※今週(7/3)は2話更新になります。前話を見逃さないようご注意ください。






 涼太は尻もちをついたまま、鈴本の死体を見つめていた。



 恐怖のあまり身体に力が入らない。



 膝は壊れたように震え、胃の奥からは猛烈もうれつな吐き気がこみ上げている。



佐伯涼太

あ、あ、あああ……!
くそぉぉぉ……!



 涼太はぶるぶると頭を横に振った。



 怯えている場合ではない。



 これは明らかな『殺人』だ。



 『死体』にはそれを示す『痕跡』が残されている。



佐伯涼太

(立て……! 立つんだ佐伯涼太! 座り込んでる場合じゃないぞ……! こんなの、どう考えてもヤバすぎるっての……!)



 吐き気を堪えながら立ち上がる。



 鈴本は確実に殺されている。



 自殺などではない。



 なぜなら、鮮血は鈴本の『胸部』から広がっているからだ。



佐伯涼太

(僕は何度も『死体』を見た。だからわかる。これは『刺殺』だ。誰かが鈴本さんを刃物で刺した。当然ながら『犯人』がいる。もしかしたらそれは……)



 青ざめながら周囲を見渡す。


 まだ『犯人』は近くに潜んでいるかもしれない。


 暗闇の中で息を殺し、自分に襲いかかる隙を伺っているのかもしれない。


 それこそが今想定すべき最悪の展開。


 涼太はスマホを耳に当てながら叫んだ。



佐伯涼太

……勇二!
誰かが倒れてる!
看護師さんだよ!
たぶん刺されてる!
ここは病院の裏手!
早く来てぇ!



 闇を振り払うような大声をあげる。


 ありがたいことに、


天野勇二

……涼太!?
どこにいる!?
こっちか!?


 すぐに背後から天野の声が響いた。


 スマホではなく、近くから自分を呼んでいる。


佐伯涼太

勇二ぃ!
こっち!
こっちだよ!


 涼太はフラッシュライトを空に向けながら叫んだ。


 それを見つけた天野が現れる。


 そして、青ざめる涼太と、鈴本の亡骸なきがらを発見した。



天野勇二

す、鈴本……!?
おい!
しっかりしろ!
何があったんだ!?



 天野が鈴本に駆け寄った。


 脈拍と瞳孔を確かめる。


 涼太はそれを横目で見ながら、周囲をフラッシュライトで照らした。


 ライトに照らされる人物も、誰かが逃げていく気配も感じられない。


 『犯人』はすでに現場を立ち去っていたのだ。



天野勇二

…………くそっ。
ダメだ。
もう死んでいる。



 天野が悔しげに呟いた。


 涼太が震えながら尋ねる。


佐伯涼太

ほ、本当に……?
もう助からないの?
やっぱり、ダメなの……?

天野勇二

死斑しはんが出ている。
死んでから1時間は経過しているだろう。
出血量も激しい。
これはもう、無理だ……。



 冷静な言葉を吐き出しながらも、天野は苦しげに顔を歪め、鈴本の亡骸を見つめた。


 兄の友人であり、恩のある看護師。


 自分たちを騙していても、望月の『共犯者』であったとしても、心の底から憎むことはできない。


 もっと違うアプローチを選んでいれば、命を救うことができたかもしれないのに。


 胸の奥から湧き上がる後悔と『犯人』への怒り。


 天野はそれをなだめながら言葉を吐き出した。



天野勇二

涼太よ。
警察に通報しろ。
そして殺害現場から離れろ。

佐伯涼太

わ、わかった……。
病院にも知らせたほうがいいよね?

天野勇二

通報後で構わない。
これは殺人事件だ。
どうせ病院も手を出すことはできない。


 天野は軽く息を吐くと、胸元から革手袋を取り出した。


 スマホのフラッシュライトを作動させ、周辺の地面を照らす。


 涼太は驚いてその姿を見つめた。


佐伯涼太

な、なにやってんの?
まさか殺害現場を調べるつもり?

天野勇二

当たり前だ。
俺様が無能警察を頼るワケがない。
ここには『犯人』の痕跡が残っている。
調べるに決まってるだろ。

佐伯涼太

それはまずいって!
また警察に怒られるよ!?

天野勇二

黙れ。
お前は早く通報しろ。



 抗議する涼太を黙らせ、天野は鈴本の衣服を見つめた。


 看護師服には争った跡がある。


 誰かと揉み合ったり、殴り合いになったりしたのかもしれない。


 鈴本は誰かと乱闘したうえで殺害されたのだ。


 目立つ外傷がないか探していると、



天野勇二

……手首か。
誰かに掴まれたな。



 左手首に微かな皮下出血ひかしゅっけつの跡がある。


 死斑しはんとは異なる痕跡。


 殺される前に手首を掴まれたことを示す生活反応せいかつはんのうだ。




天野勇二

生活反応の大きさから見ると……。
相手は男性だな。
鈴本の正面から手首を掴んでいる。
鈴本の動きを制するためか、それとも手首を捻って地面に投げ倒したのか……。
どちらもありえるな……。



 独り言を呟きながら周囲を眺める。


 ライトに照らされた地面には、鈴本のものと思われる鮮血が散っている。


 もう少し明るければ、足跡や遺留品が見つかるかもしれない。



天野勇二

……うん?



 天野は瞳を細めながら地面を見つめた。


 一本の『メス』が落ちている。


 しかも刃先が赤く濡れている。



天野勇二

これが『凶器』か?
これで鈴本の胸元を突き刺し、殺したというのか……?



 小首を傾げながら『メス』を眺める。


 もし『メス』が凶器であるならば、なぜ『犯人』は回収しなかったのだろう。


 回収する必要がなかったのか。


 もしくは慌てて逃げ出したため、見落としたのだろうか。



佐伯涼太

……はい!
そうなんです!
看護師さんが倒れてるんです!
神埼記念総合病院です!
早く来てください!



 通報している涼太の声を聞きながら、天野は鈴本の衣服に手を伸ばした。


 時間は残り少ない。


 衣服を荒らさないようにポケットの中を調べる。


 慎重に衣服を漁る指先に、小さく固いものが引っかかった。



天野勇二

これは……。
錠剤じょうざいか?



 ポケットに入っていたのは未開封の錠剤。


 白い錠剤だ。


 何の薬だろう。


 スマホのライトで照らし、ラベルを確かめる。


 その正体を認識した瞬間。


 天野の顔色が変わった。



天野勇二

『バルビツール酸系睡眠薬』じゃねぇか……! なぜ鈴本が、こんなものを……!)



 『バルビツール酸系』の睡眠薬。


 それは日本では入手困難な劇物のひとつ。


 ただの睡眠薬ではない。


 非常に依存性が強く、人を死に至らしめる『毒物』にもなりえる眠剤だ。



天野勇二

(鈴本はこれを飲まされていたのか? ……いや、そんなはずがない。鈴本は意識のあった状態で殺されている。だが、もしかすると……)



 天野は強く唇を噛みしめた。



天野勇二

(鈴本たちは、これを『例の犯行』に使っていたのか? 確かにこいつを使えば、効率的に殺害することができる。『病理解剖』で見逃される可能性も高いぞ……)



 なぜ鈴本が『バルビツール酸系』を所持していたのか。


 『犯人』がポケットに忍ばせたのか。


 それともそれを所持した上で、天野と会おうとしていたのか。


 現時点では判断がつかない。



天野勇二

(どちらにしろ、これは『証拠』になりえる。望月をブタ箱にブチ込めるかもしれない。アイツはついに、俺様に尻尾を見せやがったんだ……)



 天野が安堵あんどの息を吐いた時。


 通報を終えた涼太が、おずおずと声をかけた。



佐伯涼太

ねぇ勇二……。
すぐに警察は来てくれるって。
当たり前だけど、死体には触れないように言われ……。

……あれ?



 涼太は「ぎょっ」として天野が持っているものを見つめた。


佐伯涼太

な、何それ?
なんかのクスリ?
それまさか、鈴本さんが持っていたものじゃないよね……?

天野勇二

その通りだ。
鈴本のポケットに入っていた。

佐伯涼太

ひぇぇっ!?
だからダメだって!
なんで勇二はそうやって死体を漁るの!?
そんなことするから警視庁に目をつけられるんだよ!


 涼太の非難を無視して、天野が錠剤を突き出す。


天野勇二

仕方ないさ。
これは『バルビツール酸系睡眠薬』だ。
ただの眠剤ではない。
アメリカでは『安楽死』にも使われたことのある違法薬物だ。
こいつを数錠飲めば、安らかにあの世へ旅立つことができるぜ。

佐伯涼太

えぇっ!?
マ、マジで?
じゃあ、鈴本さんはそれを飲まされた上で、殺されたってこと?


 天野がゆっくり首を横に振る。


天野勇二

いや違う。
衣服には争った形跡がある。
鈴本は意識のある状態で殺されたはずだ。

佐伯涼太

そ、それなら、なんで、睡眠薬なんか持ってるの?
しかも違法薬物なんでしょ?

天野勇二

カンのにぶい男だな。
これが『望月の犯行』に使われた可能性が高い。
そういうことだよ。


 涼太が「はっ」として錠剤を睨みつける。


 天野はその反応を確かめながら言った。


天野勇二

この眠剤は恐ろしいほどに強力でな。
飲ませて殺したとしても、一見では『自然死』もしくは『変死』として扱われる。
別の睡眠薬を服用していたのであれば、『殺人』として疑われることはまずない。
仮に事件性が疑われたとしても『解剖』まで進むのは稀。
コイツの存在は見落とされるだろうな。


 涼太がガタガタ震えながら言った。


佐伯涼太

こ、怖っ……!
怖すぎるんだけど!
何そのヤバいお薬……!
それ、どうすんの!?
警察に提出するの!?

天野勇二

するワケがない。
鈴本が違法薬物を所持していた。
それだけで終わってしまう。
当然ながら持ち帰るさ。


 そう言うと、天野は自らの革靴に手を伸ばした。


 天野が履いているのは靴底とつま先に『鉄板』を仕込ませた特注品。


 そして実はもうひとつ、特別なギミックが隠されている。


 靴内部の踵側に小さなスペースがあり、ちょっとしたものを隠せるようになっているのだ。


佐伯涼太

そこに隠すんだ……。
大丈夫かな?
たぶんこの後、僕たちは事情聴取じじょうちょうしゅされるよ。
死体の『第一発見者』だから、結構厳しく取調べられる。
見つからないかな?

天野勇二

問題ないさ。
もう何度も事情聴取を受けたが、この隠し場所がバレたことはない。

佐伯涼太

そ、そっか……。
それならまぁ、大丈夫なのかな……。

天野勇二

事情聴取が終わった後、俺は『バルビツール酸系』の入手ルートを探る。
コイツに望月の指紋でも残っていれば最高なんだが……。
さすがにそこまでうまくはいかないだろうな。


 革靴を履き直しながらため息を吐く。


 遠くではパトカーのサイレンが鳴り響いている。


 あと数分もすれば警察がやって来るだろう。


天野勇二

事情聴取が終わったら、チームの全員をテラスに集めよう。
望月の『犯行』について共有する。
もし俺様の聴取が長引くようであれば、お前から全員に説明してくれ。

佐伯涼太

わ、わかった……。
みんなに全てを打ち明けちゃうのね。

天野勇二

ああ、もう隠す必要はあるまい。
鈴本がこんな殺され方をしたんだ。
敵は何かを焦っている。
攻めるなら今だ。
俺様は絶対に鈴本のカタキを取ってやる。



 涼太は震えながら頷いた。


 どこか不安気に天野の横顔を見つめる。


 そこに浮かんでいるのは『怒り』の感情。


 恩のある鈴本が殺されたのだ。


 犯人への激しい怒りを覚えるのが当然だろう。



佐伯涼太

(だけど……。なんか、怒ってるだけじゃないように、見えるんだけど……。どうしたの勇二……?)



 何度も天野の横顔を見つめる。


 そこには確かに『怒り』という名の感情がある。


 しかし、それだけではない。


 天野は鈴本が殺されたことに、安堵あんどしているのではないか。


 むしろ「一種の喜びにも近い感情」を抱いているのではないか。


 なぜか涼太はそのように感じていた。






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つばこ

【質問コーナー】
Q:天野くんのパッパは芸能人でいえば誰に似てますか
A:これは北大路欣也さんですね。ただ実を言うと、北大路欣也モデルは『お付き合い編』で使ってしまったんですよ。天野くんにポルシェをあげた社長さんにしてしまったのです。あれはうっかりでしたね。完全にやらかしました。なかなかパッパが登場しない理由のひとつにそれがあります。最近は役所広司さんや唐沢寿明さんとかもいいかなと思うのですが、ちょっと渋みが足らんのですよねぇ……。ちなみに余談ですが、マッマのモデルは樋口可南子さん。桃香ちゃんは桐谷美玲さん。胡桃ちゃんは有村架純さんがモデルになってます。天クソは豪華俳優陣でお届けしてます(´∀`*)ウフフ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(≧∇≦)/

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コメント 16件

  • ニル

    オリエント急行殺人事件で使われた睡眠薬…!

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  • ゆんゆん

    もう一度読みたいのに怖くて読み返せない(• ε •)

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  • みょん

    大学病院勤務の薬剤師です。
    フェノバール散(バルビツール酸系睡眠薬)は多くの小児に飲ませてるし、日本で承認されてる薬剤は他にも、、、
    バルビツール酸系の中の何の薬剤が使われたのか気になるし、バルビツール酸系を服用されてる患者さんは多いのでびっくりさせないような対応があったら嬉しいです、、、
    つばこさんの作品大好きです!応援してます!

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  • べっちん

    鈴本さん、天野っちの命を取ろうとしたんだよね?(天野っちは知らんけど)それを気づいてるの?

    天野パッパは、吉田鋼太郎さん、胡桃ちゃんは、今絶賛朝ドラ中の清原果耶さんでお願いします!

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  • あゆ

    天野君の考えが知りたいーい。
    お兄さんと鈴木さんが話をした後に起きたでき事だと思うけど、何があったのー!!

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