※今週(7/17)は3話更新となります。前話を見逃さないようご注意ください。





天野勇二

それは膵臓すいぞうがん』を患ったステージ4の末期患者だった。
かつて望月が担当していた患者の1人。
それが自宅療養中に死亡する事件が発生したのさ。



 新しいタバコを咥えながら、天野が首を横に振る。



天野勇二

……いや、正確に言えば『事件』ではないな。
限りなく『事件性』を匂わせる『病死』だった。
そのように言うべきだろう。


 琴乃が訝しげに尋ねる。


白石琴乃

病死……?
それなら病院で亡くなったの?

天野勇二

そうではない。
患者は一時外泊中で自宅に戻っていてな。
表向きでは眠っている最中に容態が急変したことになっている。

ところが死亡する数時間前、自宅を訪ねた1人の男がいた。
それが誰なのか……。
言わなくても理解できるだろう。


 仲間たちの顔に緊張が走った。


 富樫が震える唇をこじ開ける。


富樫和親

ま、まさか……。
望月ですか?
望月が、亡くなる直前の患者さんに、接触していたんですか……?

天野勇二

そうだ。
しかも当時の望月は担当から外れていた。
つまり往診していたワケでもない。
仕事とは別のプライベートな理由で、患者の自宅に上がりこんでいたんだ。

富樫和親

それは明らかに不自然ですね……。
病院で問題にならなかったんですか?

天野勇二

問題になったさ。
院内でも望月を処分すべきかどうか、それなりの騒ぎになった。

白石琴乃

望月はなんて言ったの?
どうせ何か『言い訳』をしたんでしょ?

天野勇二

ああ、望月の弁明はこうだ。

入院中は懇意にしていた患者さんなので、時々様子を見に行っていた。

容態が急変したことは「何もわからない」の一点張りだった。


 前島が青ざめながら尋ねる。


前島悠子

そんな……。
もしかすると、その患者さんも『安楽死』を希望していたんですか……?


 天野は神妙な表情で頷いた。


天野勇二

その通りだ。
『膵臓がん』の苦しみは相当なものでな。
特に『がん』が膵臓の後ろ側にある腹腔神経叢ふっくうしんけいそうを圧迫すると、背中から腰に想像を絶するほどの激痛が走る。
しかもそれが朝から晩まで絶え間なく続くんだ。
看護師に聞いた話では、かなり生きる気力を失っていたらしい。
あれこそが望月の嘱託しょくたく殺人』だったと、俺様は確信している。

富樫和親

それも『病理解剖』されなかったんですか?

天野勇二

されなかった。
多少は疑わしい状況だったが、患者に残された時間は僅か。
遺族が『病院の対応』に満足したこともあり、騒ぎ立てることを望まなかった。
そうなれば『行政解剖』『病理解剖』も見送られてしまうのさ。


 吐き捨てるように言葉を続ける。


天野勇二

そうなると、病院も騒動にすることは避ける。
臭いものに蓋をする、その言葉通りだ。
結果、ただの『病死』として扱われた。
死因は定かではないが、それで全員が満足してしまったんだ。
まぁ、それ自体は別に珍しい話でもない。


 琴乃が呆然とした表情で息を吐く。


 唸るように言った。


白石琴乃

言いたいことはわかった。
だけど、こんなのどうしようもないじゃない……。
仮に『殺人事件』だったとしても、それを証明する手立てがない。
誰も被害届なんか出さない。
それに……。


 琴乃がどこか迷ったように言葉を続ける。


白石琴乃

本当にそれって、悪いことなのかしら……?

いや私だって『嘱託殺人』が許されないことは理解してる。
でもね、患者さんは想像を絶するほどの苦しみに襲われてたんでしょ?
生きることが辛かった。
だから『尊厳死』という選択肢を選んだ。
それが罪に問われる行為だったとしても、仕方ない側面もあるんじゃないかと思うんだけど……。


 琴乃は恐る恐る天野を見つめた。


 天野は腕を組み、黙って琴乃を眺めている。


 琴乃はまるで言い訳するかのように言葉を重ねた。


白石琴乃

……ごめん。
ここまできたらはっきり言う。
私ね、『ドクター・キリコ』みたいなのって嫌いじゃないのよ。
だってある意味、患者さんのことをしっかり考えてるでしょ?

もちろん望月が殺人医師ドクター・デスなら捕まえてやりたい。
だけど、やっぱり腑に落ちないの。
天野くんほどの人がそこまで執着して憎むほどの犯罪者なのかなって、そう考えちゃうのよ。


 天野は鋭い瞳で琴乃を見つめた。


 仲間たちは真正面から反論をぶつけた琴乃を、どこか感心したように眺めている。


 琴乃はまだ納得していないのだ。


 天野が個人的な感情で望月を逆恨みしているのではないかと感じているのだ。


天野勇二

……琴乃よ。
お前は本当に大した女だな。


 タバコの煙をくねらせ、天野はなぜか嬉しそうに言った。


天野勇二

正直に言うと、かつての俺はお前のことを認めていなかった。
何が『美人探偵』だ。
大学生のくせにガキの遊びに興じるイカれた女だと、そのように考えていた。

白石琴乃

なっ……!
何よいきなり!
ケンカ売ってるの!?
『学園の事件屋』に言われたくないんだけど!

天野勇二

そういきりたつな。
今は違う。
お前が『チーム』にいてくれて良かった。
俺様の仲間はイエスマンばかりになっていたからな。
こうして反論してくれるのは、なかなか悪くない気分だ。


 天野は「クックックッ…」と偉そうな笑みを浮かべている。


 涼太はそれを見ながら心の中で呟いた。


佐伯涼太

(イエスマンかぁ……。確かにチームの面々は弟子メスブタ。あとは素直な富樫くん。そして勇二にしか心を開かない電脳姫だからねぇ……)


 どれも驚くほどのイエスマンばかり。


 天野はしばらく満足気な笑みを浮かべていたが、


天野勇二

それでも俺様は望月を疑う。
お前には『執着』に見えると思うが、俺様にはわかるんだ。
アイツは最悪の犯罪者だ。
あんなヤツを野放しにすることはできない。

白石琴乃

で、でも……。
それは『安楽死』『尊厳死』を、許さないってことなの……?

天野勇二

それも違う。
先ほども言ったが、俺はそれらの是非を問うつもりはない。

だが、望月は別なんだ。
俺はあいつの本性を見抜いた。
望月は患者のために殺しているんじゃない。
望月自身が持つ『優生思想』のために殺しているんだ。


 唇を噛みしめながら言葉を続ける。


天野勇二

『尊厳死』『安楽死』なんて、望月が持つ性的欲求を満足させるための建前に過ぎない。
望月は自らの欲望を満たすための『道具』として患者を扱っているんだ。
しかも医師という仮面を被ってやがる。
俺様はあんな卑怯な存在を許すことができない。


 天野が琴乃を睨みつける。


天野勇二

お前が言いたいことは理解できる。
だが俺は一生懸命に生き抜き、苦しい病と戦い、それでも生きる気力を失った患者が、望月のようなサイコ野郎の『性的欲求を満たす道具』にさせられるのが我慢できねぇんだよ。
そんなことが『尊厳死』と呼ばれてたまるか。

俺は望月を潰す。
絶対に叩き潰す。
もしお前が『チームの一員』だと言うなら、俺を信じて協力してくれ。

白石琴乃

うっ……。


 琴乃は言葉を詰まらせながら天野を見つめた。


 天野の双眸そうぼうには凶暴な炎が揺らめいている。


 誰もが恐れる野蛮なクソ野郎。


 しかし、それだけではない。


 瞳の奥には、天野だけが持つ何かがきらめいている。


 琴乃はやがて諦めたように言った。


白石琴乃

……わかった。
私には望月って人の正体がわかんない。
それが悪いことなのか、今ひとつ自信がない。
でも、あなたを信じる。
リーダーの言うことを信じるわよ。
それに『名探偵』だったら、『嘱託殺人犯』を見逃すはずないだろうし……。


 肩をすくめながら尋ねる。


白石琴乃

でも、本当にどうするつもり?
患者さんが望月に『殺人を依頼した』という証拠も出なかったんでしょ?


 天野は忌々いまいましげに頷いた。


天野勇二

ああ、何も出なかった。
死体が荼毘だびされた時点で全ての証拠は消滅。
永遠に罪に問われることはなくなった。
完全犯罪の成立というワケだ。

富樫和親

もし本当に望月が殺したとしたら、どんな手段を使ったんでしょう?

天野勇二

いくつか手段はあるが……。
俺はこれじゃないかと踏んでいる。


 天野は懐から『錠剤』を取り出した。


 鈴本の死体に残されていた『バルビツール酸系』の睡眠薬だ。


天野勇二

これは『バルビツール酸系』の睡眠薬だ。
『バルビツール酸系』には強い催眠や鎮静作用があってな。
脳の覚醒を抑えたり、不安や緊張を鎮めたりする薬に使われる成分なんだ。
『睡眠薬』はもちろんのこと、『抗てんかん薬』や『麻酔薬』など、様々な場面で使用されている。


 舌打ちしながら錠剤を睨みつける。


天野勇二

だが、こいつは違う。
アメリカでは『安楽死』に使われたこともある非合法な睡眠薬だ。
数錠も口にすれば眠るように死ぬことができる。
所持しているだけで逮捕されちまう代物だよ。


 仲間たちが驚愕の表情で錠剤を見つめる。


 それが真実であれば、それはただの睡眠薬とは言えない。


 人体を死に至らしめる『毒物』だ。


前島悠子

な、なんで師匠がそんなものを……?
『武器屋・電脳姫』で購入したんですか?

天野勇二

昨晩、殺された看護師……。
鈴本の死体から見つけたのさ。

前島悠子

え、えぇっ……?
殺された人が、持っていたんですか?
それを持ち出したんですか?
それってヤバいんじゃないんですか?


 困惑の声を無視して、天野が言葉を続ける。


天野勇二

なぜ鈴本がこれを所持していたのか……。
現時点ではなんとも言えない。
俺様に渡すつもりだったのか。
飲ませるつもりだったのか。
それとも『犯人』が鈴本の死体に仕込ませたのか……。
だが、もしこれが『望月の犯行』に使われたのであれば……。

白石琴乃

容態が急変したかのように『病死』させることができる……。
そして『病理解剖』されなければ、バルビなんとかって睡眠薬が見つかることもない……。
そういうことなのね。


 琴乃の言葉に天野が頷いた時。


 テラスの階段を上る足音が響いた。


 弱々しくかぼそい足音だ。


 テラスに誰かがやって来る。


 全員が鋭い瞳でテラスの入り口を睨みつけた。



板垣姫子

………ん?
な、なに……?



 姫子が「びくっ」と身体を震わせた。


 天才クソ野郎の最終兵器リーサルウェポン、電脳姫のお出ましだ。


 全員から注目されたため少し怯えている。


 天野はタバコを灰皿に押し込みながら言った。


天野勇二

姫子か。
ハッキングは終わったのか?

板垣姫子

う、うん……。


 姫子はやつれた表情で頷いた。


 目の下には深いクマがある。


 きっと夜を徹してハッキングに励んだのだろう。


板垣姫子

まだ、途中だけど……。
潮時しおどき……。
警察、来たし……。


 姫子がポソポソした声で呟く。


 あまりに言葉数が少ないので理解しにくいが、


「ハッキングの途中だったけど、突然PCにアクセスできなくなっちゃった。警察が被害者のPCを押収したんだと思う。これ以上のハッキングは危険と判断して切り上げたの」


 ……と伝えているのだ。


天野勇二

なるほどな。
それが懸命だろう。
新情報は見つかったか?


 天野が尋ねると、姫子はこくこくと首を縦に振った。


板垣姫子

見つかった……。
もう、すんごいの、見つかった……。

天野勇二

ほう?
何があったんだ?

板垣姫子

看護師の、SNSに……アクセスできたの……。
だけど……先手、打たれてた……。
ほとんどの、記録が……消されてる……。

天野勇二

なんだと?
鈴本のSNSだよな?
鈴本自身が削除していたのか?

板垣姫子

たぶん、ちがう……。
たぶん、第三者……。
誰かが、SNSにアクセスして、消した……と思う……。


 無表情ながらも、どこか興奮したように言葉を続ける。


板垣姫子

これは、あやしい……。
看護師、殺したあと……慌てて……SNSのメッセを、消した……。
たぶん、それ……。

天野勇二

『犯人』がログインして履歴を消したのか。
他人に見られては困ることがあった。
その可能性が高いな。

板垣姫子

そう……。
めっちゃ、クロい……。
まっくろ、くろすけ……。
苦労して、キャッシュから、引きずり出した……。


 姫子がテラスの椅子に腰掛ける。


 そして数枚のプリントアウトされた紙を取り出した。


 テーブルに広げて指さす。


板垣姫子

なんとか、見つけた……。
看護師……。
事件に、関与してる……。


 一同は覗き込むようにそれを見つめた。


 記されているのはDMのやり取り。


 鈴本は『K』という名のアカウントを使い、『真由子』という名のアカウントにDMを送っている。


 最後の日付は3日前。


 そこには以下のやり取りが記されていた。










それでは3日後の17時に、ご自宅まで訪問させていただきます。

真由子

ありがとうございます。

念のため確認しますが、ご家族やヘルパーが来訪する予定はありませんね?

真由子

はい、大丈夫です。
本当にこの時を待ち侘びておりました。
Kさんにお会いすることを楽しみにしております。

かしこまりました。
これまでお辛い思いをされましたね。
最後は苦しむこともなく、安らかに旅立てることをお約束します。
ご安心してその日をお待ちください。









 天野たちは青ざめながらそれを見つめた。



 DMの履歴はそのメッセージで終わっている。



 『3日後』とは本日。



 現在の時刻は15時なので、約束の時間まであと2時間しかない。



 DMの始まりは、『K』という鈴本のアカウントから始まっていた。








突然のDM失礼いたします。
真由子様のツイートを拝見しました。
もし本当に『尊厳死』をお望みであれば、お手伝いすることが可能です。
ご興味がありましたらご返信ください。








佐伯涼太

うわぁ……。
これはもう、マジじゃん……。
激ヤバじゃんか……!



 涼太の身体がガタガタ震えている。



 天野は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。



天野勇二

これが嘱託しょくたく殺人』のやり取りか……。
鈴本たちはSNSで『依頼人』を探し、秘密裏に接触していたんだな。






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つばこ

【質問コーナー】
Q:涼太くんの経験人数と初体験の年齢が知りたいです!
A:これはいつかエピソードでお届けする予定でした。つまりは涼太くんのチェリオを奪った女の子を登場させる予定だったのです。なのでネタバレしちゃいますが『16歳』です。なお経験人数は「300人を超えたあたりで数えるのをやめちゃった」ということになってます。とんでもないですね。せっかくなので涼太くんのモデルはつばこ本人ということにしてください(´∀`*)ウフフ
 
そんなこんなで本エピソードも折り返し地点に入りました!
暑くなってきたので熱中症などに気をつけて!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 18件

  • みゆ

    3話更新ありがとうございます!!ゆっくり楽しませていただいています!!
    シリアスな話だったのに作者コメントで笑ってしまいました…涼太くんの初体験のお話読みたかった…すごく読みたかったです…いつかどこかでぜひお願いします…!!!

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  • LAMP

    天クソは勉強になることが多いよな

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  • ばやし

    望月さんが優生思想の持ち主だとして、安楽死に手を貸すかなぁ?
    言い方悪いけど、弱者が苦しんでようとどうでもいいって思う気がする…

    望月さんも同じ事件を追ってて、勇一さんを疑ってるとか?んー、それはないか?

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  • ぽむ

    300から数えてないってやばいでしょwwww
    やっぱり涼太のちん〇タロットカードで切られるかもぎ取られるかしちゃえば良かったのにwwwもぎ取られなくて良かったねなんて言わなきゃ良かったわwww

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  • ニル

    Kは発音しない文字でもあるから名前と関係ないこともあって誰だかわかんないね

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