佐伯涼太

ねぇ勇二……。
来ちゃったよ。
僕が想像もしてなかった女の子が来ちゃった。
この娘がそうなの?

天野勇二

ああ、間違いない。
やはり『女』だったか。
俺様のプロファイリングは優秀だな。



 天野が物陰ものかげから気配なく姿を現した。



 不敵ふてきな笑みを浮かべ、女性の背後からゆっくり歩いて来る。



 殺気を放ちながら言った。



天野勇二

そいつだよ。
その女が『トロイの真犯人』だ。



 天野の言葉を聞いた瞬間。


 涼太は今日一番の爽やかな笑顔を浮かべた。


 どこかなまめかしい瞳で、脂汗を流している小太りの女性を見つめる。


佐伯涼太

ようやくお会いできましたね。
あなたが『遠隔操作トロイウイルス事件』『真犯人』ですか。
お初にお目にかかります。
僕が『電脳学博士』です。


 フレンドリーに右手を差し出す。


 警備員姿の女性は震えながら、その右手を見つめた。


 完全に身体が硬直している。


 緊張しているのか、それとも恐怖のあまりすくんでいるのか。


 涼太は困ったように肩をすくめた。


佐伯涼太

……あれれ?
握手もしてくれないんですか?
冷たいなぁ。
さてはあなた『真犯人』じゃないのかな?
別人を寄越よこした場合、抹殺すると警告したはずなんですけど。


 女性の身体がビクッと震えた。


 爽やかで軽い口調だが、その中にほのかな威圧感いあつかんが隠れている。


 女性は慌てて言った。


警備員姿の女性

本人です……。
私がトロイの『真犯人』で間違いありません。
フッターの合言葉も、理解しています……。

佐伯涼太

ふぅん?
でもメールの一人称は『俺』でしたよね?
『真犯人』は男性かと思ってましたけど。

警備員姿の女性

ほ、本当に私なんです。
信じてください。
それに私だって、電脳学博士は女性じゃないかって、思ってたんですけど……。

佐伯涼太

うぷぷ……。
じゃあ、お互いに勘違いしていたんですね。
でもまだ信じられないな。
少しばかりテストさせてください。


 軽い口調で語りかける。


 まるで『コンパ』で新しいゲームでも始めるような口調だ。


佐伯涼太

あなたと初めてコンタクトした時、僕はあなたが本物だと信じていませんでした。
あなたは自分が『真犯人』だと証明するため、何をしましたか?


 女性は生唾を飲み込みながら、自らの警備員の制服を掴んだ。


 きっと慌てて用意したものだろう。


 着慣れている姿には見えない。


 涼太はその姿を見ながら思った。



佐伯涼太

(うーん……。勇二は自信たっぷりに断言だんげんしたけど、マジでこの人が『真犯人』なのかな? 三十路アラサーの地味なマシュマロ女子じゃないの。高尾さんが『猛牛』ならこの人は『子豚ちゃん』だよ。トロイ事件なんて犯罪を仕出かすとは思えないんだけど)



 涼太が小首を傾げていると、女性は震える声を吐き出した。


警備員姿の女性

『トロイプログラム』を、あなたに送りました……。
今回の事件で、使ったものです……。

佐伯涼太

おや、正解だ。
それではもう一問。
メールのやり取りの中で、あなたは今回の事件に関する『動機』を教えてくれました。
それはなんですか?


 女性はすぐに答えた。


警備員姿の女性

警察への、復讐ふくしゅうです……。
それはきっと、あなたと似た感情だと、思っています……。

佐伯涼太

うんうん。
そうなんですよ。
僕も警察に復讐したいんです。

じゃあ最後の質問です。
IOCの幹部を殺害する手段として、『細菌兵器』のレシピをプレゼントしましたよね。
その数はいくつでしたか?


 女性は記憶を辿たどり、必死に口を開いた。


警備員姿の女性

確か、3つ、ありました……。
ほ、本当に、使うつもりなんですか……?


 涼太が爽やかな笑みを浮かべたまま頷く。


 全問正解だ。


 信じがたいが、この女性こそが『トロイの真犯人』


 「人は見かけで判断するものじゃないね」と思いながら、肩に担いだショルダーケースを指さした。


佐伯涼太

場合によっては使いますが、ここでは『PSG-1』を使うつもりです。
こう見えても僕は凄腕すごうでのスナイパーなんですよ。
確実にIOCの幹部をヘッドショットしてやります。

警備員姿の女性

そこに、あるんですか……?
ほ、本当に、ライフルが……?
それで、芸能事務所を……?

佐伯涼太

いや、芸能事務所に撃ち込んだのは違う銃です。
念のため告げておきますが、あれをやったのも僕です。
信じられないと思いますが本当なんですよ。


 涼太は思わず苦笑してしまった。


 荒唐無稽こうとうむけいな嘘でだましているはずなのに、いくつか真実が混ざっている。


 ヘラヘラ笑いながら言葉を続けた。


佐伯涼太

これでテストは終了。
だけど、まだ確証には至りません。
『真犯人』ではなく、僕のメールを盗み見た『第三者』である可能性も高いですよね。


 『真犯人』の正体を決定的にあぶり出すため、涼太は最後の質問を柔らかく飛ばした。


佐伯涼太

写真付きの免許証なんかを、見せてもらえます?
僕は『真犯人』の携帯アドレスを割っています。
つまり名前も正体も把握しているんですよ。
あなたがそれと同じ名前じゃないと、信じることはできませんね。


 女性の顔は嫌そうに歪んだ。


 免許証の提示はあまり好ましくない。


警備員姿の女性

そ、そんな……。
それはちょっと……。
本当に、私がトロイの『真犯人』なんです。
信じてください……。

佐伯涼太

拒否権はあなたにありません。
提示していただけないなら、信じることは不可能ですね。
後ろを振り向いてもらえます?

警備員姿の女性

えっ……?


 女性が慌てて後方を振り返る。


 そこには1人の男が立っていた。


 極悪の笑みを浮かべたクソ野郎こと、天野だ。


 左腕をだらんとらし、右手をジャケットのポケットに隠している。


 ポケットの中には『何か』が入っているようだ。


佐伯涼太

彼は協力者の1人です。
ポケットの中には、サイレンサー付きの拳銃が入っています。
説明するまでもありませんが、芸能事務所の銃撃に使用した拳銃です。


 女性の顔が恐怖に染まった。


佐伯涼太

あなたが証明書を提示して、『真犯人』であることを証明しないなら……。
どうなるかわかりますよね?
ここで撃ち殺して死体をバックヤードに放り込む。
そんな手はずになっているんです。
それじゃあ、見せてくれますか?


 女性は何度も天野と涼太を見つめた。


 身体は困惑と恐怖で震えている。


 頬の筋肉が何度も引きつり、ピクピクと激しく痙攣けいれんしている。



 実際のところ、天野たちは『真犯人』の本名なんて割り出してはいない。


 携帯アドレスを手に入れたとしても、個人情報まで引き出すのは難しいのだ。


 それでも『真犯人』には「全てを知っている」と錯覚させる必要がある。


 実名を暴き、『真犯人』であるという証明をさせるための『コールドリーディング』だ。


警備員姿の女性

ううぅ……。
そ、そんな……。


 証明書を提示するべきか、しないべきか。


 女性は恐怖の中で迷っていたが、涼太が脅すように言葉を叩きつけた。


佐伯涼太

……やはり、あなたは偽物ですか。
それともこれがただの『脅し』だと、たかをくくっているんですかね?
僕たちが本物の拳銃を所持していることも、邪魔者が数人死んでも構わないことも、全て知っているはずなのに。
仕方ないな。
死んでもらいましょうか。

警備員姿の女性

ま、待ってください!
み、み、見せます……!


 女性は涙目で尻ポケットに手を伸ばした。


 震える手で自らの免許証を取り出し、涼太に差し出す。


 涼太は満足気にそれを受け取ると、わざとらしく名前を読み上げた。


佐伯涼太

あなたの名前は片瀬歩美かたせあゆみさん……。
美しく綺麗な響きの名前ですね。
1989年の9月生まれか。
住所は横浜市よこはまし港南区こうなんく
閑静かんせいでいいところですよね。
歩美さんが住むに相応しい街だ。


 その言葉がBluetoothのイヤホンを経由して天野に届けられる。


 天野が不敵な笑みを浮かべながら呟いた。


天野勇二

フッフッフッ……。
また俺様の読みが的中だ。
そいつは前科マエありの女だよ。
過去に『サイバー犯罪』に手を染めて逮捕されている。
姫子のプロファイリングソフトの中に存在していた名前だ。


 天野はポケットから手を出し、だらんと脱力したまま言った。


天野勇二

そいつは名字を変えている。
過去の名前は嶺井歩美みねいあゆみ
25歳の時、男性アイドルと関係を持った女子アナを「殺してやる」と掲示板に書き込んだ。
それで有罪判決を食らったんだ。

佐伯涼太

なるほど。
そんなことがあったんだ。
やっぱり再犯だったのね。


 歩美には聞こえない声でささやく。


 涼太は免許証を歩美に返しながら言った。


佐伯涼太

歩美さん、名字を変えたんですね。
前は嶺井だったのに。
サイバー犯罪で逮捕されたから、世間体を気にして名前を変えたんですか?

まぁ、CSPも酷いことをしますよね。
掲示板の書き込み程度で、わざわざ逮捕しなくてもいいのに。


 歩美は青ざめながら涼太を見上げた。


警備員姿の女性

や、やっぱり、そこまで知っているんですか……。
名字のことも、CSPに逮捕されたことも……!

佐伯涼太

そういうワケです。
これが『電脳学博士』が持つ力なんです。


 歩美は小刻みに震えながら免許証を受け取り、急いで財布にしまった。


警備員姿の女性

信じられない……。
どこにハッキングすれば、そこまでの情報が手に入れられるんですか……?

佐伯涼太

それは企業秘密にしましょう。
だけど、歩美さんのように優しそうな女性が、犯罪者だなんて思えませんね。
『脅迫』『爆弾』『銃撃』を仕掛けたうえに、トロイプログラムをばら撒くなんて。
おまけに前島悠子の『毒殺』まで企んだ。
さすがにやり過ぎですよ。


 歩美はぎょっとして涼太を見上げた。


 慌てて首を横に振り、涙目で否定する。


警備員姿の女性

それは違いますよ!
あなたが、『電脳学博士』が、したことじゃないですか……!
私は、そこまでのことなんて、考えてません……!
CSPを挑発できれば、それで良かったのに……!


 小太りの身体を震わせながら言葉を続ける。


警備員姿の女性

お、お願いします……。
私はそこまでのことは、したくないんです。
私を巻き込むのは、もう止めてください……。


 歩美は完全に怯えている。


 瞳は涙で滲み、顔も真っ赤。


 全身から恐怖を訴えている。


 想像していたよりも、地味で無害そうな女性だ。


佐伯涼太

(ありゃ……。『真犯人』がこんなにオドオドした女性だったなんて。もっとキモオタを想定したのになぁ。何だか申し訳なくなってきたよ)


 涼太は肩をすくめながら言った。


佐伯涼太

悪いんですけど、その話は計画が完遂かんすいしてから、ですね。

警備員姿の女性

ほ、本当に、IOCの幹部を、殺すんですか……?

佐伯涼太

殺しますよ。
歩美さんも復讐したいんでしょ?
絶好のチャンスだと思いますよ。

警備員姿の女性

だから、そこまでは、考えてないんですってば……!
誰かを殺したいなんて、そんな恐ろしいこと……。
ど、どうして、あなたは、そこまで……。


 涼太はショルダーケースをぽんぽんと叩いた。


 どこか悲しげな笑みを浮かべる。


佐伯涼太

そうですねぇ……。
まぁ、うまく説明できないんですけど……。
あえて言うのであれば、『依頼』があったからなんですよ。





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つばこ

今週は2話更新!
トロイの真犯人との対決は後編に続きます!
涼太くんはいったい何を言い出しちゃうのかな??
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!

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コメント 6件

  • べっちん

    なんか、つばこ先生のことだから、このオドオド女子かと思わせて、もう一捻りした犯人にしてたりしてw

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    片瀬歩美……?なんかどこかで見た名前な気がするけど気のせいかな?

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  • ぬかづけ

    2話更新めっちゃ嬉しい

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  • ドラゴンポテトが美味しすぎて

    天野さん、嶺井さんのこと知ってるのが凄い

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  • やま

    トロイさん少し気の毒に感じてしまう。犯罪者だから同情してはダメなんだろうけど。

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