琴乃が望月の自宅で決定的証拠を見つけている頃。



 天野は胡桃と一緒に『天野家』に帰宅していた。



 胡桃の肩を借りながら玄関に入ると、



天野桃香

ちい兄!
お帰り!
身体は大丈夫なの!?

伊藤文也

坊ちゃま……!
ご無事ですか!?



 妹である桃香と、古い友人である伊藤いとうが出迎えた。


 伊藤は天野の父親の『専属運転手』を務めている男性だ。


 幼い頃から世話になっていることもあり、天野は伊藤を『叔父』のように感じている。


(詳しくは『彼が上手に犬を捨てる方法』などを参照)



天野勇二

ああ、心配をかけたな。
桃香よ、悪いのだが救急箱を持ってきてくれ。

天野桃香

用意してあるよ。
うわぁ……。
ざっくり額を切ってるじゃん。
ちい兄がここまで怪我するなんて珍しいね……。


 桃香は泣きそうな表情で天野の手当を始めた。


 天野たちは事前に『天野家』に電話し、救急の用意をするように頼んでいたのだ。


 「望月が自宅を訪ねてきたら追い返せ」という言葉も付け加えて。


天野桃香

これ……。
望月さんにやられたってことだよね?
あの人、マジで喧嘩が強いんだね……。


 天野の身体には無数の打撲痕がある。


 天野は自らも包帯を巻きながら言った。


天野勇二

ああ、この俺様を子供扱いしやがった。
三十路アラサーの外科医のくせにふざけてやがるぜ。

天野桃香

ひぇぇ……。
ちい兄を子供扱い……。
ちょっと想像できないね。

天野勇二

伊藤よ。
お前には愛車ポルシェの回収を頼みたい。
軽い脳震盪のうしんとうを起こしてしまってな。
しばらく運転を避けたいんだ。


 ポルシェのキーを放り投げ、車を乗り捨てた場所を説明する。


伊藤文也

かしこまりました。
すぐに行って参ります。

天野勇二

頼むぜ。
使い走りのような真似をさせてしまい申し訳ない。

伊藤文也

水臭いことを言わないでください。
安静になさってくださいね。


 伊藤は急いで天野家を飛び出した。


 実は伊藤には、胡桃の『誕生日パーティ』の準備をお願いしていたのだ。


 怪我の手当てを終えると、天野は胡桃に向き直った。



天野勇二

胡桃よ。
詳しい話を聞かせてくれ。
まずストレートに尋ねたい。
お前は望月と交際していたのか?


 桃香が「ぎょっ」として胡桃を見つめる。


 胡桃はブンブンと首を横に振った。


天野胡桃

そんなわけないよ。
ありえない。
望月さんと交際なんてしてない。

天野勇二

それは真実だろうな?

天野胡桃

真実に決まってるでしょ!
気持ち悪いこと言わないでよ!
私、カレシなんてつくったことないのに!


 天野は青ざめる胡桃の顔をじっと見つめた。


 自慢の『嘘』を見破るセンサーをフル作動させているのだ。


 当たり前の話ではあったが、胡桃の顔に『嘘』の気配は存在しない。


天野勇二

……そうか。
ならばなぜ、あいつはあんなことを言ったんだ?

天野胡桃

あ、あんなことって……?

天野勇二

お前が望月を愛している。
年月を積み重ねた。
理解することができる。
運命がどうのこうのとも抜かしやがった。

望月となんらかの交流があったのか?
口説かれたりしたこともあったのか?


 天野は冷静に質問を重ねた。


 胡桃の顔がどんどん青くなっていく。


 桃香は2人の顔を眺めながら、おずおずと口を挟んだ。


天野桃香

……えっ?
なんの話をしてるの?
望月さんが胡桃を……?
えっと、どういうこと?


 胡桃は泣きそうな表情で桃香を見つめた。


天野胡桃

……わかんない。
なんか急に口説かれたの……。
それも『瞳だけで愛情を交換してた』とか、意味のわからないことを言われて……。

天野桃香

……ハァ!?
何それ!?
気持ち悪ッ!
ロリコンじゃん!

天野胡桃

そうなの……。
あの人ロリコンだった。
『給料3ヶ月分』とか言って、指輪を渡そうともしてきて……。

天野桃香

うげげっ!
きもっ!
だから『望月さんを追い返せ』って言ったんだ!

天野胡桃

うん……。
なんか人が変わったみたいだった……。
今までそんな気配を感じなかったのに。
おまけにね、ゆう兄ちゃんの悪口を……。


 天野はそこで胡桃の言葉を制した。


天野勇二

そのことは言わなくていい。
あとで俺が桃香に説明する。

天野胡桃

あっ……。
わ、わかった……。

天野勇二

もう一度訊くが、本当に望月から口説かれたことはなかったんだな?

天野胡桃

だからないってば。
そんなことあったら、真っ先にちい兄ちゃんに相談するよ。

天野勇二

ならばこれまで、望月とどんな会話をしたのか教えてくれ。
できるだけ詳しく頼む。



 胡桃は戸惑いながら記憶を辿った。


 どんな会話と訊かれても、あまり特筆すべきことはない。


 望月のことは本当に『兄の友達であるお兄さん』としか認識していなかったのだ。


 たまに家に来て、『お年玉』や『誕生日プレゼント』をくれる。


 その際に交わした会話も世間話程度。


 何かを贈ったり、渡したこともない。



天野胡桃

本当に、大したことは話してないんだよ。
望月さんに興味はなかったし、向こうもそうだと思ってたし……。


 懸命に望月との微かな交流を告げる。


天野胡桃

……あっ。
でもそういえば、ひとつだけ、気になることがあった……。


 胡桃はどこか気まずそうに言った。


天野胡桃

いつもはすぐに忘れちゃう世間話しか、したことなかったんだけど……。
望月さんが私に関することを言ったことがある。
ほら、私が『養子』だってこと……。


 天野は小さく頷いた。


天野勇二

望月から聞いたと言っていたな。
あいつはその事実を、どのように告げたんだ?

天野胡桃

急に言ったの。
「胡桃ちゃんは『養子』であることを悩んでないかな?」って、そんな感じのことを言って……。
私がなんですかそれって訊いたら、血のつながりがないことを悩んだりしたことはないかって、また訊いてきて……。


 首を横に振りながら言葉を続ける。


天野胡桃

しかもそれって、『ゆう兄ちゃん』から聞いたんだって。
望月さんはゆう兄ちゃんと仲が良かったから、誰にも言わないって約束で教えてもらった……。
そう言ってたよ。


 天野の眉がピクリと動いた。


天野勇二

……なんだと?
それは初耳だぞ。
いつ聞いたんだ?

天野胡桃

さっきだよ。
ちい兄ちゃんが来る直前。

天野勇二

ゆう兄が……?
どういうことだ。
なぜそんな秘密を、望月なんかに……。



 天野は嫌そうに顔をしかめた。


 胡桃が『養子』であること。


 それは家族のトップシークレットだった。


 なぜ勇一は望月に告げたのだろう。


 『親友』だからこそ、秘密を共有したいと願ったのだろうか。


 天野はため息を吐きながら言った。


天野勇二

そのことは一旦置いておこう。
望月は胡桃を口説いていなかった。
望月を勘違いさせるような言動にも覚えがない。
そんな認識で構わないな。

天野胡桃

勘違いって……。
やだなそんな言い方……。
たぶんないと思うんだけど……。


 胡桃がしょんぼりと肩を落とす。


 それを見て桃香が援護するように言った。


天野桃香

責めるようなこと言わないでよ。
胡桃が望月に色目を使うワケないじゃん。
胡桃はまだ15歳だよ?
三十路アラサーのオッサンなんて気持ち悪いだけだよ。

天野勇二

ああ、すまなかった。
そういう意味ではないんだ。
俺が言いたかったのは……


 天野が失言を撤回しようとした時だった。


 玄関から「ガチャン!」という激しい音が聴こえた。


 誰かが勢いよく、扉の鍵を開けたのだ。


 天野たちが「まさか望月か?」と立ち上がると、



天野桃子

……桃香!?
胡桃!?
誰か帰ってきてる!?



 母親である桃子ももこの声が響いた。


 室内に飛び込むように駆け、リビングに佇む兄妹を見つめる。



天野桃子

……あっ、勇二!
良かった帰ってたのね!?
あなただけなの!?



 天野は訝しげに桃子を見つめた。


 額に汗を流し、鬼気迫る表情を浮かべている。


 ただ事ではない雰囲気だ。


天野勇二

どうしたんだ。
何かあったのか?

天野桃子

何かあったって……。
あなた、何も聞いてないの!?

天野勇二

何か?
それはどういう意味だ。

天野桃子

何度も電話したのよ!
留守電も入れたのに!
LINEも見てないの!?


 天野はそこでスマホの存在を思い出した。


 見ると画面が割れ、電源が落ちている。


 望月と対峙した際に壊してしまったのだろう。


天野勇二

……すまない。
何も聞いていない。
何があったんだ。


 興奮する桃子をなだめながら尋ねる。


 桃子は大きく息を吐くと、頭を押さえながら言った。



天野桃子

勇一が行方不明なの……。
どうも今朝、病院を抜け出したみたい。

天野勇二

なんだと!?



 天野は血相を変えながら立ち上がった。


 桃子が素早く両手を広げ、その動きを制する。


天野桃子

待って。
それ自体は些細なことなの。
まずは私の話を、落ち着いて聞いて。

天野勇二

些細なことだと?
冗談じゃない。
探しに行こう。
警察にも通報すべきだ。

天野桃子

通報する必要はないの。
もう警察も知ってるから。

天野勇二

母さんが通報したのか?
ならばそれで構わない。
何時から行方不明なんだ。
ゆう兄がどこに向かったのか、心当たりはないのか?

天野桃子

だから……!
落ち着いて聞いてってば!



 絶叫にも似た声がリビングに響いた。


 兄妹が驚いて桃子を見つめる。


 桃子の様子がおかしい。


 パニックを起こす寸前だ。


 天野は両手を広げながら言った。



天野勇二

わ、わかった……。
聞こう。
母さんは何を言いたいんだ?


 桃子を制しながら尋ねる。


 桃子は大きく息を吐くと、目元を押さえながら言葉を吐き出した。


天野桃子

昨日の深夜……。
『神埼』で鈴本さんの死体が発見された……。
それは知ってるわよね?

天野勇二

もちろんだ。
俺が見つけたからな。

天野桃子

あなたが警察から開放された後、新しい事実が見つかったの。
死体に勇一の『痕跡』が残されていたのよ。
鈴本さんの手首に、勇一の『指紋』が残っていたの……。



 その言葉はリビングから一切の音を奪い去った。


 天野も、桃香も、胡桃も。


 黙って桃子を見つめることしかできない。


 天野は必死に唇をこじ開け、桃子に言った。



天野勇二

おい、まさか……。
それは、つまり……!

天野桃子

……ええ。
そういうこと。
私も信じられない。
でも、警察はそう考えてる。



 桃子は震えながら言葉を紡いだ。



天野桃子

勇一が鈴本さんを殺した……。

警察はそう考えてるの。
殺人事件の『容疑者』として、勇一を探しているのよ……。





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つばこ

お兄ちゃん……!
お兄ちゃん何してるの……!
言われてみればあんた、ガッツリ手首を掴んでたね!
そして天野くんはちっともLINEを見ないと思ったら、スマホを壊していたんだね!
たぶん小外刈りで投げられた時だな!
 
まだまだ今週は更新してます!
お兄ちゃんはどこに消えたのか確かめましょう!  
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 5件

  • たすたす

    本に…書籍化を強く希望します!!!
    クラウドファンディングでも構いません…

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  • ジュード。

    最後まで楽しみにしてます!

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  • べっちん

    事情を少し知ってる読者は、遅かれ早かれ、勇兄が容疑者となるだろうことは想像してたよね。
    きっと、勇兄も認識してたはず。では、なぜ今行方不明になっているのか?
    本人の意志?それとも誰かによって?
    まだ何か知らなきゃ推理できないことがあるよねー

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  • zeBra@家パーティー

    今週はまだまだ続きますね♪
    連載当初から応援してますが、
    質問は初めてです!

    つばこさんの愛車は今でも真っ赤なポルシェ(自転車)ですか?

    つばたび。好きでしたー!

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  • ドラゴンポテトが美味しすぎて

    正当防衛なのに!ゆういち兄さん頑張って無事でいてね、そして全部、望月のせいにしよう!

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