※今週(8/7)は2話更新となります。前話を見逃さないようご注意ください。






望月蒼真

……『メス』か。
切り札を出したね。



 望月は唇を歪めながら、天野が持つ『メスを眺めた。



 それは繊細な医療器具。



 しかし『天才クソ野郎』が握ると、あらゆる犯罪者の身体を切り裂く『凶器』に変わる。



 天野は舌打ちしながら望月を睨みつけた。



天野勇二

(ちくしょう……。避けやがった。『メス』を使うことも読んでいやがったか……)



 完璧な不意打ちだったのに。


 敵はその攻撃ですら見切っている。


 望月は自らの右腕が無傷であることを確かめながら言った。



望月蒼真

見事な攻撃だ。
切り札を出したタイミングも悪くない。
だけど、狙いが甘いね。
腕を切るつもりなら急所である肘裏ひじうら『手首』を狙わないと。

『メス』は振り回すけど、致命傷までは与えたくない。
そんな考えだから僕に劣るのさ。
もっと本性をさらけ出しなよ。
これは君がずっと待ち侘びていた『処刑』の時間じゃないか。


 涼しげな笑みを浮かべながら言葉を続ける。


望月蒼真

だけど、ひとつ勇二くんに忠告してあげよう。
今は『メス』を使うべきではない。
鈴本さんは『メス』で刺殺された。
そして君は容疑者。
こんなところで一般人を『メス』で切り裂いたら、自分が『殺人犯』だと名乗っているようなものだよ?
警察に逮捕されたら、大切な胡桃ちゃんを守れなくなってしまうじゃないか。



 偉そうにしつこく天野をあおっている。


 天野は顔を歪めながら唇を噛んだ。


 悔しいが望月の言う通りだ。


 自分が筆頭容疑者ひっとうようぎしゃであることは理解している。


 今は『メス』を使うべきではない。



天野勇二

チッ……。
ほざきやがれ!



 望月の顔面に『メス』を放り投げた。


 切れ味鋭い刃物がダーツのように飛んで行く。


 さすがの望月もこれは避けられなかった。


 両手を掲げて顔面をガード。


 天野は体勢を低くしながら、望月に向かって駆けた。


 狙いは両足を刈って地面になぎ倒すこと。


 スタンディングの状態では勝ち目が薄い。


 望月といえども、寝技に持ち込めば勝機はある…………はずだった。



天野勇二

……がはぁっ!?



 天野の側頭部から「ゴチン」という激しい衝撃音が響いた。


 望月によるカウンターの膝蹴りが突き刺さったのだ。


 激しい衝撃が脳を駆け抜ける。


 天野の動きが一瞬静止した。



天野勇二

(しまった……!)



 地面に崩れ落ちながら顔を上げた時。


 望月が両腕をこちらに向けながら、宙を旋回しているのが見えた。


 天野の首筋に腕を差し込みながら後方に移動。


 そのまま『チョークスリーパー』の体勢に入った。



天野勇二

ぐぐグっ……!
はぁっ……!



 望月の両腕が天野の首に食い込む。


 完璧に決まっている。


 振りほどくことができない。


 しかも抵抗する天野を無理やり引き起こし、体重をかけながら頸動脈けいどうみゃくを絞め上げている。



天野勇二

くそっ……!
胡桃、逃げろ……!



 天野は必死に叫んだ。


 かすむ視界の向こうに、青ざめている胡桃の姿が見える。


 やがて天野は自らの身体が「ふっ」と宙に浮くのを感じた。


 望月はスリーパーを決めながら、後方に逆落さかおとし』で投げ飛ばそうとしているのだ。



天野勇二

(まずい……! こいつはこれで、黒崎くろさきたちを絞め落としたのか……!)



 くるんと身体が持ち上がり、天野の視界に空が見えた。


 意識が一気に遠のく。


 脳裏のうり『敗北』という2文字が浮かんだ時。


 何かが横から飛び込んできた。




天野胡桃

……や、やめてぇ!



 胡桃だ。


 持っていた鞄を掲げながら、天野と望月の間に割り込む。


 3人がもんどり打って地面に倒れる。


 胡桃は素早く立ち上がると。



天野胡桃

ちい兄ちゃんから離れて!
離れてよぉ!



 鞄を振り上げ、望月の頭に叩きつけた。


 一発、二発、三発。


 望月は自らを叩く胡桃を半眼で見上げた。



望月蒼真

胡桃ちゃん……。
落ち着いてくれ。
これは僕たちにとって必要な儀式なんだ。
君も理解しているはずだ。



 頭を叩かれながらも、望月は冷静に胡桃を諭している。


 胡桃は果てしないほどの気色悪さを覚えながら、天野のもとへ走った。


 咳き込む兄をかばうように立ち、スマホの画面を望月に突きつける。



天野胡桃

もうやめて!
110番しました!
すぐにお巡りさんが来ます!
もう私たちに近づかないで!



 胡桃は激しい怒りの表情を浮かべている。


 全身で望月を拒絶している。


 望月は小さなため息を吐きながら言った。


望月蒼真

近づくなって?
そんなこと、できる訳がない。

天野胡桃

だから来ないでよ!
ちい兄ちゃんや、ゆう兄ちゃんの悪口を言うなんて、絶対に許せない!
誰か!
この人を捕まえてください!



 胡桃が助けを求めて叫んだ。


 ここはありふれた住宅街の路上。


 数人の通行人や住民が、遠巻きに天野たちの様子を伺っている。


 あれだけ大声をあげながら喧嘩していたのだ。


 誰もがスマホを片手に持ち、望月を怯えたように注視している。



天野勇二

……ごほっ、ごほっ……。

天野胡桃

ちい兄ちゃん!?
大丈夫!?
もうすぐお巡りさんが来るからね!

天野勇二

ああ……。
だが、待て。
まだ決着はついちゃいない……。



 天野が喉元を押さえながら立ち上がった。


 どんどん集まってくる野次馬。


 遠くで響いているパトカーのサイレン。


 そんなものを無視して構える。



天野勇二

望月よ……。
この程度で俺様を倒せたと思うな。
時間は残り少ない。
警察が来る前に叩き潰してやる。



 望月を睨みつけながらせまるが、もう相手は天野を見ていなかった。


 ただ胡桃のことだけを見つめている。


 その眼差しは、失望に染まっていた。



望月蒼真

……残念だ。
君は何もわかっていない。
運命というものを理解していないんだ。



 一切の感情がこもっていない声で胡桃に語りかける。



望月蒼真

君は僕を愛している。
僕だってそうだ。
勇二くんと決別することが、君の人生に必要なんだ。
なぜそれを実行できないんだ。

天野勇二

ああん……?
テメェ、何を言ってやがる。

望月蒼真

僕たちが積み重ねた年月を忘れたのか?
君だけが僕を理解できる。
僕だけが君を理解できるんだ。
そのことを思い出すんだ。

天野勇二

おい望月。
ワケのわからないことを抜かすな。
胡桃が貴様のようなロリコンの変態を理解できるはずないだろう。

望月蒼真

…………



 望月は黙って立ち上がった。


 周囲の野次馬は「望月のほうが危ない」「女子高生を守ったほうがいい」と判断したのか、ゆっくり天野たちのもとに向かっている。


 誰もが望月に奇異きいを見る眼差しを送っている。



望月蒼真

……フフフッ。


 望月はそれらを振り払うように唇を歪めた。


 キザな仕草で髪をかき上げ、メガネのフレームを整える。


望月蒼真

勇二くん。
命拾いしたね。
ここで失礼させてもらう。
やはり君との『組手くみて』は、邪魔の入らない場所で行うべきだったな。


 気味の悪い笑みを浮かべながら言葉を続ける。


望月蒼真

ねぇ胡桃ちゃん。
君は何かを誤解しているようだ。
これで僕たちが終わる訳じゃない。
僕たちはまだやり直せる。
また迎えに来るからね。
君の機嫌が直ることを願っているよ。



 そこまで告げると、望月は背を向けて走り去った。


 天野は追いかけようとしたが、走り出すことができなかった。


 顎先を打ち抜かれた衝撃ダメージが残っているのか、まだ視界が揺れている。


 軽い脳震盪のうしんとうを起こしたのかもしれない。



天野胡桃

ちい兄ちゃん……。
血が出てるよ。
手当しないと。



 胡桃が涙目で天野の顔を見上げている。


 天野はそこで自らの額から血が流れていることに気づいた。


 頭突きの際に切ったのだろう。


 どんどん近づいてくるパトカーと救急車のサイレン。


 天野は放り投げた『メス』を拾いながら、胡桃に尋ねた。


天野勇二

すまなかった。
危険な目に遭わせてしまったな。
胡桃に助けられたよ。
怪我をしてないか?

天野胡桃

う、うん……。
私は大丈夫だけど……。

天野勇二

ならば家に帰ろう。
望月について訊きたいことがある。
構わないな。

天野胡桃

うん……。


 頷く胡桃の手を引きながら、天野は深いため息を吐いた。



天野勇二

(くそったれめ……。この俺様が絞め落とされそうになるとはな……)



 天野の全身を屈辱が包み込んでいる。


 『完全敗北』


 その言葉しか当てはまらない。


 しかも愛する妹の前での失態。


 おまけに胡桃の援護がなければ、天野は望月の前で失神しっしんしていただろう。


 敗因は望月の『トラッシュトーク』にペースを乱されたこと。


 激高げっこうして我を失った時点で、天野は望月に敗北していたのだ。



天野勇二

(だが、収穫はあった。あいつ、もしかすると……。これは姫子に調べさせる必要がありそうだな……)



 隣を歩く胡桃を見つめる。


 胡桃は涙を浮かべながら、天野の顔だけを心配そうに見上げていた。







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つばこ

天野くんは完全無欠の無敵超人ではなく、負けたり撤退することも少なくない主人公です。
ちなみに初めての敗北は『ミスコン編』の1話ですね。
『美人探偵編』の8話や『アルカナ編』ではガチで死にかけてます。
 
脳内にいる天野くんには何度も言ってるんですが、私はキミが負ける場面をあまり書きたくないんですよ……。
もうちょっと頑張ってくれませんかねぇ。
しかも君は大体、逆上するか油断して負けるんだ。
まだ拳銃を隠し持ってるよね?
望月の姿を見つけた瞬間に「パンパンパンパーン」で良かったじゃないですか。
負けるぐらいなら逮捕されたほうがいいよ!
次はしっかり頼むぞ!!!
 
そんなこんなで『望月編』も終盤に入ってきました。
最近はすっかり暑くなってきたので皆さま気をつけて!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 17件

  • ReLIFEer

    ここでつばこさんの推しメン聞いてみたい。。。(お○さまより)

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  • みょん

    鈴本さんの事件、警察はメスは凶器になっていないって言ってたのに、望月はメスが凶器だと思い込んでる。
    そして、あの現場にメスがあったことを知っているってことは、、、何なんだろう??

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  • べっちん

    望月編の終盤?てことは、その先があるってことですね。
    望月がラスボスではないと思ってしまう。
    胡桃ちゃん、頑張ったね!

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  • ちょぱ

    コトちゃんと望月どっちが強いのかな

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    うーん、やっぱり望月強いな。ってことしかわからん 笑
    冷静でさえいれば天野くんが勝てるのか微妙な気がする……

    とはいえ、チョークスリーパーが強力だったとして、どうやって銃撃戦真っ只中のチャイニーズマフィアと黒崎さん全滅させたんだよ 笑笑

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