ホランド怜生が殺害された事件は、夏川の『自首』によって幕を下ろした。



 自らが犯行に及んだこと。



 天野の推理通り『モバイルハウス』を使用していたこと。



 運転手はSNSの闇バイトで募集した一般人だったこと。



 夏川は全てを洗いざらい自白じはくしている。





 当然のことながら、これは世間をにぎわす大事件になってしまった。



 何せ『オンライン合コン』『アリバイトリック』に利用したセンセーショナルな殺人事件だ。



 しかも被害者の男性が複数の『悪事』に手を染めていたことも発覚。



 どのメディアもこぞって事件を追いかけ、被害者の生い立ちや交友関係を報じている。



 涼太はその影響を大きく受けていた。




佐伯涼太

……いててて……。
なんだよもう……。
少しは手加減してよ……。



 事件解決から数日後。


 涼太は繁華街の裏路地にある『ゴミ捨て場』の中にいた。


 身体は傷だらけ。


 衣服もボロボロ。


 全身のあちこちを殴られてしまい、しばらく動けそうにない。



館林充希

……涼ちん。
大丈夫?



 ふいに館林の声が響いた。


 ゴミ捨て場に横たわる涼太を不安気に見下ろしている。


佐伯涼太

ああ……。
充希ちゃんか。
久しぶりじゃん。
あの時以来だね。

館林充希

そうだね……。
お水もってきた。
顔洗いなよ。

佐伯涼太

サンキュ。
ちょっと手を貸してくれる?


 館林は無言で涼太を引っ張り上げた。


 とがめるような口調で尋ねる。


館林充希

なんでやり返さなかったの?
涼ちんは喧嘩強いんでしょ?
あんな連中、返り討ちにしてやれば良かったのに。

佐伯涼太

いいんだよ。
やり返す理由がない。
彼らの気持ちもわかるしね。

館林充希

でも、殴られる理由もないよね。
涼ちんは怜生の『悪事』に関わってないんだし。
怜生への恨みを涼ちんにぶつけるなんておかしいよ。



 涼太は苦笑したままうなだれた。


 怜生の『悪事』が暴かれたことにより、涼太の周辺は一気に騒がしくなった。


 涼太は怜生と一緒に様々な『合コン』『ナンパ』に参戦していた。


 事情を知らない人間が見れば、「アイツも悪事に加担していたのではないか」と考えてしまうものだ。


 おかげで涼太のTwitterは目も当てられないほど炎上している。


 今夜も『善意の第三者』から激しい暴行を受けてしまったのだ。



佐伯涼太

本当にいいんだ。
ほとぼりが冷めるのを待つよ。
まぁ、しばらくはクラブに行くのを控えるべきかも。

館林充希

それがいいね。
涼ちんを見つけたら殺す、とか言ってるヤツ多いもん。
渋谷しぶや池袋いけぶくろに行くのもやめたら?

佐伯涼太

うわぁ、自粛じしゅくだ。
寂しいなぁ。
大人しくステイホームしなきゃ。


 おどけたように笑い、口の中に溜まった血を吐き出す。


佐伯涼太

……だけど、充希ちゃんは優しいね。
もう僕には話しかけてくれないかと思った。

館林充希

そのつもりだったけどさ。
もういいかな、って。

佐伯涼太

ふぅん。
……ああ、タバコ落としちゃった。
ついてないな。

館林充希

うちのあげるよ。
メンソールだけど。


 館林からタバコを受け取り、煙を夜空に吐き出す。


 星なんて見えない東京の夜空。


 館林もタバコを咥えると、


館林充希

……昨日さ、菜々子に会ったよ。


 ぽつりと呟いた。


館林充希

警察に逮捕されることはなくなったみたい。
うちにはよくわかんないけど、起訴きそってやつもされないって。
すごく怒られたらしいけど、『罪』に問われることはないんだってさ。

佐伯涼太

……そっか。
それは良かった。

館林充希

まなたんが『自首』したから……。
それでセーフになったんだよね。
まなたんは、菜々子のことを守ろうとしたんだね……。


 2人を重い沈黙が包む。


 館林は振り絞るように言った。


館林充希

菜々子は涼ちんに感謝してた。
また会いたいって。
うちはもう会わないほうがいいって言ったんだけど、直接会って御礼が言いたいみたい。
気が向いたら連絡してあげなよ。


 涼太は何も答えなかった。


 黙って煙を吐き出すだけ。


 その横顔を見上げながら館林は呟いた。


館林充希

……うちさ、涼ちんと天野さんがしたこと……。
今でも間違ってると思う。
まなたんを『自首』させる必要はなかったと思うんだ。

たぶんうちは怜生がしたことを一生許せない。
あんなの、許せるワケないよ……。



 館林がいきどおっているのも無理はない。


 怜生に『マーダーミステリー』経由で脅されていた女の子は、なんと10人以上も存在していたのだ。


 裸の写真を盗撮され、『身体』を要求されたり、『お金』を要求されたり。


 しかもそのほとんどが『JC』や『JK』の子供。


 呆れ果てたロリコンゲス野郎だ。


 涼太に恨みの矛先ほこさきが向いてしまうことも仕方ないのかもしれない。


 館林は苦しげに言葉を続けた。



館林充希

うちがまなたんの事情を知ってたら、怜生を一緒に殺したかもしれない。
だって、怜生がまなたんの『妹』に手を出していたなんて、マジでありえないもん……。
涼ちんは知らないと思うけど、まなたんの妹はすっごくいい子なんだよ。

佐伯涼太

……うん。
そうらしいね。

館林充希

まなたんが『妹』を守るために怜生を殺したこと……。
涼ちんはマジで知らなかった?
ほんとは知ってたんじゃないの?

佐伯涼太

いや、知らなかったよ。
『動機』を突き止めるのは難しいんだ。
だけどね……。


 涼太は深く息を吸い込んだ。


 夜空に煙を吐き出しながら答える。


佐伯涼太

仮に知っていたとしても、結末は同じだったな。
きっと僕の行動は変わらない。
愛海ちゃんが自首するように仕向けた。
今でもそう思うよ。


 館林はじっと涼太を見上げた。


 感情のない瞳が涼太を射抜いぬく。


 やがて小さく頷くと、


館林充希

……そうだね。
それが正しいよ。
涼ちんは間違ってない。
でもうちは、なんか寂しいよ……。


 かすれた声を吐き出し、涼太に背を向けた。


 何も告げずに歩き出す。


 裏路地を出て、都会の雑踏ざっとうに消えていく背中。


 それを見つめながら、涼太は「もう館林に会うことはないのだろう」と感じていた。



佐伯涼太

……『正しい』か。
どうなんだろうね。
僕にはよくわかんないよ……。



 涼太は小さく呟き、その場に座り込んだ。


 ネオンの明かりから身を隠すように、小汚い裏路地にうずくまる。


 きっと館林は今の自分と同じような感情を抱いているのだろう。


 胸の奥にあるのは後悔と悲しみ。


 怜生の『本性』を見抜けなかったこと。


 夏川の苦悩を共有できなかったこと。


 そして、トリックを成立させるための『共犯者』に仕立て上げられたこと。


 その全てが悔やんでも悔やみきれないし、悲しくてたまらない。


 かといって、夏川を恨む気持ちにもなれなかった。



佐伯涼太

どうして愛海ちゃんは、僕たちを犯行の『共犯者』に選んだのかな……。



 仲が良くて、扱いやすい。


 そして何より都合が良かった。


 それもあると思うが、本当にそれだけだったのだろうか。


 他に何か理由があったのではないだろうか。









夏川愛海

……でも、涼太はちょっと違うんだよね。
不思議だな。
なんかただの『チャラ男』じゃないって感じちゃう。
やっぱり顔がいいから?
ズルい男だよね。








 夏川を車に乗せて、怜生のアパートへ向かった時。


 何度もあの夜のことを思い出す。


 今でも鼻の奥に、夏川がつけていたドルチェ&ガッバーナの香水が残っているような気がする。


 涼太は夜空を見上げながら呟いた。



佐伯涼太

……あの時、君は身体についた『血の臭い』を隠そうとしたんだよね。
だから『香水』を使った。
シャワーを浴びる余裕なんてなかったからね。
着替えていたとは思うけど、それだけじゃ不安だったのかな。

ずっと家にいて、夜遅くだった上に、怪我をしたかもしれない友達の様子を見に行く。
そんな状況で『香水』を使うとか、あまり考えられないもの。



 彼女は『アリバイ』のために自分を利用した。


 そこに「好意」なんてものは存在しなかった。


 感じていたのは、全て見せかけだけの『まがい物』だった。


 ただの都合の良い男。


 それだけの存在だ。




 しかし、今でも考えてしまう。


 あの時、車内で感じた甘い空気のこと。


 館林に怒られて、喫茶店を出た自分を追いかけてくれたこと。


 白金台しろかねだいの路上で感じた優しげな温もりのこと。


 あれも全て『まがい物』だったのだろうか。


 ほんのわずかだったとしても、そこにはいくつかの真実が存在していたのではないか。


 『香水』を使ったことだって、別の理由があったのではないか。


 そんなことを考えてしまう。



佐伯涼太

……バカだね。
そんなこと考えても、結末は何も変わらないのにさ。



 涼太はため息を吐いた。


 決して夏川にれていた訳ではない。


 『愛』と呼べるものが、彼女との間にあったとは思わない。


 それでも、少しだけ事情が違っていたら、何かが始まることがあったのかもしれない。


 それはただの錯覚さっかくなのか。


 自惚うぬぼれによる妄想なのか。


 今の涼太にはよくわからなかった。




佐伯涼太

……あれ?
電話じゃん。



 ポケットの中のスマホが着信を知らせている。


 取り出してみると、画面が割れてヒビだらけ。


 喧嘩の際に踏まれたのだろう。


 涼太はげんなりしながら電話に出た。



佐伯涼太

……はーい。
こちら涼太。
どったの?

天野勇二

勇二だ。
今ヒマか?
どうせヒマだろう?


 スマホから幼馴染おさななじみかつ悪友の声が響く。


 相変わらず偉そうな声だ。


 涼太は「自分の周囲には『悪い友人』しかいないみたい」と思いながら言った。


佐伯涼太

別にヒマじゃないよ。
僕ちゃんだって忙しいんだ。
『ナンパ』っていう大切なお仕事に励んでるんだよ。

天野勇二

ナンパだと?
正気なのか?
お前が街に出たら闇討やみうちされるぞ。
SNSにも殺害予告が届いてるのだろう?

佐伯涼太

めっちゃ届いてるね。
過去最高だよ。
みんな僕を悪党だと勘違いしてるんだ。
でも、そんなのに負けたりはしないんだよね。

天野勇二

呆れたヤツだな。
今のお前は『チャラ男のロリコン盗撮魔』なのによ。
何を食って育てばそんなたくましい下半身が出来上がるのか、研究機関に提供してやったらどうだ?
論文でも書かせてやればいい。
下手すればノーベル賞が取れるかもしれないぜ。


 ヘラヘラと笑いながら嫌味ったらしい言葉を吐き出している。


 涼太は白い目でスマホを見つめた。


 こっちは色々と悩んで後悔して苦しんでいるのに、クソ野郎はいつもと変わらない。


 女子1人を刑務所に送り込んでいるのだから、少しは罪悪感を覚えてもいいのに。


 どんな神経をしているのだろう。


佐伯涼太

そんなのイヤだっての。
ていうか、なんの用よ?
また『依頼』が来たの?

天野勇二

ああ、そんなところだ。
俺様が『幹事』をすることになってな。

佐伯涼太

幹事?
何それ?
なんの幹事をするの?

天野勇二

『オンライン合コン』に決まっているじゃないか。


 思わぬ言葉が飛び出した。


 涼太がいぶかしげに瞳を細める。


佐伯涼太

……はぁ?
今、『オンライン合コン』って言った?

天野勇二

ああ、言ったぜ。

佐伯涼太

マジで言ってんの?
そんなの趣味じゃないでしょ?

天野勇二

そうだな。
まったく趣味じゃない。
だが頼まれてしまってな。

佐伯涼太

誰に頼まれたのよ?

天野勇二

弟子だよ。
一度ぐらい『オンライン合コン』をしてみたいと言うんだ。
恐らく事件のことも聞きたいのだろう。
アイツは俺たちが捜査を始めたことを知っているからな。


 涼太は納得したように頷いた。


 うっかり忘れそうになるが、このクソ野郎はかつての『国民的アイドル』こと、前島悠子まえしまゆうこと交際しているのだ。


佐伯涼太

……そういうことか。
面白そうじゃん。
前島さんは勇二と『オンライン』でイチャイチャしたいんだね。
いいと思うよ。
今年はコロナのせいで大学になかなか行けなかったし。

天野勇二

そのようだな。
お前も誘おう、という話にもなったんだ。

佐伯涼太

それは参加できないねぇ。
お邪魔になるでしょ。
2人きりで楽しんで。
オンラインパコパコしちゃいなよ。

天野勇二

なんだ、本当にいいのか?
これは『合コン』だぞ?
お前の大好物だと思ったんだがなぁ。


 天野はからかうように告げている。


 涼太はそこでようやく気づいた。


 『合コン』だ。


 『デート』ではなく、『合コン』だ。


佐伯涼太

……ちょっと待ってください。
幹事の勇二さん。
念のためにお聞きしたいんですけど……。
前島さん以外にも、参加する女の子がいるんですかね?

天野勇二

そりゃいるさ。
『合コン』だからな。

佐伯涼太

ふむふむ。
そうですねわかりますよ。
こっちの男子は2人ですよね?
すると、向こうの女子も2人なんですかね?

天野勇二

いや、2人じゃない。
4人だ。
前島が友人を集めている。

佐伯涼太

ほぉう……。
友人ときましたか。
おまけに大漁ですね。
念のためなんですけど、参加者のお名前をお聞きしてもいいですかね?

天野勇二

柏田麻紀かしわだまきだよ。
お前も覚えているだろう?
他にもアイドル時代の仲間を集めたらしい。
柏田も久々にお前と話したいとか言ってたぜ。


 涼太は素早く立ち上がった。


 思い切り拳を天に突き上げる。


 たまたま近くを歩いていたサラリーマンが「ぎょっ」としていたが、そんなものを無視して叫んだ。



佐伯涼太

参加するよ!
参加するに決まってんじゃん!
ていうか、それを先に言ってよ!
まきりんと『オンライン合コン』なんて最高のイベントじゃんか!

天野勇二

あっはっはっ。
じゃあ早く家に帰れ。
先に始めてるからな。

佐伯涼太

わかった!
ありがとう勇二!
心の友よ!
『悪い友人』とか思ってごめん!
マジでありがとう!

天野勇二

礼なら前島に言うんだな。
きっとお前を励まそうとしているのだろう。
じゃあ、また後でな。



 電話はそこで切られた。


 涼太はスマホを握りしめながら吠えた。



佐伯涼太

いよっしゃぁ!
オンライン合コン!
まきりんとの合コンだ!
やっぱりコンパって最高!

マジでありがとう天才クソ野郎!
すぐに行くから待っててね!



 繁華街に涼太の雄叫おたけびがとどろく。


 いくばくかの憂鬱ゆううつを振り落としながら走り出す。


 どれだけ胸が苦しくなっても、消えることのない後悔を背負っても、まだ自分は風のように駆け抜けていける。


 涼太はそんなことを思いながら夜を駆けていた。









(おしまい)




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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
 
久々のミステリーはいかがでしたか。
そもそもこの物語のタイトルは『天才クソ野郎の事件簿』ですからね。
たまには「事件簿」っぽいことをやらないと。
個人的には楽しく書いていたので、皆さまにも楽しんでいただけたら幸いです。
 
さてさて、次回はドキドキハラハラ胸キュンサスペンスの長編エピソードをお届けします!
しかも濃い新キャラが出ます!
ずっと登場させたかったけど、何となく長い間お蔵入りにしていた女の子が出ます!
また一味変わったテイストで楽しめる天クソになると思いますので、ご期待いただければ幸いです。
 
それでは次週土曜日、
『彼女が上手に遠隔操作ウイルスを飛ばす方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでした!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 31件

  • 田中

    涼太は強いなあ
    いつか崩れちゃうんじゃないかと少し心配になるよ

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  • ИДЙ

    『香水』に『夜に駆ける』ですねw
    涼ちん頑張って!!!

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  • LAMP

    みんな時事ネタドルガバしか気付いてないけど最後「夜に駆ける」出てるよ...!

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  • らおりん



    善意と悪意の意味、おそらく善意は法的な意味の「知らない」という意味かと思いました(民事事件では善意悪意と使います)。
    刑事的な意味で使われることは見たことないので、ハマるかはわかりませんけど…

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  • だいき

    全部ドルガバのせい

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