天野勇二

俺が大学生になり、医療について本格的に学び始めた頃だった。
『神埼』の外科病棟で『変死』が多発していることに気づいたんだ。
それも末期患者や重症の患者ばかり。
しかもその全員が、生前に『安楽死』を望んでいたんだよ。



 天野が新しいタバコを取り出す。


 火をつけながら言葉を続けた。



天野勇二

俺はそれに違和感を覚えた。
患者の死亡数ではなく、全員が『積極的安楽死』を強く望んでいたことが気になったのさ。

当たり前の話ではあるが、神埼は『尊厳死』『安楽死』を認めていない。
基本的に『消極的安楽死』も断っている。
患者が治療の中止を希望しても、受け付けることはまれなんだよ。


 前島が生唾を飲み込み、言葉を選びながら尋ねる。


前島悠子

えっと……。
『消極的安楽死』って、どういうことなんですか……?
一般的な『安楽死』とは何かが違うんですか?

天野勇二

簡単にいえば、患者の希望により治療を打ち切るということだ。
例えば『抗がん剤治療』『透析療法』『人工呼吸』など。
それを続けなければ死亡するとわかっていても、肉体や精神には多大な負担がのしかかる。
治療の苦しみや延命処置を受けるぐらいなら、安らかな最期を迎えたいと願う患者は多い。
お前だってその心情は理解できるだろう?


 前島が戸惑いながら頷く。


前島悠子

確かにそうですね……。
私は健康だからあまり想像できないですけど、そう考えることもありえるかもしれませんね……。

天野勇二

俺だってそうさ。
機械によって無理やり生かされるぐらいなら、自らの判断で死を選びたい。
人に生きる権利があるならば、死ぬ権利だってあるはずなのさ。



 前島は悲しげに天野を見つめた。


 天野がそんなことを考えているとは知らなかった。


 その心情は理解できるが、できれば聞きたくない言葉だ。


 『恋人』が死んでしまうことなんて想像したくもない。


 天野は首を横に振りながら言った。



天野勇二

先に言っておくが、俺は『安楽死』『尊厳死』の是非を問うつもりはない。
それは医師や患者、そして家族が共有すべき事柄であり、考え方は千差万別。
長く議論を重ねるべきテーマだろう。

だがひとつ言えるのは、この国では『積極的安楽死』が認められていないということ。
誰かが強く「死にたい」と願っても、その手助けをしてくれる医療機関が存在することは許されないのさ。


 虚空こくうに向かって紫煙しえんを吐き出す。


 天野は偉そうに言葉を続けた。


天野勇二

話がれたな。
結論から告げよう。
俺は『神埼』で発生していたそれらの『変死』嘱託しょくたく殺人』ではないかと疑った。
患者からの『安楽死』という依頼を引き受けた『犯人』がいる。
それが望月ではないかと疑ったのさ。



 嘱託しょくたく殺人』とは、被害者本人から積極的に「殺してくれ」と依頼された上で発生する殺人のことだ。


 『承諾殺人』『同意殺人』とも呼ばれ、合意による心中しんじゅうも含まれる。


 一般的な『殺人罪』より罪は軽くなることが多い。


 富樫が顎に手を当てながら尋ねる。



富樫和親

望月は患者さんの「死にたい」という願いを叶えていた、ということですか……。
ある意味死の天使ヘルスケア・シリアルキラーとも呼べるのでしょうか?

天野勇二

そうだな。
嘱託しょくたく』自体が発生していない可能性もありえる。
患者が死にたがっている。
だから殺した。
もしくは殺したかったから殺した。
それだけの話かもしれん。

前島悠子

なぜ師匠はそんなことに気づいたんですか?
しかも患者さんが生前に『安楽死』を望んでいたことまで……。
まだ大学生ですよね……?

天野勇二

単純な話さ。
タレコミが入ったんだよ。
お前も知っている通り、『神埼』は俺の親父が経営する病院だ。

前島悠子

あっ……。
やっぱり、そうなんですね。
師匠の本当の名字は『神埼』ですもんね……。


 前島は落ち着かない表情で息を吐いた。


 もう天野のことはずっと『天野』と認識している。


 今更『神埼』と言われても、まったくしっくりこない。


天野勇二

いや、それは少し違うんだが……。
まぁ、どうでもいい話か。


 肩をすくめながら言葉を続ける。


天野勇二

必然的に、俺様はあの病院の『跡取り』として認知されている。
兄があの状態だからこそ、院内の人間はそんな目で俺を見るのさ。
だからこそ様々な情報が入ってくる。
時には「院内のトラブルを解決してほしい」と泣きつかれることもあった。

牧瀬美織

じゃあ、誰かがご主人様に、望月が不審な行動に出ていると伝えたんですか?


 牧瀬の言葉に天野が頷く。


天野勇二

そうだ。
数は少ないが、望月の行動に違和感を覚えるヤツがいたんだ。

望月は『消極的安楽死』を率先して行おうとしている。
妙な病死の件数も多い。

そんな噂を耳にし、望月が担当していた患者のことを徹底的に調べ上げた。
それで違和感を覚えたワケさ。
そもそも俺様はアイツの本性に『優生思想』があると知っていたからな。


 琴乃がため息を吐きながら言った。


白石琴乃

その『違和感』ってのが気になるわ。
どうして天野くんは望月が怪しいと思ったの?

富樫和親

僕もそれが知りたいです。
なぜ天野さんは望月を疑ったのでしょうか?
何か決定的な根拠があったんですか?


 琴乃と富樫が前のめりになりながら尋ねる。


 天野は頷きながら言った。


天野勇二

いくつかある。
まず『変死』には一種の規則性があった。
生前に強く『安楽死』を希望していたこと。
どれもが『医療ミス』や『事故』として扱われないが、ある意味では不自然な死に方をしていたこと。
そして望月が研修医として勤務し始めてから、同様の事例が発生するようになったこと。

白石琴乃

『不自然な死に方』って?
どれも同じ手口で殺されていたの?

天野勇二

いや、手口は微妙に異なっていた。
睡眠中に心臓が停止したり、呼吸困難に陥っていたり。
まるで眠るように死んでいるものもあった。
どれも明確な死因は不明。
基本的には『病死』として扱われている。


 琴乃が訝しげに眉をひそめる。


白石琴乃

『病死』って……。
じゃあ『殺人』とは言えないんじゃない?
だって病院内で起きた事件になるんでしょ?
もし殺されていたなら、お医者さんが見破るはずよ。


 天野はゆっくり首を横に振った。


天野勇二

いや、『殺人』とは見なされない。
仮に『毒物』を盛られて殺されたとしても、明確な痕跡がなければ気づかれることもない。
それが病院内であったとしてもな。

白石琴乃

えぇっ……?
そんなことありえないでしょ?

天野勇二

それがありえるんだよ。
お前も聞いたことはないか?
日本が『死因不明社会』であることを。
例えば原因不明の『病死』で死んだ場合、死因究明のために病理解剖びょうりかいぼうされる割合はどれだけになるのか知っているか?

白石琴乃

そ、そんなの知らないわよ……。
どれぐらいなの?
半分ぐらい?


 天野は指を3本立てた。


天野勇二

『約3%』だ。
つまり100人ほど『病死』に見せかけて殺したとしても、それが解剖によって判明するのはたったの3人しかいない。
そう言い換えることもできるのさ。


 琴乃はたじろぎながら天野を見つめた。


白石琴乃

う、嘘でしょ……?
そんなに少ないの?

天野勇二

これでも最近は改善されているんだぜ。
もちろん解剖をしなくとも、死因が判明することは多い。
事件性が明らかであれば『司法解剖』に回される。
死亡時画像病理診断オートプシー・イメージングの普及により、解剖前に死因を究明することも可能になった。

だがそれでも、日本における解剖率は圧倒的に低い。
『司法解剖』『行政解剖』を含めても、解剖されている遺体は全国で『約12%』しかないんだ。
それが現実なのさ。


 首を横に振りながら言葉を続ける。


天野勇二

おまけに『病理解剖』では『毒物』を検出することが難しい。
そもそも『病理解剖』の主な目的は死因や病気の成り立ち、病態や治療の効果を解明すること。
毒を盛られたかもしれないから調べるワケではない。

お前も遺族の気持ちになればわかる。
医療の発展のためとはいえ、家族の遺体にメスを入れて臓器を取り出す……。
そんなことを望むだろうか?

白石琴乃

それは……。
まぁ、あまりやってほしくないけど……。

天野勇二

誰だってそうさ。
だからこそ解剖率は低い。
大抵の死因は身体の表面を見るだけで判断されてしまう。
望月はその盲点もうてんを突いたのではないかと、俺様は睨んでいる。


 琴乃はなぜか悔しげに唇を噛んだ。


 苛立ったように首を横に振る。


白石琴乃

……でも、やっぱり少し納得できないわ。
天野くんのカンが鋭いことは私も知ってる。
あなたが言うなら殺人医師ドクター・デスっていう最悪の犯罪者がいるかもしれないって、そんな気がしてくる。
だけど……。


 どこか気まずそうに言葉を続ける。


白石琴乃

天野くんは、望月に対して『個人的な恨み』を抱いてる。
その先入観が判断を曇らせてない?

こんなこと言いたくないけど怒らないでね。
私にはまるであなたが「望月が殺人犯であってほしい」って、そんな風に考えているように見えるの。
あなたはそのことに気づいてないの?


 天野は「ほう…?」と呟き、半眼で琴乃を見つめた。


 そして、なぜか満足気に頷いた。


天野勇二

お前は単純で単細胞な『脳筋女』だと思っていたが……。
その認識は誤っていたようだな。
なかなか痛い点を指摘しやがる。
見事なものだよ。

白石琴乃

なにそれバカにしてるの?
全然褒められてる気がしないんだけど。

天野勇二

そうではないさ。
俺も葛藤したんだ。
お前の言う通り、俺は望月に個人的な恨みを抱いている。
アイツが『真性のクズ』であってほしいと、そう願っていることも否定できない。
物事を客観的に判断できていないのではないかと、自分を疑ったこともある。


 その言葉を聞き、ここまで沈黙を守っていた涼太が手を挙げた。


 天野を援護するように言葉を吐き出す。


佐伯涼太

コトちゃんが言った通りだよ。
勇二は望月に執着しゅうちゃくし過ぎている傾向があった。
僕もこの話を聞かされた時、勇二の『考え過ぎ』じゃないかって進言したよ。

白石琴乃

やっぱりそうよね……。
どうしてもそんな風に見えるもの。

佐伯涼太

でも勇二はなかなか『疑惑』を捨ててくれなくてさ。
それに遠隔殺人者トリックメイカーが登場し、望月の陰がチラつくようになった。
ちょっと調べてみるのも悪くないかな、と思ったんだ。


 牧瀬が納得したように頷く。


牧瀬美織

涼太さんはご主人様の『客観的視点』になろうとしたんですね。
しかも『調査』や『聞き込み』となれば、涼太さんほどの腕前を持つ方はそうそういません。

佐伯涼太

おっ?
珍しく褒めてくれるじゃん。
嬉しいなぁ。

言っておくけど、僕ちゃんはいつでも牧瀬さんの『ご主人様』になれちゃうよ。
可愛いブタさんとかペットにしてみたいし。
勇二から僕に乗り換えてみる?


 ニヤけた笑みを浮かべながら語りかける。


 しかし返ってくるのは軽蔑けいべつの眼差しだけ。


 牧瀬だけでなく、他の仲間も同じような視線を飛ばしている。


 涼太は「今はふざけてる場合じゃなかった」と反省しながら言った。


佐伯涼太

……牧瀬さんが言った通り、あちこちで『調査』や『聞き込み』をしてみたよ。
望月を尾行したこともあったね。
無意味だったかもしれないけど、望月には気づかれないように細心の注意を払ったつもり。
だけど、なかなか勇二の『推理』を裏付けるものは見つからなかった。

天野勇二

だがある日……。
ついにひとつの事件にたどり着いた。


 涼太の言葉を引き継ぐように、天野が言った。


天野勇二

それは膵臓すいぞうがん』を患ったステージ4の末期患者だった。
かつて望月が担当していた患者の1人。
それが自宅療養中に死亡する事件が発生したのさ。






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つばこ

「最近の解剖率ってどうなってんのかな?」と改めて調べてみましたので、約12%って数字はたぶん間違ってないと思います。(間違ってたらごめんなさい)(むしろ剖検率3%が間違ってたらごめんなさい)
ただこれ、首都圏と地方では大きな差があります。
監察医がいる都市では数値が高いのですが、それ以外ではビックリするほど低くなったりするワケです。
法医学者も多くないですし。
今回は解剖が主軸のエピソードではありませんが、自分が死んだときに身体をどうするのか、しっかり考えないといけませんね。
おっぱいうんちおっぱいうんち(小難しい話をしたのでクソみたいな下ネタで中和)
 
そんなこんなでまだテラスの会話は続くよ!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございますー!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 9件

  • まばたき

    ○子さんの足下に〜の1話目観たとき普通に司法解剖すれば終わる話では?と思ったがそんなに剖検率低かったんですね

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  • ちょぱ

    チームバチスタを思い出しました。安楽死テーマ難しい…

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  • ニル

    うんちうんち

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  • MeG

    中和の仕方ww
    いよいよ確信に迫ってきたかなぁ。

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  • べっちん

    純粋に思ったんですが。
    望月が、本当に「さつ人医師」だったとして、はたして、1人でそんなに犯罪を重ねていけるのかしら?
    天野兄が病んでしまったことと、望月が「何か」をしてしまったことは、関連があると思ってしまうのは私だけじゃないと思う。

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