佐伯涼太

えっ……?
な、何これ……?




 涼太は生唾なまつばを飲み込みながらスマホを見つめた。



 何度も『写真』を睨みつける。



 間違いなく怜生の部屋だ。



 玄関に転がっているレア物のスニーカー。



 廊下にかけられたマシン・ガン・ケリーのポスター。



 どちらも『血痕』で赤く濡れているが、怜生が自慢していた私物で間違いない。



館林充希

……んん?
涼ちんどったの?
ビールでもこぼした?



 館林がのんびり尋ねている。


 涼太は慌てて首を横に振った。



佐伯涼太

い、いや、違うんだよ……。
えっとね、今、怜生クンからLINEが来たんだけど……。

館林充希

怜生から?
どうしたのアイツ?

佐伯涼太

どうしたっていうか、なんていうか……。
よくわかんない『写真』が送られてきてさ……。


 震える指先でスマホを操作し、LINEの宛先を確かめる。


 間違いなく『怜生のスマホ』から送信されている。


 これは怜生が撮影した『写真』なのだろうか。


保坂菜々子

……あれ?
私にも怜生くんからLINEが来てる。


 保坂が小首を傾げながら言った。


 夏川も驚いたように声をあげる。


夏川愛海

あっ、ホントだ。
私にも来てるよ。
写真だけ送ってきてる。

館林充希

はぁ?
何それ?
うちには来てないけど……。

……いや、来てたわ。
なんか怜生からLINEが来てた。
写真を送ってるね。

佐伯涼太

そ、それ、どんな写真?
なんか僕には、部屋の写真が送られてるんだけどさ……。


 3人の女子がそれぞれのスマホを取り出し、受信した画像を確かめる。


 全員の表情が固まった。


 そして、おびえた声をあげた。


夏川愛海

……やだ。
何これ?
これって、どこの部屋なの……?

館林充希

き、気持ち悪い……。
この赤いのって、まさか『血』なの……?

保坂菜々子

嘘でしょ……?
怜生くん、私たちをからかってるんだよね……?


 3人とも困惑している。


 何せ廊下には『血溜まり』がある上に、壁には『血飛沫』が飛び散っているのだ。


 涼太は自らのスマホをカメラに近づけながら尋ねた。


佐伯涼太

みんなにもこの『写真』が送られてる?
同じやつかな?

夏川愛海

うん……。
同じみたい……。
これって、怜生の部屋なの?


 3人の女子がスマホの画面をカメラに提示する。


 涼太に送信されたものと同じ写真だ。


佐伯涼太

……間違いないね。
これは怜生クンの部屋だよ。
僕は何度か行ったことがあるんだ。

夏川愛海

マジなの?
なんで、こんな写真を送ってきたんだろ……。

保坂菜々子

怪我したのかな?
包丁で指を切っちゃったとか?

館林充希

いや、違うよ。
たぶんからかってるんだよ。
うちらを驚かせようとしてるんでしょ?
アイツならやりかねないし。
本物の『血』なワケないっしょ。


 館林が呆れたように吐き捨てる。


 涼太はそれを聞いて頷いた。


 確かにそうだ。


 これが『出血』によるものとは限らない。


 もし本当に『怜生の血痕』だというのであれば、死んでいてもおかしくないだろう。


 それほどの量なのだ。


佐伯涼太

ちょ、ちょっと電話してみる。


 涼太は慌てて怜生に電話をかけた。


 しかし繋がらない。


 スマホは無機質なコール音を鳴らすだけだ。


佐伯涼太

……ダメだ。
電話に出ないよ。

館林充希

はぁ?
マジでなんなの?
いくらなんでも人騒がせ過ぎるよ。
悪趣味にも程があるし。

保坂菜々子

涼太くんは何か聞いてない?
怜生くんと一緒に、ドッキリを仕掛けてるんじゃないの?

佐伯涼太

こんなシャレにならないことはしないよ。
僕はマジで何も聞いてない。
それに怜生クンがこんなことをするなんて………。


 涼太の言葉が途切れた。


 別の友人からLINEが届いたのだ。


 「怜生が変な写真を送ってきたけど、お前何か知ってる?」と尋ねている。


 涼太の背筋せすじに冷たいものが走った。


佐伯涼太

(う、嘘でしょ……? もしかして、この写真は、僕たち以外にも送られてるの……?)


 ぶるっと背中を震わせる。


 まさかと思うが、全ての連絡先に一斉送信したのだろうか。


 そうなると『ただのイタズラ』とは思えなくなる。


 いったい何のために?


 何か意図があるのだろうか?


 もしかすると、助けを求める『SOS』ではないのか?


 涼太はそう感じ、すぐさま立ち上がった。


佐伯涼太

イヤな予感がする。
今から怜生クンの家に行くよ。
様子を見てくる。


 3人の女子はそれぞれ違った反応を見せた。


館林充希

えぇ……?
マジで行くの?
こんなのただのイタズラでしょ?

佐伯涼太

まぁ、そう思うけどさ。
でもイタズラじゃなかったらシャレになんないじゃん。

館林充希

そうだけどさぁ……。
なんか大げさだと思うな。
もう夜も遅いよ?
怜生のためにそこまでしなくても良くない?


 館林は嫌そうに唇を尖らせている。


 あまり怜生に対して良い印象を持っていないのだろう。


佐伯涼太

どうせコンパの後に、怜生クンの家まで行くつもりだったんだ。
お酒は飲んでないから車で行くよ。

保坂菜々子

ちょ、ちょっと待って。
1人じゃ危ないよ。
怜生くんのアパートは自由が丘じゆうがおかだったよね?


 保坂が手を挙げながら言った。


佐伯涼太

そうだけど……。
まさか菜々子ちゃんも行くつもり?
それこそ危ないよ。

保坂菜々子

うん、わかってる。
でも涼太くんは荻窪おぎくぼに住んでるよね?
私のほうが近いじゃない。
それに涼太くんを1人で行かせるのは心配だよ。


 確かに保坂は港区白金みなとくしろかね在住のお嬢様だ。


 怜生が1人暮らししているのは目黒区めぐろくの自由が丘。


 地理的に言えば涼太よりも保坂のほうが近い。


 悩む涼太を見て夏川が言った。


夏川愛海

……待って。
涼太って荻窪おぎくぼなの?
それなら私、西荻窪にしおぎくぼに住んでるからさ、車で拾ってくれない?
私も一緒に行くよ。

佐伯涼太

えっ?
マジで?
そんなご近所さんだったの?

夏川愛海

みたいね。
涼太と菜々子と私……。
3人のほうがいいと思うな。
万が一何かあっても、3人いれば安心だと思うし……。


 夏川が怯えたように言葉をつむいだ。


 『万が一何かあっても』


 そんな想像をしてしまったことに、恐怖しているように見える。


 涼太は腕組みをしながら思案した。


佐伯涼太

(うーん……。何が起きてるのかわかんないのに、女の子を2人も連れ回していいのかな……? ただこんな時は、複数人で行くのがセオリーでもあるんだよね。何かあればバックアップを頼めるし。さすがにこの程度で勇二ゆうじを呼び出すワケにもいかないしなぁ……)


 悩んでいる間にも、次々とLINEに着信が入る。


 共通の友人数人が「怜生から変な写真が届いたけど」困惑こんわくしている。


 その内、誰かが怜生の家まで行くかもしれない。


 涼太は迷いを吹っ切るように言った。


佐伯涼太

……わかった。
一緒に来てよ。
僕としても誰かがいてくれるのは心強い。
でも、絶対に僕から離れないで。
菜々子ちゃんは自由が丘の駅付近で待っててくれるかな?

保坂菜々子

うん……。
わかった。

佐伯涼太

愛海ちゃんは環八かんぱちまで来れる?
出来ればそこで合流したいな。

夏川愛海

大丈夫。
すぐ支度するね。


 3人が一斉に立ち上がる。


 残された館林は気まずそうに呟いた。


館林充希

うぅぅ……。
マジで行っちゃうの?
うちは行かなくていいと思うけどなぁ……。
何かあったら連絡してよぉ。


 涼太は頷きながらログアウトした。


 館林は埼玉県さいたまけん浦和うらわに住んでいる。


 さすがに今から自由が丘へ向かうのは難しいだろう。


佐伯涼太

ったくもう……!
頼むよ怜生クン!
お願いだからタチの悪いイタズラであってね!


 大急ぎで愛車に飛び乗り、夏川と待ち合わせた環状八号線かんじょうはちごうせんの交差点へ向かう。


 夏川はすでに交差点に立っていた。


佐伯涼太

お待たせ。
同行してくれてありがとう。
遅い時間だけど大丈夫?
お母さんに怒られない?

夏川愛海

大丈夫だってば。
今は妹と2人暮らしだから。

佐伯涼太

そっか……。
悪いけど飛ばすよ!

夏川愛海

わかってる!
でも安全運転でお願いね!


 涼太はチラリと夏川の生足を見つめながらハンドルを握った。


 ショートパンツからすらりと伸びた脚。


 引き締まった『太もも』が眩しすぎる。


 口笛を吹きながら眺めたいところだが、そんな状況ではないことは理解している。


夏川愛海

本当にどうしたんだろ……。
怪我でもしたのかな?
ていうか、これがただの『悪ふざけ』だったら、マジで怜生を殴っちゃうかもしれないよ……。

佐伯涼太

いや、僕としてはそっちのほうがありがたいな。
『流血』なんて笑えないもの。
ジョークだったほうがずっと助かる。


 夏川は神妙な表情で頷いた。


夏川愛海

……そうだね。
これはただのジョーク。
私たちが気にし過ぎただけ。
そっちのほうが良いよね。

佐伯涼太

そうだよ。
きっと今頃、『ドッキリ』の立て札を持って僕たちを待ってるんだよ。
むしろ「ペンキこぼし過ぎたなぁ」って、後悔してるのかもしれないね。


 涼太はあえて明るい口調で言った。


 夏川を怖がらせないように心がけているのだ。


夏川愛海

……うん。
きっとそうだね。
怜生ならやりかねない。
「リアルでもマーダーミステリーの続きをしようぜ」とか言いそう。


 夏川は涼太の心遣こころづかいを察したのだろう。


 青白い表情ながらも、懸命に笑顔を浮かべている。


佐伯涼太

あはは。
めっちゃ言いそう。
そもそも怜生クンと『マーダーミステリー』ってのが、全然ピンと来ないんだよね。
怜生クンは小説を読まないもの。
ミステリーに興味があったなんて、結構驚いたんだよねぇ。

夏川愛海

それわかる。
小説を読むヒマあったらクラブで踊ってるよね。

佐伯涼太

踊ってるだけじゃないでしょ。
ナンパのついでに踊ってる、ってほうが正しくない?

夏川愛海

あっ、それ言わないようにしたのに。
友だちの陰口を叩くなんて、涼太は悪い子だね。

佐伯涼太

陰口なんかじゃないって。
ただの事実だよ。
それが怜生クンの取り柄だもの。
むしろ今のは褒め言葉ってカンジじゃない?

夏川愛海

全然褒め言葉じゃないよ。
まったく男ってばどうしようもないんだから。


 夏川が笑いながら髪をかき上げる。


 車内に広がっていく魅惑的な甘いフローラルの香り。


 きっと夏川がつけているドルチェ&ガッバーナの香水のせいだ。


 夏川はどこか濡れた瞳で涼太を見つめた。


夏川愛海

……でも、涼太はちょっと違うんだよね。
不思議だな。
なんかただの『チャラ男』じゃないって感じちゃう。
やっぱり顔がいいから?
ズルい男だよね。


 涼太は小さく微笑みながらアクセルを踏み続けた。


 2人の間には香水に負けないくらいの甘い空気がただよっている。


 これがただのドライブだったら最高なのに。


 目的地が怜生の暮らすアパートじゃなくて、ラブホだったらもっと最高なのに。


 そんなよこしまな思いを乗せて、車は自由が丘に到着した。


佐伯涼太

もうすぐ到着するよ。
菜々子ちゃんはどこにいるのかな。

夏川愛海

電話してみる。
ちょっと待って。

……あっ、菜々子?
今どこ?
こっちはもうすぐ駅に着くけど……。

……えっ?


 夏川が驚いてスマホを持ち替えた。


夏川愛海

ちょ、ちょっと、何してんの!?
1人で行ったの!?
ダメじゃない1人で行ったら!
ていうか、なんであんたが怜生の家を知ってるのよ!?


 涼太はその言葉を聞くと、舌打ちしながらアクセルを踏み込んだ。


 駅を通り過ぎて怜生のアパートを目指す。


佐伯涼太

菜々子ちゃんはどこにいるって?
もう怜生クンのアパート近く?

夏川愛海

ううん、もう部屋の前にいるって!
チャイムを押したけど反応がないとか言ってる!

佐伯涼太

は、はぁ!?
何してんのよ!
とにかくアパートから離れてって伝えて!

夏川愛海

わかった!


 狭い住宅街の路地を抜けて、涼太は大急ぎで車を走らせた。


 ようやく怜生のアパートに到着。


 LINEで『写真』を受け取ってから40分が経過している。


 夏川は助手席から飛び出すと、大きな声で叫んだ。



夏川愛海

菜々子!
どこにいるの!?
涼太と一緒に来たよ!



 呼びかけに応える声はない。


 涼太は険しい表情で怜生が暮らすアパートを見つめた。


 オートロックなんて存在しない安い木造アパート。


 怜生が住んでいるのは1階の角部屋。


 部屋の明かりは点いている。


 周囲に怪しい人影は見当たらない。


 チャイムを鳴らそうとしたが、


佐伯涼太

なっ……!?


 その前に、扉はゆっくり開かれた。


 誰かが部屋から出てくる。


 涼太は慌てて構えた。


 しかし、そこに立っていたのは、




保坂菜々子

……りょ、涼太くん……。
ど、ど、どうしよう……。




 保坂菜々子だ。


 顔色は真っ青。


 身体は震えており、瞳はうつろで、苦しげに口元を押さえている。


 猛烈な吐き気を堪えているようだ。


夏川愛海

な、菜々子!?
あんた、どうしてそこに……!?


 夏川が慌てて駆け寄る。


 保坂は2人の顔を見つめると、黙って怜生の部屋を指さした。


 唇が動いているが、言葉を吐き出すことができない。


 涼太は保坂の肩を抱きながら部屋を眺めた。




佐伯涼太

……ッ!















 その瞬間、涼太は何が部屋で起きているのか、察してしまった。



 乱雑に荒らされた玄関。



 廊下や壁に広がる真っ赤な鮮血



 むせ返るような血の臭い



 これはいくつかの事件で嗅いだことのある臭いだ。



 激しい生理的嫌悪感が全身を駆け巡る。



 全身が「この部屋には入りたくない」と叫んでいる。




佐伯涼太

怜生クン……?
いるの?
返事をしてよ怜生クン……!




 呼びかけに応える声はない。



 涼太は涙目で頬を叩き、自分を取り戻すように努めた。



 このまま回れ右をして帰ってしまいたい。



 しかしそんなことは許されない。



 何せ自らの背中には、恐怖に震える女子が2人もしがみついているからだ。




保坂菜々子

嘘……。
こんなの、嘘だよね……?

夏川愛海

な、何が起きてるの!?
怖い……!
怖いよ涼太……!




 泣き出しそうな2人の声。



 それを聞きながら涼太は一歩を踏み出した。



 土足のまま部屋に踏み込む。



 転がったスニーカーと血溜まりを飛び越える。



 廊下を抜けた先に、それは転がっていた。













 部屋の中央に、ひとつの刺殺体しさつたいが転がっていた。



 苦悶くもんの表情を浮かべた金髪男性。



 涼太の悪友こと、ホランド怜生の最期だった。







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20,179

つばこ

死んでたぁ…(´;ω;`)
ホランド怜生くん、殺されちゃってた…。
久々に涼太以外の『チャラ男』が出てきてウキウキしてたのに…。
実に涼太くんのお友達っぽくて、どんな絡みや素顔を見せてくれるのか楽しみにしていたのに…(´;ω;`)ウッ…
 
そんなワケで事件でございます。
今回はホランド怜生くん殺人事件を軸に物語が動いていくことになるようです。
怜生くんを殺した犯人はもちろんのこと、「涼太くんは3人の美女の中から誰を選ぶのか」という点にもご注目いただければ幸いです。
 
ではではそんなこんなで、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(`・ω・´)ゞ

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コメント 24件

  • コハク

    唐突なドルガバ‪w

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  • 彼方

    夏川の香水に笑って、
    イラストの保坂が着てる洋服にびっくりした

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  • まこと

    死んでたぁ…に一気に気が緩む

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  • GOERIN

    保坂のポルノでも撮られてたのかな

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  • ちょぱ

    ドルガバで笑ってしまった。さすがつばこさん笑

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