※今週(6/12)は3話更新となります。前話を見逃さないようにご注意ください。





 天野は新しいタバコに火をつけながら、テラスにたたずむ3人の仲間たちを見つめた。



 全員が緊迫きんぱくという名の表情を浮かべている。



 天野はこれから重要なことを告げる。



 そんな気配を感じ取っているのだ。



 天野は紫煙しえんを吐き出すと、静かに語り始めた。



天野勇二

前島には会わせたことがあるが……。
俺には『兄』がいる。
名を勇一ゆういちという。
世界中の誰よりも尊敬できる立派な兄だ。

前島悠子

あっ……



 前島が切なげに顔を歪めた。


 兄を紹介された日のことを思い出す。


 それは前島にとって、忘れられない出来事のひとつ。


 あの出来事と、天野の言葉がなかったら、今の自分は存在しないかもしれない。


(詳しくは『彼女が上手にアイドルグループを卒業する方法』を参照)



天野勇二

望月という男は、そんな兄の同級生だったのさ。
兄とは小学生の時に知り合った。
幼い頃から一緒に勉強したり遊んだりしていたらしい。
傍目はためから見れば気のおけない親友であり、兄の『相棒』ともいえる男だった。


 舌打ちしながら首を横に振る。


天野勇二

だが、俺から見れば、望月は兄の小判鮫コバンザメのような男だったよ。
幼い頃から兄は『神童』と呼ばれるほどの天才児でな。
学業成績にひいでており、運動神経は抜群で、品行方正で真面目な性格の持ち主。
誰が見てもナンバーワンの存在だった。
望月はそんな兄につきまとう同級生の1人だったのさ。


 牧瀬が「ごくり」と喉を鳴らす。


 瞳を輝かせながら尋ねた。


牧瀬美織

それは凄いですね。
さすがご主人様のお兄様です。
やはり、お顔も似ているのですか?
ご主人様と同じような男前なんですか?

天野勇二

当たり前だ。
俺様の兄だぞ?
『美』という言葉は兄のために存在した。
そう言っても過言ではない。

牧瀬美織

うわぁ……!
ご主人様がそこまで言うなんて!
イケメンお兄様に是非ともお会いしたい…………。


 そこで牧瀬はテラスに流れる妙な空気に気づいた。


 なぜか前島が顔を落としている。


 姫子も同様だ。


 2人とも泣き出しそうな表情を浮かべている。


牧瀬美織

……あれ?
どうしました?
私、何か変なことを言いましたか……?

天野勇二

いや、いいんだ。
お前の反応はごく自然だ。

むしろ姫子よ。
お前の反応に違和感がある。
さてはお前、ハッキングで俺様のことを調べたな?


 姫子が「ビクッ」と肩を震わせる。


 しょんぼりしながら頷いた。


板垣姫子

……うん……。
ごめんなさい……。
やっぱり、あまの、生い立ち……気になって……。

天野勇二

あまり褒められた行為ではないな。
だが仕方あるまい。


 ため息を吐きながら牧瀬に語りかける。


天野勇二

今から約8年前。
俺が中学を卒業する前のことだ。
兄は『心の病』を発症した。

それからほとんどの時間を病室で過ごしている。
つまりは入院しているのさ。
今も退院の目処めどはついていない。
何度も見舞いに行っているが、兄とは一度も会話できたことがない。


 牧瀬の顔がさっと青ざめた。


 前島と姫子を見つめ、納得したように頷く。


牧瀬美織

そうだったんですか……。
申し訳ございません。
そんな事情があったなんて思わなくて……。

天野勇二

気にすることはない。
隠していた俺が悪いんだ。
望月の話に戻ろう。


 タバコの煙を吐き出し、言葉を続ける。


天野勇二

兄は常にナンバーワンであり、望月はそれについて回るコバンザメだった。
だが、それはそれで優秀な男だったよ。
兄が全国模試の1位なら望月は2位。
優秀な兄と唯一肩を並べられる存在であり、高校や大学も兄と同じところに進んだ。


 嫌そうに顔を歪める。


天野勇二

俺が望月の存在を認識したのは小学生の時だったが……。
まるで兄の『ストーカー』のような男だと感じたよ。
兄と同じ部活に入り、兄が生徒会長になれば副会長になり、兄と同じように医学部を志望し、兄と同じく外科医になることを目指した。

しかもそれだけじゃない。
兄が『柔術』『合気道』などの格闘技を学びたいと言い出せば、望月も次の日から道場に通い始めるほどだったんだ。


 前島が呆れたように呟く。


前島悠子

ひぇぇ……。
それは常軌じょうきいっしてますね。
いくら仲良しでもフツーそこまでしませんよ。

天野勇二

そうだろう?
誰が見ても異常だった。
まるで兄の全てを『コピー』するかのようだと感じたな。
しかし、望月が恐ろしいのはコピーしたその全てを、兄に劣らない程度にはこなしてしまうことだった。


 舌打ちしながらタバコを灰皿にねじ込む。


天野勇二

俺も兄と同じ道場に通い、何度も望月と組手くみてをしたが……。
恐ろしいほどの強さだと感じたよ。

もちろん年齢による体格差はあった。
経験による実力差もあった。
しかし同世代だったとしても、アイツを上回ることができたかどうか……。
今でも自信がないな。


 前島は青ざめながらその言葉を受け止めた。


 様々な犯罪者と対峙たいじした天野がそこまで言うとは。


 殺人犯だろうが、プロの殺し屋だろうが、得意の暴力と卑怯ひきょうで叩き潰してしまうのに。


 もしかすると、天野は望月という存在に対して、何らかの『コンプレックス』を抱いているのかもしれない。


 前島はそのように感じた。


牧瀬美織

部活や進路までお兄様と同じにするなんて……。
本当に徹底していますね。
望月という人は、お兄様に憧れていたんでしょうか?
もしくは『恋』をしていたとか……?


 牧瀬がおずおずと尋ねる。


 変態メスブタであるが故に、「望月は男色家である」という可能性を疑ったのだろう。


 天野は渋い表情で言った。


天野勇二

俺もそのように疑ったことがある。
だが、そんな兆候ちょうこうは感じられなかった。
男色家ではないだろう。
恐らく俺と同じように、兄という存在に心酔しんすいしていたのさ。

前島悠子

師匠と望月さんは、仲が良かったりしたんですか?

天野勇二

ああ、それなりにな。
何せ尊敬する兄の親友だ。
当時は俺も望月に悪い印象を抱いていなかった。
きっと桃香や胡桃も同様だろう。
アイツは俺たち兄妹に対して、とてもフレンドリーに接していたからな。


 大きく息を吐く。


 ここからが本題だ。


天野勇二

望月の印象が変わったのは、今から8年前のこと。
兄が心を喪失そうしつしてしまった時のことだ。



 天野は自らの指先を見つめた。


 かすかに震えている。


 今でも当時のことを思い出すと、怒りと恐怖が身体を支配しそうになる。


 天野は指先を隠しながら、言葉を続けた。



天野勇二

一切の予兆よちょうはなかった。
いや、正確に言えば、予兆を見落としていたのだろう。
俺は兄が抱えていた悩みに気づけなかった。
狂ったように暴れ出す兄を、ただ黙って見つめることしかできなかった。

どうやって兄を病院に連れて行ったのか。
家族とどのような会話を交わしたのか……。
当時のことはよく覚えていない。



 天野は軽く息を吐いた。


 テラスから見える空を眺める。


 前島たちの顔を直視することができない。


 3人の仲間たちはどんな表情を浮かべて、自分の言葉を聞いているのだろう。



天野勇二

兄の病室には様々な人間が訪れた。
兄の数少ない友人。
恩師や恋人。
当然ながら望月も現れた。
望月は兄の手を握りながら泣いていたよ。
壊れたように号泣していた。
なぜかあの光景だけは、よく覚えている。



 頬に落ちる木漏れ日を感じながら言葉を続ける。



天野勇二

ひとしきり泣いた後。
望月は俺を呼び出した。
俺と話したいと希望したんだ。
そして、このように告げた。












 病室を出た後。



 望月は天野を病院の裏手に連れて行った。



 あまり人が立ち寄らない場所。



 望月は周囲に人気ひとけがないことを確認すると、天野の肩に手を置き、励ますように言った。




望月蒼真

……驚いたね。
彼があんな姿になるなんて。

勇二くん。
気を落とさないように。
今は辛いと思うが、きっと乗り越えることができる。




 ハンカチで涙を拭い、言葉を続ける。




望月蒼真

君には大切な家族がいる。
尊敬できる父親と母親。
大切な妹たち。
これからは君がみんなを守るんだ。

君がしっかりしていれば、桃香ちゃんや胡桃ちゃんも立ち直ることができる。
君は家族を支える大黒柱になるんだ。
僕は勇二くんなら、それができると信じている。




 天野は顔を歪めながらその言葉を受け止めた。



 きっと望月は励ますためにそんなことを言っているのだろう。



 しかし、当時の天野はまだ15歳。



 兄の喪失を受け止められる年齢ではない。



 「家族を支える大黒柱」になんかなりたくもない。



 むしろ、兄が壊れてしまうほど追い込んだ『父親への恨み』のほうが強かった。



 家族のために気丈きじょうに振る舞えるほど、天野は出来た人間ではなかったのだ。



 望月は天野の顔色を確かめると、首を横に振りながら言った。




望月蒼真

そんな顔をするんじゃない。
もう勇一のことは忘れるんだ。
彼は所詮、無意味な人間だった。
あれぐらいのことで心を壊すなんて、意味のある人間とは言えない。
彼の全ては、無意味だったんだよ。




 天野は驚愕きょうがくの表情で望月を見上げた。



 兄の『親友』である、望月の言葉とは思えなかった。



 望月は薄い笑みを浮かべて言った。




望月蒼真

どうしたんだい?
そんなに驚いて。
勇二くんも素直になりなよ。

君は勇一が憎かっただろう?

優秀すぎる兄と比べられ、君は「出来損ない」烙印らくいんを押されていた。
君自身も天才児なのに、兄を追い越すことはできなかったじゃないか。
君は『兄という名の呪縛』から解放された。
これは喜ばしいことなんだ。




 天野は望月の顔を見上げながら震えていた。



 目の前に立っているのは、本当に望月なのだろうか。



 自分の知っている望月は、こんな『悪魔』のような笑顔を見せる男だっただろうか。



 望月は至福の笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。




望月蒼真

ああ……。
実に晴れ晴れしい気分だ。
僕たちは彼の存在に悩まされる日々から解放された。
もう二度と、あんな無意味な存在を意識する必要はない。
このような素晴らしい日を与えてくれた神に、感謝の言葉を捧げようじゃないか。






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つばこ

(´;ω;`)
 
【質問コーナー】
Q:つばこさんは息抜きにする事、何かありますか?
A:やっぱりゲームですね。基本的に私のアクションコマンドは「仕事(書き物)」「ゲーム」「家事」の3つしかありません。最近はモンハン、キャラバンストーリーズ、坂道グループの女の子とイチャイチャするソシャゲにハマってます。どんなゲームも「つばこ」という名前で遊んでるので、見かけたら「ウンチョス!」と声をかけてくださいヾ(*´∀`*)ノ
 
Q:この連載が終わったらまた日本一周自転車旅とか行かれるんですか?
A:それもいいですよねぇ。「日本全国つばこツアー」をやりたいですね。ただほら、生きるためには仕事しないといけないじゃん? しばらくは転職してじっくり働くことになると思いますよ(´Д`)ハァ…
 
そんなこんなで、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 21件

  • くま子

    望月気持ち悪ぃ…でもあまりにわかりやすく悪役っぽいから逆にいい人だったりする?

    つばこさん!また自転車旅行でうちの地元キテクダサイダー!

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  • アイヌ民族の誇り

    根拠は一切無いけど、望月があまりにも悪役すぎて逆張りして勇一がトリックメイカーなんじゃないかとすら思ってしまう

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  • ちょぱ

    兄が芝居してるのは、弟を守るためだと信じたい!

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  • かに

    望月の悪役ですよアピールが強すぎて、黒幕じゃない気がしてきた

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  • ゆう

    メイちゃんって娘さんがいますよ!

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