その日、胡桃は鼻歌をかなでながら、高校からの帰り道を歩いていた。



 今日は胡桃の『誕生日』



 それもただの誕生日ではない。



 結婚することも可能となる『16歳』の誕生日だ。



天野胡桃

(うふふ……。今夜が楽しみだなぁ。ちい兄ちゃんが『パーティ』してくれるって言うし。どんな誕生日プレゼントを用意してくれるのかなぁ……)



 期待に胸を膨らませながら天野のこと、そしてこの1年間を思い浮かべる。



 まさに激動げきどうという言葉がぴったりの1年だった。



 本当に色々なことがあった。



 家族とは血のつながらない『義妹』であることを知り、生まれて初めて人生に絶望した日々。



 当たり前に感じていた幸せが『偽り』のように感じてしまい、何もかもがいやになってしまった。



 『JK散歩』という不埒ふらちなアルバイトを始めたのもそのため。



 男の人が自分に向ける『視線』を初めて怖いと感じたり、気持ち悪いオタクに襲われたり。



 挙句あげくの果てには謎の組織に誘拐されてしまった。



 何度も身の危険を感じた。



 このまま死んでしまうのかとも思った。



 それでも、どんな時でも、天野が助けに来てくれた。



 あれほど怖い思いをしたのに、病室で兄と過ごした時間を思い出すと、不思議と心が暖かくなる。



 あの夜のことは、きっと一生忘れないだろう。



天野胡桃

(今思えば、なんであんなことでスネちゃったんだろう。私も子供だったな。改めてちい兄ちゃんに謝らないと……。それから……)



 胡桃の頬はニマニマとゆるんでいる。



天野胡桃

(お母さんは約束通り『HARBSハーブス』のバースデーケーキを買ってくれたかなぁ……。伊藤いとうさんや大和やまとくんや桃太郎ももたろうに会えるのも楽しみ。また桃太郎と散歩できるかなぁ。もし悠子ちゃんがパーティに来てくれたら、大和くんはビックリしちゃうだろうなぁ……)



 頭の中は楽しいことでいっぱい。


 世界の全てがバラ色に輝いて見える。


 思わずスキップしてしまいそうだ。


 胡桃が小走りで家路を急いでいると、





望月蒼真

……やぁ、胡桃ちゃん。
久しぶりだね。



 ふいに望月が現れた。



天野胡桃

あっ……。
望月さん。
お久しぶりです。


 胡桃はぺこりと頭を下げた。


 兄である勇一の友人であり、たまに家に来るオジサンだ。


 そういえば、なぜか望月は毎年『誕生日プレゼント』をくれる。


 胡桃はそのことを思い出しながら声をかけた。


天野胡桃

あの……。
この間は助けていただき、本当にありがとうございました。
望月さんはお怪我なかったですか?


 改めて御礼を告げる。


 望月は涼しげな微笑を浮かべた。


望月蒼真

僕は大丈夫さ。
それより君に怪我がなくて良かった。
そのは変わりないかな?

天野胡桃

はい。
今は落ち着きました。
しばらくはお母さんがよく泣いてましたけど、すっかり元通りになってますよ。

望月蒼真

それなら良かった。
君も怖い思いをしただろう。
あの時のことを思い出したりしてないかな?

天野胡桃

へっちゃらですよ。
私は『天才クソ野郎』の妹ですもん。


 どこか誇らしげに胸を張る。


 胡桃は慌ててたように言葉を付け足した。


天野胡桃

……って、そんなこと言っても、望月さんはよくわかんないですよね。
『天才クソ野郎』っていうのは、ちい兄ちゃんの『あだ名』なんです。
変わった『あだ名』ですよね。


 照れ臭そうに胡桃がはにかむ。


 普段はそれほど会話を交わさないオジサンだが、今日の胡桃は機嫌が良い。


 もちろん『誕生日』のせいだ。


 「望月が誕生日プレゼントをくれるかもしれない」といった、ちょっとしたよこしまな気持ちもある。


 だからこそ上機嫌で語りかけているのだ。


 望月は苦笑しながら言った。


望月蒼真

ふふっ……。
『天才クソ野郎』か。
悪くないね。
勇二くんにぴったりの『あだ名』だと思うよ。

天野胡桃

本当ですか?
なんだか『中二病』みたいでダサくないですか?

望月蒼真

そんなことはないさ。
人は様々な『あだ名』をまとい、自分自身を表現するものだ。
僕はその行為を否定しないよ。


 望月は優しげに告げている。


 胡桃は嬉しそうに頷いた。


天野胡桃

そうですよね!
私もそう思うんです。
友達はちょっとダサいって言うんですけど、私はそれもちい兄ちゃんらしいなって……。

……あっ、そうだ。


 思い出したように言葉を続ける。


天野胡桃

望月さん……。
ちい兄ちゃんのこと、本当にごめんなさい。
望月さんは助けに来てくれたのに、ちい兄ちゃんは酷いことばかり言って……。
怒ってませんか?


 望月はどこかまぶしげに胡桃を見つめた。


 まるで木漏れ日のような微笑を浮かべている。


望月蒼真

まったく気にしてないよ。
もちろん少しは悲しく思っているが、それも仕方のないことだろう。
僕は以前、勇二くんを怒らせたことがあってね。

天野胡桃

えっ……?
そ、そうなんですか?

望月蒼真

ああ、失言しつげんだったよ。
あの時は、僕も平常心ではいられなくてね。
勇二くんが僕を嫌うのも無理はないと思っている。


 胡桃は小首を傾げながら望月を見上げた。


 天野と望月が仲違なかたがいしていることは察している。


 しかし、その原因が望月にあるとは思わなかった。


望月蒼真

機会があればしっかり謝罪したいよ。
彼は勇一の大切な弟だ。
『血のつながり』はないけど、僕にとっても弟のような存在だからね。


 望月は寂しげに言葉を吐き出している。


 胡桃はそれを聞いて思い出した。


 機会があれば尋ねてみたいと思っていたのだ。


天野胡桃

あの、望月さん。
そういえば改めて訊きたかったんですけど……。

望月蒼真

うん?
何かな?

天野胡桃

どうして、望月さんは私が『養子』であることを知ってたんですか?
お母さんもちい兄ちゃんも、それは誰にも教えてないって言ってました。
誰から聞いたんですか?

望月蒼真

ああ、そのことか。
言ってなかったかな?


 望月は肩をすくめながら言葉を続けた。


望月蒼真

勇一ゆういちから聞いたんだよ。
もう10年以上前になるのかな。
僕たちは互いの全てをさらけ出すほど仲が良かった。
「誰にも言わない」という約束で教えてもらったんだ。

天野胡桃

ああ……。
そうだったんですか……。
そっか、ゆう兄ちゃんが……。

望月蒼真

だけど、君が知らないとは想定外だったね。
てっきり君は知っていると思ったんだよ。
悪いことをしたものだ。
まさか桃子さんや勇二くんが伝えることを忘れていたとは……。
本当にすまなかったね。


 望月は瞳を伏せながら謝っている。


 それを見て胡桃は思わず苦笑してしまった。


 いつも余裕たっぷりの『オジサン』にしては珍しい態度だ。


 まるで言い訳を重ねる子供のようだと、胡桃は感じた。


天野胡桃

いいんです。
悪いのはお母さんとちい兄ちゃんですから。
ちょっと2人とはケンカしましたけど、もう仲直りしてます。
気にしないでください。

望月蒼真

そうか……。
だけど、そのせいで君は『ふざけたアルバイト』を始めてしまった。
あれは伝えるべきではなかったと、本当に後悔しているんだよ。


 胡桃は驚いて望月を見上げた。


天野胡桃

ふざけたアルバイト……?
そ、それって、なんのことですか?

望月蒼真

『JK散歩』のことさ。
あれは良くないバイトだ。
もう辞めたよね?

天野胡桃

うぇっ!?
そんなことまで知ってるんですか!?
は、恥ずかしいなぁ……。


 胡桃はあたふたしながら頬を押さえた。


 いくら相手が『どうでもいいオジサン』だとしても、『JK散歩』のことを突っ込まれるのは恥ずかしい。


 胡桃は誤魔化すように言った。


天野胡桃

もうあれは辞めました。
やっぱり良くないと思いましたし、怖い思いもしましたから……。

だけど望月さん、私のことを色々知ってるんですね。
もしかすると、今日が何の日なのか、知ってたりしますか?


 満面の笑みを浮かべながら話題を逸らす。


 もちろん今日は胡桃の『誕生日』


 胡桃はさりげなく『誕生日プレゼント』をねだろうとしているのだ。


 望月は胡桃のあざとい笑顔を見つめながら言った。


望月蒼真

ふふっ……。
君は幼い頃から変わらないと思っていたが……。
やはり大人になったね。


 首を横に振りながら涼しげな笑みを浮かべる。


望月蒼真

だけど、その程度では君の魅力はかげらない。
君はいつだって可愛らしく、それでいて美しい。
君の心の中には澄み渡るような青空がある。
本当に可憐かれんな少女だよ。
勇二くんが目に入れても痛くないほど可愛がっているのも理解できるね。

天野胡桃

えっ……?


 胡桃はきょとんとして望月を見上げた。


天野胡桃

いきなり、どうしたんですか?
望月さんって、結構キザなことを言うんですね。

望月蒼真

そうかな?
君にはいつも伝わっていたはずだけどね。

天野胡桃

伝わっていた……?
何がですか?

望月蒼真

とぼけなくていいんだ。
今は僕たち2人きり。
自分を偽る必要はない。
瞳だけで愛情を交換する必要もないんだよ。


 望月はずっと涼しげに微笑んでいる。


 胡桃はそれ見て、何か「ぞくり」とするものを感じた。


 自分は知っている。


 これと同じような『視線』『言葉』を知っている。


 『JK散歩』をした時、嫌というほど『秋葉原のキモオタたち』から浴びせられた。



天野胡桃

あ、あはは……。
本当にどうしたんですか?
子供をからかわないでくださいよぉ……。



 胡桃は引きつった笑みを浮かべながら後退した。


 これまで望月から『そんな気配』を感じたことはなかった。


 それとも、気づかなかっただけなのだろうか。



天野胡桃

も、もう帰らないと……。
お母さんが待ってるんです。
失礼しますね。

望月蒼真

待ってくれ。
胡桃ちゃんに渡したいものがあるんだ。
君がずっと「欲しい」とねだっていたものだよ。


 そう言いながら、望月がポケットに手を差し込む。


 胡桃は嫌な予感を覚えた。


望月蒼真

愛する君に贈る『誕生日プレゼント』だ。
16歳の記念に受け取ってほしい。
ちゃんと君が望んだ通り、給料3ヶ月分のものを用意したよ。


 胡桃の背中に「ぞぞっ」とする悪寒おかんが走った。


 望月が取り出したのは小さな箱。


 指輪リングを入れるためのケースだ。


 望月は苦笑しながら言葉を続けた。


望月蒼真

本当はね、もっと時間をかけるつもりだったんだ。
その点はすまないと思っている。
僕たちの関係は永遠であり、どれだけ時間をかけても不変だ。
可能な限りの準備を整えて、今日という特別な日を迎えたいと思っていた。
だけど、僕にはあまり時間が残されて…………。


 望月の言葉が途切れた。


 険しい表情で胡桃の背後を見つめている。


 胡桃が思わず振り返ると、



天野胡桃

ち、ちい兄ちゃん……!



 道の彼方に真っ赤な車が見えた。


 派手なエンジン音をあげながら迫りくるポルシェ。


 猛スピードで飛ばしている。


 ポルシェは胡桃の傍で急停車すると、



天野勇二

……胡桃。
遅いじゃないか。
迎えに来たぜ。



 運転席から天野が現れた。





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つばこ

よく見ると結構質問を見落としてたw
ごめんなさい!
つばこはうっかり屋さんだからどんどん教えてくださーい!
 
【質問コーナー】
Q:天クソは他のノベル作品に比べて、挿し絵が多いように思います。それはこだわりなのでしょうか?
A:たぶん他作品より多いですね。天クソは連載当初から「月2枚」で挿絵をお願いしてます。ただ、挿絵のルールは作品によってバラバラでして、例えば「異世界編」「黒魔術」「さとりとつくし」などは定期的な挿絵の発注がありませんでしたが、結構なキャラクターの吹き出しアイコンを描いてもらいました。天クソはそういうのがないので「印象的なシーンかつ吹き出しアイコンが確保できる挿絵」を毎月お願いする必要があったワケです。これがある意味こだわりと言えるかも。無茶な注文に応えてくれた歴代の絵師様には感謝しかありません。
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!

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コメント 20件

  • ちょぱ

    気持ち悪いけど逃げ場のある外で良かった!

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  • umi

    時間が残されてなくて……?

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  • MeG

    望月が指輪出してきた時『ヒイッ』て素で声出た。
    家でよかった笑

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  • 夏美

    うわぁ…
    光源氏かよ…と結構真顔でドン引きしました…

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  • わみ

    うーーーわーーーやべぇやつやーーーー

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