天野が望月と激突し、屈辱にまみれた敗北を噛みしめている頃。



 涼太は『K』嘱託しょくたく殺人』のやり取りをしていた『真由子』の自宅前に立っていた。



 場所は神奈川県かながわけん川崎市かわさきしにある小さなアパート。



 表札には長井ながいという文字が書かれている。



???

……そうだったんですか。
長井さんが、そんなことを……。



 涼太が話しているのは、訪問介護のボランティアヘルパー。


 菱田ひしだという名の女性だ。



佐伯涼太

3ヶ月ほど前からSNSで連絡を取り合っていたようです。
すでにお金も支払っているみたいで……。
菱田さんはこのことをご存知なかったんですね。


 DMの履歴を見せながら状況を説明。


 菱田は悲しげに首を横に振った。


菱田

何も知りません……。
もし知っていれば、絶対にやめてほしいと説得してました……。

佐伯涼太

本日の17時に来客があることも、ご存知なかったんでしょうか?

菱田

それも聞いてません……。
私はいつも18時に夕食を届けているんです。
きっと長井さんはその前に、全てを済まそうとしていたんですね……。


 菱田は何度も涙を拭っている。


 人の良さそうな女性だ。


 天野のように『嘘』を見破ることはできないが、この女性は『K』とは関係ないだろうと、涼太は感じた。


佐伯涼太

僕が聞いてよいことではないんですが……。
長井さんは『安楽死』を望むようなことを、よく口にされていたんでしょうか?

菱田

ええ……。
長井さんはずっと寝たきりの状態で……。
確かに、何度も「死にたい」とは、言っていたんですが……。
まさか、こんなことを、実行しようとするなんて……。


 菱田の口から嗚咽おえつが漏れる。


 涼太はやるせなさを噛みしめながら言った。


佐伯涼太

しばらくの間、誰が訪ねてきても家には入れないようにしてください。
警察にも通報して、周囲をパトロールするようにお願いしましょう。
できれば僕も長井さんとお会いして、お話を聞いてみたかったんですが……。


 ため息を吐きながら言葉を続ける。


佐伯涼太

家には絶対に入るなと、強く拒否されてしまって……。
居座るようであれば「警察を呼ぶ」とも言われちゃったんですよね……。

菱田

それも仕方ないと思います。
長井さんは気難しい方ですから……。
私にはよくしてくれるんですが、知らない方と顔を合わせようとはしないんです。

佐伯涼太

そうですか……。
長井さんのご家族は、近くにお住まいなんですか?

菱田

ご家族はいらっしゃらないんです……。
だからこそ、こんなことを考えたのかもしれません……。


 涼太はまた大きくため息を吐いた。


 天涯孤独で寝たきりの状態。


 長井という人物は、どんな思いで『K』に依頼をしたのだろう。


 菱田は頭を下げて言った。


菱田

あとのことはお任せください。
一度、長井さんとしっかり話してみます。
他のスタッフとも連携して、何度も声をかけるようにいたしますから。

佐伯涼太

ありがとうございます。
菱田さんに丸投げするような形になってしまい、本当に申し訳ありません。

菱田

いえ、とんでもないです。
長井さんのために来ていただき、こちらこそありがとうございます……。



 やがて通報を受けた警察官が到着。


 状況説明を菱田に任せて、涼太は『真由子』のアパートを後にした。


 時刻は18時半。


 すでに『K』と約束していた時間は過ぎている。



佐伯涼太

(はぁ……。マジでやるせないね。『K』は約束の時間に現れなかったし、『真由子』さんは僕と会ってくれないし……。バカ正直に名前を名乗ったのがよくなかったかなぁ……)



 涼太は肩を落としながらため息を吐いた。


 テラスで天野たちと別れた後、涼太は単独で『真由子』『K』に伝えていた住所に直行。


 16時には現地に到着した。


 それから2時間ほどアパートを張り込んでいたのだが、『K』はおろか、誰1人『真由子』の部屋を訪れる人物は現れなかった。


 仕方なく部屋を訪ねてみたのだが、



佐伯涼太

(まさか名前を名乗っただけで、門前払もんぜんばらいを食らうとはねぇ……)



 『真由子』は涼太の要件も聞かなかった。


 用事がある、セールスなんてお断りだ、誰とも会うつもりはない、帰ってくれ。


 そう叫んで涼太の訪問を拒絶したのだ。



佐伯涼太

(たぶん『真由子』さんは『K』が約束の時間に現れないから、ちょっと焦ってたんだろうね……。それならいっそのこと「僕が『K』です」って言えば良かったかな? ……いや、それはそれでややこしい話になりかねない。正直に名乗るのがベターだったんだ)



 しばらく玄関先で声をかけてみたが、返ってくるのは拒絶と罵倒の言葉だけ。


 取りつく島もなかった。


 途方とほうれていたところに、運良く地域のボランティアヘルパーである菱田が現れたのだ。



佐伯涼太

(残念だけど、あとは菱田さんや警察に任せるしかない。お巡りさんが相手なら、『真由子』さんも何かを話してくれるかもしれないし……)



 涼太は肩を落としながら車に戻った。


 『K』の尻尾を掴むことはできなかった。


 それでも嘱託しょくたく殺人』を防ぐことはできた。


 今はその成果を喜ぶしかない。


 スマホを取り出し、LINEの履歴を確かめる。


佐伯涼太

……うーん。
まだ勇二からの連絡はナシか……。
大丈夫なのかな?
胡桃ちゃんと合流できてないのかな……?


 LINEに「『K』は現れなかった。あとは警察に任せる予定。そっちの状況はどう?」とトークを送信。


 天野の既読きどくはつかない。


 LINEを確認できる状況ではないのだろうか。


 もしかすると、望月と接触しているのかもしれない。



佐伯涼太

(望月かぁ……。まさかあいつの『目的』が胡桃ちゃんだったとはね……。胡桃ちゃんは美少女だからわからなくもない。だけど、なんかしっくりこないんだよなぁ……)



 前島にも言った通り、涼太と望月の関係性は薄い。


 もちろん顔を合わせたことは何度もあるが、とても親しい間柄とはいえない。



佐伯涼太

(それでも、望月が『ロリコンの変態』だとは思えないんだ。隠していただけかもしれないけど、そんな気配、感じたことなかった。胡桃ちゃんに執着している可能性は高いと思うんだけど……)



 望月が胡桃に接近していたなら、天野の耳に入ったはず。


 むしろ口説かることがあれば、真っ先に天野に伝えただろう。


 胡桃が天野に内緒で望月と逢瀬おうせを重ねる姿も想像できない。


 つまり望月は「一切のアプローチを胡桃にかけていなかった」のだろう。



佐伯涼太

(しかも望月は『サイコパス』なんだよね。『サイコパス』が特定の人間に執着するって、結構レアなんじゃなかったかなぁ……? 共感性がないから他人に興味がない。だから害虫を潰すように人間を殺せる。それがセオリーだったような気もするんだけど……)



 涼太は頭をボリボリとかいた。


 こんなことなら、もっと真面目に犯罪心理学の講義を受けるんだった。


 涼太がそんなことを考えていると、



佐伯涼太

……おっ?
電話だ。
しかもコトちゃんからだ。



 琴乃から着信が入った。


 琴乃は今、牧瀬メスブタと一緒に望月邸付近の聞き込みに励んでいるはず。


 何か新情報を入手したのか。


 それともまさか、望月と接触したのだろうか。


 涼太が慌てて電話に出ると、



白石琴乃

……涼太さん?
琴乃だけど、今大丈夫?



 スマホの向こうから琴乃の声が響いた。


 やや興奮しているような声だ。


 涼太はスマホを持ち直しながら尋ねた。


佐伯涼太

もちろん大丈夫。
何かあった?
まさか望月と接触したの?

白石琴乃

ううん。
望月は見かけてない。
だけど、とんでもないものを発見したの。
見てもらいたいから、ビデオ通話にしてくれる?

佐伯涼太

平気だよ。
何を見せたいの?


 ビデオ通話に切り替えながら尋ねる。


 スマホの画面に琴乃と牧瀬の顔が映し出された。


 画面いっぱいに広がる2人の美女。


 その片方が、とんでもないことを言った。



白石琴乃

望月の自宅に突入したの。

見えるかしら?
これが望月の部屋。
たぶん涼太さんも入ったことないでしょ?



 涼太は「ぎょっ」してスマホを見つめた。


 きっとリビングだろう。


 2人の背後に大きなソファとテレビが見える。



佐伯涼太

……はぁぁぁ!?
ふ、ふ、不法侵入したの!?
何やってんのよ!?



 車内に涼太の絶叫がとどろいた。



佐伯涼太

それはいくらなんでもやりすぎ!
どうやって侵入したの!?
まさかコトちゃんの怪力でドアをぶち破ったんじゃないよね!?
ダメだよそんなコトしたら!



 琴乃と牧瀬が嫌そうに顔をしかめる。


 きっと涼太の声がうるさいのだろう。


 琴乃は鼻で笑いながら言った。


白石琴乃

バカなこと言わないで。
そんな野蛮なことしない。
ちゃんと『管理人さん』に頼んで開けてもらったの。

佐伯涼太

か、管理人さん!?
どうやって説得したの!?

白石琴乃

決まってるじゃない。
『泣き落とし』よ。
友達のフリをして「最近連絡がつかないからコロナにでもかかってないか心配なんです」って、泣いて頼んだの。
牧瀬さんの演技力は凄かったわね。
『嘘泣き』であそこまで号泣できる人を初めて見たわ。



 涼太はクラクラする頭を押さえながら息を吐いた。


 『最強の破壊神』『最強の変態』のコンビ。


 牧瀬は何をするのかわからないところがあり不安だったが、琴乃がついていれば大丈夫だろう。


 そのように考えていたが勘違いだった。


 冷静に考えてみれば、琴乃も無茶な行動を好む破天荒はてんこうガールだったのだ。



佐伯涼太

……と、とにかく、早くそこを出て!
望月が帰ってきたらシャレにならない!
警察に不法侵入したことがバレたら、僕たちの『証拠能力』が落ちることもありえるんだよ!

牧瀬美織

わかっています。
涼太さんのお叱りはあとで受けます。
しかし、今は私たちの話を聞いてください。


 牧瀬が画面に割り込んだ。


 スマホを持ちながら部屋の中を歩き回っている。


 琴乃は頷きながら言った。


白石琴乃

そうね。
とにかく見て。
たぶん事件が大きく進展する。
望月が『ロリコンサイコパス』である決定的証拠を見つけたのよ。






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つばこ

警察「『殺人事件』の証拠を持ってきたぁ……? 人様の家に不法侵入する輩が何を言ってんだ! 帰れ帰れ! 
お前たちのために捜査なんかしないもんね!」
 
なんてことを言われてしまうので、人は清く正しく生きていかなければならないのです。
ましてや天野くんは警視庁がマークするほどの危険人物。
証拠はきっちり集めないと、『恩返し編』でミスったように犯人を逃してしまうこともあるワケですね。
 
そんなこんなで天クソの更新も今週を入れて残り3回!
私も勘違いしていたのですが、8/28の更新がラストになります!
そろそろクライマックスに突入!
今週は6話も更新しているので、じっくり読んでくれたら嬉しいです!
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*´ω`*)

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コメント 14件

  • もり

    もうラストが迫ってるなんて信じたくないー!
    まだまだこれから天野くんが何をするか見たかったのになあ

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  • ちょぱ

    やっぱロリコンなんだ笑

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  • べっちん

    ロリコンサイコパス
    なんてパワーワードなんだw
    しばらく忘れないだろう…

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  • techiko

    「ロリコンサイコパス」

    普通のサイコパスよりも、恐ろしい。

    いや、ほんとうに恐ろしい。

    でも、最初に読んだ時は思わず吹き出しました。

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  • min

    6話更新はびっくらぽん

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