成田空港の到着ロビー。



 涼太は目の前に広がる光景を見て、呆れたように呟いた。



佐伯涼太

うわぁ……。
すっごいね。
これは予想以上だ。



 大きなカメラを担いでいる記者たち。


 殺気立さっきだっているテレビ局の撮影クルー。


 険しい表情の警備員。


 スーツ姿で周囲を睨みつけているのは私服警官だろうか。


 想像以上の人の群れだ。



天野勇二

まったく……。
バカみたいに集まりやがって。
なぜソーシャルディスタンスが守れない。
また緊急事態宣言が発令されるぞ。


 涼太の隣には天野の姿。


 舌打ちしながらマスコミの群れを睨みつけている。 


佐伯涼太

みんなIOCの幹部が大好きだね。
『東京オリンピック』の開催について、何か一言だけでもコメントが欲しいのかな。

天野勇二

そんなところだろう。
実にくだらねぇ話だ。


 地図を取り出しながら言葉を続ける。


天野勇二

幹部たちが搭乗とうじょうした飛行機は到着している。
今はPCR検査の結果待ちだろう。
しばらく時間がかかるかもしれんな。

佐伯涼太

僕たちの前に出てくるかな?
裏口から抜け出す可能性も高いよね。

天野勇二

ああ、その可能性が高い。
そもそも本来であれば3日ほど隔離かくりすべきなんだ。
わざわざ到着ロビーを通る必要性はないな。

佐伯涼太

そうなると僕たちは困っちゃうね。
幹部をヘッドショットできない。
史上最悪のテロが決行できないよ。
まぁ、どうせ『ブラフ』だから、本当に困ることはないんだけど。


 ヘラヘラ笑いながら肩をすくめる。


 今回の『決行』に挑むのは天野と涼太の2人だけ。


 姫子は残念ながら「お留守番」だ。


 天野は思案しあんしながら言った。


天野勇二

当初の予定通り「到着ロビーに現れたIOC幹部を襲撃する」という筋書すじがきでいこう。
とてもじゃないが、殺害できるとは思えないがな。

佐伯涼太

マスコミや警備の数が多すぎるもんね。
これをかき分けて接近するなんて無理ゲーだよ。
ナイフや拳銃での襲撃は諦めるしかない。
どうしても射殺したいなら、凄腕すごうでのスナイパーに依頼するしかないね。
ゴルゴさんあたりが適任かな。


 天野は涼太が担いでいるショルダーケースを見つめた。


 長さ170cmほどの黒い縦長のケースだ。


 それをぽんぽんと叩きながら言った。


天野勇二

あまり謙遜けんそんするな。
お前と『PSG-1』ならやれるさ。
真犯人に送った計画書通りにやろう。
到着ロビーに現れた瞬間を狙い、スナイパーライフルで顔をふっ飛ばせ。

佐伯涼太

うぷぷ……。
相変わらず無茶を言う相棒だよ。
僕がゴルゴさんになればいいのね。
報酬はスイスの銀行に振り込んでよ。

天野勇二

これがダメだったら、ドローンから細菌兵器をばら撒くしかないな。
まったく面倒だ。
IOC幹部を襲撃するテロなんか計画するんじゃなかった。
もう帰って寝たいな。


 天野は何度も欠伸あくびを噛み殺している。


 昨晩は前島の無事を確認し、電脳部にある記憶装置ストレージを埋め、そのまま成田へ直行。


 忙しい夜を過ごし、睡眠不足で機嫌も悪い。


 涼太は励ますように言った。


佐伯涼太

ほらほらお師匠様
もっとアゲアゲでいこうよ!
これは『天才クソ野郎チーム』における初めてのテロ!
楽しまなくちゃもったいない!
もしかしたらお弟子さんがテレビで観てるかもしれないよ?
お師匠様の活躍をナマで見てくれるかなぁ。


 天野は嫌そうに顔を歪めた。


 涼太はあえて『お師匠様』というフレーズを強調している。


 これが天野の不機嫌に拍車はくしゃをかけている。


天野勇二

うるさいヤツめ。
その話をするな。

くそっ……。
なぜ俺は弟子のブラフを見破れなかったんだ……。
本当にイライラするぜ。
この苛立ちは全て真犯人に叩きつけてやる。


 そんな会話をしていると、1人の警備員が涼太のもとにやって来た。


 何せ涼太は目立つ荷物ケースを担いでいる。


 長さ170センチもある黒いショルダーケース。


 この荷物は異様いようすぎる。


 警備員は厳しい声で尋ねた。


空港警備員

すみません。
そのお荷物、調べさせていただけますか?

佐伯涼太

えっ?
これですか?
『釣竿』が入ってるだけですけど。

空港警備員

そうですか……。
念のため、中身を見せていただけますかね?


 有無うむを言わせない口調だ。


 涼太が何らかの『凶器』所持しょじしているのではないかと、警戒しているのだ。


 涼太は爽やかな笑みを浮かべると、素直にケースのジッパーを開き、中に入ってる物を確認させた。


佐伯涼太

どうぞどうぞ。
好きなだけ見てください。


 ショルダーケースの中には一本の『釣竿』が入っていた。


 警備員は安堵あんどの息を吐きながらも、「誤解を招くような物を持ち込まないでください」と釘を刺した。


 軽く一礼して、2人のもとから離れて行く。


佐伯涼太

……はぁ。
あっさり僕の『PSG-1』が見つかったよ。


 警備員の背中を見つめながら、涼太が肩をすくめる。


佐伯涼太

やっぱり『スナイパーライフル』なんて、空港には持ち込めないんだね。
コンパクトに分解して、使う時だけ組み立てる必要がある。
ゴルゴさんも大変だね。

天野勇二

『ライフル』なんて平和な日本で使う凶器じゃないってことさ。
しかし、なかなか空港警備員とは優秀だな。
俺は少し安心したぜ。
『PSG-1』の持ち込みを見逃すような警備員なんか、全員クビにしたほうがいい。

佐伯涼太

うんうん。
日本の玄関口は信頼できるね。

天野勇二

そろそろ『決行』に入るぞ。
指定の時間までアサルトポイントで待機だ。

佐伯涼太

オッケー。
腕が鳴っちゃうね。


 2人は片耳にBluetoothのヘッドセットを引っ掛け、それぞれ二手に別れた。


 携帯電話の回線を繋いだままにしておけば、耳元のヘッドセットで互いの状況を伝えることができる。


佐伯涼太

こちら涼太。
指定のポイントに到着したよ。


 到着ロビーを見下ろしながら告げる。


 涼太が立っているのは2階にある廊下のひとつ。


 背後にはバックヤードに通じる扉がある。


 売店やレストランの従業員や空港関係者が通る道であり、一般の客が訪れる場所ではない。


 出退勤時と休憩時にはたくさんの人間が行きうが、それ以外は近寄る人間も少ない。


 この場所がIOC幹部を射殺するための『アサルトポイント』という訳だ。


佐伯涼太

周囲に人影はなし。
見晴らしもクリア。
僕ちゃんのシステムもオールグリーン。
到着ロビーもしっかり見渡せるよ。


 涼太が周辺を満足気に眺める。


 自分に注目しているような人間は見当たらない。


 『決行』の時間まで涼太はここに立ち、天野は別の場所で待機だ。


天野勇二

できるだけ目立たず、それでいて不審者ふしんしゃを気取れ。
今のお前は大学生のチャラ男じゃない。
『PSG-1』を装備した凄腕のスナイパーだ。
しかもIOCの幹部を撃ち殺そうとするほどのイカれた殺し屋。
そんな演技を頼むぜ。

佐伯涼太

マジで無茶なことを言うよ。
そんなのできるワケないじゃん。
どんな演技をすればそんな男になれるのさ。

天野勇二

お前は変装の達人なのだろう?
その程度なら朝飯前だと思うがな。

佐伯涼太

朝飯は食べちゃったからなぁ。
これなら女装のほうがずっとラクだね。
いっそのこと『ゴルゴさんメイク』をするんだった。
眉毛を太くして「俺の背後に立つな」とか言えば良かった。

天野勇二

あまりブツブツ言うな。
そろそろ時間だぞ。

佐伯涼太

オッケー。
うまくいけばいいんだけど。



 まだ到着ロビーに変化はない。


 IOCの幹部たちは空港内の小部屋に閉じ込められ、PCR検査の結果を待っているのだろう。


 涼太は到着ロビーを見下ろしながら、頭の中でイメージトレーニングを繰り返していた。


 素早くケースから『PSG-1』ことスナイパーライフルを取り出す。


 構えると同時に狙いを定めて発砲。


 幹部をヘッドショットして逃亡する。


 とてもじゃないが、そんな犯行を実行できる自信はない。


 しかし、それが実行できる人間であることを、この場では示す必要がある。



佐伯涼太

こう出して、こう持って、こう狙って……パーン!
僕はいそいそとライフルをしまってダッシュで逃亡……。

うんうん、いけるね。
イメージだけなら僕も凄腕のスナイパーだ。


 満足気に頷きながらイメージを繰り返す。


 血飛沫ちしぶきをあげながら地面に崩れ落ちる幹部の姿。


 騒然そうぜんとする到着ロビー。


 そこを脱兎だっとごとく逃げ出し、賞金首となり警察から逃げ回る日々。


 高飛びした異国の地で巡り会った美女とのロマンス。


 涼太はそんなことまで夢想むそうしていた。


警備員姿の女性

あの、すみません……。


 1人の警備員姿の女性が、夢想中の涼太に声をかけた。


警備員姿の女性

そ、そこで、あの……。
何を、されているんですか……?


 涼太はいぶかしげに女性を見つめた。


佐伯涼太

……ふぇ?
何もしてませんけど。

警備員姿の女性

いや、何か、されてますよね……?

佐伯涼太

僕は下を眺めているだけですよ。
何もしてませんけど。

警備員姿の女性

ちょっと、そのお荷物……。
確かめさせてもらっていいですか?


 涼太はにんまりとした笑みを浮かべ、声をかけてきた女性を見つめた。


 地味で根暗そうな三十路アラサーの女性だ。


 一見では空港の警備員に見える服を着ている。


 少し小太りなためか、警備服がピチピチに膨れ上がっている。


佐伯涼太

えぇー?
もう他の人に見せましたけどねぇ。
何度も見せる必要はないと思いますけど。

警備員姿の女性

そ、そう言われても……。
見せていただけませんか?
お願いします……。


 女性は青白い顔で懇願こんがんしている。


 緊張しているのか、それとも怯えているのか。


 マスクが脂汗あぶらあせ湿しめっている。


 涼太は軽薄けいはくな笑みを浮かべながら言った。


佐伯涼太

そんなことより、あなた、カワイイじゃないですかぁ。
女性警備員なんてビシっとしていて素敵だなぁ。
今度コンパしません?

警備員姿の女性

は、はぁ……?
いや、しません……。

佐伯涼太

そんなこと言わないでくださいよぉ。
どこ住みですか?
地元までイケメンを連れて出張しますよ。
あなたとなら楽しい時間が過ごせそうだなぁ。
一度だけでもお願いしますよぉ。
ねっ、お願いします!


 相手が年上の女性であれば、母性本能をくすぐるように下手から攻める。


 それが涼太のナンパにおける鉄則だ。


警備員姿の女性

い、いや……。
その、あの……。


 女性は頬を赤く染めながらも、チラチラと涼太が担いでいるショルダーケースを見つめている。


 それが気になって仕方ないのだろう。


警備員姿の女性

そ、その荷物を、確かめさせてください……。


 もう泣きそうな声だ。


 涼太がヘラヘラ笑いながら、やんわりとその願いを叩き落とす。


佐伯涼太

イヤですよぉ。
これはあまり人に見せたくないんです。
『You Can't See Me』って、ワケですね。


 その言葉を聞き、女性の身体が「ピタリ」と硬直した。


 極度のストレスを感じているのか、左のまぶたや頬がピクピクと痙攣けいれんしている。


警備員姿の女性

え、えっと……。
今、なんと、言ったんですか……?


 涼太は目の前で右手を広げた。


 顔の前で軽く左右に振ってみせる。


佐伯涼太

『You Can't See Me』って、言ったんですけど。


 女性は「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。


 そして、震える声で言った。



警備員姿の女性

『If you want some, come get some』……。



 まぶたを激しく痙攣けいれんさせながら涼太を見上げている。


 涼太は「へぇ…」と呟き、耳元のイヤホンマイクにささやいた。


佐伯涼太

ねぇ勇二……。
来ちゃったよ。
僕が想像もしてなかった女の子が来ちゃった。
この娘がそうなの?

天野勇二

ああ、間違いない。
やはり『女』だったか。
俺様のプロファイリングは優秀だな。


 天野が物陰ものかげから気配なく姿を現した。


 不敵ふてきな笑みを浮かべ、女性の背後からゆっくり歩いて来る。


 殺気を放ちながら言った。



天野勇二

そいつだよ。
その女が『トロイの真犯人』だ。





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つばこ

『トロイ編』もいよいよクライマックス!
ようやくトロイの真犯人が登場です!
 
といっても、『真犯人』の正体はそれほど重要じゃありません。
彼女を天野くんはどうやって捕まえるつもりなのか、そこが本エピソードの見どころになるのかなぁ、と思っています。
真犯人を脅したり殴ったりメスで斬ったりしても、事件は解決できません。
きっと真犯人は証拠を隠滅したうえで現れたはずなので、警察に通報したところで無意味ですから。
 
それはそれとして世間はGWですね!
大変な状況ですけど、読者の皆さまが平穏無事に過ごせますように。
つばこは「連休を使って天クソのラストエピソードを考えねば…どうする何も思い浮かばないぞ…(TдT)」なんて日々を過ごしていると思います(ノ∀`)
  
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*ノω・*)

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コメント 17件

  • 田中

    ぶっちゃけ伏線的にあと200話くらいやっててもおかしくなかったからなw
    こんなふうに終わるのは何とも

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  • ニル

    もうcomicoも終わりかぁ

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  • konbu

    女の人だったの!?

    イキった20代の男やと思ってた
    まじかぁさすがつばこ先生だなぁまじで

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  • べっちん

    まだ、回収されてない謎がたくさんあるでしょ?まだまだ読ませてくださいよ!つばこ先生!!!

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  • ちょぱ

    意外な犯人!オッサンだと思ってた笑

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