天野勇二

……あの時、俺はようやく望月の本性に気づいた。
むしろなぜ気づくことができなかったのか。
死ぬほど悔やんだよ。



 天野は苦い表情で呟いた。



 新しいタバコを取り出し火をつける。



 紫煙しえんをゆっくり吐き出しながら、青い顔を浮かべている仲間たちを眺める。



 前島も、牧瀬も、姫子も、黙って天野を見つめている。



天野勇二

だが正確に言えば、俺は望月に対して、ずっと『違和感』のようなものを覚えていた。
気さくな兄の親友であり、兄に負けず劣らずの天才であり、常軌を逸した変人のストーカー。

しかし、それだけじゃない。
望月の奥底には、俺では伺い知ることのできない『闇』があるのではないか。
そのように感じていた。


 ゆっくり首を横に振る。


天野勇二

俺にはその正体が掴めなかった。
今もそうだ。
望月が何を考えているのか。
なぜあの時、俺にあんな暴言を吐いたのか。
本当は兄のことをどう思っていたのか……。

今でも掴むことができない。
優秀な俺様の瞳を持ってしても、望月の腹の中を探ることができないのさ。



 そこで天野は軽く咳払いをした。


 一気に喋りすぎたのだろう。


 それを見て姫子がカバンに手を伸ばした。


 一本のペットボトルを取り出す。


板垣姫子

どぞ……。

天野勇二

すまんな。
気の利くヤツだ。
いただこう。

板垣姫子

もう……怒って、ない……?

天野勇二

うん?
何をだ?

板垣姫子

あまのを……ハッキング、したこと……。
本当は、色々、知ってるの……。
隠してた……。

天野勇二

気にしてないさ。
お前の性格を考えればありえる話だ。
むしろ早く言えば良かったな。
これからお前には、望月のことを調べ上げてもらうつもりだ。
期待しているぜ。

板垣姫子

おけ……。
まかせて……。


 姫子が頷き、メモを取り出した。


 それを見て前島と牧瀬もメモを取り出す。


 衝撃の過去を聞いて動揺してしまったが、望月は遠隔殺人者トリックメイカーの疑いがある容疑者。


 これはその正体を知り、そして暴くための告白なのだ。



前島悠子

(きっと師匠は、こんな話をしたくなかったんだろうな……)



 前島は切なげに息を吐いた。



前島悠子

(たぶんお兄さんのことは、誰にも言いたくないはず。あの涼太さんにも、入院中のお兄さんに「会わせたことがない」とか言ってたから……。この話題は師匠にとって、『心』を壊すきっかけになったトラウマのはずなのに……)



 それでも天野は語った。


 仲間たちを信用して、自らのトラウマをさらけ出した。


 それを共有しないと『望月という名の驚異』に対抗することはできない。


 そのように考えているのだろう。



天野勇二

……別に細かく説明するまでもないが、望月の発言は許せるものではなかった。


 姫子のペットボトルで喉を潤し、天野はまた言葉を続けた。


天野勇二

望月の本性がなんであれ、あの発言は決定的だ。
俺は今でも、あの場で望月を殴り飛ばさなかったことを後悔している。
情けない話だが、何も言い返せなかったのさ。
兄の喪失を目の当たりにしてしまい、心が麻痺していたのだろう。


 牧瀬が小さく頷いて言った。


牧瀬美織

そのお気持ち、なんとなくわかります……。
私にも妹がいるんです。
きっとそんな発言を聞いたら、私は怒りで我を忘れてしまいます……。

天野勇二

ほう?
そうなのか。

牧瀬美織

はい……。
ご主人様は望月に対して、どのような『違和感』を覚えていたんですか?

天野勇二

簡単に言えば『思想』だ。
そもそもアイツの口癖は「無意味」でな。
様々な場面で『意味』『無意味』というボーダーラインを引き、物事を区別する癖があった。
今思えば、アイツが兄に心酔していたのは、兄自体が『意味のある人間』だったから、ということなのだろう。


 前島がどこか納得したように頷く。


前島悠子

望月という人は、師匠のお兄さんを慕っていたワケじゃない。
自分にとって『意味のある人間』だから慕っていた……。
そういうことですかね?

天野勇二

そんな感じだな。
だからこそ兄が心を喪失した時、あれほど簡単に切り捨てることができた。
望月は兄に何かしらの『意味』『価値』を見出していたのだろう。
そこに兄の人間性などは必要ない。
むしろそんなことに興味を抱かない。
望月は「自分にとって価値があるのか」という側面でしか物事を見ることができないんだ。
あんな思想、俺様の好みではない。
つまりアイツは……。


 タバコの煙を吐き出しながら言葉を紡ぐ。


天野勇二

生粋きっすい『サイコパス』なのさ。
過大な自尊心じそんしんを持つ自己中心的な人間。
良心が欠如しており他者に冷淡。
平然と慢性的に嘘を吐く。
IQは高い。
おまけに表面は魅力的な人間であり、口が達者である。
それが望月という男なんだ。


 牧瀬がメモを取りながら頷く。


牧瀬美織

なるほど……。
だからこそ遠隔殺人者トリックメイカーではないかと疑っているんですね。
ご主人様の話を聞く限り、遠隔殺人者トリックメイカーはサイコパスである可能性が高いですから。

天野勇二

ああ、そうだ。
犯行の残虐性。
俺様の前に一切姿を見せない狡猾さ。
他者を駒のように扱い『スケープゴート』に仕立てあげる性格。
おまけに俺の知人が心を許してしまうほど口が達者。
敵がサイコパスである可能性は高い。

そして、俺に接点があるサイコパスとなれば、望月の存在が最も疑わしいのさ。
しかもアイツが遠隔殺人者トリックメイカーであるならば、いくつかの殺人に手を染めていることになる。

板垣姫子

それは……。
雨宮あまみやの……事件のこと……?
確か……女性と、子供の……首が切断されていた……。


 姫子が怯えながら尋ねる。


 天野は吐き捨てるように言った。


天野勇二

そうだ。
未解決の連続殺人事件だ。
何度も橋田はしだに進捗を尋ねているが、捜査は難航しているようでな。

被害者が地方在住の人間でもあることから、殺害日時までの足取りが追えていない。
おまけに『死因』『凶器』『殺害場所』が不明。
同一犯による犯行と想定されているが、未だに容疑者の目星がついていないんだ。


 『橋田』とは、過去の事件で出会った警視庁捜査一課の刑事だ。


 天野の同級生である雨宮との対決。


 あの事件にて、天野は遠隔殺人者トリックメイカーの存在を知った。


 雨宮は遠隔殺人者トリックメイカーを信奉し、『スケープゴート』に仕立て上げられていたのだ。


(詳しくは『彼と上手に決着をつける方法』を参照)


天野勇二

これで話は終わりだ。
望月は兄の親友だったサイコパス。
それでいて遠隔殺人者トリックメイカーの筆頭容疑者。

これまで直接対面することはなかった。
望月が俺様の前に現れることもなかった。
だが、どうも状況が変わったと想定される。


 テーブルの上に置かれた牧瀬のスマホを指さす。


天野勇二

胡桃くるみが誘拐された事件。
メスブタが目撃した涼太との密会。
なぜか望月はあえて俺たちの前に姿を見せている。
何らかの企みを抱いているはずだ。
この様子だと、お前たちの前にも現れる可能性が高い。


 険しい表情で3人の仲間を見つめる。


天野勇二

いいか。
とにかく警戒しろ。
望月が現れても絶対に関わるな。

その場で殺害されても不思議じゃない。

それぐらいの警戒心を抱け。
もちろんやられてばかりではない。
俺はいつか望月の尻尾を掴み、アイツをブタ箱に放り込んでみせる。
そのために、お前たちに協力をあおぐ機会も訪れるだろう。


 牧瀬が強い瞳で頷いた。


牧瀬美織

了解しました。
私はご主人様のためならば、この命を捧げても惜しくはありません。
必要であれば望月に接触してみせます。
しかし、今はその時ではないということでしょうか?

天野勇二

その通りだ。
お前の働きには期待している。
メスブタほど優秀な人間はそういないからな。
しかし、敵はその上を行くと想定しろ。

牧瀬美織

そうですか……。
いつでもご命令ください。
ご主人様のメスブタとして、全力を尽くしてみせます。


 天野は軽く頷き、姫子を睨みつけた。


天野勇二

先ほども言ったが、姫子はハッキングで望月を洗え。
ただし、絶対にバレるなよ。
敵は電脳姫を凌駕りょうがするほどのスーパーハッカーである。
そのように想定しろ。

板垣姫子

おけ……。
わたし以上……存在、しないけど……。
ちゃんと、警戒する……。


 牧瀬と姫子は決意に満ちた表情を浮かべている。


 天野ほどの男が自らの『トラウマ』『弱み』を告白したのだ。


 これは何よりの信頼の証。


 2人とも天野のために死力を尽くそうと、覚悟を決めている。


 前島はその光景を眺めると、心の中で呟いた。




前島悠子

(……うん。やっぱり、おかしいよ。何か『違和感』がある)



 前島と天野の付き合いは深い。


 天野の『本質』に最も近づいた女性ともいえる。


 だからこそ、前島は天野の言葉に『違和感』を覚えた。



前島悠子

(師匠はきっと真実を語ってる。望月さんのことを憎む理由も理解できた。お兄さんを小馬鹿にするような発言をしたのであれば、天才クソ野郎に処刑されてしかるべきだと思うけど……)



 じっと天野を見つめる。



前島悠子

(たぶん、師匠は『全て』を語ってない……。他にも『何か』があるんだ。望月さんを許せない決定的な『何か』が……。それはなんだろう……?)



 兄以外のことで、望月を疑う要素があるのか。


 それとも兄に関することで、語りきっていないことがあるのか。


 『何か』がまったくわからないが、天野はそれをあえて語っていないような気がする。


 悩む前島を見つめながら、天野が言った。


天野勇二

現時点では前島に頼むことはない。
むしろしばらくの間、お前は何もしなくていい。
普段通り芸能人としての生活を謳歌おうかしろ。

前島悠子

え、えぇ?
私は何もないんですか?
何か命令しないんですか?

天野勇二

ああ、そうだ。

前島悠子

うぅむ……。
それはそれで寂しいものがありますね。
そりゃ、私には牧瀬さんや姫子さんほどの才能や能力がありませんけど……。

天野勇二

いや、それはそれで重要なんだ。
次に望月が接触するとすれば、恐らくお前だろう。


 前島は「ぎょっ」として天野を見つめた。


前島悠子

わ、私ですか!?
私の前に、こんな変人のサイコパスが現れるんですか!?

天野勇二

ああ、その可能性が最も高い。

前島悠子

なぜですか?
なぜ私に?

天野勇二

お前が俺にとって、大切なかけがえのない存在だからさ。

前島悠子

…………えっ?



 前島は思わず息を飲んだ。


 いきなり胸キュンの発言が飛び出した。


 瞳をぱちくりさせながら天野の顔を凝視する。


 牧瀬と姫子から、突き刺さるような視線が飛んできているのを感じる。


 前島は緩みそうになる頬を押さえながら尋ねた。



前島悠子

……本当ですか?
それ、本当ですかね?
今の言葉、信じちゃっていいんですか?

天野勇二

構わない。
いつか望月がやって来る。
しばらくは単独行動を避けるんだな。

前島悠子

あっ、そっちは理解できたんですけど、もう片方のほうは本当ですか?
本当に師匠にとって、私は『大切なかけがえのない存在』なんですかね?
ちょっとそこが曖昧なので、改めて大きな声で言っていただけませんかね?


 天野はいぶかしげに前島を見つめた。


 これだけ真剣な話をしているのに、なぜ弟子はニヤニヤしているのだろう。


 まさか事の重大さが理解できていないのだろうか。


 それほど頭が悪いのだろうか。


 天野は小首を傾げながら言った。


天野勇二

お前は俺様の恋人だ。
もし望月が俺様に執着しているうえに、周辺を調べ上げている場合、お前のことは『大切でかけがえのない存在』だと認識するだろう。
だからこそ、最も接触してくる可能性が高いのさ。


 前島は「うんうん」と頷いた。


 それは期待していた言葉とは少し違う。


 『周囲』が認識していることではなく、『天野自身』が認識しているかどうか、ということを聞きたかったのだ。


 お前が俺様にとって大切なかけがえのない存在だからに決まってるだろバカ野郎」みたいな殺し文句が欲しかったのだ。


 しかし、そんな期待通りの言葉が飛んでくるはずがない。


 むしろそれを期待してしまった自分が愚かだった。


 そんなことを考えながら緩んだ頬をペシペシと叩き、真剣な表情を取り戻す。


前島悠子

……わかりました。
どうも遠隔殺人者トリックメイカーは師匠に固執してますからね。
だからこそ、身内や仲間に接触してくる可能性が高いということですか。
今回、望月が涼太さんに接触したように。

天野勇二

そうだな。
もちろんただの取り越し苦労である可能性も高い。
だがな、本当に望月が何を考えているのか、現時点ではまったく掴めていないんだ。
警戒して損はないだろう。

前島悠子

しばらくの間、事務所に警護をお願いしてみます。
川口さんがまた渋い顔をすると思いますが……。
まぁ、それも仕方ないですね……。



 軽く息を吐きながら、前島は天野の顔を見つめた。


 これまで一切語ろうとしなかった望月との因縁。


 しかしやはり、何か大事なことを語っていない気がする。


 もしくはそれを隠しているのかもしれない。


 ここまでくれば、全てを正直に明かしても良い気がするのに。


 全てを明かせない事情があるのだろうか。


 自分たちが信用できないから、明かすことができないのだろうか。



前島悠子

(………あっ)



 そこまで考えた時。


 前島の背筋を冷たいものが流れた。





「自分たちが信用できない」





 まさか、そのせいなのだろうか。


 だからあえて隠しているのだろうか。


 天野は自分たちを信用していない。


 もっと正確に言えば、



前島悠子

『メスブタさん』もしくは『電脳姫さん』のどちらかを、信用していないってこと……?)



 震えそうになる身体をなだめながら、牧瀬と姫子の様子を伺う。


 覚悟に満ちた表情を浮かべる天才クソ野郎チームの2人。


 前島は妙な不安を抱きながら、それぞれの横顔を見つめていた。






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つばこ

【質問コーナー】
Q:つばこさんが自分の本質に名前をつけるなら、なんだと思いますか?
A:これはずっと考えていたんですけど、最近「つばこ」で良いのではないかな、という気がしてきました。comicoでの連載が終わることで、私はまた違う何かになります。もうのんびり好きなものを書いていた「つばこ」には戻れないのです。しかし、そうなったとしても、自分の中にはイカれたクソ野郎とか黒魔術などの妄想を繰り広げる「つばこ」がいる。誰かに何かひとつでも心に残るものを届けたいと渇望する「つばこ」がいるのです。それを自分の『本質』にして生きていくのも、またオツなものかもしれないなぁ、と思ったりしてます(*´∀`)
 
そんなこんなで望月との因縁はまだ何かありそう!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 11件

  • くま子

    どちらかを信用してない、というよりかは「どちらかがすでに望月と関わっているor接触している可能性を考えている」の方が近いかも、という推測。
    涼太は2番目ないし3番目。

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  • MeG

    今までもめちゃくちゃ面白かったし、今めちゃくちゃ面白くなってきたのに、もうすぐ終わっちゃうの寂しすぎます…
    信頼できない人、誰だろう

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  • ハルカ☆アサギリ

    やはり前島ちゃん鋭い。それでこそメインヒロインだ(作者非公認)

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  • ちょぱ

    前島ちゃん鋭いなー本当!完全に疑いなく読んじゃってた

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  • べっちん

    天野っちが、語っていないことって、お兄さんが回復しつつあって、実はもう胡桃ちゃんたちとは話もしている、ということかな?

    そして、前島ちゃんが思い付いたこと。
    信じていない仲間がいるとしたら、やっぱり「メスブタ」ちゃんなんだろうなーと思う。

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