モリアーティから『宝石』を受け取り。



 首輪に仕込まれた手紙を見つけ。



 柊千紗ひいらぎちさと出会った3日後。



 天野は大学付近にある邸宅ていたくの前に立っていた。



柊千紗

天野くん……。
ここがそうなんですか?
本当にサチコの『飼い主様』がここに……?



 隣には千紗の姿もある。


 天野はスマホを取り出しながら告げた。


天野勇二

ああ、そうだ。
モリアーティの『足取り』を見る限り、ここが飼い主の家である可能性が高い。


 スマホの画面には『GPSロガー』による移動記録が映し出されている。


 3日前、天野がモリアーティの首輪に仕込ませたものだ。


天野勇二

昨日も一昨日も、モリアーティはここで夜を明かしているんだ。
日中も2度ほど立ち寄っている。
アイツの縄張りは、この家を中心にして広がっているのさ。


 邸宅は『大学』と『千紗の家』の中間点。


 千紗は怯えたように頷いた。


柊千紗

そうなんですか……。
でも、なんというか……。
思っていたより、立派なお屋敷ですね……。



 それは本当に立派な家だった。


 大谷石おおやいしの塀に囲まれた豪邸ごうてい


 建物は西洋風のデザイナーズ住宅。


 門の向こうには、手入れの行き届いた庭が広がっている。


 周辺のつつましい戸建て住宅を蹂躙じゅうりんするほどの存在感を放っていた。



天野勇二

もう世帯主は調べてある。
西園寺祥子さいおんじしょうこという名の老人だ。
どうやら1人で暮らしているらしい。

柊千紗

お1人で?
こんなに大きなお家なのに?

天野勇二

そのようだ。
亭主に先立たれたようでな。
子供がいるのかいないのか知らんが、今は寂しい独居老人らしいぜ。

柊千紗

そうですか……。
だからサチコを飼っているんでしょうか?

天野勇二

わからんな。
とりあえず話を聞いてみよう。



 天野は西園寺家の門に近づいた。


 『西園寺』という表札の下にドアフォンが設置されている。


 カメラを覗き込みながらチャイムを押す。


 どこか気品のある音色が流れた。



???

……どちらさん?



 返ってきたのは男性の声。


 ぶっきらぼうな口調だ。


 天野はできるだけ爽やかな笑顔を浮かべて言った。


天野勇二

突然すみません。
私は近くの大学に通っている天野勇二と申します。

???

大学?
なんかの勧誘?
そういうのはお断りしてるけど。

天野勇二

いえ、そうではありません。
お宅で飼っている猫について、お話させていただきたいんです。


 一瞬、男の声が途切れた。


???

……猫?
猫って何のこと?
うちは猫なんか飼ってないよ。


 千紗が驚いたように天野を見る。


 天野は余裕の笑みを浮かべながら語りかけた。


天野勇二

ご冗談を。
長毛の『三毛猫』が出入りしてますよね。
お宅が関係している猫だということはわかっているんです。
見たことありませんか?
この猫ですよ?


 カメラにスマホの画面を差し出す。


 千紗の家で撮影した1枚。


 窓際で日向ひなたぼっこしている可愛らしいモリアーティの姿だ。


天野勇二

もしご存知ないとしたら、あなたは誰なんでしょう?
この家は西園寺祥子さんが住まわれているはず。
まさかとは思いますが、『空き巣』ではありませんか?
もしそうであれば、警察に通報しなければなりませんね。

???

ちょ、ちょっと待て。
君はさっきから何を言ってるんだ。


 男が慌てたように声をあげた。


 動揺がドアフォン越しに伝わってくる。


???

私は祥子さんの知人だ。
空き巣などではない。
失礼なことを言わないでくれ。

天野勇二

それであれば西園寺祥子さんを出してください。
こちらとしてはあなたに用事はありません。

???

祥子さんは留守にしている。
取り次ぐことはできない。
帰ってくれ。


 はっきりとした拒絶の声。


 取りつく島もない。


 天野は呆れたように唇を歪めた。


天野勇二

またまたご冗談を。
帰れるワケがないでしょう?

あなたは俺に名乗りもしていない。
おまけに主人を出さない。
それどころか家に出入りしている猫の存在まで知らない。

知人なんて信用できないな。
やはり警察を呼びましょうか。

???

は、はぁ!?
さっきからなんだ!?
祥子さんは留守にしてるんだよ!

天野勇二

ええ、それは聞きました。
とりあえず名乗ったらどうですか?
『空き巣』ではない証明をしてくださいよ。
それもドアフォン越しではなく、直接顔を合わせてお伺いしたいですね。

???

くそっ……!
なんて失礼な男だ!
そこで待ってろ!


 プツン、と通信が途絶えた。


 男が苛立ちのあまり切ったのだろう。


 天野はヘラヘラと悪い笑みを浮かべていたが、千紗が不安気に言った。


柊千紗

あ、あの、天野くん……。
そんなに喧嘩腰けんかごしで喋るのは、あまり良くないですよ……。


 天野は驚いて千紗を見つめた。


 千紗は責めるような口調で言葉を続けた。


柊千紗

私たちは『サチコのこと』を伝えなくちゃいけないんです。
飼い主様を怒らせてしまうのは賢明とはいえません。
もし「病院には連れて行かない」なんて言われたら、可哀想なのはサチコですよ。
『宝石』のこともありますし、できるだけ穏便おんびんにお話しませんか……?


 真正面から天野をとがめている。


 天野は不思議と新鮮な気分を覚えた。


 自らの物言いをまともに注意されたのは久しぶりだ。


 千紗は天野の『悪い噂』や『天才クソ野郎』という名の野蛮な本性を知らない。


 だからこそ言えたのだろう。


天野勇二

……フフッ。
そうだな。
すまなかったよ。
ここで門前払もんぜんばらいされたら話が前に進まない。
そのため強引な手段に出てしまった。

柊千紗

ええ……。
その気持ちもわかりますけど……。

天野勇二

今後は気をつける。
言ってくれてありがとう。


 天野が素直に謝罪していると、豪邸の扉が勢いよく開かれた。


 1人の男が飛び出してくる。


 50歳過ぎと思われるスーツ姿の男性だ。


 険しい表情で天野を睨みつけている。


???

まったく失礼な男め……。
私はこういうものだ。


 1枚の名刺を差し出す。


 記載されているのは二階堂一成にかいどうかずなりという名前。


 肩書きは『弁護士』だ。


 天野はいぶかしげに尋ねた。


天野勇二

弁護士だと?
なぜ弁護士が西園寺さんの家にいるんだ?

二階堂一成

私は祥子さんの資産を管理していてね。
元々は御主人に雇われていたんだ。
自宅の鍵も預かっているんだよ。


 鍵を取り出しながら天野を睨みつける。


 不快感と警戒心を隠そうともしていない。


二階堂一成

それで……。
君はどこの誰だ?
祥子さんに何の用件かな?

天野勇二

俺は天野勇二という大学生だ。
先程も言ったが、この家に出入りしている『三毛猫』についてお話したい。
鍵を預かっているのであれば、あなたも知っているだろう?

二階堂一成

ふん……。
三毛猫ねぇ……。


 二階堂は値踏みするかのように天野の全身を眺めた。


二階堂一成

……まぁ、確かに祥子さんは三毛猫の面倒をみているよ。
だが、あれは祥子さんが飼っている猫ではない。
たまたま住み着くようになった野良猫だ。

天野勇二

どちらにしても同じことさ。
その件について、西園寺さんと話したい。
取り次いでもらえないだろうか?

二階堂一成

何を話すんだ?
それを教えてくれ。


 天野は冷静に二階堂を眺めた。


 この男に『宝石』やモリアーティのことを告げても、事態が改善することはないだろう。


天野勇二

それは俺の口から西園寺さんに伝えるよ。
悪いのだが、あなたに聞かせることは難しいね。


 天野はしれっと言い放った。


 二階堂の顔が一気に赤くなる。


二階堂一成

だから……!
それを聞かないと、祥子さんには会わせられんのだよ!
君も話のわからん男だな!
何を話すつもりなのか言ってみろ!


 豪邸前に響く怒鳴り声。


 千紗が怯えて身をすくめる。


 天野は舌打ちしながら学生証を取り出した。


天野勇二

そんなに興奮することもあるまい。
見ての通り、俺はただの大学生だ。
あなたのクライアントに迷惑をかけるつもりじゃない。

二階堂一成

だったら言いたまえよ!
何を祥子さんと話すんだ!
やましいことがないのであれば、私にも言えるはずだろう!?



 二階堂は強硬的な態度を崩さない。


 喧嘩を売るかのように天野を睨みつけている。


 なぜここまで好戦的なのか。


 天野が軽く挑発してしまったせいだろうか。



天野勇二

(……いや、それだけじゃないな。俺の態度が悪かったとしても、ただの大学生をここまで邪険に追い払う必要はない。コイツは何かを警戒してやがるな)



 慎重に二階堂の顔を見つめる。


 険悪けんあくな表情の奥に、何かを恐れているような感情が隠れている。


 何を恐れ、警戒しているのか。


 西園寺家から他人を遠ざけたい理由でもあるのだろうか。


 天野が思案している時だった。



???

……あれ?
二階堂さん?
何かありました?


 通りから男の声が聴こえた。


 人の良さそうな若い男性。


 車椅子を押している。


???

どうしたのよ。
そんな大声を出して。
ご近所さんに迷惑じゃない。


 車椅子に座っているのは気品のある老婆。


 二階堂は2人を見てげんなりとした表情を浮かべた。


二階堂一成

祥子さん……。
ったくもう、なんでこのタイミングで帰ってくるんですか……。


 天野はそれを聞いて素早く車椅子の老婆に近づいた。


 この女性が『西園寺祥子』だ。


 地面に膝をつき、爽やかな好青年のスマイルを浮かべる。


天野勇二

はじめまして。
俺は天野勇二と申します。
西園寺祥子さんでいらっしゃいますね?

西園寺祥子

あら?
そうだけど……。
どうなされたの?

天野勇二

突然申し訳ございません。
こちらの猫を見ていただけますか?


 二階堂が渋い表情を浮かべているが、そんなものは無視だ。


 スマホを取り出し、可愛らしいモリアーティの姿を見せつける。


 女性の警戒心を取り払う『猫』の登場。


 祥子の表情が一気に明るくなった。


西園寺祥子

あらまぁ!
瑠璃るりちゃんじゃないの。
あなた、瑠璃ちゃんをご存知なの?

天野勇二

そうなんです。
俺は近くの大学生なんですが、よく学食まで遊びに来るんですよ。
西園寺さんの猫でしょうか?

西園寺祥子

ええ、うちの猫ちゃんよ。
いつの間にか住み着くようになってね。
可愛いでしょう?

天野勇二

まったくです。
大学でも人気者ですよ。
気品あるふわふわの毛並み。
愛嬌あいきょうのある丸い顔。
今じゃ大学のアイドルのような存在です。

西園寺祥子

うふふ……。
それは知らなかったわ。
瑠璃ちゃんが若い子にも好かれているなんて。
嬉しいわねぇ。


 祥子は嬉しそうに顔をほころばせている。


 何せ『猫をかぶった天野』は一級品のイケメンだ。


 おまけの生粋きっすいのマダムキラー。


 このやり取りだけで、あっさり祥子の心を掴んでいた。


西園寺祥子

でも、どうしてここに?
よく私が瑠璃ちゃんの飼い主だと知っていたわね。

天野勇二

実は瑠璃ちゃんのことで、どうしても飼い主様にお伝えしたいことがあるんです。
そのため瑠璃ちゃんを尾行させていただきました。

西園寺祥子

えっ?
瑠璃ちゃんを?
本当なの?

天野勇二

はい。
なかなか大変でしたよ。
彼女は自由奔放じゆうほんぽうにあちこちを散歩するので。

時には屋根に上ったり。
猫の集会に参加してみたり。
縄張り争いの喧嘩に巻き込まれたりと。
おかげですっかり『猫語』が上手になりました。


 天野はおどけたように微笑んだ。


 ドラマチックな冒険譚ぼうけんたんかのように、猫の尾行をコミカルに語っている。


 祥子は鈴の音のような笑い声をあげた。


西園寺祥子

うふふ……。
おかしな方ね。
それは大変だったわねぇ。
いったい私に何を伝えたいのかしら?

天野勇二

ちょっと長い話になります。
ご迷惑でなければ、お話する時間をいただけませんか?

西園寺祥子

もちろん構わないわ。
よろしければお家に上がっていって。
ねぇ小暮こぐれくん、お客様をお招きしていただける?

小暮くん

はい奥様。
かしこまりました。


 車椅子を押していた青年が笑顔で答える。


 慌てて弁護士の二階堂が口を挟んだ。


二階堂一成

ちょっと祥子さん……。
ダメですって。
こんな怪しい男を家に上げてはいけませんよ。

西園寺祥子

どうして?
すごく素敵な子じゃない。
そんな言い方をしてはいけないわ。

二階堂一成

いや、それは……。


 苦虫にがむしを噛み潰したような表情で天野を睨みつける。


 先程まで無礼ぶれいな若者だったのに。


 一瞬で態度を豹変ひょうへんさせ、祥子の隣で爽やかに微笑んでいる。


 こんな変わり身の早い男は怪しすぎる。


二階堂一成

……くそっ。
僕は賛同できませんよ。
彼はどうも怪しい。

西園寺祥子

だから失礼なことを言わないで。
瑠璃ちゃんのお友達なのよ。
それに久しぶりのお客様じゃない。
とても楽しみだわ。


 祥子は嬉しそうに微笑んでいる。


 久々の客人が現れたことを心から喜んでいるのだ。


 天野は不敵な笑みを浮かべながら、二階堂の屈辱にまみれた顔を眺めていた。


小暮くん

こちらになります。
どうぞお入りください。


 祥子に『小暮くん』と呼ばれていた青年が、ゆっくり門を開けた。


 年の頃は20代前半。


 祥子の車椅子を押しながら、天野たちを誘導している。


 千紗が気後れしたような声をあげた。


柊千紗

はぁ……。
本当に、立派なお家ですね……。

天野勇二

そうだな。
土地も広い。
なかなかの金持ちだな。


 鮮やかな緑が生い茂る小道を抜けて。


 立派な玄関を抜ける。


 その先は大きな吹き抜けのホールになっていた。


 高い窓から差し込む陽の光。


 天井には豪華なシャンデリアと一体になったシーリングファンが回っている。


 しかし、天野たちが真っ先に見たのは、


柊千紗

あ、天野くん……。
これって……。
あれですよね……?


 壁にかけられている調度品インテリアだった。


 玄関から廊下まで。


 きっと室内にも数多く飾られているのだろう。


 どれも立派な額縁がくぶちに入れられている。


 天野は頷きながら言った。


天野勇二

ああ、これは間違いない。
『宝石』だ。
モリアーティはこの家から『宝石』を盗みやがったんだ。


 額縁に入っていたのは、きらびやかな裸石ルースの数々。


 それが壁にずらりと並んでいたのだ。





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つばこ

千紗ちゃん「喧嘩腰で喋るのは良くないゾ☆」
 
この発言、天野くんも驚いてましたが、私も驚きました。
まさかこの世の中に、天野くんの物言いをしっかり注意できる人物がいたなんて…!
 
いや、本当にその通りですよ。
あんな喋り方は良くないですよ。
天野くんってば口が悪すぎ。
私はもう彼の口の悪さにすっかり慣れてしまいまして、「もっと罵ってくれないと物足りない」なんて考えているところがあったので、千紗ちゃんの言葉に( ゚д゚)ハッ!としましたね。
おっとりしながらも天野くんには物怖じしない千紗ちゃん。
彼女は『天才クソ野郎』に何かの影響を与えたりするのかな?
 
そんなこんなでモリアーティの飼い主様が登場しました!
無愛想な弁護士と爽やか好青年もセットで登場!
そんなこんなでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(∩´∀`)∩ワーイ

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コメント 9件

  • ちょぱ

    弁護士も若い男も怪しすぎる!

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    今回の天野くんめちゃくちゃ丁寧だったと思ったら…そうか、これは口が悪いのか…全然気がつかなかった 笑

    だって丁寧な口調だし、1個も決めつけるような否定はしていないし、「貴様は人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗りましょうと幼い頃に教わらなかったのか?」
    なんて言ったわけじゃないしなぁw

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  • ドラゴンポテトが美味しすぎて

    最近「。」で文章を区切られるのでちょっと読みにくいかも

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  • まこと

    温和な奥様に一瞬童話、幸せな王子様を想像した
    でも、弁護士(とただ登場しただけでスルーされてる若い男もついでに)怪しかった!

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  • 泣き虫負けず嫌い勇者

    見だけで分かる悪徳弁護士感

    小暮さんも顔が出るってことは何か関係が?早とちりなら良いけど

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