深夜25時。



 神埼記念総合病院の近くに、1台の真っ赤なポルシェが停まっていた。



天野勇二

……随分と遅いな。
鈴本は何をしている。
この俺様を待たせやがって……。



 運転席にあるのは天野の姿。


 時計を見ながら舌打ちしている。


 涼太は助手席からなだめるように言った。



佐伯涼太

きっと残業してるんだよ。
看護師さんって忙しいんでしょ?

天野勇二

神埼の『準夜勤』はそこまで残業しないはずなんだ。
実際に帰宅している人間も多いだろう?

佐伯涼太

まぁねぇ……。
確かに帰宅中のナースさんっぽい人を見かけるね。


 涼太が車外を見ながら呟く。


 1時間ほど前から、何人もの病院関係者がポルシェの横を通り過ぎている。


 小走りで駆けている人間も多い。


 きっと終電ギリギリの時間なのだろう。


 涼太はヘラヘラ笑いながら言った。


佐伯涼太

それでもいいじゃない。
待たせるのが女子の仕事、待つのが男子の仕事だよ。
チェリオで鈍感クソ野郎な勇二は知らないと思うけど、女性ってのは身支度みじたくに時間がかかるもんなの。
のんびりソシャゲでもしながら待って……

……おや?


 涼太がスマホを見ながら言った。


佐伯涼太

姫ちゃんからメールが届いているよ。
僕と勇二に送られてる。
ハッキングが終わったみたい。

天野勇二

仕事の早い女だ。
鈴本のハックか?

佐伯涼太

うん、そうみたい。
マジで姫ちゃんはゴイスーだよ。
鈴本さん家のネットワークに侵入して、ブルートフォースアタックでPCをハックしたみたいよ。
ガチで敵に回したくない女の子だね。


 天野は車外の風景を眺め続けている。


 鈴本の姿を見かけないか注視しているのだろう。


 涼太は口頭でハッキングの内容を伝えることにした。


佐伯涼太

……うーん……。
これは思ったよりヘビーな情報が並んでるね……。
まず鈴本さんには、数年前から寝たきりの母親がいるみたい。

天野勇二

ほう?
そうなのか。

佐伯涼太

おまけに父親は認知症で徘徊癖がある。
PCの中には介護に関する資料が山ほどあるって。
しかも鈴本さんは一人っ子。
どうやら2人の介護に追われて、大変な日常を送ってるみたいだね。

さらに結構、お金に困ってるみたいよ。
1人で両親を介護するってのは、なかなか大変なんだろうね……。

天野勇二

そうか……。
それは大変だろうな。


 天野はうめくようなため息を吐いた。


 そんな事情は知らなかった。


 鈴本からも聞いたことがない。


 涼太が同情したように言葉を続ける。


佐伯涼太

ちょい前には『恋人』がいた形跡もあるって。
結婚間近ともいえる関係だったみたいだね。
だけど、両親や借金のことが原因で別れたみたい。
僕にはよくわかんないけど、それで結婚が難しくなったりもするんだね……。


 ため息を吐きながら姫子の報告書を眺める。


 どうやら姫子は鈴本の『メールボックス』にアクセスしたようだ。


 おかげでプライベートのほとんどがさらけ出されている。


 涼太はそのひとつを見て、思わず「ひぇっ…」と声をあげた。


佐伯涼太

うわぁ……。
きたよ。
マジできた。
ビンゴだ。
姫ちゃん、とんでもない情報を釣り上げたよ。

天野勇二

どうしたんだ?

佐伯涼太

ネットバンクからの『入金メール』を見つけたんだって。
とある人物から、結構な大金が振り込まれてる。

天野勇二

なんだと?


 天野が面持おももちを変えて尋ねる。


天野勇二

誰からだ?
まさか望月じゃないだろうな?


 涼太は指を「パチリ」と鳴らした。


佐伯涼太

ご名答。
サイコパスメガネ野郎だよ。
望月から大金が振り込まれてるんだって。


 天野にスマホの画面を提示する。


 天野はそれを覗き込み、興奮したように呟いた。


天野勇二

……なるほど。
これは想像以上の手がかりだ。
100万円も振り込まれているじゃないか。

佐伯涼太

約1年前だね。
それ以降に振り込まれた形跡はないって。
だけど銀行からのメールを削除している可能性もありえる。
入出金履歴とか見れないかな?

天野勇二

さすがの姫子でも、金融機関へのハッキングは困難だろう。
だが、これだけでも充分だ。
やはり鈴本は望月とつながっていたんだ。

佐伯涼太

でも、これだけじゃ証拠にならないよ。
望月が鈴本さんに「援助しただけ」って、そう言い張ることもできる。

天野勇二

ああ、そうだな。
証拠としては弱すぎる。


 天野は腕組みをしながら虚空を見つめた。


天野勇二

今から1年前か……。
もし俺たちの推理が正しいのであれば、その時期に望月と鈴本は『仕事』をした。
そういうことになるのか。

佐伯涼太

もし鈴本さんが『共犯者』だったらね。
鈴本さんは介護や借金返済のためにお金が必要だった。
望月はそこに目をつけたのかもしれない。


 天野は嫌そうに息を吐いた。


 天野自身は医者の息子ボンボンであるため、金銭トラブルに関することは疎い。


 しかし、それによって道を踏み外す人間が多いことは、よく理解している。


天野勇二

これは鈴本に問いただす必要があるな。
あまり気乗りしないが、尋問すべきかもしれん。

佐伯涼太

手荒な真似はやめてよ。
まだ『共犯者』と決まったワケじゃないんだから。

天野勇二

わかっているさ。
軽く脅すだけだ。
海か川に沈めてやろう。


 涼太はげんなりしながら天野を見つめた。


 それはちっとも軽くない。


 しかも本気でやりかねないから怖い。


 天野は苛立ちながらハンドルを叩いた。


天野勇二

くそっ……。
鈴本は何をしている。
もう1時半になるぞ。

佐伯涼太

これはさすがに遅いね。
電話してみたら?

天野勇二

そうだな。


 電話をかけるが、鈴本は出ない。


 呼び出し音が鳴り続けるだけだ。


 何度かコールした後、天野は痺れを切らしたように車を飛び出した。


天野勇二

病院に行こう。
なんだかイヤな予感がする。
鈴本を探すんだ。

佐伯涼太

そうだね……。
これはちょっと笑えない展開かもしれないね。


 涼太も車外に飛び出し、駆ける天野を追いかける。


 電話には出ない。


 LINEも既読スルーのまま。


 しかも望月との妙な接点がある。


 どうしても嫌な展開を想定してしまう。


天野勇二

俺はナースステーションに行ってくる。
お前は病院の周辺を調べてくれ。

佐伯涼太

オッケー。
何かあったらすぐ呼ぶよ。


 涼太は額に流れる冷や汗を拭いながら、病院の周辺を歩いた。


 ほとんどの明かりが消えた深夜の病院。


 当然ながら人気がない。


 一般人にとっては恐怖を覚える場所だ。





佐伯涼太

………うん?








 病院の裏手に回った時。



 涼太は妙な『臭い』を嗅ぎ取った。



 それは何度も嗅いだことのある臭い。



 もう嫌というほど嗅いだ臭い。



 できればこんな時間に、こんな場所で、嗅ぎたくはない臭い。



 『血』の臭いだ。



 涼太が訝しげに周囲を見渡した時、ひとつの振動が涼太を襲った。






 ブルルル……



佐伯涼太

ウッヒャぁ!?

……って、なんだ。
電話かぁ……。


 ポケットの中でスマホが震えている。


 天野からの着信だ。


 涼太は周囲をキョロキョロ見回しながら電話に出た。


佐伯涼太

りょ、涼太だよぉ……。
鈴本さんは見つかった?
お願いだから「見つかった」って言ってぇ……!


 涙目で尋ねる。


 天野は険しい声で言った。


天野勇二

残念な知らせだ。
鈴本が見当たらない。
しかもかなり前に退勤しており、着替えた形跡がない。

佐伯涼太

えっ?
そ、それって……。
どういうこと?

天野勇二

まだ病院の中、もしくは周辺にいる可能性が高いということだ。
恐らく敷地を出てはいないだろう。
お前も病院の敷地内を探してくれ。



 涼太は思わず目眩めまいを覚えた。


 今、自分が立っているのは病院の裏手。


 しかし、敷地外なのだ。


 そして、『血』のような生臭い臭いは、敷地の中から漂ってきているのだ。



佐伯涼太

マジで言ってるの……?
実はなんだか、ヤバい臭いがする場所があるんだけど……。

天野勇二

なんだと?
どんな臭いだ?

佐伯涼太

なんか血腥ちなまぐさいんだよ。
たぶん、病院の裏手からだと思うんだけど……。


 涙目で現在地を告げる。


 天野は緊迫した声で言った。


天野勇二

今からそちらに向かう。
お前も電話をつないだままそこに向かってくれ。

佐伯涼太

いいの?
僕が中に入っても怒られない?

天野勇二

大丈夫だ。
もう話はつけてある。
急いでくれ。



 涼太は生唾を飲み込みながら頷いた。


 もし自分が感じているのが本当に『血』の臭いならば、躊躇ちゅうちょしている暇はない。


 誰かが怪我をしているかもしれないのだ。


 震える膝を叩き、精一杯の勇気を揺り起し、病院の敷地内に飛び込む。


 臭いは病棟の裏手から漂っている。


 そこは明かりの届かない暗闇の中。



佐伯涼太

あ、あのぉ……。
そこに、誰かいますかぁ……?



 震えながら精一杯の声をあげる。


 返ってくる声はない。


 そこで涼太は言葉では言い表せない『生理的嫌悪感』を覚えた。


 目的地から強烈な恐怖を感じる。


 なぜかもう進みたくない。


 その場所に行きたくない。


 本能がそう叫んでいる。



佐伯涼太

だ、誰もいませんよね?
ちょっと、照らしますよぉ……。



 涼太はスマホを操作し、カメラのフラッシュライトをつけた。


 目がくらむほどの光が暗闇を照らす。


 まず視界に入ったのは、おびただしい鮮血


 地面が赤黒く濡れている。


 そして、ぐったり倒れている1人の人物の姿が、視界に入った。




佐伯涼太

あ、あ、あぁぁ……!
マジかよぉ……!




 涼太の足から力が抜け、その場に「ぺたん」と尻もちをついた。



 それはまるで人形マネキンのようだった。



 生気の消えたうつろな瞳。



 ぐにゃりと力なく垂れた手足。



 真っ赤に染まっている看護師服。





 『神埼記念総合病院』の看護師。


 鈴本つぐみの死体だった。









この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

747

つばこ

今週は久々に弱音を吐きます。
結構読者コメントでも「無理に終わらせないほしい」といった感想が多いし、私としてもそうありたいと願っているので、
 
「ちゃんとできる限り伏線を回収する! そしてフィナーレに相応しい骨太かつ天クソらしいエピソードをお届けする! 読者のみんなが『これがもう読めなくなるなんてあんまりだ(´;ω;`)』って泣きますように!」
 
と思いながら書いてるんですが、最近、気づいてしまったのです。
もしかするとこのエピソード、comicoノベル終了までに終わらないかもしれないぞ……と。
 
ノベルは8月中旬に全作品の更新が終了します。
つまりあと1ヶ月半で、この物語も終わらなくちゃいけないんですが、ちょっとボリューミーすぎて無理な気がしてるんですよねぇ……。
 
果たしてつばこはちゃんと最後まで天野くんの活躍をお届けできるのか!?
そんな点にもご注目してください!

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 23件

  • LAMP

    そっちかーい

    通報

  • となりのアンパンマン

    深夜25時?

    通報

  • ニル

    つばこさん身体には気をつけてください!

    通報

  • ミスト

    つばこさん本当に読者はついていきますので、安心してじっくり書かれてください……。

    商業でも同人でもWEBでもどこでもついていきますから!!!

    通報

  • べっちん

    鈴本さんがこんな最期を迎えることになったのは、なぜなんだ?
    自他 殺不明案件かな。
    いっそのこと、天才クソ野郎を、自費出版してみませんか?
    絶対に買いますよ!
    中途半端に終わるくらいなら、お金払ってでもちゃんとしたもの読みたいです。

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK