと…
    なんて現実的な思考が出てくるw
    ので、自主出版の費用をクラウドファンディングとかで募るとかできないかなーと思ってます。(個人の意見です)
    次回も楽しみにしてます!

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  • あゆ

    今月になんとしても完結してー!!
    でも、今後も読みたいので、他のサイトに行っても読みに行くので、教えて下さーい(*≧艸≦)

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  • らっすー

    もし本当に終わらなかったらTwitterでもなんでもいいので続きを書いてくれることはありますか!?
    有料でもなんでもいいので最後まで読みたいです

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  • べっちん

    なんかモヤモヤするねー
    これで、本当にお兄ちゃんを救うことが出来るかな。
    望月が本当に欲しいものは、胡桃ちゃんだけじゃなく、天野や神埼の家庭そのものなのかな…

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  • techiko

    後少しなのですね…寂しい。

    天野くんの殺すが物理的でなく、精神的、社会的でありますように。

    天野くんだけは人を殺してはいけない(´;ω;`)

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