柊千紗

実は……。
私には前科ぜんかがあるんです。
今は3年の執行猶予中しっこうゆうよちゅうの身なんです。



 天野は思わず真顔で千紗を見つめた。



 さすがに想定外の発言だった。



 前述した通り、柊千紗ひいらぎちさ華奢きゃしゃで地味な顔立ちの女性。



 特徴といえば『幸の薄そうな顔』と、全身から薄っすらと『不幸』のオーラが漂っていることぐらい。



 『犯罪者』という過去があるようには見えなかった。



天野勇二

ほう……。
これは驚いたな。
君のような女性に『前科マエ』があるとは。



 天野はいぶかしげに千紗の全身を眺めた。


 いったいどんな罪を犯したのか。


 表情や仕草ではうかがうことができない。


柊千紗

すみません……。
突然、こんな話をしてしまって。
驚きますよね……。


 千紗は青ざめた表情のまま口を開いた。


 苦しげに言葉を続ける。


柊千紗

本来であれば、私は刑務所に入っているべき人間なんです。
『執行猶予』が認められたのは、弁護士さんのご尽力じんりょくがあったからこそ。
自分がどれだけたくさんの人に迷惑をかけたのか……。
よく自覚しています。


 天野は軽く息を吐いた。


 目の前には小皿の上で転がっている『宝石』。


 窓際には日向ひなたを浴びているモリアーティ。


 それらを眺めながら尋ねる。


天野勇二

他人様ひとさまの事情に首を突っ込む趣味はないんだが……。
君がどんな罪を犯したのか。
差し支えなければ、教えてもらえないだろうか。


 鋭い瞳で千紗を睨みつける。


 この男は他人の瞳を見るだけで、ある程度の『心理』を読み取ってしまう。


 特に『嘘』を見破るのは得意中の得意。


 しかし、千紗は出会ったばかりの女性だ。


 いくら『天才クソ野郎』でも、この時点で真偽しんぎを見極めるのは難しかった。


柊千紗

それは……。
どのように、お話すればいいのか……。


 千紗は気まずそうに口ごもった。


 『前科』のことなんて、出会ったばかりの男性には話しにくい。


 しかし自分から切り出した以上、拒絶することも難しい。


 そんな感情が揺れている。


 天野は軽い口調で言った。


天野勇二

先に断っておくが……。
俺は警察ってヤツが苦手なんだ。
むしろ奴らとは『敵対関係』にある。
そう言っても過言じゃないだろう。


 今度は千紗が驚いて天野を見つめた。


 やや偉そうな態度が鼻につくが、物腰が柔らかく精悍せいかんな顔立ちの大学生。


 千紗からすればとても『犯罪者』には見えない。


柊千紗

天野くんが……?
本当ですか?
とてもそのような人には見えませんけど……。

天野勇二

それは君も同じだろう?
誰だって人には言えない事情を抱えているものさ。
とはいえ、別に『前科マエ』があるワケじゃない。
単純に警察が嫌いなんだ。

柊千紗

そ、そうですか……。

天野勇二

だがな、モリアーティのことは「通報すべきかもしれない」と感じている。
そうなれば警察に知り得た情報を話すしかない。
場合によっては『宝石泥棒』という疑いをかけられるかもしれないんだ。
そんな容疑で逮捕されたくはないね。


 千紗の表情が固くなる。


 きっと千紗自身もそのことを恐れているのだろう。


 天野は肩をすくめながら言葉を続けた。


天野勇二

だからこそ、君のことも警察に話さなければならない。

俺以外にも猫から『宝石』をプレゼントされた女性がいる。
どうやら彼女は『前科持ち』らしい。
彼女からも事情を聞いたらどうだ?

そのように伝えるだろうな。


 千紗は力なく頷いた。


柊千紗

そうですか……。
そうなりますよね……。
私も警察から事情聴取じじょうちょうしゅを受けることになるんですね……。

天野勇二

そういうことだ。
しかし、君にとってそれは好ましい状況ではない。
ならば俺に事情を告げて、通報しないように頼み込んだほうが無難ぶなんなのさ。


 千紗の怯えた表情を眺めながら語りかける。


 天野はどこか優しげに言葉をつむいだ。


天野勇二

別に無理強いはしない。
俺のことを信用してくれ、とも言わない。
ただ、君の事情は公言しないと約束しよう。
それにどんな『前科』を聞いたとしても、君への印象が変わることはないだろうな。



 千紗は瞳を潤わせながら天野を見つめた。


 しばしの沈黙が2人を包む。


 かたわらではモリアーティが大きく欠伸し、西日を浴びながら丸くなっている。


 千紗はその姿を見つめながら口を開いた。



柊千紗

……わかりました。
お話させてください。
サチコが心を許した天野くんなら、きっと大丈夫だと信じていますから……。


 大きく息を吐く。


 千紗は両手を握りながら語り始めた。


柊千紗

今から3年前のことになります。
私は商社の経理事務として働いていました。

ある時、1人の先輩社員に誘われたんです。
食事に行かないかって……。
その人は社内の人気者で、とても私みたいな地味な女を誘うような人じゃなかったんです。


 苦しげに言葉を連ねている。


 天野は慎重にその様子を眺めた。


柊千紗

今思えば、その時点で気づくべきでした。
何かがおかしいって。
でも私は、あっさりその人に夢中になってしまって……。

彼に尽くしたい。
彼と結婚したい。
彼が喜ぶことだったら何でもしてあげたい。

考えていたのは、そんなことばかりでした……。


 重いため息を吐く。


 天野は続きを促すように言った。


天野勇二

その男がどうしたんだ。
結婚詐欺師だったりしたのか?


 千紗はゆっくり首を横に振った。


柊千紗

それよりも酷い人でした。
彼はある時、

両親の借金を抱えることになった。

と告げたんです。
それがかなりの金額で……。
彼は返済に困り果てていました。
どうか助けてほしいと頼まれたんです。


 千紗は悲しげに肩を落とした。


柊千紗

私は迷わず自分の貯金を差し出しました。
本当に馬鹿な話なんですけど、彼の話をまったく疑わなかったんです。
むしろ困っている彼を助けたい。
そのことしか考えていませんでした。


 天野は瞳を細めた。


 呆れたように吐き捨てる。


天野勇二

金をみついだのか。
それは本当にバカな話だ。
男は初めから君を騙すつもりだったんだな。

柊千紗

はい……。
その通りです。
しかも彼の目的は、私の貯金じゃなかったんです。
最終的には「会社のお金を借金の返済にあてたい」と、そう言い出したんです……。

天野勇二

会社の金か……。
つまり横領おうりょうの手助けをしろと言われたんだな。


 千紗が青い顔で頷く。


 ようやく話が見えてきた。


 業務上横領罪ぎょうむじょうおうりょうざいだ。


 経理事務だった千紗であれば、不可能なことではない。


 男は初めからそのために近づいたのだろう。


柊千紗

さすがに私も抵抗しました。
いくら帳簿を誤魔化しても、長くは隠し通せません。
でも彼に、

利息の50万円を払うだけだ。
お金はすぐに戻す。
会社にバレることはないから。


そう押し切られてしまって……。


 天野は腕組みをしながら千紗を眺めた。


 このクソ野郎は『色恋』を知らない。


 なぜ千紗がそんな行動に出たのか、何ひとつ理解することができなかった。


天野勇二

くだらねぇな……。
結局、いくら盗んだんだ?


 遠慮のない質問を飛ばす。


 千紗はこの日一番の青い顔を浮かべて言った。


柊千紗

1,000万円です……。
まさかそこまでの大金を盗むつもりだったなんて……。
しかもその直後、彼は行方をくらましてしまって……。
犯行もすぐに発覚してしまいました。

天野勇二

それで逮捕か。
男も捕まったのか?

柊千紗

いえ、彼は未だに逮捕されていません。
弁護士さんが言うには、海外に逃亡したんじゃないかって……。

天野勇二

どうしようもねぇな……。
それでよく『執行猶予』がついたな。
実刑をくらってもおかしくない。
君は一銭も手に入れておらず、全て元カレが盗んだことが証明できたのか。

柊千紗

その通りです。
私は『加害者』ですが、同時に『被害者』でもある。
そう認めていただいたんです……。


 千紗が切なげに肩を落とす。


 天野は顔を歪めながら部屋を眺めた。


 一人暮らしの女性が住むには古すぎる木造アパート。


 調度品の少ない質素な部屋。


 これは本人の性格だけでなく、金銭的な事情も絡んでいるのだ。


 会社に横領した金を返済しなければならない。


 少なくとも10年は借金に苦しむだろう。


 天野はそんなことを思いながら言った。


天野勇二

やめてくれよ。
そうやって『被害者』を気取るのは感心しない。
惚れた男に騙されたとしても、最後に『横領』を実行したのは君の意思なんだ。
男に罪をなすりつけるような発言は気に食わないな。


 ヘラヘラと悪い笑みを浮かべて。


 天野はあえてトゲのある言葉を投げつけた。


 軽めの挑発的発言トラッシュトークで揺さぶっているのだ。


 千紗は疲れた表情で肩を落とした。


柊千紗

ええ……。
天野くんの言う通りです。
悪いのは私です。
本当に愚かなことをしてしまいました……。

天野勇二

そうだな。
君は立派な盗人ぬすっとだよ。
男が金を持ち逃げすることも予想できたはず。
どうせ弁護士には『男に騙されたバカな女』を演じるように指示されたのだろう?
それもそれで辛かっただろうな。
だが罪を軽くするためには、その路線で裁判を戦うしかなかった。
まったく情けない話だ。


 千紗の顔がどんどん暗くなる。


 もうすっかり涙目だ。


 しかし、そのようにののしられることは覚悟していたのだろう。


柊千紗

わかってます……。
私は罪を犯しました。
一生をかけて、この罪を償わなければならない。
そう思っています……。


 鼻をすすりながら答える。


 その瞳には後悔の念が揺れている。


 心から自らの過ちを悔やんでいる。


 そこに『嘘の気配』は見当たらない。


 天野は軽く笑って言った。


天野勇二

……なるほどね。
事情は理解できた。
君が通報に躊躇ちゅうちょするのも納得できるよ。

そもそも『猫が持ってきた』なんて証言が聞き入れられる可能性は低いんだ。
君のような『前科』があれば、信用される可能性はゼロに等しいだろう。


 励ますように言葉を続ける。


天野勇二

それに想定よりも大した『前科』じゃないね。
『殺人』『傷害致死』『放火』あたりならどうしようかと不安だったが、この程度では君の印象は変えられない。
むしろ人間味があっていいじゃないか。
気に入ったよ。


 千紗は「ぎょっ」として天野を見つめた。


 これこそ想定外の発言だった。


 まさか「気に入った」と言われるとは。


柊千紗

え、えっと……。
気を使ってくれてるんですよね……?
天野くんは優しいですね……。

天野勇二

うん?
優しい?
気を使うだと?
何を言っているんだ。
意味がわからんな。

柊千紗

えぇ……?
いや、でも……。


 困惑しながら頬を染める。


 いったいこの男は何者なのだろう。


 何を考えているのか。


 どんな信念を持っているのか。

  

 今ひとつ掴めない。


 理解できたのは、少し口が悪いこと。


 そして、感性が常人とは大きく異なっている、ということだけ。


 不思議と胸の鼓動こどうが高まる。


 天野はそんな千紗の変化には気づかず言った。


天野勇二

これで俺の決意は固まった。
通報はやめておこう。
どうせ警察が『猫の落とし物』を熱心に探すとは思えないしな。

柊千紗

えっ……?
いいんですか?
でもそれだと、サチコのことが心配です……。
飼い主様にはどのように伝えれば……?


 戸惑う千紗を眺めながら。


 天野は偉そうに言い放った。


天野勇二

一緒に『飼い主』を探し出そう。
きっとそれが『宝石の持ち主』であるはずだ。

飼い主の探索なんて、この俺様にかかれば全てうまくいく。
バカな男に騙された君に『見ず知らずの男を信じろ』というのも酷な話だと思うが……。
ここは俺にまかせてくれよ。


 気障キザったらしい指先を振り回し。


 自信たっぷりの表情で自らを指さしている。


 あまりに堂に入ったその姿を見て、もう千紗は頷くことしかできない。


 天野は唇を歪めながら思った。



天野勇二

(まぁ、正直なことを言えば……。俺自身が警察と関わりたくないんだよな……)



 実際のところ、通報したくないのは天野も同じ。


 これまで『天才クソ野郎』が繰り広げた「暴力」「脅迫」「銃刀法違反」など。


 探られたくない腹が多すぎる。


 犯罪者を捕まえて治安貢献したこともあるのだが、そんなもの警察は考慮こうりょしてくれない。


 『宝石泥棒』という別件べっけんで逮捕されれば、色々と困ることになるのだ。



天野勇二

(どうせ『本当の飼い主』は近所に住んでいるはず。探し出すのも容易い。モリアーティの誤飲ごいんだけが気になるが……。俺様の見立てが確かであれば、大事になることもないだろう)



 モリアーティを眺めながら頷く。


 この判断が『吉』と出るのか。


 それとも『凶』と出るのか。


 それを知っているのは、窓際で丸くなっている『モリアーティだけ』だった。




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つばこ

天野くんはガチでモラルがぶち壊れてますね( ゚д゚)
私だったら1,000万も横領した人とは関わりたくないですけど、天野くんにとっては大したことじゃなかったようです。
現在は更生しているみたいですし、情状酌量の余地もあると思ったのかな?
 
まぁ、天野くんはこれまで「痴情のもつれによる殺人犯」とか、「タロット使いの殺し屋」とか、「死体をバラ撒くシリアルキラー」とか、結構どうしようもない犯罪者と対峙してますからねぇ。
「横領なんてマジで大したことねぇじゃん」と考えた可能性も高いんだろうなぁ……。
 
そんなこんなで千紗ちゃんと一緒にモリアーティの飼い主を探すことになりました!
飼い主さんはどんな人なのかな!?
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(ΦωΦ)

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コメント 17件

  • ゆっきー

    えっ、前科大したことないな…って思ってしまったわwwwダメだ、それ以上の事を軽々しくこなしてる天才クソ野郎のせいで麻痺してるwww

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  • バルサ

    警察と敵対関係にある…と聞いたらヤクザかなと一瞬思うけどな。引くよ…(^^;

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  • ユタ

    1000万横領した前科者よりも極悪な大学生…

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  • まこと

    案外知ってるヤーさんに繋がっても可笑しくない天野の日常

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    1000万の横領か…まぁ悪いけど、会社として雇うってわけじゃないし、人付き合いする上ではなんの関係もないな。

    それに比べて、一体天野君が何人の骨と歯を折ったことか…
    額も大したことない。それくらい天野君がホストをすれば2,3週間で稼ぐ。 笑笑

    モリアーティまさかヤ○ザの飼い猫とかじゃあ…それくらいじゃないと、これからまさかの展開とかならなそうだけどw

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